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建国一周年事業

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 リリーが倒れた一件以来,女王の側付きはリリーと交代で当たることとなった。女王を単独で居させても良くなったことも大きく影響していたが,ともかくそれによってまたいくつかの状況の変化が訪れた。

 ひとつは,リリーが黒軍の借り上げている宿にも部屋を設けたことだ。

「ごめんね,やっぱ私は庶民なんだな」

 ちょっと残念そうなユーリエにぺろりと舌を出して謝るリリー。しかしユーリエの寝室に運び込んだ寝具はそのままで,時々はお泊まりに行くということで決着した。

 もうひとつは,それに伴ってこちらの部屋の居住性を高めたことだ。

 いちおう念のために確保した部屋ではあったが,これまではこちらがユーリエの側に居る時間が限定的であったこと,それ以外の時間を城内で過ごす必要がなかったことからほとんど放置の状態であった。

 しかしリリーが宿で泊まるようになったことで,その間はいきおいこちらがユーリエの近くに居る必要ができたのだ。さすがに寝ずの番をしているわけにも行かないが,かといってリリーの部屋や,まして女王の寝室に入り込むわけにもいかない。

 そこで,ユーリエとの間にちょっとした衝突が起こった。

 リリー程ではないにせよ,こちらも確かに王城の豪華な調度に囲まれていては調子が狂う。だがさりとてリリーの部屋のようなことを繰り返してしまうのも心苦しい。その妥協案として,内装には手を付けず簡素な寝台を運び込む程度で済ませようとしていたのだ。

 ところがユーリエは,部屋そのものの改装を提案し,それをなかなか譲ろうとしなかったのだ。

「将軍を劣悪な環境で酷使したとあってはアリシアの沽券にかかわります」

 それが彼女の言い分だった。本来私は敵なのだから,リリーとは鍛え方が違うのだから,とあれこれ言っても納得しない。

「…すまないが,リリーの部屋だけでも心苦しいところなのだ。これ以上そのような事をさせるほうが,よほど心身の健康に障る」

 最終的にはそれで何とか説得し,内装だけを撤去して簡素な寝台と机,椅子を運び込む線で妥結した。

 そんなわけで,今私は城館内の自室に居る。

 目の前の卓には水晶球が置かれている。黒軍の合流の際に持ち込まれたもので帝国と通信を行うためのものだが,これもまたユーリエとの衝突の材料となった。

 こちらとしてはどのみち父祖の目の届かない所で連絡を取るつもりもないので,抵抗さえなければ城館内で使わせてほしいと言ったのだが,ユーリエは帝国の機密がこちらに一方的に筒抜けになるのは公平性を欠く,と全く逆の意味で反対したのだ。

 結局それも何とか向こうを説き伏せて現在に至るわけだが,どうも書庫での一件といい,何かがずれている気がする。無理矢理納得しようとするなら,おそらくは世間ずれしていない女王がはじめて自分で考えようとしているがゆえの不具合。だがそもそもで言うならその状況を作ったこの作戦,さらにはその立脚点であるハンの使命そのものがずれているのが原因だとも言える。

「…」

 となればそれをどうこう言っても始まらないだろう。どう折り合いをつけていくかの問題だ。そう結論付ける。

 水晶球を起動して待つ。ややあってそれが光を放ち,中にルマールの覆面が映し出された。

「通信ができるという事は,今のところ支配は順調だという事か?将軍?」

 いきなり本題へと入ってくるルマール。

「…差し当たり,小康状態と言ったところだ。決してすべてがこちらの思い通りに進んでいるわけではないが,とりあえずの危機は回避した」

「そうか。にしても…やってくれたな,将軍」

 溜息をつくルマール。

「まさか無能レヤーネンに攻撃軍の指揮を押し付けて,アリシアへ時化込むとは思わなかったぞ」

「…さすがにその物言いはいかがなものかと思うが…」

「違うのか?陛下おっさんは『嫁探しに出た』と言っていたぞ?」

「…陛下の物言いを真に受ける方がよほど『まさか』だろう」

 今度はこちらが溜息をつく。

「いつもならそんなものは無視して終わりだったのだがな。陛下に嫁取りを勧めたそうじゃないか」

 妙に機嫌が悪そうだったのはそれが原因か,と腑に落ちる。

「…帝国の将来を考えるならば世継ぎは必要だと,そう進言したまでだ」

「ふん,おかげでこちらはいい迷惑だ…」

 ぼそり,とつぶやくルマール。

 少なくともハンの頭の中ではルマールも立派に妃候補だ。どんなやりとりがあったかは想像に難くない。だがそれを言えばますます不機嫌になるはずだ。

「…仕事を増やしてしまったことはすまないが…避けては通れぬ事だろう?」

「相変わらず正論ばかりを吐く奴だな。だがまぁ確かに,理屈で考えるならば抗弁の余地は無い。帝国も間もなく建国一周年だからな」

「…そうか。もうそんなになるのか…」

 不意に過去の記憶が蘇る。思えば戦いづくめの一年だった。いつもギリギリの選択で,いつもギリギリの戦いで。一息ついたと思うとすぐに次の問題が降ってわいた。

「感傷に浸っている余裕はないぞ,将軍」

「…大丈夫だ,もとよりそんな余裕はどこにもない」

 ルマールの言葉に内心ドキリとしながら言う。

 無論ハンの使命は周知の事実だ。だからアリシアの女王に手荒な真似ができないことくらいルマールも承知の上だ。

 しかしまさかここが城館の一室で,ユーリエの反対を押し切って通信を行っているとは思うまい。

「…防衛システムも,辛うじて我々だけがそれを無効化できている状態だからな。微塵も気を抜くわけにはいかない」

「それは分かるが…何とかならんのか?」

 だがそこで意外なルマールの言葉。

「…どうしたのだ?」

「報告は受けなかったか?敵のエースの事だ」

「…エース?」

 おそらくはレヤーネンからという事だろうが,そんな報告は受けていない。だがそもそも聞こうともしなかったのだから,そんな醜聞を言いたくないであろうレヤーネンがこれ幸いと何も言わないのは当然の事だ。

