表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/150

王城への帰還

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 二人の赤との一騎打ちを制し,部下たちのもとへと戻る。

「お疲れ様でした,将軍」

 カールがねぎらいの言葉をかけてくる。

「なかなかの力を持っていますね,あの”紅き流星”は…」

 当然と言えば当然だが,この辺りの話は早い。伝説の龍戦士とは知らないまでも,持っている力くらいは感じることができるのだ。

「にしても,よほど引っ込みのつかない何かがあったんですかね。直前のアレを見て,それでも出て来るとは…実力差が感じ取れないとは到底思えないんですがね」

 シェスターが疑問を口にする。

「…世界を,私に奪われるわけには行かないと思ったのだろう…」

 苦笑する。

「将軍,なんか陛下みたいなこと言ってますよ?」

「!」

「って事は,お約束の女がらみ?」

「他にないでしょ」

 ハハハ,と起こる笑い。

「…」

 釈然としないものもあるが,確かにそれが絡んでいるのは事実だ。

 それにしても,まさかハンのようだと言われるとは。

「将軍?どうしました?」

「…いや。しかし,まさか一騎打ちを許可するとはな…」

 即座に頭を切り替える。

「ああ,順番が逆になってしまいましたね」

 マーガスが状況を説明する。

「というわけで。我が物顔だったんですよ彼奴」

「…なるほどな。エースのご機嫌を取らねばならぬほど,連合も苦しいという事か…」

「そのまま仕掛けてくれれば,私がやっちゃってそれで終わりだったんですけどね」

「…そう言うな」

 溜息交じりのマーガスに苦笑する。

「お,退いていきますね」

 カールの言葉でそちらを見やると,連合が移動を開始したところだ。お通夜のように静かな撤退。

「向こうのエースを完全封鎖。連中,しばらくおとなしくしててくれればいいんですけどね」

「…そうだな」

 暴走を制御できぬほど頼りにしていたランツは倒した。そしてもう一人の赤にもくぎは刺した。少なくとも先頭に立つことはしばらくあるまい。

 再起の機会を与えた事は,あるいは帝国にとって後々の禍根となるのかも知れないが。ハンの使命から考えれば倒すわけにも行かない。

 現実的に見ればほぼ最善と言っても差し支えない結果だ。

 トルサの攻略失敗によって兵力の大部分を失った帝国は,攻め手を失ってしばらくは守りに入るしかない。ハンの負担の面から考えても,しばらくはおとなしくしている必要があるだろう。

 しかし一方の連合も,圧倒的に兵は足りない。ランツを失いシャルルが完封された今,マヒロの兵員をトルサに回さない限りは,現状のマイシャですら落とすのは難しいだろう。

「将軍,青軍がマイシャに撤収していきます」

 すでにほとんどが離脱した連合が反転することはないと踏んだのだろう。展開していた青軍がマイシャへと退いていく。

「…よし,では我々も帰るぞ」

「了解」

 窮地は脱した。おとなしくしていろよ,と双方へつぶやいて王城への帰途へついた。

 翌日の昼前。

 王城へ帰還した私は,そこで初めてユーリエが臥せっていたと知った。

 あの晩倒れたユーリエだったが,典医の言によればもともとかなり心労が積み重なっていたらしい。それでも昨日の対峙は無理を押して見ていたらしいが,最悪の事態を回避した安堵が気持ちの張りを失わせ,どっと出た疲れが体調を崩してしまったとの事だ。

「…すまないな,女王」

 倒れて以降つきっきりだったリリーを休ませるため,帰ってきた足でそのままユーリエに付き添う。

「謝らないで下さい…」

 ぽつりとつぶやくユーリエ。

「…だが…,私は貴女に隠し事をしていた…」

「父祖から聞きました…私に余計な心配をかけないために,はっきりした事が分かるまでは秘密にしていてくださったのでしょう?」

「…結局は,ずるずると引き延ばしただけになってしまったがな」

 シャルルが伝説の龍戦士である事,そのシャルルがユーリエではなく,それに勇気を与え続けたエリィと深い仲になってしまっている事。敵味方に分かれてしまっている事。結局は全て,どうにもならなかった。

「将軍が最後まで最善を尽くそうとして下さったことはよく分かっています。どうか,ご自分を責めないで下さい」

「…」

「特に…彼との直接対決。自らの危険も顧みず,手加減をしていただいたこと…」

 口ごもるユーリエ。

「…気にするな。あれは…」

「気にします」

「…」

 気まずい。何を言ってもユーリエに心痛を与えてしまうのではないだろうかとの思いが言葉を返すのを躊躇わせる。だが言わなければ言わないでそれもまた彼女に負担をかけてしまうのではないだろうか。

