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アリシア王城の長い夜・その陸

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 意を決してメダルに触れた途端,メダルが光を放った。

「!」

 驚いて,思わず手を離してしまう。だがそれは支えていたユーリエも同じだった。思わず手を引っ込めてしまい,メダルは乾いた音を立てて地面を跳ねる。

「そ…そんな!?」

 そのまま驚愕の表情で叫ぶユーリエ。

「…」

 壁まで転がって行ってそこで止まったメダルに歩み寄る。さっきの光は目の錯覚だったと言われても言い返せないほど,どこにも変わった点は見られない。

「…もう一度,試すぞ」

 そう言って,今度はそれをつまみ上げる。

「!」

 やはり光を放つメダル。ぼんやりと,しかし確かに光り続けている。

「何故…でも,いえ,だって…」

「…光っている,な…」

「そんなはずないでしょう!?だって,伝説の龍戦士はいずこかへ飛ばされてしまったと…それに,将軍はその前から将軍だったはず…」

「…確かに,私はそれ以前から帝国軍に身を置いていた」

 比較的落ち着いていられるのは,先ほどの魔法の効果がまだ残っているのも大きく影響しているのだろう。

「どういう事ですか!?父祖!?飛ばしてしまったのは帝国軍ではなかったのですか!?」

 対してユーリエは気の毒なほど混乱している。

(…やはり目星はつけられていたか…)

 城内に入った時の感覚を思い出しながら,あの時の父祖も覗き込まれるような魔力を感じていたのではないか,と想像する。

「…父祖は,その辺の事情に明るいのか?もしそうならば,私も明快な回答が欲しいところだが…」

 明確に自分を認識していた可能性も無くはないだろうが,向こうが何も言い出さない以上こちらから進んで暴露する必要も無い。そう結論付けてそれを意識の外へと追いやり,淡々と言う。

<その件については,お前ならばわざわざ説明するまでもないだろう?>

「!?」

 頭の中に響く声。なるほど,それを感じる力さえあればどこにいても父祖と意思の疎通ができるのか。

 だがそんな事よりも,今はその言葉の真意を測るのが先だ。追いやったはずの結論が,疑問符をつけられて戻ってきた格好なのだ。

「…どういう事だ…?」

 様子を伺う。父祖には飛ばされたのが自分だという確証がつかめていたのだろうか。

<伝説の武具に選ばれる者が,つねに一人とは限らないという事だ>

 だが予想とは違う返答。迂闊な事を言わずにいて正解だったようだ。

「…なるほど,そういう事か…」

 状況としては何ら結論にはならないものの,言葉には納得する。例えば蛟龍なら,力さえ示せれば極論誰でも所有者たりえる。だからこそ,蛟龍の所有者にはそれが実感できると言いたかったわけだ。

「ど,どういう事なのですか…?」

 探るようなユーリエの言葉。分からない,というよりは認めたくないという響き。

「…簡単に言えば,私に…いや,私にもと言ったほうが良いか…この剣を使うだけの資質があるという事だ」

 だがよしんば資質があったところで使いこなせるとは思えない,たとえ伝説の龍戦士であったとしてもだ,と心の中で付け加える。

「そ,そんな…」

<選ばれた者と言っても,その力の引き出し具合は様々だ。それをもっと輝かせた所有者も居れば,そうではなかった者も居た>

「で…では!今はどこにいるかも分からない龍戦士ではなく,この方が騎士の剣の所有者となることもあると言うのですか!?」

「!」

 ハッとする。自分が伝説の龍戦士でなかったとしても,その龍戦士が居ない状況ならばお鉢が回ってくることは十分にあるだろう。しかしそれ以前に,伝説の龍戦士本人が騎士の剣を佩いたという予言だったのかどうかも怪しい。

 詳細が伝えられていない以上,今の解釈が全て根拠の無い思い込みかも知れないと疑ってかかる必要がある。メダルにつきつけられた現実は,そんな可能性を十分にはらんでいるのだ。

<あるかないかで考えれば,あるだろうな>

「…!」

 信じられないとばかりに大きく目を見開き,こちらを見るユーリエ。

「…すまないな,女王」

 自然に言葉が出てしまう。

「ど…どういう意味ですか?」

「…伝説の龍戦士ならばともかく,私が所有者となってしまうのは不満なのだろう?」

「そ,それは…」

 もにょもにょと口ごもるユーリエ。はっきりそうだと言ってしまうのもさすがに失礼過ぎるが,かといって違うと言うのも何となく誤解されそうだ,との迷いがありありとその顔に浮かぶ。

「…貴女はやはり,優しい方だな」

 ふっ,と微笑が浮かぶ。

「もう!いい加減にして下さい!私と貴方は,敵同士なのですよ!?」

「…敵,か…」

「え…あ…」

 驚くユーリエだが,それが帝国と連合の関係であったというこちらの話をすぐに思い出す。

「…そうしていた方が貴女にとって都合が良いならそれで良い」

「で…ですからそれは…」

 我知らず,悲しみの色が浮かんでしまったらしい。

「…いや…結局,貴女が私をどう思ったところで現状が変わるわけではないのだ。それに…何をどうやったところで結局はなし崩しに無理を強いている。そんな者が味方であるわけもあるまい」

