超長距離狙撃
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だが,最近その荷が重くなってきた。
帝国を破滅に導くという伝説の龍戦士。その降臨が近いうちに起こると知った我々は,それを阻止すべく行動を起こした。超長距離からの魔法による狙撃。不確定要素は多いが現時点では他に方法は無い。
それから数日の後には,大規模な妖魔の群れが到着した。それまではどちらかといえば欠員の補充であったのだが,今回のこれは明らかにそれと趣を異にする。
あといくらか待てばルマールが第二陣を連れて来るはずだが,バラナシオスは拠点としては小規模であり手狭である。狙撃作戦を邪魔されずに行うためにも,ケッシーノを落としてしまうべきだろう。そう考えて,即座に出撃した。
リリーは先日浮き彫りになった課題を解決すべく後退したが,試作装備じたいは手元に残されていた。それを使って少数で再びケッシーノに潜入。レヤーネン率いる妖魔軍に正門を力押しさせ,連合の意識がそちらに向いている隙に,裏門を開放して潜んでいたクラルフ隊に突入させた。
これにより連合は算を乱し,確保してやった退路から次々と退却。レヤーネンに手柄を立てさせることこそできなかったものの,ほとんど損害を出すことなくケッシーノの陥落させることに成功した。
◇
それから一週間ほどして,ルマールが第二陣を率いてケッシーノへやってきた。
「さすがは将軍だな」
言いながら司令室へ入ってくる。
「…兵力が増えたからな。このくらいはやってみせねば」
「謙遜するな。レヤーネンにさえ構わねばすぐにも落とせた。違うか?」
「…」
それを押し付けたのは誰だ。思わずそう言いそうになるが,ルマールは先回りしてくる。
「使えなければ名誉の戦死,そうも言ったはずだが?」
「…」
その決断さえできれば,ハンに負担をかけることも封印が解かれることもなかったかも知れない。だが…。
「まぁ今はそんなことはどうでもいい。まずは龍戦士降臨の阻止だよ」
言いながら背負っていたバックパックを下ろし,中身を卓の上に載せるルマール。
ルマールとの連絡に使っているような水晶球が一つ。インカムのようなものが二つ。大きな筒のようなものが一つと,そして…。
「…砲弾?」
まるで迫撃砲に込める砲弾のような何か。そこだけいっきに近現代になったかのような錯覚に陥る。
「なかなかに懐古的で,皮肉っぽいだろう?」
筒のようなもの,おそらくはこれが砲身の役割を果たすのだろうか,それに砲弾のようなものを放り込みながらルマールは鼻で笑う。
懐古的というのも,自分たちにとっての昔という意味なのだろう。どこか自虐的でどこか退廃的な響きをそこに聞き取ってしまう自分も,どうしようもなく異邦人ということだ。
「まぁ,形こそ砲弾だが,中に入っているのは魔力だよ」
「…なるほど」
おそらくはありったけの魔力をあらかじめ詰めておいたのだろう。命中させることに労力を割きながらではじゅうぶんな攻撃力が得られない,そう判断してのことに違いない。
「予定より到着が遅れたせいで,降臨まで時間がない。説明しながら準備するぞ」
「…分かった」
「まずこの水晶球だが,これの座標はすでに,降臨予定地周辺の座標に合わせてある」
言いながらルマールが魔力を送り込むと,水晶球は鈍い光を放つ。
「これで,この辺りと予定地周辺の空間は共有された。次に,将軍,これを装着してくれ」
言われるままにインカムのようなものの片方を着ける。するとルマールはそこからコードのようなものを引っ張って,砲弾を入れた筒に接続する。そしてさらにもう片方を自分が装着して,それも接続する。
「将軍はいつもの通りに,龍戦士の反応を探ってくれ。それがどの方向,どの程度の距離に現れたかのデータが砲身に入力され,同時に私にもイメージとして共有される。あとは私が砲弾をそこへ向かって撃ち込む」
「…凄い装置だな」
「当たり前だろう?死活問題なのだぞ。むしろ将軍こそもっと事の重大さを認識すべきだ」
「…そうだな」
今回一回限りに,随分と龍戦士の力をつぎ込んでいるような気がする。だが言われてみれば確かに,ここで力の出し惜しみをしている場合ではないのかも知れない。
「そろそろ時間だ。慣らしもかねて,はじめよう」
「…分かった」
目を閉じて意識を集中する。いろいろと試してみたが,結局,夜空に星を探すイメージがいちばんしっくりいっていた。
「…?」
だが今回は,イメージの夜空に微妙にノイズが入る。
「やはり干渉は受けているようだな」
イメージを共有しているルマールが言う。
「…干渉?」
「ああ。実はこれも捕虜から得た情報なのだが…アリシアは軍備そのものが貧弱な代わりに,王城を中心として国土の大部分をカバーする魔法の防衛システムがあるらしいのだ」
「…ほう」
国家間の争いが起こったらどう解決するのかと思ったが,なるほど,絶対に負けない防衛力を持っているという事か。
「それにしても…さすがに将軍の力は一級品だよ。私が自分で試してみた時はブラウン管テレビで砂の嵐という番組を見ているような感じだったからな。これほど広範囲にわたって鮮明なイメージが作れるとは…」
珍しく,何ら含むところのない純粋な称賛を贈ってくるルマール。それにしても,今日は随分と元の世界の話題が出て来る。日頃からは考えられない事だが,もしかするとそれだけ精神的に追い詰められているのかも知れない。
「…落ちてくることを考えて,上の方に意識を向けておいた方がいいのか?」
だがそれを聞いたところでルマールが認めるわけはあるまいし,それでどうなるというわけでもない。むしろ,ここで降臨の阻止を成功させて元を断つことの方が大事だろう。
