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青の暴走

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 ルマールとの通信から二週間ほどが過ぎようとしていた。

 リリーは例の装置の改良版の開発に成功していた。父祖にだけはその存在を知らせながら他の探知魔法には引っかからないステルス装備。リリーはいつの間にか父祖とも関係を築いていたようで,父祖の協力の下その力の性質についてもかなりの知識を蓄えていたのだ。

 それによって,女王がずっと一緒でなくとも書庫に居ることができるようになった。だからここしばらくは,朝に三人で書庫まで出向き,途中で女王とリリーが城へ戻った後も終日書庫で文献を読み漁っていたのだ。

 そのおかげで,例えばアリシア王家の系譜やそれに交わった数多の龍戦士たちに関する知識は随分と増えた。だがやはり,今回のこれからについて明確な指針を得ることはかなわなかった。

(…結局,自分でどうにかするしかないという事か…)

 もしかしたらすべてを見通していた者が居たかもしれない。確かにそう思わせるだけの詳細な記述がなされた文献もあった。だが,ここではそれは大した問題ではない。あるいは記述をすることで歯車が狂ってしまうような何かが予見されたのかも知れないが,ともかくそれは書かれていないのだ。書かれていない以上,最善と思われる選択を積み重ねていくしか方法は無い。

 書庫での調査が一応の区切りを迎え,ルマールの連絡待ちとなったある日。唐突に事件は起こった。

「…女王,今日は…」

 前夜は宿に泊まり,朝食後登城して女王のもとへ。このところ穏やかな天候が続いているため,この時間帯ならば女王はテラスにいるだろう。

 予想通り,二人はテラスに居た。女王は椅子に座って,その後ろに立つリリーは覗き込むようにして,卓上の水晶球を見つめていた。だがその様子が先日とは明らかに違う。

「…どうした?何か…」

 一瞬濡れ場かとも思い歩みを止める。だがそれにしては顔に血の気が無さすぎる。

「ボ,ボスぅ…」

 こちらに気づいたリリーが,愕然とした表情を向けてくる。

帝国うちが,トルサに総攻撃をかけてるよぉ…」

「!?」

 馬鹿な,と思わず口をついて出そうになる言葉を飲み込んで,半ば駆け寄るようにして二人のところまで行き,水晶球を覗き込む。

「…これは…」

 ばりばりと城門を壊しにかかる蟹。ちらりと隙間から見えた限りでは,後ろにも別な奴が控えているようだ。

 対して内側にはほとんど兵が居ない。それはつまり,連合側が別方面にかかりきりになっているにも関らず,帝国側が別動隊を差し向けているという事だ。

「…」

 解決策が見いだせずにいた事はともかくとしても,さしあたり敵のエースを無力化する取り決めだったはずだ。兵力に物を言わせた力押しではなかったはずだ。

「…本国に連絡を取る」

 そう言い残して足早にその場を後にし,部屋へ入って水晶球を操作する。

「…ルマール,どういう事だ」

 不自然なほどすぐに現れた覆面に,しかし間髪入れずに問う。

「どういう事?何が,どうしたのだ将軍?」

 しかしいつもと変わらぬルマール。

「…どうした,だと?」

「トルサの件でちょうどこちらから連絡をしようと思っていたところだが,何かあったのか?」

 もしや,策か?何か状況が変わったのか?こちらの負担が減ったのか?

