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父祖の叱責

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 女王と学院地下の書庫へ行ってから数日の間は,毎日のようにそこを訪れた。

 リリーは夢にまで見た資料の山に狂喜乱舞し,次から次へと希望を言った。そして,こんなこともあろうと用意していた魔法によって片端からその蔵書の中身を複写すると,城へ帰ってその複製を作り出した。

 その努力によって,彼女のために作り替えられた部屋の書庫はすでにその半分が蔵書で埋まっている。

 だがそこで無理をし過ぎたと言うべきか。見事に体調を崩したリリーは,今はその部屋のベッドの上だ。

「ごめん,ボス…」

「…気にするな」

 細部にまでこだわって作られたその部屋は,自分達だけならばサナリアへ戻ったかのような錯覚すら覚えるほどだ。だが,今ここにアリシアの女王が居るという事がそれを明確に否定している。

「すみません,私がもっと早くに気づいていれば…」

 異変に気付いたのはユーリエだった。夜半にふと目を覚ましてみると,リリーの苦し気な寝息が聞こえたのだそうだ。

「…いや,むしろ貴女には感謝している。貴女が側に居てくれたからこそ状況は悪くならずに済んだのだ」

 ユーリエが治癒魔法で処置を施したため症状は快方に向かっており,今寝ているのもあくまで大事をとっての事だ。

「ほんとだったら,今日も書庫へ行く予定だったのにね…」

「…無理をしてまで行く必要もあるまい」

 結局,予言の書からは有益な情報は得られなかった。

 超長距離狙撃によってどこかへ弾き飛ばした龍戦士がその後どうなるのか,飛ばしたことによってその成就を阻止できたのか,そのあたりが多少なりとも推測できるような記述ならば,と期待してもいたのだ。

 だが結論としては,そんな思わせぶりな記述などどこにもなかったのだ。落ちてきた龍戦士が伝説の武具を手に帝国の野望である邪神の復活を阻止し,アリシアの姫と結ばれる。淡々とそれが述べられているに過ぎなかった。

 差し当たっての目的が達成されてしまったのだから,無理を押してまですぐ知らねばならない事など何もない。

「…女王,貴女もろくに寝ていないはずだ。ここは私に任せて,休むと良い」

 すでに日は登っているが,ずっと看病と称してユーリエはここで付き添っていた。

「お断りします」

 しかし即座に,きっぱりと言い放つ。

「…女王?」

「寝ていないと言うなら,将軍だってそうでしょう?それに…将軍だけがここでリリーさんに付き添っては,私の監視役が居なくなります」

「…それは…そうだが…」

 それを自分で言い出すくらいなら,監視が居なくても自粛してくれるだけで…と言おうとしてやめる。

「さすがに,申し訳ないよ…女王様」

「遠慮は無用です」

 にっこりとリリーに笑いかけるユーリエ。

「随分とご迷惑をおかけしていますし,せめてこんな時くらいは」

(…なるほど…)

 納得する。帝国軍たった一人の女性としてもっとも長時間の,替えの効かない任務を担っているのがリリーだ。ユーリエが自分のために損な役回りをさせていると思う対象としても真っ先にリリーが挙がるわけで,何とか対等な関係を保ちたいと思う彼女にとってはまたとない失地回復の機会だろう。

 だが彼女の嬉しそうな表情が,決してそれだけが理由ではないことも物語っている。水晶球で見続けてきたというあの女性。妹を見守る姉のような心境だと言ったところで直接手出しができるわけでもないから,何かが起こるたびに随分ともどかしさも感じていたのだろう。それが身近に現れたリリーのこれで,いっきに噴出したのかも知れない。

「…リリー。せっかくだ。甘えさせてもらえ」

 ユーリエの心の安寧につながるのなら,それで良いのかも知れない。

「そりゃ…嬉しいけどね。小さい頃は優しいお姉ちゃんが欲しかったし…」

「ふふ…年はリリーさんの方が上なんですけどね」

 言ってしまってから,しまった,という表情で口を押さえるユーリエ。

「…そうなのか?」

「絶対そんな反応だって分かってたから秘密にしておいたのに…」

 むくれるリリーに思わず苦笑する。

 とはいえ,たったこれだけの時間でここまで友好的な関係になっているのは驚嘆に値する。

「…だが,くれぐれも無理はしないで欲しい。女王に倒れられてはいよいよ我々の立場が無いのでな」

「分かっています。それでまた余計な…負い目を作るわけには行きませんから…」

 その反動がこちらに来ているのか,こちらへの対応の反動がリリーに行っているのかは定かではないが,反応としてはこちらのほうが常識的だろう。

 と,その時。

(…?)