「そうだな。さすがに地表へ到達する頃には完全にこちらの世界だろう。来る前に片付ける事を考えるなら上で間違いない」
「…分かった」
意識を上の方に向ける。なめらかな視界の移動に,おお,とまたルマールが感嘆の声を上げる。
「これなら,直接対決しても負けないのではないか?」
「…それは分からない。騎士の剣の力も未知数だ。それを手に入れる前なら勝算はあるが,現実問題としてはそんな展開は無いだろう」
「ふん…相変わらず隙の無い奴だな」
取り返しのつかない失敗は御免だからな,とお決まりの返事を返そうとしたその時。意識の隅に小さな異変を感じる。
「…来たぞ」
「そのようだな」
まだかなりの距離があるようで,ノイズの存在とも相まってはっきりとは感じられない。だが逆を言えば,それでも感じられるほどの存在ということだ。
「…向こうも気づいたようだな」
それがやや大きくなったところで,その周辺だけ急にノイズが激しくなる。その根拠が分かるわけではないが,おそらくは降臨してきた龍戦士を保護しにかかったのだろうと強引に納得して注意が散漫になるのを防ぐ。
「見失わなければそれでいい。頼むぞ将軍」
まだ射程の外なのか,それともギリギリまで引き付けて間違いの入り込む隙を減らそうとしているのか。ルマールの声に緊張の色が混じる。
「…分かった」
多少のやりにくさは感じるが,それでもそれほどの脅威ではない。だがそれ以前に,自分はただその相手をよく見ればいいだけだ,という不謹慎な第三者的意識が心を占めている。
もはや全体に意識を拡散させておく意味は無い。視野,と言っていいのかどうかは分からないが,ともかくそれを狭め,その反応の周囲にのみ意識を向ける。
(…大きい)
正直な感想。今まで自分が感じてきた存在感とは比べ物にならないほどの大きさだ。型にもよるが,もしこれだけで単純に比較をするなら,ルマールはおろかバナドルスやハンですら全く相手にならない。
いや,騎士の剣を佩く龍戦士と言うなら間違いなく戦士型だろう。直接戦闘では万に一つも勝ち目は無い。
自分ならばどうか。この方法では,自分の存在感を感知することができない。かといって他の者では,能力的なものも含めて比較ができない。だからいきおい,たらればで想像するしかないわけだが,それすらもぜひ遠慮したいほどの存在感だ。
「ここだ!」
その時ルマールが短く叫ぶ。危うくそちらに意識を向けそうになってなんとか踏みとどまる。だがその時にはすでに,審判の矢は放たれていた。
「…!」
異変が起こる。それまでノイズの影響はあれど一定のペースで緩やかに落下してきていたその反応が,大きく左右に振れ始めたのだ。
「…命中したのか?」
そちらを注視しながら尋ねる。
「ああ。人事は尽くしたよ。あとは天命を待つばかりだ」
固唾を呑んで見守るルマール。そしてその時は訪れた。
「!」
ひときわ大きく振れた,と思った次の瞬間。その反応が一瞬だけ弾けたように見えたのは気のせいだったか,確かめる間もなくそれは跡形も無く消え去った。
「…やった,のか…?」
「おそらくは,な…」
ふうっと一つ息を吐いて,しかしルマールはすぐさませわしなく動き出す。
「念のため,確認してみよう」
水晶球に魔力を送り込むと,そこから光が放たれ,壁に映像を映し出す。
「ここが落下予定地周辺だが…」
それをあちらこちらと動かしながら言う。それなりに深い森の映像。ところどころノイズが入るが,少なくとも何かが落ちてきた様子も,落ちてきた者の存在も認めることができない。
「…どうやら成功か」
「そうだな。アリシアの奴らの悔しがる様子が目に浮かぶ」
言いながらルマールはまたそれを動かし,壁に城の遠景が映し出される。
「!」
それを見た瞬間,息が止まるほどの驚きが心を支配する。
「…この城は…」
思わずつぶやく。自分は,この城を見たことがある。
「ん?どうした?将軍?」
「!」
ハッと我に返る。ここで正直に言ってしまうのは得策ではない。
「…元の世界で,これと似たような城を見た気がするのだが…」
「さぁな。私も西洋の城などは専門外だ。まぁ,モチーフにしたとか何とか言って盗用するなど当たり前の業界なのかも知れんし,建築の様式などもともとその程度のものなのかも知れん」
「…」
「ここが元の世界と何らかの関わりを持っている,と考えることもできるが。だから何だと言えばそれまでのレベルだろう」
肩をすくめて見せて,ルマールはそれきりその話題に興味を失ったとばかり片づけを始める。だが何のかんのと言っても脅威が去ったことへの安心感は大きかったのだろう。それで余計な詮索をされずにすんだと,ひとまず胸をなでおろす。
「さて,これで当面の脅威は去った。だが全くの安泰というわけでもない」
「…うむ」
インコムのようなものを外し,ルマールに渡しながら言う。確かに龍戦士の反応は消えた。だがそれが永久にそのままという保証は無い。
もしも自分が,と考えそうになってそれを頭から追い払う。それは一人になってからでもじゅうぶんに考えられることで,少なくともルマールの前ですべきことではない。
「残る条件を早めに潰して,不測の事態に備えておくべきだろうな」
となれば,アリシアの姫か騎士の剣をどうにかする方向になるだろう。邪神の復活が一番確実と言えば確実だが,それは最もしてはならない事だし,現実問題としても最も難易度が高い。
「まぁまずは,眼前のルトリアだよ。それでともかく一息はつける」
「…そうだな」
まずは帝国の運営を軌道に乗せる。その先の事はそれから考えよう。そう思った。




