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ルトリア攻略戦

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 ルマールとの共同作戦によって,伝説の龍戦士の超長距離狙撃は成功。その反応は消失した。だがその行く先がどうなったのかが分からない以上,安穏としているわけには行かない。

 作戦の成功で気をよくしたこともあり,ルマールは珍しく全軍の士気を執ると言い出した。こちらとしても悪い話ではないので,ありがたくその申し出を受ける。

 編成は,レヤーネンが妖魔の直接攻撃部隊を指揮して中央。その後ろに魔法部隊を率いたルマールが全軍の統括を兼ねて控える。右翼にはクラルフ隊,そして左翼には我が隊。考え得る限り最高の布陣でケッシーノを出撃し,ルトリアの王都ワ=ダオラを目指した。

「やはりルマール殿は人を見る目がおありだ」

 レヤーネンはここ最近でもっとも上機嫌であった。全軍の統括とはいえルマールは先頭に立つわけではない。自分が中央で軍の大多数を指揮する機会にすっかり舞い上がっていた。

「すっかり調子に乗っていますね」

 カールがちらり,と馬上のレヤーネンを一瞥して言う。いつもなら率いているのが歩兵ということも含めて徒歩かちの彼だが,今回は主軍の指揮官ということで騎乗を許されている。

「おおかた,将軍が徒歩だから余計に嬉しいんだろう」

 と,シェスター。

「…働きさえすれば,騎乗かどうかはさほど重要ではないさ」

 苦笑する。ご機嫌で戦果を挙げられるならそれに越したことはないし,その意味で確かに今回は,新鮮味のある環境ではあった。

 だがルマールがたったそれだけの,無意味なご機嫌取りをするわけがない。少し考えればそれが,レヤーネンにとっての最高にして最後のチャンスであろう事は簡単に分かる。

「これで勝てねば貴様は無能だ」

 ルマールのそんな言葉が聞こえてきそうだ。

 とはいえ,現実問題としてはここで崩壊してもらっては困る。ハンの負担という面から考えても,ここで敗れて連合を勢いづかせれば立て直しはほぼ不可能だろう。

 一方の連合は,ルトリアの命運を賭けた一戦である。王都まで押し込まれたとはいえ,総兵力では帝国を大きく上回る。そのプライドが,世界一の威容と堅牢さを誇る王城での籠城を選択肢から外し,野戦,それも小細工なしの総力戦を決断させた。

 正面の先陣は,こちらももはや後の無い暫定政権軍。正面中軍と左翼にはルトリア軍。アリシアの魔法兵が後方支援に当たり,右翼にはエリティア軍。

 両軍は王城にほど近い平原で対峙し,そして決戦の火蓋は切って落とされた。

 暫定政権軍とレヤーネン隊が正面からぶつかる。その上空では双方の召喚した精霊が制空権を得ようと空中戦を演じている。

 その向こう側はさすがにうかがい知ることができないが,クラルフ隊が左翼ルトリア軍を攻撃しているはずだ。崩れさせる事ができれば,中央を側面から攻撃し戦いを有利に運ぶことができる。

「…来るぞ」

 それとは逆,こちらの目的は,敵右翼エリティア軍の攻勢を防ぎきることにある。

「…場合によっては止めを刺しても構わん。命だけは無駄にするなよ」

 過去の戦いではレヤーネン隊が散々に打ち破られ,クラルフ隊も苦戦を強いられたエリティア軍。だが今回は思い通りにはさせない。さすがに油断は禁物だが,まともにやれば負ける相手ではない。

「…エリティア軍よ!命を粗末にするな!向かってくるならば斬るぞ!」

 言ったところで怖気づくはずもない,どころかますます気合いをみなぎらせそうなエリティア軍ではあるが,さすがに我を忘れるほどの猪ではないはずだ。彼我の戦力差を見せればあるいは,と期待を込めて叫ぶ。