 小さな違和感。辺りの空気がほんの僅かに揺らいだ,そんな感覚。ユーリエはもとより,体調を崩しているリリーにも全く感じ取れはすまい。いや,仮に万全でも感じ取れただろうか。

「…」

 大したことがないならわざわざ二人に余計な気を遣わせる必要も無い。だがほんとうにそうなのだろうか。

 二人には分からないようにちらりと視線を虚空に送る。父祖ならば分かるはずだ。 

<さすがに気づいたか>

 しかし父祖の声が響く。

「え?何?」

「父祖…?」

 突然の,何の脈絡もない参入に目を丸くする二人。

「…父祖の範囲内で何かが起こったらしい」

「何かって…何?」

 途端に不安そうな声を上げるリリー。やはり体調を崩しているせいで気持ちも強さを失っているようだ。

<こちらに接触してきた者がいる>

「…なに?」

 だが父祖の言葉に思わず耳を疑う。それが事実ならばかなりの大事だ。

「もしや…」

 ユーリエが口を開く。だがその表情は不安や恐れなどとは全く無縁のものだ。

「…女王?」

「先日申し上げた通り,古来,極少数の限られた者は父祖と意思の疎通ができたと聞きます。そして私の知る限り,今のアリシアでそんな事ができるのは一人しか居ません」

「…つまりは,貴女の知るその者が父祖に接触してきたわけか」

 それは一体何者で,何のために接触してきたのだろうか。

「私の叔父にあたる人物で,クマルー卿と呼ばれています。アリシアでは王位を継げるのは直系の女子だけで,基本的には直系の男子がそれを成人まで後見することになっています」

「…では,貴女の後見人か」

 だがそれでは,なぜここに居なかったのだろう。それに,今になって接触をしてきたとは,つまりは女王の奪還を目論んでいるのではないだろうか。

「卿は…多忙な身であちらこちらを動き回っているのです。ですから,彼にしてみれば自分の不在の間に城を占拠されてしまったという格好なのです」

「…それで,貴女を取り戻そうと単身で潜入してきた…と?」

「!」

 落ち着きを失うユーリエ。

<いや。そうではない>

 だがそこで父祖が割り込む。

<卿はさしあたり,私が健在であることを確認しに来たのだ>

「…なるほど」

 それは父祖の事を知っている者としては賢明なやり方かも知れない。父祖が健在ならば女王の安全は確保されている。逆に女王の身に何かが起こっているようならば父祖が健在であるわけがない。そういう判断なのだろう。

「…だが,良かったのか?それほどの力を持つ者ならば…」

<卿は龍戦士ではない>

 こちらの意図を察して父祖が言う。

<ではない以上,卿と私が示し合わせたとて,お前に勝るとは思えぬ。せいぜいユーリエを逃がすのが関の山だ。だがそれでは今よりもユーリエを危険に晒す事となる>

「…」

「あの…」

 そこでユーリエが控えめに口を開く。

「将軍は以前,帝国が侵攻の道を選んだのは理解されなかったからだと仰いました」

「…そうだ」

「ですが,クマルー卿は当代最高の魔術師と評されるほどで,聡明な方です。きっと事情を話せば…」

<それをするのは危険すぎる>

 だが父祖がそれを即座に否定する。まったくの予想外だったようで,その言葉に驚愕するユーリエ。

「父祖?しかし…」

<ユーリエ。よく考えるのだ。今回帝国側…いや,この男から提示された作戦は,その秘密を外へ漏らさぬことが最大の成否の鍵なのだ。クマルー卿ならば確かに趣旨を理解する可能性は高い。だが絶対にそうだとは限らぬ>

「それは…そうですが…」

 他ならぬ自分が割り切れないものを感じている以上,それを否定することはできない。そんなところなのだろうか,ユーリエの言葉は歯切れが悪い。

<絶対ではない以上,そうではなかった時の事も考えねばならぬ。ユーリエ…お前は卿を。お前と同様ここに留め置くこと,甘受できるのか?>

「!…そ,それは…」

(…?)