「…帝国軍が今まさに,トルサを総攻撃しているぞ」

 淡い期待を乗せながら口を開く。

「何だと!?」

 だがこちらの言葉に今度はルマールが度肝を抜かれる。

「しまった…やられたか」

 唾でも吐き捨てそうな勢いで言うルマール。

「!」

 それで思い至る可能性。これまでならば決して忘れる事も無視する事もできなかった,圧倒的な不安要素。

「…レヤーネン,か…」

「他に考えられぬ。あの無能…っ!」

 ダンッ!と机を拳で叩くルマール。言葉はともかく,そのような行動をするとは意外だ。

「…どんな話になっていたのだ?」

「第二陣の到着を待ち,敵エースを将軍が倒すのを待てと言ったのだ」

「…だが,聞かなかったと…」

「最後まで陛下の命令を盾に渋っていたからな…。どうやら,将軍への対抗心も手伝ったらしい」

「…対抗心?」

「あまりにも奴がグダグダと言うものでな。つい…口を滑らせてしまったのだ。『将軍にはできても貴公には無理だ』とな…」

「…そうか」

 おそらく,ハンの命令自体は変えようがなかったのだろう。それゆえに,レヤーネンは最後まで承服しなかった。当然だ,肝心な所で手柄を横取りしに来られたのではメンツも将来設計も丸つぶれだ。

 そこへきてお前には無理だとの追い打ち。どうあっても自分だけでやれるところを見せつけたくもなろう。実力の裏付け以前に,意固地になっておかしくないところだ。

「あの無能め…無能だと馬鹿にしていたが,まさかこの私に嘘をつく知恵と度胸があったとはな…」

 忌々しげにつぶやくルマール。

「…すぐに手を打たねばなるまい」

「当然だ。指揮も劣悪兵力も不足,その上敵のエースが健在となれば,勝ち目などどこにもない。引き際も分からんだろうから,おそらく被害は甚大だろう」

「…となると,反攻作戦か…」

「間違いあるまい。現実問題として,今マイシャはもぬけの殻だ。向こうは第二陣の事など把握していないだろうから,仕掛けて来る」

「…」

 となれば,意気上がる連合を止められるのはおそらく自分だけだろう。自分が敵のエースを無力化しない限りは,明らかに敵が有利だ。

「…分かった。こちらで何とかする」

「当然だ。誰に責任が…と言いたいところだが…」

 そこで意外にも,歯切れが悪くなるルマール。

「さすがに今回は,将軍と言えども分が悪いだろう…すまん」

「…ルマール?」

 謝罪の言葉がまさかルマールから発せられようとは。およそ前代未聞の事である。

「と,当然だろう!?」

 慌てて言葉を繋ぐルマール。

「あの無能の暴走を招いてしまったのは完全な私の落ち度だ!いかにもともとの原因が陛下や将軍にあるとはいえ,必要以上に負担を増やしてしまったのは間違いないだろう!?」

「…いや…厄介ごとを丸投げしてしまった分の責任もある。それについてはあまり気に病む事は無い」

「く…っ,またそうやって…」

 ばりばりと覆面越しに後頭部をかきむしるルマール。

「…?」

「何でもないっ!こっちの話だ!そんな事より,何か勝算があるのか!?将軍!」

「…残念ながら無い」

 苦笑する。

「む…」

「…だが,最善は尽くす」

「…」

「…おそらく連合はトルサからマイシャを狙うのと同時に,マヒロからこちらを狙ってくるだろう。タイミングを合わせて同時にな。さすがに体を二つに分けるわけにはいかぬから,せめて一日はレヤーネンに持ちこたえてもらうしかない」

「その件に関しては,こちらからも足の早い飛行兵を出す。少しでも兵は増やさねばな…」

「…頼む。さすがに大敗の後で奴の鼻っ柱は折れているだろうから,こちらでも時間稼ぎの策は授ける事にしよう。その間にこちらを何とかして,すぐにマイシャへ向かう事にする」

「分かった。厳しいとは思うがよろしく頼む。にしても,くそっ…せめてあと一枚二枚…」

 ルマールが指揮官の不足を嘆いているのはすぐに分かった。結局のところ帝国はないない尽くしでここまで来ている。

「…もうしばらくの辛抱だ。バナドルスやクラルフが何とかしてくれる。そこまで何とか持ちこたえるのが私の役目だ」

「…」

 しばし沈黙して,溜息をつくルマール。

「…どうした?」

「いや,何でもない。では私もすぐ準備にかかる。武運を祈るぞ」

 そう言うや否や,ルマールはさっさと通信を切断してしまった。

「…?」

 何か気に障る事でも言ったのだろうか。

 だがすぐに通信を再開する訳でも無い以上,それを考えるのは後でもいいだろう。今はまず,レヤーネンに策を授けるのが先だ。すぐに部屋を出て,女王たちのところへ向かう。

 アリシアの文献の助けによって実用化したリリーのアイデアのひとつ,範囲型のステルス魔法。ルトリア防衛線の折にルマールが魔獣を隠していたのと同様の効果が得られるはずだ。