「なめるなっ!」

 予想通りの反応を見せながら斬り込んでくる先頭のエリティア兵。その剣を根元から切り離す。

「!?」

「…いい気迫だが,私の相手をするには未熟!」

 返す刀で袈裟切りに斬り下ろし,板金鎧だけを両断する。

「…退け」

 だがエリティア兵は間合いを詰めて左上段蹴りを放ってくる。

手首を返して蛟龍の柄頭でその膝を突き砕く。

「がっ!」

 顔を歪めその場に倒れるエリティア兵。

「…退け,命を粗末にするな」

 言いながら,くるり,と蛟龍を半回転させる。

 それは実に異様な光景だった。漆黒の刀を持つ将軍と,その左右に一列にならぶ兵たち。普通に考えて,突撃すればすぐにでも突破できそうな細い線が,しかし破れない。しかも,いくら攻撃を止めるのが役割とはいえ,それしかしない,しかも止めすら刺そうとしない。負傷した兵を目の前で助け起こして後退する事すら妨害しない,どころかむしろそれを促しているのだ。

 それは,尚武の気風に溢れるエリティアをして心胆を寒からしめるのにじゅうぶんな説得力を持っていた。さすがに複数でかかればそこまでの余裕はないと分かってはいても,それをするのは矜持に関わる。さらに言えば,余裕を無くしたことによる被害の程度は計り知れない,そう推し量るだけの材料が提示されてしまったのだ。

「…退け」

 それでも勇敢に斬りかかってくるエリティア兵を,しかし何もさせずに悉く無力化する。何度かそれを繰り返したところで,ついに攻勢が止まる。

 一定の距離を置いた対峙。戦闘中の光景としては確かに異様だ。だがこちらの役割はエリティアを止める事。目的を達しさえすれば良いし,無用な被害を出さずに済むならなお良い。

「将軍!中央が!」

 カールの声にそちらを見やると,レヤーネン隊がかなり押し込まれている。

「…まずいな」

 遠くからでもはっきりわかるほどレヤーネンはうろたえている。ああなってしまうと潰走は時間の問題,という状態だ。当初はむしろ押し気味に進めていたはずだが,おそらくはいつも通り,きれいに勝とうとして流れを手放してしまったのだろう。

 だが今ここを放棄して中央の救援に向かえば,エリティアが攻勢に出て来るのは間違いない。そうなればどのみち戦線は崩壊する。

 右翼のクラルフ隊も,おそらくは激しい抵抗に遭って攻め切れていないのだろう。攻め切れていれば中央がああなることはまずあり得ない。

 と,その時。後方からの伝令がレヤーネンに接触し,何事かを伝えた。愕然としたのもつかの間,レヤーネンは総攻撃を指示する。

「…」

 それが何かは分からないが,あの慌てぶりから見てかなりの命令だろう。それほどレヤーネンの形相にも,行動にも,鬼気迫るものが感じられた。

 いかなる犠牲をも厭わない,というよりもむしろ,屍を越えて行け,とでも指図したかのような無策の突撃。本来統制とも秩序とも無縁の筈の雑多な妖魔の群れが,己が命さえ顧みぬ攻勢をかける様子は傍から見ていてもかなり不気味なものを感じさせた。

「押し返しましたね…」

 よそ見をしてカールが言う。だがそこで隙ありと見て斬りかかってきたエリティア兵の剣を,苦も無く弾き飛ばす。さらにその首筋に剣を突きつけると,ちょいちょいと顎をしゃくって後退を促す。

「…」

 苦笑する。クラルフほどとまでは行かないまでも,カールも歴とした第二世代の龍戦士だ。ハンの口車さえなければ,本来は一方の将を務めていてもおかしくない。

「こちらも少し押しておきますか?将軍」

 反対側に控えるシェスターも同様だ。斬りかかってきたエリティア兵の二の腕を刺突剣で貫くなど,自分はともかくとしてもそうそう簡単にできる事ではない。

「…そうだな。横腹を衝かれてせっかくの攻勢を無駄にするわけにもいくまい」

 すい,と左手を挙げてゆっくり前へ振り下ろす。前進の合図。こちらも別の意味で不気味な黒い線が,まるで川の水位が上がっていくかのようななめらかさで,およそ戦場にはありえない静かさで前進していく。それに伴ってエリティア軍もじりじりと後退していく。

