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敵軍見ゆ

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 いろいろと考えた末に,ユーリエは結局リリーを手伝う事を決めた。

「そっとしておいて欲しいって」

 そうリリーに伝言を頼んだというユーリエの思惑は分からないが,それを尊重して数日の間は敢えて距離を置く事にした。

 そのリリーはこちらは休みを返上して,というよりも趣味と実益が完全に合致してと言った方が良いか,ともかく寝食を忘れるほどそれに没頭したようだ。

 こちらと距離を置いている事もあり,ユーリエはリリーに付き添う格好となっていたが,後で聞いた話によるとリリーの研究に協力していたばかりか寝食の世話までも焼いていたらしい。

 そのしわ寄せと言うのは少々心苦しいところでもあるが。もともとユーリエの決裁を申し訳程度に側で見ていただけのアリシアの政務を,いきおいその間はこちらが一人でこなさなければならなくなった。出発点からしてあり得ない今回の一連の流れではあったが,敵の将軍がアリシアの幸福を第一に考えて政務を行うなどいよいよ何の冗談かと思うような図式だ。

 そのかいもあって,と言わなければいろいろ釈然としないのも確かだが,ともかくその研究はあっけなさすぎるほどあっけなく完成を見た。

 テラスで報告書に目を通していた私の所へ,喜び勇んだリリーとそれを優しく見守るユーリエがやってきたのだ。

「…あれほど根を詰めるなと…」

「そんなに無理をしたわけじゃないよ。もともと理論的なところは考えてあったからね。今回はそれを裏付けるのと,テストをしていただけ」

 へへへっ,と悪戯っ子のような笑みを浮かべるリリー。

「…女王。貴女にも随分負担をかけたようだ。すまない」

 そう言って頭を下げると,ユーリエはちょっと困ったような表情を見せる。

「お気になさらず。私も,随分と心躍る時間を過ごさせて頂きましたから」

「…そう言って頂けると助かる」

「じゃ,早速だけど説明するね。この防衛機能の最大の売りは,探知・分類の魔法と対処魔法の組み合わせで,意識しなくても勝手に防衛してくれるところなんだ」

 疲れも寝不足も何のその,といった様子でリリーは説明を始める。

「…勝手に?」

「そう。探知・分類の魔法を常駐パッシブにしておくと,精神力が尽きていない限りは術者が寝ていても勝手に,どんな害を受ける変化かを判断する。で,対処魔法の方はその判断を受けて自動で発動するようにしておくの」

「…それは,凄いな…」

 素直に感心する。しかし,それは龍戦士の力を使うのではないだろうか。

「でね,もう一つ。こっちはまだ仮説の段階で実証していないんだけど。対処魔法の方に龍戦士の力の切り替え機能をつけてみたらどうなんだろうと思ってるんだ」

「…ほう」

「女王様にも手伝ってもらったおかげで,純粋な龍戦士でなくても,ごく普通の魔法のくくりで使えるって事は分かった。でも私らの場合は,どこまで行ったらそこへ踏み込むかって問題があるよね。だから逆転の発想で,使う使わないを選択できるようにしちゃったらどうだろう,って事なんだ」

「…なるほど,確かにそれがうまく行くなら,安心して使う事ができるな」

「ただ,それだと出し惜しみをして致命傷を食らっちゃうのもどうかってところがあるのよね。だから,お知らせ機能の方が良いのかな?なんて思ったりもしてる」

 そのへんはまだ全然だから,おいおい考えることにするけどね。そう言って笑ったリリーは,しかしちょっと気まずそうにしばし沈黙し,それから意を決したように続ける。

「で…ボス。もし良かったらこの魔法,登録してくれないかな」

「…その目的で開発したのではないのか?」

「そうだけど,さ…。ほ,ほら,気に入る気に入らないだって結構大事だし」

 もにょもにょと言う。

「…十分に素晴らしい成果だ。是非入れさせてもらおう」

「ほんと?」

「…リリー?」

「な,何でもないよ。じゃあ早速」

 そう言って,さらさらと紙に呪文を書き込むリリー。それを見て,魔法書の二頁目に書き込む。

「…完了だ」

「やったぁ!」

 そこで喜びを爆発させるリリー。

「…?」

「ボス,相変わらずそっちは鈍いね」

 理解に苦しんでいるこちらの様子を見て,苦笑しながらリリーは言う。

「ボスほどの超一流の龍戦士が,私の作った魔法を認めてくれたんだよ?一度書いたら書き直しの効かない魔法書に書いてくれたんだ。嬉しくないわけないじゃない。手作りのマフラーをひとシーズン使ってくれるどころの騒ぎじゃないんだからね?」

