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不確定要素

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 シェスター隊十人をマヒロ側へと派遣した私は,城でユーリエの側付きをするリリー以外の全ての部下を引き連れてマイシャ砦へと出陣した。

「…今回の作戦を説明する」

 総勢はおよそ三十騎。事情を知らない者にはただの小規模部隊にしか見えないが,その総合戦闘力は帝国軍内でも随一である。

「…我々の目的は,示威だ。連合のアリシア王城奪還が失敗したことを見せるための出撃だ」

「将軍。それは良いのですが…我々の人数ではあまり効果が無いのでは?」

 いつもならカールやシェスターが担う役割だが,今は二人ともいない。その代わりを務めるのが,口を開いたマーガスだ。

 くすんだ灰色の髪と瞳を持ち,鼻の周りのそばかすと童顔から実際の年齢よりも若く見られがちであるが,実は黒軍中最も年長である。堅実を座右の銘とし,どちらかと言えばバナドルスのような役割を担っている。

 先の潜入の際には敢えて部隊には志願せず,残留組の指揮を執っていた。その実力は二人に次ぐ。

「…やはり,そう思うか」

 苦笑する。

「…それについては,リリーが用意してくれた装置がある」

「以前ちらっと聞いた,人数を多くみせかける目くらましですか?確か,『戦いは数だよ,ボス!』とか言っていた…」

「…そうだ」

 リリーの説明によれば,光の屈折を利用して鏡のようなものを作り出しそれで見た目の数を増やすらしい。

 よくよく見ればさすがに気づくが遠目からならほとんど問題は無い,勘の鋭い者なら威圧感で判断するところだがもともと一騎当千揃いの黒軍ならそちらの心配も全く要らない,とリリーは太鼓判を押していた。

「では,今回は戦闘は無しですか?」

「…基本的には,な。だが…戦況次第では参戦することになるかもしれない」

 レヤーネンに授けた策があれば,ほぼ負けることは無い。攻城兵器さえ破壊して時間を稼ぎ,その間にシェスターが合流してくれば連合は退くはずだ。

「…青軍が連合の攻城兵器破壊に失敗するほど攻勢が強ければ,向こうの攻め手を封じに介入する。だがレヤーネンのメンツの手前,大っぴらにやるわけには行かないからな。最小限の介入だけを行うぞ」 

 カール達にも持たせた範囲型のステルス装置で身を隠して接近し,煙幕弾を投げ込んで敵軍を混乱させてその隙にエースを討つ。そういう作戦だ。今ここにあるのは試作型プロトタイプであり効果範囲としてはかなり狭い。だがそれでも我々を隠すにはじゅうぶんな広さだ。 

 もっとも,最大の懸念材料だった”紅き流星”は離脱中だ。仮に居たとしても包囲が成功してしまえば攻城兵器を破壊する時間くらいはじゅうぶんに作れるだろう。だからよほどの何かが起こらない限りは出番が回ってくる事はない。

「…シェスターたちが合流してくるまでは,本来我々にはこちらに兵力を振り向ける余裕などないのだ。レヤーネンにあてにされてしまうのも考え物だからな」

「ですね…」

 溜息をつくマーガス。その予想は後にカールが帰還することでより現実味を帯びる事になり,しばらくの間は思い出し笑いを抑えるカールを見ては溜息をつくマーガスがいつものお約束となった。

 一日かけてマイシャの近くまで進軍し,突入時にも身を隠した山裾の森へと落ち着く。レヤーネンはもとより,ルマールに対しても全軍で出てきている事は秘密なのだから,マイシャへ入るわけにもいかない。

「…おそらく連合が攻勢をかけてくるのは明日だ。今夜はここで夜を明かし,夜明けとともに装置を起動して近辺に伏せる」

 野営の準備を指示して,単独でやや離れた所まで移動すると,これもリリーの開発した小型の通信装置を起動する。

「…リリー,聞こえているか?」

「あ,ボス。感度良好だよ」

 ややあってリリーの応答。

「ちょっと待ってね。女王様の所に行って,水晶球を起動するから」

「…分かった」

 どこにそんな時間があったのかと不思議に思うほど,リリーは次々と装備を開発していた。いくら基礎研究をじっくり行っていたとはいえ,こうも次々実用化されると力を使っているのではないかと疑いたくなる。

 特に驚くべきは,すでにアリシアの特性に適合したものを作り上げているところだ。たとえばこの装置は,父祖の力を媒体とすることでその力の及ぶ範囲ならばどこでも通信を行う事ができる。さらには位置情報を正確に把握することができ,水晶球を連動させることですぐにそこを映し出せると言うのだ。

 元の世界の感覚で言えばGPS機能を持つ携帯端末。この世界へ落ちてきたときにそれを落としてしまい,水底へそれを置いてきたと言うリリーが,何とかその再現をしようとしていたことは以前聞いた。衛星も基地局も無いこの世界ではさすがに無理だろうと思っていたが,こうして実際にそれを使う日が来てみると感慨深いものがある。

 そういえば,ユーリエはどうやって毎度毎度あの女性を探し出しているのだろう。似たような何かがあるのだろうか。ならば必ずしも龍戦士の力に頼っているわけではなさそうだが…。

