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運命への抵抗

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だが,最近荷が重くなってきた。

 ケッシーノへ潜入して捕獲したアリシアの指揮官は,先代女王の従弟にあたる人物だった。帝国にとって災いとなるやも知れぬ情報に精通している事を祈りながら,本国へと送る。

 それからひと月ほどは,それなりに余裕のある戦いが続いた。封印が解かれた事によって闇の領域が拡大したのは確かなようで,バラナシオスへ到着する妖魔は質,量ともに向上していた。

 レヤーネンの不満を逸らすためにライカンスロープなどのより強力な妖魔をそちらへ回す。それらが相変わらず捨て駒まがいの扱いを受けていることはさておいても,確かに強力な分だけその生存率は上がり,作戦自体も随分と楽になって連勝。余勢をかって一時はケッシーノを包囲する寸前まで連合を押し込んだ。

 ところが,そこからまた戦況は悪化した。封印が解かれたことによるものであろうが,それまで様子見程度であったアリシアと,ほとんど姿を見せていなかったエリティアが本格的に参戦。それぞれの部隊が到着したのだ。

 国力的な問題で数としては多くはないものの,強力な魔法で後方から支援するアリシアと,尚武の気風に溢れるだけあって士気錬度ともに高いエリティアの突撃戦術によって,じりじりと戦線を押し返される。

 レヤーネンとクラルフの不和もかなり悪化していた。ケッシーノが陥落していれば昇格するはずだったレヤーネンは,また元の負けが込む状態となってしまった。だがなまじそれなりの成果を挙げさせてしまったがために,全軍を指揮すれば戦局を再びひっくり返せるなどと言い出しはじめたのだ。

 毎度その窮地を救い,いきおい不利な状態でエリティアと戦う羽目になる事の重なったクラルフ隊にはかなりの負担がかかっており,レヤーネンのその不遜な物言いは当然のごとくクラルフの神経を逆なでした。

 そんなある日。本国のルマールから驚くべき報告がもたらされた。

「近いうちに,伝説の勇者が落ちて来るらしいぞ」

 それだけ聞けば何の冗談だと疑うような突拍子もない話。だが同様に落ちてきた者から見れば,それなりに信憑性と脅威を感じる情報だ。

「…その,伝説というのは?」

「最悪だよ。取り返しもつかんという事も含めて,我らにとってはな」

 水晶の向こうでルマールは深く溜息をつく。話によれば,アリシアに伝わる予言の書に今回の一連の出来事が記されていたらしい。しかも,先日封印を解いてしまった事までもが予言されていたようだ。

「つまり我らは,邪神の復活を目論む闇の帝国,と認定されてしまったわけだ」

 やはり代償は大きかったか。

「…とはいえ…」

 他にどんな手があったとも思えない。

「そもそもそんな予言があるなら,解く前に何とかしろという話だよ」

 ルマールの声に怒りの色が混じる。が,すぐにまた溜息をつく。

「と,言いたいところだが全てを詳細に見通せる予言などあるわけもなし…」

「…確かにな」

 予言者の能力にもよるだろうが,元の世界の予言の類も,小耳にはさんだ限りでは多くが暗号めいたものだったらしい。

「だが見過ごせぬ情報は聞き出せたよ。どうもその伝説の勇者は,我らの野望を挫いて邪神の復活を阻止し,アリシアの姫君と結ばれるのだそうだ」

 つまり,その伝説が成就すれば帝国は滅亡するという事か。

「…で,どう動く…?」

 だがそんなものを唯々諾々と受け入れるわけには行かないし,まずもって,水晶の中のルマールがそうであるはずがない。取り乱した様子もないところから見て,すでに何らかの策を考えているはずだ。

「要は,伝説を成就させなければ良いだけよ」

 そう言ってルマールは予言の内容を語る。

「今回分かった予言の中身はこうだ。サナリアの封印が解かれてからしばらくして,伝説の勇者が,アリシア王城にほど近い森へ落ちて来る。…ここが一番肝心な所らしく,もっとも入念にられていたらしいな。もっとも詳細な予言が遺されているようだ。で,落ちてきた勇者は,アリシア王城に保管されている伝説の武具,騎士の剣の所有者として選ばれるらしい」

「…」

 我知らず蛟龍を握る。伝説の武具と並び称されるからには,その力もこれに比肩すると考えて良いだろう。となれば,それに選ばれる龍戦士の力も相応と見るべきだ。おそらく,最大の敵となる。いや,勝負にならない可能性すらある。

「そうしてその勇者は帝国の野望を挫き,邪神の復活を阻止。世界に平和を取り戻した上でアリシアの姫君と結ばれるのだそうだ。…ふん,このへんはもう既定路線らしくかなり端折られているがな」

 やれやれといった様子で肩をすくめるルマール。

「さてそこで。我らが生き残るためには,この伝説の成就を阻止することが最低条件となるわけだ。なに,難しく考えることは無い。この予言にある条件を最低一つ以上崩してやれば良いだけだ」

