理想を求めて
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
ワ=ダオラを陥落させたことにより,ルトリアは事実上国家としての機能を停止した。
とはいえ,国王をはじめとした首脳部は健在である。脱出に成功した彼らは,アリシア側に近い国内第二の城塞都市ガイカースへ立てこもり,遷都と称した。
城内へ突撃したレヤーネンがもう少し巧くやれば,もしかしたら阻止できたかも知れない。だが彼の能力的にも,あの時出されたルマールの指示的にも,それは高望みというものだった。彼は己が生き残るための唯一の手段とされたサナリア暫定政権の殲滅に向けて全力を尽くし,他の事に回す余裕などなかったのだ。
それによって,サナリアの暫定政権は完全に瓦解。若干の生き残りは居るにしても,拠り所であったルトリアそのものの機能停止によって,数の上でも体裁の上でも完全にただの生き残りとなってしまった。
陥落後しばらく,といっても二週間程度の話だが,帝国はワ=ダオラの補修と再軍備の傍ら,軍団の再編成を行っていた。
バナドルス隊,クラルフ隊はそれぞれ白軍,赤軍と色分けされることとなった。サナリア暫定政権誅滅の功を認められたレヤーネンは晴れて昇格。直接戦闘の下級妖魔を主体とする妖魔軍を青軍としてその指揮官に収まった。
白軍はどちらかと言えば親衛隊を兼ねているため,皇帝であるハンの下に直接バナドルスがつく,という指揮系統。対して赤軍と青軍は攻撃部隊であるため,ハンの代わりとして将軍である私や軍師であるルマールが状況に応じてそれを統括する格好だ。相変わらず私が上に居る事はレヤーネンにとって面白くないだろうが,今回のようにルマールが前線にでも出てこない限りは,仕方のない事と言えた。
◇
そんなある日。帝国の今後を決める会議が開かれた。
ハンとバナドルスの居るセダイとは,先日の狙撃作戦にも使用した水晶球を使って通信をするという。先日来,龍戦士の力を出し惜しみしなくなっているようにも感じるルマールにどことなく不安を感じてもいるが,それを口にしたところであらためるとも思えない。
「皆の者,まずはワ=ダオラ陥落,大儀であった」
ハンが口火を切る。すかさずおべっかを使い始めるレヤーネンだが,ハンはそれを適当にあしらって続ける。
「今回の勝利によって,まずは一段落だ。だが状況じたいは相変わらず楽観はできない。今日は忌憚のない意見を述べてほしい」
「ではまず…」
珍しくルマールが真っ先に口を開く。
だがそれはある意味当然とも言えた。実のところ,狙撃作戦へと至る一連の流れは,ハンと自分とルマールしかその全貌を知らない秘密裏の行動だった。だから会議に先立ち,その秘密を公開しておく必要があったのだ。
「というわけで。そのアリシアの予言の書に言わせれば,我らは邪神復活を目論む悪の帝国で。連合にとっては不倶戴天の仇となってしまったわけだ」
そう言って肩をすくめるルマール。
「勝手な言い分ですな…。そもそも我らが封印を解かざるを得なかったのは,対話による道が断たれた事が大きい。決してそれが第一目的ではなかったというのに…」
バナドルスが溜息をつく。
「だが今更どうこう言ってもはじまらん。そこで私と将軍とで,伝説の龍戦士の降臨を阻止した。予言の成就はすなわち我らの敗北を意味するからな」
先日の迎撃作戦の経緯をざっと説明する。
「おお…!さすがは将軍と軍師殿だ。そんな離れ業をしてのけるとは…!」
クラルフが感心する。だがルマールはそれを手で制する。
「感心してばかりもいられんよ,クラルフ。確かに我らは,彼奴をどこぞへ弾き飛ばした。だがその程度で予言の書が諦めてくれると思うのは,少々希望的観測に過ぎるだろう」
「…なるほど,確かにアリシアと言えば最も古い歴史を持つ魔道王国。どんな予想外が起こっても不思議はない,か…」
口元に手をやり考え込む仕草を見せるクラルフ。
「そこで…より確実な手を打っておく必要がある,と私は思う。すなわち,予言の書にある条件を早いうちに突き崩し,仮に龍戦士が何らかの方法でこちらへ戻ってきても,実現不可能な状態にしてしまうのだ」
「それはつまり…アリシアの姫君か,騎士の剣をどうにかしてしまう,という事ですか?」
「比較的早期に実現可能なのはそれだろうな。邪神の封印を解くならエリティアまで侵攻する必要があるが,姫君や剣なら,上手くやればアリシアまでで何とかなる」
(…)
わずかにひっかかる。確かに理屈としては間違っていないが,邪神の封印を解くことはハンの理想の実現の対極に位置するはずだ。たとえ仮定の話としてもそれを否定しないのはまずいのではないか。
「という事は,軍師殿は侵攻を続けるというお立場なのですね?」
「不服か?」
難色を示すバナドルスに向かってルマールは尋ねる。
「仰っている事は分かりますが,現状,我が方にそれをするだけの余裕が無いのではないでしょうか。兵員の補充もままならないうちに戦線を拡大し過ぎるのは,得策ではないように思いますが…」
「余裕が無いからこそ,という見方もできよう?勢力バランスは逆転している。暫定政権の死活問題に過ぎなかったサナリアの時と違い,我らに時を与えることは彼らすべての死に直結するのだ。おそらく近いうちに,こちらの態勢が盤石となる前に仕掛けて来る。ならば,守勢に回って奴らに好き勝手されるよりは,機先を制してこちらから仕掛けたほうが良いのではないか?」
「現実問題…」
クラルフが口を開く。
