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学院長の来訪

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 城館へと詰めかけたアリシア国民の訴えを聞くべく,私は応接間でその代表たちと対峙した。

「…お初にお目にかかる。私が帝国の漆黒将軍,ヴァニティだ」

「私はアリシアのギルドを統括しているルタックと言います。今日は訴えを聞いていただきたく参上しました」

 さっそくそのうちの一人,ルタックが口を開く。

「…その訴えとは?」

「アリシア領内の治安の事です」

 ルタックが言うには,アリシア騎士団の国外退去に伴って野党の類が活発化しているらしい。これまではそれほど大きな規模ではなかったためにギルドが冒険者に依頼を斡旋する程度で済んでいたが,帝国の統治下になったことで冒険者も数が減り,手が回らなくなってしまったとルタックは言う。

「…そうか」

 さすがに父祖がいちいちそこまで面倒を見るわけにも行かないのだろう。

「…で,ギルドとしては何とか治安を元の水準まで戻したいと,そういう事で良いのだな?」

「そうです」

「…確かに,我々のせいで治安が悪化したとあっては女王にも申し訳が立たんな…」

「はっ?」

 それを聞いて目を丸くするルタック。

「…どうした?何かおかしなことでも言ったか?」

 内心で苦笑する。当然だ。城外では圧政を敷こうとする帝国に必死の抵抗を続ける女王,という図式になっているのだ。

 それはもう一人についても同様だった。だがこちらは瞬時にこちらを値踏みするような表情へと変わる。

「…ならば…そうだな。その依頼を我々が請ける事にするか」

「はっ?」

 再び目を丸くするルタック。

「…我々のほうも,いい加減ただ飯を食い続けるのはいかがなものかと思っていたところだ」

 城館の警備など,ほとんど全く負担は無い。無論単なる口だけで実際はそんな事にはならないと信頼してもいるのだが,体が鈍ってしょうがないというぼやきはいくつか上がってきていた。

 先日の出撃でも密かに期待をしていた者は多いし,それなりに運動をしたカールが羨ましがられたのも事実であった。

「いけません」

 そこで早速ユーリエが割り込んで来る。

「!?ユ,ユーリエ様っ!?」

 二人ともそれには少なからぬ衝撃を受けた。だがそれも無理もない事だ。

「そこで待遇に差をつけたとあっては,アリシアの沽券に関わります。決して礼を失する事の無いよう,細心の注意を払ってください」

「は,はぁ…」

 囚われの身となっているはずの女王が突然会話に入ってくるや,敵軍に対して礼を尽くせとの指示。予想外の展開にすっかり毒気を抜かれたようなルタック。

「…いや,女王。少なめで構わない」

 あの晩の使用人たちの様子が蘇ってきて,苦笑しながら言う。

「将軍?しかし…」

「…我々は基本能力が違うのだ。並みの冒険者なら三,四人がかりでも一人でこなせる。もしそれでも通常通りの報酬をと言うのならば,今借り上げている宿の代金もそこから払わせてもらう」

 それに,いくら冒険者が減っているとはいえ我々が片端から依頼を独占してしまうような格好になるのも考え物だ。

「…その分,一般の報酬に色を付けてやれば噂を聞きつけて冒険者がやってくる,という可能性もあるだろう?」

 そこでふと,姉妹と自分がアリシアへやってくるところを想像してしまう。慌てて気持ちを引き締め,悲しみの入り込む余地を無くす。

「分かりました…ではお言葉に甘えさせていただきます。ギルド長,そのあたり,よろしくお願いいたします」

「は,はぁ…」

 もはや何が起こっているのかさっぱり理解できないルタック。だがとりあえず外へ出てしまえば都合の悪いところは全て思い出せなくなるのだ。さして気にする必要もあるまいと割り切る。

 おそらくは,悪逆非道の帝国兵をただ同然に働かせる,という格好になるだろう。下手になれ合ってルタックの立場が悪くなるよりは良い。

「…で,用件はそれだけか?」

「私の方もよろしいですかな?」

 そこでもう一人が口を開く。

「その声は…学院長ですね?」

 ユーリエの声。という事は,この人物がアリシア魔法学院の総責任者か。歴史と伝統ある学院の長ともなればそれなりの年齢としだと勝手に思っていたが,とてもそうは見えない。