「…おい…」

「あぁ…もうダメ。幸せ過ぎて泣いちゃいそう」

「…大げさな」

 本当に目頭を押さえるリリーに狼狽えてしまい,殊更にぶっきらぼうに言う。

「だって,二頁目だよ?二頁目!二番目って事じゃない」

 こちらの過去を知っているリリーならば,一頁目に何が書かれているかくらいは承知の上だろう。だが続けて斜め上の事を言い出す。

「これならきっと,ボスは私の事をずっと覚えていてくれるもの。忘れないでいてくれるもの」

「…リリー?」

 そこで言いようのない不安に襲われる。いつ飛ばされるか分からない者にとっては,あまりにも不吉な言葉。

「…まさか…」

「あ,ううん,別に意味深な事を言っているわけじゃないよ。ただボスの人生に,私が重要な役割を果たしたんだって証拠を残せたのが嬉しいだけだから」

 驚かせるな。そう言って安堵の溜息をつくと,ぺろりと舌を出してばつの悪そうな顔をするリリー。

「…重要と言うなら,お互い様だ」

 素直な気持ちで,自然に言葉が出る。

「えっ?」

「…これは,リリーが私の為にそれだけの力を尽くしてくれたという証でもある」

「!…ボ…ボスぅ…」

 それで感極まったらしく,ボロボロと大粒の涙をこぼし始めるリリー。

「…お,おい…」

「頑張るから。私もっと頑張る。絶対にボスを守るから…」

 そこでぐいっと腕で涙を拭って,にっこり笑うリリー。

「こうしちゃいられない。すぐ次の…」

「…ダメだ」

 いつものお約束。

「えー…?」

「…しばらく休め。いいな?」

「はぁーい…」

 残念そうに返事をする。

「…女王。何ともみっともないところを見せて,すまないな」

「いえ。心温まるやりとりでした」

 優しい微笑を浮かべるユーリエ。

「…」

 ここ数日で,またリリーと親密になったのだろうか。それは当初のこちらの狙い通りで,ユーリエがリラックスできるならば全く問題は無いはずなのだが。どことなく得体の知れない,肩身の狭さのようなものを感じる。

 と,その時。シェスターが慌ただしくやってきて敬礼する。

「将軍!物見より報告!…連合軍が,マヒロを出てこちらへやってきます」

「!」

 一瞬にして緊張が走る。

「…来たか…」

「この分だと,明後日には領内へ入ります。いかがいたしましょう?」

「あの…私,部屋へ行っていますね」

 軍機に触れることに気まずさを感じ,ユーリエは席を外そうとする。

「…いや,その必要は無い。むしろ,言いたいことがあれば積極的に述べて欲しい」

「で,ですが…」

「…我々が最優先するものは貴女の幸せだ。その為に最善と思われる手を尽くす。それだけだ」 

「将軍…」

 複雑な表情を見せ,しかし他にどうすることもできず,浮かせた腰を再び椅子に落ち着ける。

「…よし。それでは今回の作戦だ。まずシェスター。お前は十人連れてそちらへ向かえ」

「はっ」

「…対応は防衛システムの反応を見てからだ。彼我の戦力差を分析し,我々が勝っているならばシステムが連合を止めるだろう。主力はおそらくアリシア騎士だ。止めるにせよ命に別状はあるまい。必要ならば救護を手伝ってやれ」

「はっ」

「…それと。連合はまず間違いなく,こことマイシャを同時に攻撃してくる。だが本命はこちらだ。こちらが失敗したと分かれば向こうも退いてくれるだろう。それを連合に納得させるため,証人を一人要請し,これをマイシャまで護衛するのだ」

「はっ」

 そこでちらりとユーリエを見,無言のままなのを確認してから言葉を続ける。

「…もしシステムが連合を止めなければ,それは我々の敗北だ。無理はするな。退却しろ」

「はっ」

「…まず城まで退いてリリーと合流し,必要ならば装置を起動して,マイシャまで後退だ」

「はっ」

「…女王,何か言うべきことは?」

「あの…城にはリリーさんだけが残るのですか?」

「…そのつもりだ。私は残りを率いてマイシャへ行かねばならないが,さすがに城を空にするわけにも行くまい?」

「たった一人ですよ?その…危険でしょう?」

 一瞬だけ目を丸くしたシェスターが,さりげなく明後日の方を向く。

「…大丈夫だ。私はアリシアを…貴女を,信用している」

「!ま,またそうやって…」

 顔を赤くして抗議するユーリエ。

「…我々が約を違えないための担保…人質と取ってもらっても良いが?」

「う…」

「心配ないよ,女王様。私はボスを,世界で一番信用してるからね」

「…買いかぶらないでもらいたいところだが…」

「えー…?」

 またいつものお約束。

「将軍!何てことを言うのですか!?」

 しかしユーリエはまだ理屈が先行する。

「…いや…」

 慣れて欲しくもあり,しかし慣れすぎるのもいかがなものかとも思う。

「そーだよボス!それじゃボスの眼鏡にかなった女王様の立場が無いでしょ!」

 しかしそこでまたお約束。あらぬ方向へ突っ走るリリー。

「えっ…?」

 意表を突かれて目を丸くするユーリエ。

「…そうだな」

 むしろ今回は一周して元の所へ戻ってきたようだ。苦笑しながら言う。

「…その信用を裏切らぬよう,精いっぱい努める。それで許して欲しい」

「わ,分かりました。で,では私も…買いかぶりだったと言われないように努力いたし…ます」

 複雑な表情で言うユーリエ。

「…よし,では作戦開始だ」

「は,はっ」

「…」

 口を開いたはずみに吹き出しそうになって,シェスターは慌ててことさらに大仰な敬礼をすると,もはや限界とでも言わんばかりにそそくさと部屋を出ていった。視界の隅に映るリリーも,その一端を担っていた事を棚に上げてにやにやと笑っている。

「…さて」

 この雰囲気をいつまでも続ける為にも。今できる最善を尽くさねばならない,と頭を切り替える。

「…私も出る。それにあたって,いくつか確認しておきたいことがある…」

 あくまで起こり得る状況の一つ。対処すべき方策の一つの確認のつもり,念のためのつもりだった。だがそれが,伝説の龍戦士との邂逅が,ましてや対峙が実現してしまうとは,その時はまだ思いもしなかったのである。

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