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知恵の宝庫

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 思わぬところで伝説の龍戦士らしき反応との再会を果たした私は,最適解を探るべく行動を起こした。

「あ…将軍」

 女王はまだ先ほどの部屋に居た。リリーと何事か楽しそうに話していたが,こちらの存在を認めてそれを中断する。

「…邪魔をしたか,すまないな」

「いえ…急用はもうお済みに?」

「…ああ。差し当たっては問題ない」

 そこで会話が途切れる。

「あの…何か?」

「…ああ。頼みたいことがある」

 そう言うと,ユーリエの表情がやや翳る。頼みとは言ってもほとんど拒否ができないのだから,当然と言えば当然だ。

「…文献を,読ませて頂きたいのだ。アリシアの…」

 言いかけて気づく。王城の地下にあったのは父祖だ。文献らしきものなどどこにもなかった。

「…いずこかには膨大な蔵書があると聞いていた。私はこの世界の事,この国の事,それをもっと知らねばならない」

「学院の地下には,書庫があります」

 ですが,とユーリエは言いよどむ。

「帝国軍が外を,さらには学院内を出歩くのは…」

「…すまないな,気を遣わせて」

 ふっ,と微笑が浮かぶ。外へ出れば悪逆非道の帝国兵,それが魔道王国アリシアの最高学府である学院に現れたとなれば,それは火薬庫に火種を放り込むようなものだ。

「だ,誰が!私はただ国民や院生たちに無用な混乱を与えたくないだけです!」

「…だから,国民や院生に気を遣っているのだろう?私もできれば,民を思う心優しい女王に無用な心痛を与えたくはない」

「う…」

 それがほとんど詭弁の類である事は分かっているが,さりとてそれ以上どう言い返しようもない。そんな複雑な表情が浮かぶ。

「…では…そうだな,ここへ来た時の装置を使わせてもらうのはどうだ?」

「えっ?」

「…あれならば,他の者には知られずにこちらの目的だけを果たすことができる。父祖の目を盗んでしまう格好になるのは心苦しいが,無用な混乱は避けられるはずだ」

「あー,でもボス」

 そこでリリーが口を挟む。

「それだと,自分で探さなきゃいけなくなるね」

「…やむを得まい。何とか…」

「それは無理です」

 だが今度はユーリエが口を挟む。

「アリシアの蔵書量は他国を足元にも寄せ付けません。過去数千年にも及ぶ蓄積が学院の地下には眠っています。案内なしに目指す蔵書へたどり着くことはまず不可能でしょう」

「…そうか」

 元の世界の県立図書館程度の蔵書量を思い描いていたが,数千年の蓄積では桁が三つ四つは違うだろう。

「ねぇボス。いっそ,女王様に一緒に行ってもらうのはどうかな?」

「…リリー…」

 いくら何でも相手は一国の元首だ。それに案内をさせるなど失礼だろう。

「それはいい案ですね」

 ところがユーリエがそれに同意する。

「…しかし,女王…」

「勘違いはなさらないで下さい。あなた方が父祖の目を盗んで何をするか分かりませんから,私が見張っていなければ,という意味です。知の遺産を守るのも務めですから…」

「…なるほど。だが…それはすなわち,貴女にも父祖の目が届かなくなることを意味する」

 占領下にあるアリシアで女王が表を歩き回る事の方が不自然だ。だからいきおい装置を使って身を隠す必要がある。

「それは…」

 ハッとするユーリエ。

「…ではこうしよう。装置の数には余裕がない。だから,貴女には私の部下の分を一時的に貸す事にする。多少不釣り合いかも知れぬが,人質として置いて行く格好だな」

「そ,それではその方が…」

 気の毒,と言いかけて慌てて口を押さえる。

「…私は部下の命が大事だ。だから貴女の身の安全は私の命に代えても保証する」

「…」

 複雑な表情のユーリエ。また思わず微笑が浮かぶ。

「…目の届かぬ状態で女王を外に出すのは心配かも知れぬが,それで納得してくれ,父祖よ」

「あ…」

 そこでもう一つの意味に気づく。ろくな護衛も付けないどころか,帝国軍とともに城外へ出ようとしているのだ。ごく普通に考えれば正気の沙汰ではない。

<ユーリエがそう決めたのならばそれで良い。それに,お前は下手な護衛よりもじゅうぶんに信用できる>

「…買いかぶらないでもらいたいところだが,現状で我々以上の脅威など考えられないからな」

 苦笑交じりに言う。

「すみません,父祖…」

 申し訳なさそうに言うユーリエ。

「いよいよ世界最大の資料たちとご対面かぁ,ワクワクだな」

 しかしそこでリリーが口を開き,場の,主にユーリエの雰囲気が変わる。

「…なるほど,それが目当てだったか」

 ユーリエが同行することで,側付きの自分も当然行くことになる。そう読んでの発言だったわけだ。

「当然でしょ?私がここへ来た目的の一つがそれだからね」

 ちっちっと人差し指を左右に振るリリー。

 しかし,ユーリエの精神状態を良好に保つというもう一つの目的も今のところ順調にこなしている。

「…よし,では行くか。装置はシェスターに借りる事にしよう」

 リリーに感謝しながら,部屋の扉を開けた。

 先ほど龍戦士の反応を探った部屋へ戻り,シェスターに事情を説明して装置を借りる。

 深々と頭を下げる女王に戸惑い,やはり深々と頭を下げるシェスター。さすがにリリー相手とは勝手が違うと言ったところか。

 ともかく装置を起動して,城館の外へ出る。リリーが入り口に仕掛けた暗示装置によって,自分がこちらとの経緯を忘れてしまうのではないかと心配したユーリエではあったが,その効果も無力化できると説明されてほっと胸をなでおろした。