「いくら無能でも,あれだけの兵力ならば勝てないわけがない。ところが無能の言い訳によれば,敵のエースがことごとく邪魔をしてくれたのだそうだ」

「…それを,私に止めろという事か?」

「そうだ。無論,作戦の概要は陛下から聞いている。だから無能のやる事に口出しも手出しもできないのも知っている」

 しかし,と言って溜息をつくルマール。

「さすがに被害が出すぎだ。送り込む部隊送り込む部隊片端からやられたのでは連中の戦意を削ぐどころか,反撃の機運をもたらしてしまう」

「…確かにな」

「さっきも言ったが建国一周年だ。できればここで勢いをつけ,あわよくば一気に片を付けてしまいたい。そんな思いもあって,大規模な派兵を行ったところだ」

「…大規模な?…いかに邪神の封印を解いたとはいえ,陛下は大丈夫なのか?」

 不安がよぎる。

「おそらくはな。ルトリアの封印を解く過程で,邪神の力を一時的に増強する手段を考え付いたのだ。技術的な限界からもってひと月だが,陛下の負担はかなり軽減されている」

「…そうか」

 ただ封印を解いてそれに頼るのではなく,利用する事をも考えていたわけか。

「で。また限界ギリギリまで頑張ってもらい,段階的にではあるがおおよそ現状の五倍強の兵力を送り込んだ」

「!…それは…」

「そうだ。将軍が指揮を執っていさえすれば,アリシアの牽制に兵を割いても十分エリティアを落とせるだけの兵力だよ」

 そこでまた溜息をつくルマール。

「ところがだ。ようやく目鼻がついてみれば陛下はすでに作戦の認可を与えた後で。マイシャへ連絡してみれば将軍はすでに発った後だ。おまけに舞い上がった無能はこっちの言う事も聞かん」

「…すまない」

「まぁ,偶然の産物というところもあったからな。それで将軍を責めるというのも筋が違う部分はある。だが…そう思ってくれるなら,多少は融通をつけてもらいたいところだな」

 そうそう陛下に無理ばかり強いるわけにもいかんだろう,とルマールに止めを刺される。

「…分かった,善処しよう」

 やむを得まい。一人でトルサへ潜入し,そのエースを倒してしまう事にしよう。そうすればレヤーネンの指揮でも落とせるはずだ。自分が倒したことすら伏せておくのも良い。

「…で,そのエースというのはどんな者なのだ?」

「無能の報告によれば。”四部衆”…これはどうも,この世界にその名を知られた四つのチームを指しているらしいのだが,その一つである”風”というのが幅を利かせているようだ」

「…ほう」

「先の防衛戦でも多大な戦果を挙げて,我らの邪魔をしてくれたらしい」

「…ではその”風”を止めれば良いのか?」

「可能ならばそちらも頼む。だが,どうやらそれ以上に厄介な奴がいるらしいのだ。無能の報告だから信憑性の面で大いに疑問が残るが,龍戦士級の戦闘能力を誇っているらしいのだよ」

 肩をすくめて見せるルマール。

「…それは,どんな奴だ?」

 龍戦士という言葉に妙な胸騒ぎを覚える。そしてそれが裏切られることはなかった。

「”紅き流星”シャルル=ナズルと言ったか…紅の鎧に身を包む男だそうだ」

「!!」

 自分はその男を知っている。あの水晶球の中で見た,伝説の龍戦士だ。

 しかも,”紅き流星”シャルル=ナズルだと?ハイアムにその人ありと謳われた竜騎兵団の団長と同じ名だと?

「…」

 やはり自分と彼の対決は避けられないのか。そして,大きな運命の流れに逆らおうとする自分の行動が次々と連鎖的に問題を引き起こしているだけだとというのか。だがだとすれば自分の敗北も,帝国の滅亡も避けられぬ運命になってしまう。

「どうした,将軍?顔色が悪いようだが…」

「…いや,何でもない」

「防衛システムか…かなり手ごわいようだな」

「…」

 おそらくルマールは誤解している。だが決して,全くの的外れと言うわけでもない。 

「…ともかく。その件はこちらも最善は尽くそう。だが,陛下の認可した作戦なのでこちらが勝手をし過ぎるわけには行くまい。手数をかけること申し訳ないが,何とかレヤーネンの同意をとりつけてもらいたい」

「分かった。できる限りの事はしてみる。結果はまた改めて連絡しよう」

「…頼む」

 水晶球からルマールの覆面が消え去る。

「…ふぅっ…」

 天井を仰ぎ見て息をつく。いよいよ困ったことになった。

「…だが,まだだ。まだすべてが決まってしまったわけではない…」

 頭を振って意識を切り替え,扉へと歩き出す。

 目指すは書庫だ。もう一度,今回の予言や”紅き流星”にまつわる文献を読み直そう。何か関連するものが見つかるかも知れない。最後の最後まであきらめるわけには行かないのだ。

「…やるしか,ないのだ」

 自分にも言い聞かせるようにつぶやいて,扉を開けた。

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