 沈黙が流れる。いっそそっとしておくのが良いのかも知れないが,それもまたあまりにも情けに欠ける振る舞いではないだろうか。

「あの…将軍?」

「…ん?どうした?」

 向こうから話しかけてくれた事にほっとする。

「その…」

「…?」

「少々…お尋ねしてもよろしいでしょうか…?」

 おずおずと,ユーリエは聞いてくる。

「…何だ?」

「彼…”紅き流星”は本当に,予言の書に在る伝説の龍戦士なのですか?」

「…ああ」

「その…何故,そうお思いに?」

「…そうだな」

 考えてみれば,そのあたりの事を話さずに納得しろと言うのも無理な話だ。

「…私はかつて伝説の龍戦士の感覚に触れた事がある」

「!?」

 目を丸くするユーリエ。

「そ,それは…あ…」

「…そうだ。貴女がたが推測していたとおり,伝説の龍戦士を弾き飛ばしたのは…この私だ」

「!…」

「…話をややこしくしてしまった事,貴女に余計な心痛を与えてしまった事は,申し訳なく思うが…」

「致し方ありません…それが帝国の生き残りを賭けたギリギリの選択だったというのならば…」

 すまないなと言おうとして,謝らないで下さいと先にくぎを刺される。

「ですが…将軍の感覚を疑うわけではないのですが,彼がここへ現れたのはごく最近の事です。時間が合わないと思うのですが…」

「…あくまで私の仮説に過ぎぬが…我々が此処へ落ちて来るのが,いつも一定だと考える方がおかしいのではないか?」

「えっ?」

「…例えば…父祖だが。少なくとも魔操兵戦争の頃から此処に居たのだろう?この世界の時間では,数千年という時間が流れている」

「そうですね」

「…ところがだ。おそらくは父祖を模したであろうあの像を見るに,父祖は刀の時代の人間だ。そして,私の居た世界では刀の時代はせいぜい千年程度の歴史しかない」

 もっと細かい事を言うなら,刀と言っても初期のそれは鉈に近い造りだ。技だ術だで考えるならばその歴史はさらに短い。

「えっ…」

「…父祖が,私とは違うまた別の世界から来たというならともかく。同じとすれば,此処と向こうの時の流れが違うか,あるいは…」

「時の流れをも飛び越えて来る,と…」

「…そうだ。そしてもしその仮定が正しければ,外部から衝撃が加えられたことによって,本来よりも余計に…あるいは本来よりも短くなってしまったが故のこの時期のずれなのかも知れない」

「なるほど…」

「…できれば,人違いであって欲しかったがな…」

「…」

 複雑な表情を見せるユーリエ。だがまた機先を制してくぎを刺される。

「あの…もう一つ」

「…ん?」

「何故…あの場であのような質問を?」

「…思うところがあってな」

「思うところ?」

 さぐるように,慎重に言葉を選んで尋ねてくるユーリエ。

「…良いのか?」

「えっ?」

「…今は確かに貴女と私しか居ない。だが…その件は,私も推測の域を出ないままの方が良いのではないのか?」

「将軍…」

「…ここで私がそれを言ってしまえば,貴女の反応で確証を得てしまう事もじゅうぶんに考えられる。貴女がそれを知られたくないのならば,この件についてはここで止めておく方が良い」

「…」

 しばらく物思いにふけるような顔をしたユーリエは,やがて微笑むと口を開いた。

「将軍は…お優しいのですね」

 その表情に引き込まれそうになるが,何とか踏みとどまる。

「…それが陛下の使命だからな」

 殊更に感情が入らないよう注意して言うと,それでちょっと複雑な表情になるユーリエ。

「将軍ほどのお方にそこまで言わせるラズール陛下,一度お会いしてみたいものですね」

「…そう遠くない先の話だ」

 帝国がエリティアを落とせばこの戦いも終わる。そうなれば,ハンの使命から見て少なくともアリシアは帝国の支配を離れることになろう。

 ユーリエならば,きっとハンとうまくやっていけるはずだ。

「あの…そうなったら,将軍は帝国へお戻りに?」

「…それは,分からない」

 思わず口を滑らせてしまう。

「えっ?」

 目を丸くするユーリエ。しまったな,と苦笑しながらつぶやいて,言葉を繋ぐ。

「…私は陛下に請われて,帝国が安定するまでの間手を貸しているに過ぎない。逆に言えば…安定さえしてしまえば,私の役目は終わりなのだ」

「ああ…先日の…」

「…そういう事だ。だが,なぜ?」

「その…」

 ちょっと口ごもるユーリエ。

「…?言いにくければ無理に言わなくとも良いが…」

「すみません…リリーさんは知っているのですが」

「…ならば問題は無い」

 リリーから報告が無いのだから,それはそれで構わない。

「将軍は…リリーさんも信頼しているのですね…」

「…危険を冒してここまでついてきてくれたのだ」

「羨ましいですね…」

 ぽつり,とつぶやくユーリエ。

「…羨ましい?」

「あ,べ,別に深い意味は無いのです。…ただ,私はその意味では,その…」

「…そうか」

 国の元首。それは想像以上に孤独なのかもしれない。だがそれを助長しているのが我々なのも疑いの無い現実だ。

「…すまないな。せめてクマルー卿が…」

「い,いえ!そうではなくて…あ,いえその…」

 もにょもにょと口ごもるユーリエ。

「…もうしばらくの辛抱だ。この戦いが終われば…」

「将軍!よろしいでしょうか」

 その時。扉の向こうでカールの声。

「…どうした?」

「それなりの数の人間が,正門前に集結しています」

「!」

「えっ…」

 慌てて起きようとするユーリエを手で制する。前回の例もあるから,おそらく実力行使ではあるまい。

「…何と言っている?」

「責任者に会わせろ,話があると言っています」

「…分かった。代表を応接間へ通せ。丁重にな。私が出よう」

「はっ!」

 カールの気配が走り去る。

「…情報が漏れたか…?」

 女王を解放しろと集結する民だ。倒れたなどと聞いたらじっとしては居られまい。

「私が…」

「…いや。無理は禁物だ」

「ですが…」

 言いかけるユーリエに,机上の装置を指さす。

「…必要があれば,それで入ってくるといい。私も必要があれば,貴女に意見を求めるつもりではいた」 

「将軍…」

「…前回は貴女に助けられたからな。その分の埋め合わせは僅かばかりもさせてくれ」

 そう言って部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