 おそらく連合は攻城兵器を使ってくる。マイシャに籠られ時を稼がれる事の厄介さは身をもって知っているだろう。むしろ早期に陥落させて,こちらに兵力を回すことも考えてくるはずだ。

 となれば必然的に,こちらの最優先目的はその阻止となる。伏兵で敵の兵力と意識を分散させて攻城兵器を破壊し,籠城してしまうのが最善だ。

 そんな事を考えながらテラスへ戻ってくると,二人は相変わらず深刻な表情で水晶球を覗き込んでいる。

「…戦闘はどうなっている」

 まだ修羅場が続いているのだろうか。いくら反応が弱いと言っても,伝説の龍戦士である”紅き流星”が蟹程度に後れをとるとは考えにくい。それ以上の何かが居るのだろうか。

「ボ,ボス…」

 こちらに気づいて言葉を発するリリー。明らかにうろたえている。

「…どうした?」

「あ…赤い人…死にそう…」

「!?」

 馬鹿な,と今度は口に出し,水晶球を覗き込む。

「…これは…」

 地面に倒れ伏している男。周囲には血だまりができている。わき腹からは槍のものらしい棒状の柄が突き出している。一見して致命傷だ。

 この世の終わりのような表情で呼びかけを続ける例の女性と,その傍らで必死に治癒魔法らしきものをかけ続けているエルフ。

「…一体,何が起こったのだ?」

「それが…危なげなく蟹を三体倒した後に…背を向けた隙を衝かれて,リザードマンの槍を…」

「…油断,したのか…」

 そこへバタバタと誰かが走ってきて,状況を見て呆然とする。おそらくは治癒術師だろう。それに向かってまくしたてる女性。首を横に振った瞬間,治癒術師は鬼気迫る表情の女性にがくがくと身体を前後に激しく揺さぶられる。

 あれは首を縦に振らせるための行動だったのかも知れない。かなり後になってから,半ば笑い話として思い返せばそうとれなくもない行動だったが,少なくとも必死さだけは間違いのないところだろう。がくんがくんと首を前後に揺らされた治癒術師は,己の身の危険を感じてやむなく治癒魔法をかけはじめる。

「ね,ねぇボス…助かるかな…」

「…傷だけで見れば,まだ息があるだけでも奇跡だ」

 だが。伝説の龍戦士がここで死んでしまえば予言は潰える。そちらから逆に考えれば,奇跡が起きるのかもしれない。

 そこで内心苦笑する。自分が手を下す事こそ憚られたが,今のこれは不可抗力だ。自分にはどうしようもないところで伝説が潰えてくれるならば,もう余計な心配もせずに済む。済むはずなのに,どこかそうあって欲しくない自分が居るのだ。

 それはユーリエの為なのだろうか。それとも,この女性の為なのだろうか。そんなことを考えて,それを真面目に考えるのはハンの役割だろうとまた苦笑し,それを意識の外へ追いやる。

(…しかし,脆いものだ…)

 龍戦士と言ったところで無敵でも不死身でもない。さらには,意識の無いところでは龍戦士の力は発動しないようでもある。

 これがいつ自分やリリーの身に襲ってくるか分からない。そう考えて身震いする。今のうちに何らかの対策を講じておくべきかもしれない。

「…」

 だがそれは後の話だな。ちらりとユーリエを見てそう判断する。

 彼女の顔面は蒼白だ。今彼女を一人にするわけには行かない。

「…リリー。私はいろいろと片付けなければならないことがある。とりあえず今は,女王の側に居てくれ」

 そう言い残して,先にできる事を片付けるべく再びその場を後にした。

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