「お待たせ,ボス」

 その時耳に飛び込むリリーの声。どうやら準備ができたらしい。

「…見えているか?」

 意識を現実に戻す。

「うん。バッチリだね」

「…こちらは無事に目的地へ到着した。おそらく開戦は明日だろうから,それまでここで待機する。…何か変わったことはあったか?」

「それが…」

 ちょっと困ったようなリリーの声。

「…どうした?」

「さっきまで,ちょっとした修羅場だったのよね」

「…修羅場?」

「うん。アリシアの人たちが,女王を解放しろって直談判に来たのよ」

「!」

 迂闊だった。女王を人質にとり騎士団が国外へ退去した現状から見て蜂起は無いと思っていたし,アリシアの国民性から考えてまず学院の教官あたりが論客としてやってくるとは思っていたが。まさか城を空けたこのタイミングで来るとは。

「…具体的には?」

「街の人たちが,ここを囲んだのよ。別に荒っぽい事をするわけじゃなかったんだけど,無言で座り込んじゃったの。で,その代表だって人三人が,責任者と話をしたいって…話をしてくれるまで,ここに座り込んだ全員飲まず食わずで頑張るって…」

「…それは…」

 絶句する。

「まさかそこで,『今誰も居ませんから後日改めて来てください』なんて言えないよね。でも拒否したらハンスト突入しちゃうしさぁ…」

「…で,どう対処したのだ?」

「えーと…女王様に説得してもらっちゃった」

「!?…しかし,それは…」

「やむを得ませんでした」

 そこで割り込んで来るユーリエ。

「民の健康を損ねるわけにも行きません。暴動を起こすわけにも行きません。たった一人のリリーさんを危険に晒しては,アリシアの沽券にも関わります」

「…すまない。女王。余計な心痛を増やしてしまったようだ」

 いきおい,多かれ少なかれ民に嘘をついてしまったのかもしれない。

「申し訳ないと思っているなら…すぐに忘れて下さい」

「…女王?」

「将軍に気にされている思うと,余計につらくなります…」

 ぽつり,とつぶやくユーリエ。

「…分かった。では,甘えてさせてもらう事にする」

 そう言うと,おそらく何かを言おうとして思いとどまったのだろう。聞こえてきたのはユーリエの諦めたような溜息だけだった。

「…リリー,何か変わったことはあったか?」

「うーんと…これはボスに言っておいた方が良いよね…?」

 あらためて尋ねると,確認をとるようなリリーの声。

「…何かあったのか?」

「あのね。この間の赤い人なんだけど…もう普通に動き回ってるんだ」

「!」

 常識的に考えて,生きているのが不思議な傷だ。たったこれだけで回復する訳がない。

 だが龍戦士ならば話は別だ。やろうと思えば大抵の不可能は可能になる,それが龍戦士の売りだ。

「…龍戦士の力を使った,と…?」

 しかし慎重に言葉を選ぶ。伝説の龍戦士であることはまだ伏せられたままだ。例のメダルでも使えば話は別だが,落ちてきた時間にずれがある以上,直にその感覚に触れた自分以外にはそれを証明する術が無い。

「力かどうかは分からないなー。治ったのを秘密にしてるから龍戦士っぽいとは思うけどね」

「…分からない?」

「うん。この間ボスに止められたお役立ちアイテムもそうなんだけど。理屈が分かってれば龍戦士でなくてもできると思うんだ」

 細胞分裂の速度を上げる,造血作用を促進する,体内に入った雑菌などを取り除く。そういった知識さえ持っていればそれを魔法にやらせるだけだとリリーは言う。

「知識を持っているって時点で,本人か,あるいは身近な誰かが龍戦士だとは思う。でも使ったのが力なのか魔法なのかは,ずっと見ていたわけでもないし分からないよ」

 魔法そのものが力に依存しているのかどうかはこれからの実験次第だしね,と付け加えるリリー。

「…なるほどな」

「で…治ってるって事は,きっと出て来るよね」

「…そうだ,な…」

 確かにそうだ。運命というやつはなかなかに意地が悪い。ぶるっ,と身体が震える。

「ねぇボス…もし龍戦士なら,味方に引き込んじゃおうよ」

「えっ…?」

 リリーの言葉に意表を突かれたのだろう。ユーリエの驚きの声。

「私も黒軍のみんなも,そうやってボスにスカウトされたんだよ」

「ますます…竜騎兵団ですね」

「…もともとは陛下のご意思だ。ただでさえ無い無い尽くしの帝国が事を成すには,龍戦士の力が必要だった。それに,実際問題としても龍戦士が敵対するのと轡を並べるのとでは大きな違いだからな」

 ただすでに”流星”は連合側だ。ルマールの耳に入るほど戦果を挙げているとすれば,決して簡単には行くまい。

「では…事情をお話しになるのですか?」

「…あまり多くは語れぬだろう。この作戦を台無しにするわけには行かない。だがそれゆえに,信じてもらえる可能性も低くなるだろうな…」

「そうですね…」

 またぽつりとつぶやくユーリエ。おそらくはあの夜の事を思い出しているのだろうか。

「…おそらく連合のマイシャ攻撃は明日だ。全てが予想通りに運べば,明日の夜が勝負になるだろう」

 自分も,いよいよの覚悟は決めねばなるまい。

「その時は予め連絡する。成り行きを見守っていて欲しい」

 だが戦況次第ではその前に戦場で対峙する事になるかも知れないからその時は許して欲しい,と付け加える。  

「…すまないな,女王」

「いえ,それは…やむを得ませんから…」

 おそらくは,そうではないのだ。心の中でもう一度女王に謝った。

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