「我が方の兵力はどの程度つぎ込めるのだ?サナリアの封印を解いた分で,どこまでどれだけ行けるのかにもよると思うが」
「あくまでだいたいだが…封印を解く前にバラナシオスに配備していた程度ならば,アリシア国境付近まで展開が可能だ」
大型の魔獣に関しては,このあたりがかろうじて単純な命令を出せる程度だがな,とルマールは付け加える。
「となると…戦闘の規模の問題だけで,戦略としては侵攻も防衛もありというわけか」
「随分と頭を使うようになったじゃないか,クラルフ。かなり経験を積んだようだな」
フフン,とルマールが笑う。
「だが,その先まで考えればやはり侵攻だよ。現時点の二択としては侵攻でも防衛でもそれほどの差は出ないが,時間が経つにつれて支配領域の大小は大きくのしかかってくる」
追い詰められているかどうか,その認識の違いも含めてな,と付け加える。なるほど,とまた自分の思考に戻るクラルフ。
「さてそれでは,他に意見が無ければ陛下の裁可を求めようと思うが…」
「…和平の道は,探れないか?」
そこで口を挟む。
「将軍…この期に及んで何を言い出すのだ。ここまでの流れを全否定か?」
呆れたようなルマール。
「そもそも,予言の阻止をより確かなものにせねば…」
「…阻止するだけが方法ではないはずだ」
「将軍?それは?」
バナドルスが意外そうな表情で尋ねる。考え込んでいたクラルフも目を丸くしてこちらを見てくる。
「…邪神の復活を放棄してしまうのだ。というより,そもそもそれは我らの目的でも何でもない」
「!」
「…ルマール。予言によれば,伝説の勇者は我らの野望を挫いて邪神の復活を阻止する。それで間違いないな?」
「うむ」
「…では,邪神の復活が我らの野望でないとすればどうなる?挫かれることもなければ,そもそも敵味方に分かれて戦うこともなくなるのではないか?」
「言われてみれば,確かに我々にとって邪神の復活は濡れ衣ですね。それを以て難癖つけられるのは迷惑」
バナドルスが唸る。
「だが将軍,今妖魔を手放してしまえば,連合は好機とみて攻め立ててくるぞ?」
クラルフが反論する。
「…攻められる前に手放してしまえば良い」
「!?」
「…もともと我らは,サナリアの窮状を見るに見かねて立ち上がっただけだ。降りかかる火の粉を払わんとしてここまで来たに過ぎず,決してルトリアを支配下に収めようとしたわけでもない」
「つまりは,ルトリア領と妖魔を手放し,邪神にも手出ししない事を条件にして停戦しようというのか,将軍」
ルマールが腕組みをして言う。それに頷いて見せ,言葉を繋ぐ。
「…我らの大義はあくまで民の安寧だ。いたずらに争う事は本意ではない。図らずもルトリアは陥落させたが,それは聞く耳を持たない連合に対する抗議でしかなかったはずだ。となれば,形勢が逆転した今の状況を以て,今一度話し合いのテーブルを用意しても良いのではないだろうか」
「敢えて優位を棄てることで誠意を見せ,再考を促す,か…」
ルマールのつぶやきを最後に,しばしその場を静寂が支配する。
「理想論だな」
だがそれを破ったのもルマールの,ため息交じりの一言。
「奴らが約束を反故にするのは見えているよ。信用するに足らぬ者どもだったからこそ,降りかかる火の粉を払わねばならなかった。違うか?」
「…たとえそうだとしても。こちらも同レベルで良いという話にはなるまい」
「要は,最低限姿勢だけでも見せておけ,と?」
「…たとえ向こうがそう見たとしても。それが我らの揺るがぬ大義のはずだ」
「…」
ふたたびその場を静寂が支配する。
「将軍は,世の中というものが分かっておられぬようだ」
ところが。その静寂を破ったのはレヤーネンだった。バナドルスが思わず眉を顰める。
「いや,お若いと言うべきか。よく言えば人を信じすぎなさる。悪く言えば,人が好過ぎなさる」
チッ,とクラルフが舌打ちする。だからこそ貴様は今日まで生きていられたのだろう,と言わんばかりの表情。
「…それは,分かっているよ」
苦笑する。論より証拠,またとない好例が目の前に居るのだ。だがサナリアにあって彼だけがそうだったわけではないし,彼が周囲から受けた仕打ちもそうだった。その意味では,自分を棚に上げていることを除けば全くの正論を言っているのだ。
「…だが,そんな世の中を憂い,そうではない世を願って立ち上がったのが我らで。その理想を追う事をやめてしまえば…」
そこで不意に一抹の不安を感じ,言葉が途切れてしまう。やめてしまえばそれこそ,伝説によって滅びる運命は避けられなくなるのではないか。
「言いたいことは分かった」
ルマールが溜息をつきながら言う。
「だが,夢だけで生きていけるほど現実は甘くないぞ。成算は限りなく低いのだ。保険はかけねばなるまい」
「…無論だ。もとより,すべての可能性と理想を最後まで諦めたくないという意見に過ぎない」
「他に意見は?なければ陛下に裁可を求めるが」
あたりを見回して誰も口を開かないのを確認し,ルマールはハンを見る。
「将軍の案で行こう。こんな世の中のこんな情勢だからこそ,我らの理想だけは守り抜かねばならぬ」
おもむろにハンは口を開き,そう言った。思いがけず,ルマールの小さな小さな溜息を耳が拾ってしまう。
「ルマール。苦労を掛けるかも知れぬが,善後策はよろしく頼むぞ」
「御意…」
深々と頭を下げるルマール。
「まったく帝国の男どもは…」
床に向かって漏らした,そんな小さなつぶやきを,また耳が拾ってしまう。
「…すまんな」
独り言のように,聞かせるともなく,小さくつぶやいた。




