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皮肉な運命

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 逸る心を苦心して押さえつけながら,早足に階段を上る。水晶球に映し出された男が一瞬だけ感じさせた感覚,それには確かに覚えがあったのだ。

「あ,将軍」

 尖塔を上り切ったところにある小さな部屋では,シェスターがそれなりにのんびりと外の様子を見張っていた。それなりに息を切らせているこちらを見て,目を丸くしながら口を開く。

「どうしたのです?異変は何もない…はず…ですが…」

 徐々にその表情から余裕が失せていく。緊急事態でもなければ自分に信頼を置くこの将軍が直接ここまでやってくる筈がない,との思いがむくむくと頭をもたげてきたのだ。

「…心配するな,ここに異変が起きたわけではない」

 息を整えながら言う。

「では,どうなさったのです?」

「…少し,確認したいことがあってな」

「そうですか。外した方が良いですか?」

「…いや,問題はない」

 了解と言って,しかしシェスターは壁際まで下がる。

「…」

 窓の側に立ち,先ほど水晶球に映し出されていた場所,エリティア第三の都市トルサの方角を向いて目を閉じる。

(…やはり,この感覚は…)

 イメージの暗闇の中に,かすかとはいえ浮かび上がる光。やはり自分はその感覚に覚えがある。

(…伝説の,龍戦士…)

 ルマールとの共同作戦で狙撃し,消滅したかに見えたその感覚。確かにそれと同じ感覚だ。

「…っ」

 ぎりっ,と歯が軋む。

「将軍…」

「…何でもない。邪魔をしたな,任務を続けてくれ」

 目を開き,そう言ってその場を後にする。

「…父祖…頼みがある」

 石段を下りながら,絞り出すようにそうつぶやく。全ては見えているはずだし,聞こえてもいるはずだ。

<どうした?>

 頭に直接響いて来る父祖の言葉。

「…これから私が言う事を,しばらくの間女王に伏せておきたい。それを許して欲しいのだ」

<それは?>

「…先ほど女王が見ていた女性の,最近できた仲間。…おそらくは彼が,伝説の龍戦士だ」

<!>

 あたりの空気が小さく振動するような感覚。それをユーリエに気取られるのではないかと心配する。

<それは,本当なのか?>

「…十中八九,間違いはあるまい。だが…いくつか問題がある」

<問題…?>

「…具体的な説明の前に,まずはその問題を確認するための時間が欲しい,という事だ。推測で女王に話して,余計な心労を負わせるわけには行かない」

<よかろう。だが,こちらが納得する問題ならばの話だ>

「…感謝する」

 つぶやき程度とはいえ聞かれるわけにも行かない。あてがわれていた部屋へと入り,扉を閉める。

 女王の身辺はリリーに任せていたが,さりとて任せきりになっては彼女が参ってしまう。そのあたりの事も含めてリリーと交代であたっているわけだが,その必要上こちらも城内に部屋を借りていたのだ。

「…詳細は省くが,私は伝説の龍戦士の感覚に触れた事がある」

 机の上に両手をついてそれに身体を預けながら,口を開く。

<それと同じ感覚だった,というわけか>

「…そうだ。だが…それにしては,妙に反応が弱い」

<弱い…?>

「…同じ人物が何かの原因で力の大部分を失ってしまったか,でもなければ私の部下と同様,その子や孫とでも言わなければ説明がつかないほどの弱さなのだ」

 そこで狙撃作戦の時の,消滅直前に飛散したような感覚を思い出す。

「…まずもって,そこを確認しなければ先に進むわけにはいかない」

<ふむ…>

 しばしの静寂。それに耐えきれなくなって口を開く。

「…問題はまだある」

<それは?>

「…その龍戦士は,女王に勇気を与え続けてきた女性と親密な仲になっているという話だった」

<なるほどな。あちらを立てればこちらが立たず,という事か>

「…そうだ」

 支えとなってきた女性の相手がよりにもよって自分の運命の相手であったと知ったら,ユーリエは何を思うのだろう。

 考えただけで恐ろしい。しかもその状況を作り出したのは,他ならぬ自分なのだ。

「…だからこそ,全ての憶測を排除して間違いのない事実で判断する必要がある。そのための時間が欲しい,という事なのだ」

 絞り出すように言う。またしばしの静寂。

<分からぬな>

 だが父祖がそう言ってそれを破る。

「…分からぬ?」

<そうとも。事実が出たら,お前はどう判断するのだ?>

「…それは,事実が出て見なければ分かるまい」

<さりとて,期待はしているのだろう?最も被害が少ないのは,その男が伝説の龍戦士ではない事だ>

「…そうだ」

<その男が本物であったとしても,その女との仲がそれほどでもなければ被害は比較的少ない>

「…そうだ」

<では仮にそうでなかったとして,お前はその時どうするのだ?>

 問題はその場合だ。現在の所,それには全く何の解決策も見いだせない。

「…」

<分からぬな…いよいよ分からぬ>

 父祖は言葉を繋ぐ。原理はよく分からないが,呆れているのが分かる。

<そもそも,お前は予言を阻止するためにここへ来たはずだ。それが,何を血迷ったか次々とその条件を放置して,今は伝説の龍戦士を何とかするしかない状態。にも関わらず,それすら放置しようと…いや,むしろ成就させようとすらしておるように見える>