 明らかに平静を失ったユーリエに違和感を感じる。後見人ならば本来的には側付きが最優先の仕事のはずだ。それ以外にどんな重要な仕事があるのかは分からないが,一つを選ぶとなれば迷う余地などありはしない。

 さらに不思議なのは,父祖もユーリエもそれをごく自然の事として受け止めている。作戦に同意しある意味冷徹に可能性で割り切る父祖はともかく,なぜ女王が自らの後見人を側に置くことを,あたかも自分のもとに縛り付けておくかのような認識でいるかが分からない。 

 自らの不安や心細さを解消する相手としてそれを望んでいるならばなおさらだ。

<入り口に仕掛けられたあの装置とて,卿ならば見破らないとも限らぬ。万全を期すならば,幽閉するしかなくなるだろうな>

「う…」

 こちらの疑問などお構いなしに父祖とユーリエのやりとりは続く。

「そんなに凄い人なんだ,クマルー卿って…」

 見破る前提で話が進んでいることに目を丸くするリリー。

 だがそれは無理もない反応だ。自分の生みだした装置にはそれなりの自信を持っている。事実,龍戦士であるルマールの防御魔法や父祖の目を潜り抜けてきたのだ。

「…それほどの人物ならば…」

<問題はまだある>

 だが言いかけたこちらを遮って父祖は続ける。

<ユーリエ。この計画の最大の不安要素は,目の前に居るその男の優柔不断さだ>

「えっ?」

「ちょ?」

 まったく想定外の言葉に目を丸くする二人。

「…なに?」

 だがそれはこちらにしても同じだ。

<そもそもこの男は敵,帝国の将軍だ。よもやそれを忘れてはおるまいな?>

「わ…忘れるわけがありません」

「…」

<ならば今一度,この男の言葉を,目的を思い返してみるが良い。この男は本来,帝国の存続のために予言を阻止しようとここへ来た>

「分かっています」

<ところがだ。にも関わらず,お前の身の安全を守り,邪神の封印を放置。騎士の剣すらそのままにし,どんどんと自らの立場を悪くしている。そしてその全てが,お前の為だと言う>

「っ…」

 眉間にしわを寄せるユーリエ。

「…」

 だがこちらにとっても決して居心地の良い言葉ではない。特に今は隠し事すらしている状態なのだ。

 まさかここでそれを暴露するつもりか。不安がよぎる。

<先ほど,私が途中で止めねば,この男はお前の提案を受け入れるつもりだったぞ。お前の心中を察するあまり,この計画の屋台骨すら揺るがそうとした>

「!?」

 だが次に発せられた言葉は,またしても全く予想外のところを衝いてきた。

<お前はそれでこの計画が水泡に帰したとして,耐えられるのか?>

「う…」

「…ぐ…」

 まるで自分に向けられたかのような言葉。思わず口をついて出るうめき。

 そんなこちらの様子に気づいてしまい,それでますます気まずい表情となるユーリエ。

(…くっ)

 これでは悪循環ではないか。

<卿には余計な事は何も言わなかった。お前のその様子を見る限り,その判断に間違いは無かった。今回は…それで良いな?>

「…はい…」

<ユーリエ。辛かろうが,自分で考える事をやめてはならぬぞ>

「肝に銘じます…」

 クマルー卿に頼ろうとしたことを咎められる格好になったしまったようで,ユーリエは落ち込んでしまう。

「…」

 だがそんな状況を作り出したのはこちらの責任だ。それをまた非難されたような格好となりこちらも何も言う事ができない。

 それきり父祖は黙ってしまった。後に流れるのは重苦しい沈黙。

 結局かなりの時間をかけて,もっとも気遣われる立場だったはずのリリーがそれを解きほぐすのに気を遣う事となってしまった。

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