潜入作戦
私の名はヴァニティ。今はとりあえず帝国軍の将軍だが,肩書が重くなってきた。
ルマールがアリシア軍捕虜から聞き出した情報によれば,何か良くないことが近いうちに起こるらしい。だが捕虜そのものの質の面からその詳細が分からないため,いきおい得体の知れない不安だけが募っていた。
具体的にそれが何なのかを知るためには,より内部事情に精通した者を確保する必要がある。しかし戦場での捕獲はおそらく困難だろう。アリシアはもともと四王家の中でも軍の規模が小さく,魔法兵という性質も相まって前線にはほぼ姿を見せない。従って指揮官を捕獲するためには敵中に深く攻め込む必要があるのだが,苦しい戦いが続く現状で軍団の指揮を放り出すわけにも行かない。
となれば残る手段は,敵の拠点へ潜入を敢行して指揮官を拉致してくることだ。そして,おあつらえ向きに,と言って良いかはともかく,隠密潜入作戦用の試作装備がつい先日完成していた。
日中に連合軍の攻撃部隊を撃退してバラナシオスの防衛に成功したある日。クラルフにだけは概要を打ち明けて後事を託し,レヤーネンにはいちど本国へ善後策の協議のために戻ると偽って,作戦を決行に移した。
潜入するメンバーは私と,部隊でも一,二を争う腕利きのカールとシェスター。
カールは少々くすんだような金色の髪を無造作に短く切っている。本人曰く,長くすると自己主張が強すぎて押さえつけるのに苦労するのだそうだ。顔立ちとしては美形の部類に入るのかも知れないが,高すぎる鼻と意志の強さを如実に表す目でやや損をしている,というのが大方の評だ。
一方のシェスターは,こちらはさらさらと細く流れる銀色の髪をポニーテールにしている。顔だけを見れば女性と見紛うほどの柔らかさで,見た目と中身の不相応では他の追随を許さない。
そして…。
「わくわくするねぇ,ボス」
リリーだ。例によって例のごとく,運用試験の為と称して強引についてきた。
いや,強引にというのはひょっとしたら不適当かもしれない。なぜなら,今回生産されていた試作装備が五人分だったからだ。
本来ならばカールかシェスターのどちらかを運搬役に二人だけで潜入し,指揮官の意識を飛ばした後装備を付けて離脱すれば良いだけだ。だから三人分で済む。
ところがリリーが行くとなれば話は別だ。念のためにもう一人,リリーの護衛役を連れていく必要がある。つまりは,彼女がその分まで見越して五人分と計算しそう申告しただけなのかもしれない,という事だ。
「リリー,今回の任務は危険な…」
「でも護衛がつけば大丈夫,なんでしょ?」
確かにその見立てが間違っているとは思わない。極論,試作装備がうまく作動しなかったところで,逃げてくるだけなら何とでもなるだろう。龍戦士でも居れば話は別だが,先日感じたあの微弱な反応程度ではまったく脅威とはなりえない。
だが,何となく馴れ合いになって油断を招き,取り返しのつかない失敗をしてしまうのではないだろうかという心配もある。
「ほらほら,また難しい顔してるー」
ぷうっと頬をふくらますリリー。
「…」
いや。馴れ合いというのは不正確で,自分はこの気軽な雰囲気に甘えているのかもしれない。現実問題,今は日頃頭を悩ますもろもろをほとんど全て頭の外へ追い払えている。
「私だって無茶するつもりは無いんだし。無茶する場面でもないでしょ?ねぇ?」