「いかにも…女王。…アリシア魔法学院長,ヨークシンと申す。お見知りおきを」

 そう言って握手を求めるヨークシン。圧政者たる帝国の将軍に対する態度としては不自然に友好的だ。

「…ヴァニティだ。本来ならば私の方から挨拶に行かねばならぬところ,足労頂いたこと申し訳なく思う」

 様子を伺いながらそれに応じ,それで先方の顔に僅かながら驚きの色が混じったことに気づく。

(…?)

 パチン。手が触れた瞬間,何かが小さく弾けたような感覚。

「さて,では早速ながら…」

 だがヨークシンはそれには全く何の反応も示さず,そのまま握手を交わして手を引っ込めると口を開いた。

「あなた方は,我々アリシアをどうするおつもりなのか伺いたい」

「…どうする,とは?」

「あなた方は女王を虜囚とし,騎士団を国外へ追放。信じられないことに防衛システムまで無効化している。その後の手を伺っているのですよ」

「…聞いた方針の如何によっては,全力で抵抗するという事か?」

「それは言うまでも無き事。我らアリシアの魔法学院は,アリシアの誇りを抱いてアリシアの平和を守るのが務め。話によっては最後の一人になるまで全力で歯向かわせて頂く」

 決して表立ってはいないものの,気迫がみなぎっているのが分かる。

「…アリシアは,素晴らしい国だな」

 思わずつぶやきが漏れ,口元に微笑が浮かんでしまう。

「それは,どういう意味ですかな?」

 その手は食わぬ,とばかりのヨークシン。

「…言葉通りの意味だ。多少話は逸れるが,我ら帝国はもともとはサナリアの腐敗を憂い,世直しの為に立っただけに過ぎない。サナリアがもしこの国のようであったならと,そう思っただけの話だ」

「ふむ…ではその素晴らしいアリシアを,帝国はどうするおつもりなのか?」

「…そのままであって欲しい」

「それは,どういう意味ですかな?」

 再び同じ事を言ってくる。

「…それも言葉通りの意味だ。我が帝国は,アリシアを併合するつもりは無い」

「今のこの状態は,一時的なものであると?」

「…そうだ。将軍の立場で帝国の方針を確約することはできないが,少なくとも我ら帝国には領土的野心は無い」

 蹴られてしまったとはいえこれはハンの演説,ルトリア陥落後の交渉でも提示した情報だ。変わらぬ願いでもある。

「ふむ…囁かれていた噂は本当だと仰りたいわけですな」

「…噂?」

「左様。軍略か詭弁の類であろうとの見方が大勢を占めておりましたが,帝国は邪神の封印も妖魔も捨ててサナリア領だけの安堵を望んでいるという情報がありましてな」

「…ほう…さすがはアリシアの学院だ。前線で握りつぶされたとばかり思っていたが,把握していたのか」

「少なくとも第三軍は全員が卒業生ですからな」

 にこりともせずにヨークシンは言う。

「しかしそれならば,今からでも遅くは無いのではないですかな?我がアリシアと,エリティアならば,対話のテーブルをひっくり返すような真似はしますまい?」

「…残念だが,それでは帝国が収まらなくなってしまったのだ」

「なるほど…確かに,現状ではほぼ戦いの趨勢は決まってしまっておりますな。負けそうになってから慌てて対話を,など勝者側が納得いたしませぬか」

「…それも無いではないがな。どちらかと言えば,帝国は恐れているのだ。有利を棄てて和平を実現しようとしたとして,その後手のひらを返されるのではないかとな」

 そしてそれはすでに,一度現実のものとなっている。

「ふむ…確かにそれはそうかも知れませぬな。我々から見れば,帝国は闇の者どもを従え邪神の復活を目論む不倶戴天の仇。信義に悖る手段を使ってでも,なりふり構わず勝ちに行く可能性も捨てきれませぬ」