 城門へと続く大通りを右に折れ,学院を目指す。いたずらに刺激してしまう事のないよう宿は反対側に借りてあるため,こちら側は初めてだ。不測の事態に備えてユーリエの両側をリリーとで固める。

 馬車などを使わず,それなりの距離を自分の足で歩かせるという事には抵抗を感じたが,当の本人はむしろその新鮮さに楽しさを感じていた。

 もちろん自分の置かれている境遇を思い出せば,と言ってもそれはこちらから言えばほとんど自分を保つための立ち位置に過ぎないのだが,浮かれている場合では無い。ともすれば緩みがちになる表情を引き締めようと苦心している。

 そんな女王の努力は見ていて微笑ましいものであるが,それを表情に出すわけにもいかない。いきおい,こちらも無関心を装う努力を求められる。傍から見ればなかなかに不思議な光景だったことだろう。

 やがて学院へとたどり着いた。

 王城もそうだが,かなりの年季を感じさせる荘厳な造りの正門。それをくぐって中へと入る。

「さっすが,世界で一番の歴史と伝統を誇る魔術師養成機関だね…」

 その雰囲気に圧倒されるリリー。

「…そうだな」

 落ち着いた雰囲気の回廊を,ユーリエに続いて歩く。

「…」

 最愛の人も,かつてここで学んでいた。曲がり角から姿を現した女生徒とすれ違ったのをきっかけにしてそんな事を考えてしまう。

「あの…将軍?」

「…ん,ああ,何でもない…」

 二度三度と頭を振って,意識を現実に戻す。

「こちらです」

 奥まった扉の前でユーリエはそう言うと,二言三言つぶやいてそれを開く。王城の地下もそうだったが,限られた者しか入る事を許されていないことを窺わせる。

「…すまないな」

 それはつまり,自分たちが望まれざる侵入者という事だ。思わず口をついて言葉が出る。

「謝るくらいなら,遠慮してほしかったのですが…」

 こちらには拒否権がありませんから,とユーリエは無感動に付け加える。

「…すまない」

「…」

 再び口をついて出たその言葉には答えず,石段を下りる。

 後についてそれを下りると,やがて広大な空間を埋め尽くす書庫の山々が見えて来る。

「…これは…」

「ふわぁ…」

 想像以上だ。圧倒的な蔵書量。確かにこれでは,目当ての書物を探すのも一苦労だ。

「地下一階が主に下位古代語時代から現代に至るまでの蔵書です」

「…なに…」

 という事は,それより前の蔵書はさらに下の階なのか。

「どんなものをお探しか教えて頂ければ,場所を調べることができます」

「あ,じゃぁねぇ,私は…」

 きらきらと目を輝かせながら次々と内容を言うリリー。ユーリエはその都度何事かつぶやき,どこにあるかを言う。おそらくは検索のための魔法か何かがあるのだろう。

「じゃぁ,ちょっと行ってくるねボス」

「…おい」

 そう言うと,こちらの制止も耳に入らなかったようでリリーはぱたぱたと駆けていく。

「…女王から離れては護衛の意味を為さないだろう…」

 そのつぶやきを拾ったユーリエが苦笑する。

「大丈夫ですよ。学院はアリシア国内では王城に次いで安全な場所ですから」

「…そうか。ではお言葉に甘えさせてもらおう。あれにも,多少は羽を伸ばす機会を設けてやらねば」

 それを聞いてちょっと複雑な表情を浮かべる女王。しかしこちらが口を開くより早く言葉を発する。

「将軍は…何をお探しで?」 

「…差し当たり,今回の予言を記述した書物を見せてもらいたい」

「!」

 それを聞いて,たちまち表情が厳しくなる。

「見て…どうなさるおつもりです?だいたいの話ならば私がお教えする事もできますが…」

「…最善を探すためだ。私は予言の詳細を知らない。丹念に隅々まで読むことで,全く考えも及ばなかった新しい方法が見つかるかも知れないと思ったのだ」

「そうですか…」

 溜息をつくユーリエ。その様子から,より触れてほしくない何かに自分が触れようとしていることを悟る。

「やむを得ません」

 すまないな,とお決まりの言葉を言いかけたこちらを遮るようにしてユーリエは言う。

「予言の書は…上位古代語で著されているため下の階へ行かなければなりません」

「…そうか…」

 下の階へはより立ち入って欲しくなかったのだろう。そちらへ向かって歩き出す女王の足取りは重い。

「やむを得ませんから」

 す,と口を開いたところで背中越しにまた遮られてしまう。

「…」

 こちらとしては謝りたいところだが,謝られるのは困るという意思表示なのかも知れない。黙ってその後に続く。

 すでに読みふけっているリリーに声をかけるだけかけて,下の階へと向かった。

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