「…ぐっ…だからそれは,女王の幸せを…」

<それが,帝国の滅亡と同義になっても良いのか?>

「…ぐぅ…っ」

<などと,私がお前に尋ねている時点でおかしいという事だ。ユーリエではないが,つくづくお前は不思議な奴だ。まったくわけが分からぬ>

「…ならば,私がその男を殺してしまってもいいと言うのか」

 さすがに腹に据えかねて,言い返す。

<構わぬぞ>

「…な,に…?」

 だが父祖は斜め上の事を言い出す。

<きっちり責任さえ取るのならばな。先日お前が言った使命から言えばその女もなのだろうが,私は差し当たりユーリエの分の幸せさえ確保できれば良い。その男を失った不幸のツケはきっちり払ってもらうぞ>

「…だが,それでは…」

 そこでハッとする。つまりは父祖は,伝説の龍戦士を殺すなら責任を持ってお前がユーリエを幸せにして見せろと言っているのだ。

<そういう事だ。予言を阻止しに来ておいて幸せを守るなどと大見得を切った事,ゆめゆめ忘れるでないぞ>

「…」

 長い年月を経た龍戦士は皆そうなるのだろうか。まるでハンと話をしているかのような錯覚。それとも,例のメダルを自分が光らせてしまったことで身代わりと認識されてしまったのか。

<まぁ…>

 またしばしの静寂の後。父祖が言う。

<あまりお前を追い詰めすぎて,開き直られても困るな。いつまでかは知らぬが,時間はやろう。もしお前の言うように,その男が見る影もなく弱くなっているとしたら…こちらはお前の話に乗っておくしか方法は無いのだ>

「…感謝…する…」

 ならばはじめからそう言え,ささやかな抵抗のつもりか。その思いを苦労して心の奥底に沈める。

<私からも一つ,頼みがある>

 だがそこで,父祖は意外な事を言い始める。

「…頼み?」

<そうだ。まぁ,彼我の立場からすれば願いと言った方が良いやも知れぬな。それゆえ聞き入れるか入れぬかもお前次第だが。もしお前がユーリエの幸せを本気で願っているのならば…最悪の事態に陥った時の決断はユーリエに委ねてはもらえぬか>

「…な…しかしそれでは私の…」

 責任逃れにしか過ぎないではないか。

<自分の生き方を自分で決める。たとえそれが苦しい決断であったにせよ,それもまた一つの幸せの形と言えよう>

「!!」

 頭を殴られたかのような衝撃。

「…ぐ…っ」

 うめく。何をどう言ったところで自分たちは支配者で占領者だ。奇しくも先日,自分もユーリエに言ったではないか。最終的な決定権は自分にあると。

<自称占領者には,少々効きすぎる皮肉だったか?だがこれは多分に自虐でもある>

 だがそこで,父祖がまた意外な事を言い出す。

「…なに?」

<ユーリエは女王だ。生まれながらにしてそう生きるよう定められておった。しかもあれは,歴代の女王たちに比しても予言の分だけその制約が大きい…>

「…」

<それを甘受するのもあれの決断,と言えばそれまでだが。多かれ少なかれそれしか選べないという暗黙の重圧もあろう。外から来た者の感覚のゆえかも知れぬが,女の身に乗せるには過酷な運命だ。なればせめて,このような機会だけでもあれの好きにさせたいと,そう思う部分もあるのだ>

「…父祖…」

<ふん…どうやらつられてしまったようだな。本来ならば敵にこのような話など長々とするわけもないものを…>

「…すまないな」

 苦笑する。父祖の真意は分からないが,ともかく気持ちは幾分楽になった。

<誤解はするなよ。このような機会だからこそ,そう言っておるだけに過ぎぬ。その機会をこちらが望んだわけでない事,それも忘れるでないぞ>

「…約束しよう。事実が揃ったら,必ず女王には伝える。その上で…女王の最善となる道をともに考えると」

<それがお前の決断なのか>

「…そうだ」

 身体を起こし,扉へと向かう。

「…まずは自分にできる最善を尽くすのみだ」

 そうつぶやき,扉を開いた。

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