「…話が早くて助かるよ,学院長。ともかくそういうわけで,我々の今の方針は。一度全ての国を征服しこの戦いを勝利で終わらせた上で,それを棄ててサナリアへ戻る事なのだ」

「邪神を復活させるだけの条件を揃え,障害を排除した上でそれを棄てる。確かに現状で,もっとも説得力のある方法ですな」

 ですが…とヨークシンは言う。

「ならば,その趣旨に賛同したアリシアがエリティアを説得することもできましょう?」

「…それも考えないではなかったが。それではアリシアの名誉に傷がつくかも知れん」

「名誉に?」

「…そうだ。先ほど言った方策にもついて回る不安ではあるが,一度征服した後に立つ国家群が帝国の傀儡になるのではないかという可能性については極力排除しておきたい」

「なるほど…つまりは,アリシアが帝国の,特に現時点では闇の眷属の傀儡と成り下がる事を心配しておられると…」

「…我らが勝利して身の証を立てるまでの間,悪くするとアリシアが他の国家群から裏切り者と誹られる可能性があるからな」

「ふむ…」

 頭が真っ白になっているのであろうルタックの隣で,考え込む仕草を見せるヨークシン。

「解せませぬな」

「…解せない?」

「お伺いした限り,将軍はアリシアに対して誠実に向き合おうとしておられる。嘘も見受けられませぬな。ですがそれゆえ,落差が激しく理解に苦しむのですよ」

「…落差?」

「先日ここを囲んだ者たちの話によれば,囚われのユーリエ様がご自身の身を盾にしてこれを思いとどまらせたという事なのです。しかしながら先ほどの様子を見ても,とてもそうは思えませぬな。どこに嘘があるのか,とそういう事です」

「…無理もないな。突拍子もない事だらけで,これを信じろと言う方が無理押しだという事もよく分かっているつもりだ」

 苦笑する。

「…分かりやすく言うなら,口裏を合わせてもらっているのだ」

「口裏を…?」

「…先ほども言ったが,アリシアが裏切ったと見なされては困る。そのためには,我ら帝国が圧政者である必要があるのだ」

 だから貴方がたにも協力してもらう必要がある,と付け加える。

「しかし?それでは,我らが多くの民を裏切ってしまう事になりはすまいか?」

「…そこは,天下国家の為を思ってもらうしかないだろうな。協力いただけぬのならば,圧政者である我らが貴方がたを投獄し監禁するという手もある」

 だが実際はリリーの装置によって否応なしにそうなってしまうわけだから,そのあたりを彼らが思い悩む必要は無い。

「ふむ…では差し当たり,将軍は我がアリシアをなるべく変えたくは無い,と仰るのですな?」

「…その通りだ。傀儡との誹りを免れる為には,下手に友好的になられても困る。だからこそ,貴方がたには渋々我らに従っていてもらう必要があるのだ」

 それがお互いの正当性を保証する上で最善の道なのだ,と付け加える。

「しかし…裏を知っている者からすれば,たちの悪い談合政治のようなものですな…」

「…いや,立派な脅迫だよ。同意しないのなら投獄すると言っているのだからな」

 苦笑する。

「…ともあれ,我らがここに居るのはそう長くは無い時間だ。現実問題,連合にはもはや我らの攻勢を跳ねのけ続けるだけの体力はあるまい」

「確かに…エリティア一国では厳しいでしょうな」

「…無条件降伏に応じてくれるのが理想と言えば理想だが…」

 思わずつぶやいてしまう。だがそれは無理な話だ。

「犠牲はやむを得ないという事ですか…」

「…そうなる,な…」

「分かりました」

 ヨークシンは一つ溜息をついて言う。

「取り敢えず今回は将軍の言葉を信じておきましょう。さすがに予想の範疇を超えた状況で,用意していたものもほとんど無意味になってしまいました」

「…すまないな」

 その物言いに何となくひっかかり,皮肉めいた言葉が口をつく。今回は,と言うからにはまた来るつもりか。だがここを出れば記憶は失われる。突っ込んだ話になる可能性は無い,はずだ。

 しかしヨークシンの次の言葉は,全く予想外のところを突いてきた。

「残念ですが,今年の生誕記念式典は諦めねばなりますまい」

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