「…」

「…私は将軍としては器が足りないのでな。常に超然としている事もできない。それで余計に貴女の心を乱してしまう事,申し訳なく思う…」

 言いながら,どこか自分の調子が狂っている事をもどかしく思う。そんな事を正直に打ち明けたところで,余計に心を乱すだけだと頭では分かっているのだ。

「貴方は…不思議な方ですね」

 しばしの静寂が室内を支配した後,溜息を一つついてユーリエは言う。

「…否定はせぬよ」

 答えながら,その手にメダルを返す。こちらの手を離れた事でそれは光を失い,何の変哲もないただのメダルへと戻る。

「…騎士の剣は,このままここへ置いておくこととしよう。私が下手に手に取って,持ち主にされても具合が悪かろうからな」

「!しかし,それでは…」

「…さぁ,戻ろう。この作戦のために身体を慣らしてきた我々と,突然寝込みを襲われた貴女とでは負担は比較になるまい」

「…」

 何かを言いかけたユーリエだが,思い直したのか,無言のままメダルを元の場所へと置きに行く。

(…?)

 その足取りはゆっくりとしたものだ。こちらの言葉で意識させられた疲労が,予想以上の蓄積で無視できなくなったのだろうか。

 メダルを置き,こちらを振り返ると,やはりゆっくりと,しかしこちらをまっすぐ見据えながらユーリエは戻ってくる。

「将軍…」

 そして来るなり口を開く。

「先ほど将軍は,自分の取る行動は全て私に意見を求めると仰いました」

「…」

 真意を測りかねる。

「ならば私も,私がとる全ての行動は将軍に了解を取るとお約束いたします」

「!?」

 予想外の一言。これを考えていたのか。

「それが善意であれ何かの策略であれ…帝国そちらのお膳立てに乗るだけ乗ったとあってはアリシアの沽券に関わります」

「…なるほどな」

 苦笑する。

「…だが,お互いの為にも全ては遠慮してもらえないだろうか」

 真摯な,などと率直な感想を口に出しても逆効果になるだろう。ここは理で,といっても詭弁の類に入るのかも知れないが,ともかく冷静に話を進めなければならない。

「お互いの?どういう事です?」

「…先ほども言ったが,女王。貴女は女性だ。その全てを私に晒すのはかなりの覚悟を必要とする」

「それは…覚悟の上です」

 眉間に一本しわを刻みながらも,気丈に答えるユーリエ。

「…それでは私が困る。私は貴女の安全を保障しに来たのであって…貴女の全てをもらいに来たわけではない。…もし貴女が伝説の龍戦士を待望しているというのならなおさらだ」

「!」

「…剣を放置することを決めた私には,いずれ現れるかもしれない彼との和解の道しか残されてはいない。自らその可能性を閉ざすようなことはできまい?」

「う…」

 言葉に詰まるユーリエ。その状況は間違いなく自分への配慮で生み出されたものだ。まさか自分からそれをぶち壊せと言うわけにも行かない。

「…とはいえ。貴女の覚悟を無下にしたとあっては我々の沽券にも関わる。だから…リリーに伝えてくれれば良い。彼女が自分の手に余ると判断すれば,それについては私に伝わる。それでじゅうぶんだ」

「…すみません」

 頭を下げるユーリエ。

「…謝る必要は無い。むしろ謝らねばならぬのはこちらなのだ」

 そう言うが,表情は晴れない。

(…無理もない…)

 心が痛む。自分でそうなるように仕向けておきながら,もたらされた結果に苦しめられるなど愚の骨頂と言って差し支え無い。

 だが考え得る限り最善の方法だった事には間違いが無い,今はそう信じて進むしかない。そう自らを奮い立たせ,騎士の剣をそのままにして部屋を出る。

「あ,ボスお帰り。こっちも片付いたよ」

 そこへぱたぱたとリリーが駆けて来る。部下の一人も一緒だ。

「…ご苦労だったな」

「使用人の人たちがどうしたらいいか困ってるんだって。朝食の支度とか,お掃除とか…」

「…もうそんな時間か…」

 随分と多くの事を処理したのは間違いない。

「…いつも通りで良いと伝えてやれ。…いや,さすがに女王は先にいくらか眠る必要があるか…」

「よろしければ,私が指示を出します」

 そこで口を開くユーリエ。

「…分かった」

 その方が良いだろう。使用人たちも安心するはずだ。

 部下が先頭に立ち,ユーリエがすぐ側にリリーを伴ってそれに続く。少し離れてその後をついていたが,ふとたちどまって何となくその背中を見送り,静けさを取り戻した廊下に一人佇む。

 窓から見える月は,しかし夜明けを控えてその光を随分と失っている。

「…アリシア,か…」

 ぽつり,とつぶやく。作戦の区切りがついたことで気が緩んだのか,様々な思い出が胸に去来する。

 だがそれは長くは続かなかった。

「ボスぅ~…早く来てぇ~」

 リリーの情けない声。

「…どうした,すぐ行く!」

 即座に意識を現実に戻し,そちらへ向かって駆けだした。

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