リリーに同意を求められて,二人は笑顔でうなずく。自分たちの指揮官の気が晴れるのならばお安い御用,というのが半分。おかげで置いてきぼりを食らわずに済んだ,面白そうな任務に参加できるというのが残り半分だろう。そんな思いが伝わってくるからこそ,それに甘えすぎて全てを失う羽目になるわけにはいかない,という思いも強くなる。
「…あれだな」
ケッシーノはルトリア第三の都市であり,それなりの規模の城塞都市だ。バラナシオスを出て数日。連合の撤退速度に合わせながら,夜間の潜入作戦に身体を慣らすべく夜を選んで行動してきた。
夜目の効く三人でリリーを囲むようにして街道沿いの林を進んできたが,やがて遠くにケッシーノのものと思われるかがり火が見えてきた。おそらく日中に連合軍は帰還を果たし,今はその大部分が疲れを癒している頃だろう。
待機を命じ,数歩先に進んだところで目を閉じると意識を集中させる。狙うは例の微妙な感覚。
「…よし,確認した」
だいたいの距離を把握する。他に脅威になりそうな反応も無い。
「じゃぁ次は私だね」
リリーが試作装備を配布する。
「…これは…」
だがそれはどう見てもチョーカー。アクセサリーにしか見えない。
「まぁまぁ。いかにも機械機械してたら味気ないからね。とにかく試してみてよ」
半信半疑でそれを首に巻く。
「じゃぁボスとカールでまず起動してみてよ。先端部分を半回転させると起動,もう半回転で解除になるから」
カールと顔を見合わせて,ともかく言われたとおりにしてみる。だが特に変わった様子は無い。
「成功だね!」
リリーが嬉しそうな声を発する。だが何が成功したのかよく分からない。
「おお…」
しかし,シェスターが驚きの声を上げる。
「…どうした,シェスター?」
問いかけてみるが応答は無い。きょろきょろとあたりを見回すだけだ。またカールと顔を見合わせる。
「ボス,カールとの間では普通に会話できてるかな?ちなみにこっちには全く聞こえていないよ」
得意げにリリーが言う。
「この装置はね,起動した者の音声を特殊な帯域の音波に変換するんだ。ボスに分かりやすくいうならトランシーバーの原理を使ってる。だから同じ装置を起動している者にしか聞き取ることができなくなるんだ。でも外の音も問題なく聞こえるはずだから,私の声は普通に聞こえているでしょ?」
リリーはシェスターに起動を促し,起動したシェスターはまた驚きの声を上げる。
「言葉の意味はよく分からないですが,すごいですよこれは」
「…そうか…」
「姿の方も似たようなものだけど,ボスには光学迷彩って言った方が分かりやすいかな。光を表面で屈曲させて,そこに何もないように見せちゃうんだ。それだけだと仲間にも見えなくなっちゃうから,ちょっと特殊な処理で見えるようにしてるんだけどね」
えっへん,とふんぞり返ってからリリーは装置を起動する。見かけ上は全く変わった様子が見られないのにそんな効果が得られているとは。どこまでが古代語魔法の力でどこからが龍戦士の力なのか,不安も感じてしまう。
「ただ…」
まだ試作品で効果が不明なところもあるし油断はしないでね,というリリーに頷いて見せる。
「…よし,では行くぞ。アリシア指揮官にこの装置をつけて極秘裏に連れ出す。極力無益な殺生はするな。しばらく眠ってもらうだけで良い」
◇
門を護る当直の兵の前を堂々と通り抜け,ケッシーノに正面から入り込む。
「お役目,ご苦労様です!」
言葉とはまったくかけ離れた行動,目の前で兵に向かって両手でピースサインをするリリーに,元の世界の情景が重なって思わず苦笑する。
先ほど探った感覚でいけば,目指すアリシア指揮官の宿所は中心から少し離れた位置にあるはずだ。
(…ん…?)