 連合は,右翼が完全に封じ込められた上に中央も押し込まれて旗色が悪くなった。それによってよく攻勢に耐えていた左翼もついに崩壊し,撤退をはじめた。

「勝ちましたね,将軍」

「…そうだな」

 言いながら中央へと視線を向けと,ほっとした表情のレヤーネン。だが,そこへすぐさま後方から新しい命令が伝えられる。再び驚愕したレヤーネンは慌てて追撃命令を出し,酷使に次ぐ酷使の妖魔は敗走する連合軍を追いかけていく。

 だがそれは当然のことだ。いくら疲弊していると言っても,ここで追撃の手をゆるめて籠城されるわけにはいかない。敵の最後尾を侵食しながらそのまま城内へなだれ込み,いっきに落城させてしまう必要がある。

「…よし,我らもいくぞ」

 おそらくは反対側のクラルフも追撃に回っているだろう。隊伍を整え,行軍の速度を上げる。

 幸いな事に,必死のレヤーネンが追撃をしくじる事は無かった。被害が出ることも顧みずに退却する連合を追い抜き,我先にと城内へ突入する。

 レヤーネン隊の援護をクラルフ隊に任せ,こちらは追い抜かれた連合兵の無力化に努める。城内ではかなりの犠牲が出そうではあるが,それは双方の規模と指揮官の器から考えて,こちらにはどうしようもない事だ。

「やったな,将軍」

 とその時。遅れてやってきたルマールが言いながら近づいて来る。部隊には城内へ突入すべく突撃をするよう指示を出したのであろう。僅かな供回りを連れただけだ。 

「…見事な指示だった。レヤーネンをあれほど操るとは」

「フ…まぁ馬鹿と鋏は使いよう,と言うからな。鋏を巧く使って脅してやれば馬鹿を動かすのは容易いよ」

 そう言って含み笑いを漏らすルマール。

「…」

 苦笑する。結局は,レヤーネンを使い捨ての駒として扱った方が良かったという事だ。そしてそれができない自分が,将としての資質に欠けていたという事だ。

 だがこれでともかくは一息つける。ルトリアを攻略できたことで,軍事バランスは大きく変わるだろう。少なくとも当面はこちらの戦力に変化はない。ルトリアを版図に組み込むかどうかはこれから次第であるし,仮に組み込んだとしてもその掌握までには時間がかかる。

 だが連合は違う。中核を担っていた最大勢力の国家が崩壊し,戦力は大きく低下した。これからは一度の敗戦が大きくダメージとしてのしかかってくるはずだから,いきおい慎重にならざるを得ないだろう。

「…できれば…」

 口に出しかけて,それをやめる。慎重になった機をとらえて対話による早期停戦を,などとこの期に及んで考える自分の甘さこそが,ここまで時間を浪費し状況を悪化させた原因なのではないか。

 善政を考えるのは為政者の役割と,割り切ってしまった方が良いのかも知れない。将軍はただひたすら,最も効率よく勝利するために全力を尽くす,それで良いのかも知れない。

(…結局は,中途半端な立場ということか…)

 ハンの使命に共感し協力をしているだけの存在。言わば客分。その半端な立ち位置ゆえに,帝国側から見れば勝手な判断で動く出来の悪い手足となっているのは間違いあるまい。

「どうした?さしもの漆黒将軍も,連戦の疲れが出たか?」

「…いや」

 ルマールの言葉で,思考が現実に引き戻される。残敵の無力化は部下たちが完璧に遂行しているためまったく脅威は感じなかったが,さすがに少々浸りすぎたようだ。すでに王城の正門はすぐそこに迫っている。

「もうひと踏ん張りだ。とりあえず城を占拠して守りを固めてしまえば,ともかくは一息つける」

「…そうだな」

 まずは目の前の状況を落ち着かせる。その先の事はそれから考える。なかば座右の銘となりつつあるそれを心の中で唱え,城内へと足を踏み入れた。 

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