 となれば考えられるのは,その龍戦士を倒してしまうか,伝説の武具なり姫君なりをどうにかしてしまうか。さもなくば,邪神を復活させてしまうか,だ。

「…しかし」

「そう。考え得る対抗策は,そのほとんどがすぐには実現不可能だ」

 伝説の武具と姫君はアリシアだ。少なくともルトリアを落としその先に進まねば手の出しようが無い。邪神の封印は,それをすべきではないという事はとりあえず棚上げしたとしても,解くためにはさらにその先,エリティアまで侵攻する必要がある。ますます無理筋だ。

 という事はつまり,自分がその伝説の龍戦士を倒してしまうかどうかにかかっているという事か。

「将軍には期待しているよ」

 にやり,と笑ってでもいるかのようなルマールの口調に,背筋を冷たい汗が流れる。だがすぐに,軍師は斜め上の事を言い出した。

「とはいえ,直接対決の前にやれることもある。まずはそちらで協力を願うよ」

「…やれること?」

「うむ。…要は,その伝説の龍戦士が落ちてこなければいいわけだろう?」

「!」

 落ちて来るのを妨害して阻止するという事か。

「ぶっつけだ,うまく行くかどうかは分からんがな。うまくいけば,奴らの予言が詳細なのが仇となるわけだ。それだけでも試す価値はあるだろう?」

「…」

 確かに,直接対決のリスクを避けるにはもってこいの方法だ。だがそんなことが可能なのか。

「将軍も知っていると思うが,我ら龍戦士が落ちて来るアレは,一説にはこの世界の不安定さが原因と言われている。いきおいアレ自体も不安定なものだろうから,少しでも別の力を加えてやれば不測の事態が起こる事もじゅうぶんに考えられる」

「…だが」

 アリシア王城の近くでは,どのみち距離がありすぎる。

「そこで,面白い道具を開発してみた。まぁ原理的には超長距離指向性レーダーと超長距離狙撃装置だな」

「…レーダー?」

「うむ。将軍が我らを探し出した時のアレだがな,あれの効果距離を伸ばす道具を作ってみたのさ」

 指向性であるから全方位の探索には向かないが,今回のように日時と場所が詳細に分かるとなれば話は別だ。そうルマールは付け加える。

「実験をしてみたが,ほとんどその力の無い私ですら将軍の力を感ずることができたくらいだ。将軍ならば難なく見つけてくれるだろう」

「…あまり買いかぶらないでほしいものだが…」

 とは言うものの,背に腹は代えられない。駄目でもともと,やってみる価値はありそうだ。

「で,探知ができればその道具が今度はターゲットスコープの役割を果たしてくれる。見つけたその反応へ向けて,ありったけの魔力を叩き込んでやれば良い」

「…届くのか?」

「この水晶にも使われている転移テレポートの技術を使うのさ。人を飛ばすにはそれなりの時間と労力が必要だが,魔力を飛ばす程度ならば何とかなる。しかもその空間を飛び越える性質そのものが,アレにはきっと有効な攻撃手段となるはずだ。その不安定さとも相まって,な」

 しかしそこで,ひとつの疑念が沸き起こる。

「…うまく行けば,その龍戦士はどうなる?」

「知らんよ」

 いとも簡単に,ごくあっさりと,ルマールは言い放つ。

「元の世界へ戻されるか,また別の世界へ飛ばされるか。時空の狭間で漂う事になるかも知れんな」

 そこでルマールは溜息をつく。

「というか…。将軍,分かって言っているのか?命のやりとりをするかも知れない相手の事を心配しているのだぞ?」

「…そうだな」

 苦笑する。そもそも直接対決のリスクを回避する為の策だ。

「武人のさが,というやつかね?」

「…なんとか,共存の道を探れないものかと思ってな」

「…」

 天を仰いで掌で額を,といっても覆面越しであるが,おさえるルマール。

「この期に及んでそれか,将軍。というか今までの流れを完全無視か?」

「…やはり無理押しか」

「当たり前だ!…まったく,あのオッサンといい将軍といい,どうして帝国うちの男どもは…」

 ブツブツとつぶやいて,そこでハッとして今度は口をおさえるルマール。だが満載のツッコミどころは敢えて無視する。

「…で,何をどうすればいいのだ?」

「近いうちに私がそちらへ行く」

 痛いところを突かれずに済んだことは良いが,情けをかけられた格好なのも気に入らない,とばかり憮然とした様子でルマールは言う。

「何せ余裕がない。成功しないことも考慮すれば,向こうに時間を与えないことが最善手だからな。陛下にも頑張ってもらって,すでに増援の第一陣は送った。第二陣とともに私も行く。決戦と心しておいてくれ」

「…分かった」

 こまごまとしたひっかかりはあるが,ともかく今やれることをやるしかあるまい。そう思った。

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