だが何かがおかしい。距離的には近づいているはずで,より探りやすくなっているはずなのに。なぜかそれを探り当てることができないのだ。
「ボス?」
様子がおかしいと気づいたのか,リリーが心配そうに声をかけてくる。
「…目標の反応が見つからない…」
「えっ?…ちょっと待って,私もやってみる」
「…おい」
黙って,とこちらの口元に掌を近づけ,リリーは目を閉じる。だがこの能力においても圧倒的に自分が上だ,と言うよりリリーにはほとんどその力が無いと言った方が正確なのだ。それをやったところで到底探れるとは思えない。
「分かったよ」
ところがすぐに目を開いたリリーから意外な言葉。居たのか?と思わず聞き返す。
「ううん。分かったのは,この装備が探る力に干渉して阻害しちゃうってこと。いくら私にその力が無いって言っても,この距離でボスの力を感じられないのは変だよ」
まだまだ改良の余地があるね,とリリーは何事か考える仕草を見せる。
「…やむを得んな。足で探そう」
夜とはいえ警護の兵は巡回しているはずだ。そんなところで装置を解除するわけにもいかない。
「ごめんね,ボス」
「…気にするな。試さなければ分からない事もある」
だいたいの距離は分かっているのだ。指揮官が単独で居るわけもないだろうし,アリシア軍の軍旗なり何なりを探せばさして苦労はないはずだ。
申し訳なさそうなリリーを慰めながら,路地の角を曲がる。
「!?」
ところがそこには,おそらくは警護であろう兵が立っていた。手を伸ばせば届く距離での対峙。
蛟龍に手をかけ,少しでも動けば斬れる態勢をとる。しかし視線がぶつかったはずの兵は全く動きを見せない。
「…ふぅ」
それもそのはずだ。向こうにはこちらは見えていない。ひとつ溜息をついて警戒を解く。
「…どうやら,気配も感じられなくなっているようだな…」
足音や話し声でも聞こえればともかく,この兵士のようにじっとしていられたら分からないようだ。
「うーん…実用化への道のりは長いかな…」
ぽりぽりと頬を指でかきながらリリーがつぶやく。
「…試してはみなかったが,向こうもこちらを気配で探る事ができなくなるのか?」
適度な距離を取ってそこを通り抜ける。同じことの繰り返しとならないように,周囲の様子をうかがいながら先に進む。
「研ぎ澄まされた感覚ってことなら,そうかも知れない。見る,聞くは調整しているけど,逆に言えばそこしか調整していないってことだからね」
「将軍」
その時,カールが声を上げて指さす。そちらを見れば見張りの立った二階建ての建物。
「…どうやら,あれのようだな」
立っているのはアリシア騎士。近くに立ててあるのはアリシア軍旗。となれば,指揮官の寝所に間違いあるまい。
「扉を開けたら,さすがに怪しまれるね…」
「…見張りには立ったまま眠ってもらおう」
二人に目配せする。二人は頷いてそれぞれ見張りに近づくと,無防備な腹に当身を食らわせる。意識の飛んだ見張りを外壁にもたれかからせて傍から見てもそれと分からないようにし,扉を開けて中へと滑り込む。
「…寝室は上だ。急ごう」
階段を上り,奥の部屋の扉を開ける。
「!」
その時,開かれた扉の向こうからマジックミサイルと思われる衝撃波が飛来した。紙一重でそれを避け,衝撃波はそれなりに大きな音を立てて後ろの壁をえぐる。
「嘘っ!?ばれてるの!?」
信じられない,といった様子でリリーが叫ぶ。だがその時,部屋の中からも驚きの声が上がった。
「どういう事だ…?確かに反応はあるというのに…」
それを聞いて,すぐに一つの可能性に思い当たる。
「…範囲型の探知魔法か」
おそらくは建物に侵入した時点で,領域内に入ってしまったのだろう。だからすぐさま迎撃態勢を整え,扉を開けた瞬間を狙って攻撃してきた。だがまさかそれをかわされるなどとは思ってもみなかったため,正確な状況を把握できかねているのだろう。
だが異変が起こっていると結論付けるのは時間の問題だ。起きていれば見張りが不審に思わないわけがない。何らかの行動を起こすだろう。それが無いとなれば,やはり何者かが侵入してきたと考えるはずだ。
「カール」
その言葉を合図にカールが素早く部屋の中へ突入し,身を沈めながら指揮官の腹へ当身を食らわせる。そしてそのままそこへ膝をついて,倒れ込んでくる指揮官の身体を肩で担ぎ上げる。
「はい,これでオッケー」
リリーがその首にチョーカーを巻き付け,起動する。
「…行くぞ。長居は無用だ」
先頭に立って階段を下り,扉を開けて外の様子を伺う。見張りはまだ寝ているし,変わった様子もない。
「…よし」
そのまま外へ出て,元来たルートを逆に辿る。先ほどの警護の横を抜け,ほどなくして城門の外に脱出した。
「作戦はおおむね成功だね,ボス」
「…そうだな」
ひやりとしたところもいくつかあったが,シェスターの出番も無く,リリーも無事だった。目的を達成し,試作品の欠点もいくつか見えた。上出来と言っても差し支えないかも知れない。
「魔法の件も,何とかしておくね」
そういって,早くも何事か考え始めるリリー。
「…頼む」
それの邪魔をしないように小さくつぶやく。何となく,また近いうちにこれに頼るような状況が訪れる。そんな気がした。




