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漆黒将軍の憂鬱

 私の名はヴァニティ。今はとりあえず帝国軍の将軍だ。

 ルマールが強力な魔法で敵を殲滅したこともあり,帝国は比較的余裕を持つことができた。一度マクシフまで退いて妖魔が到着するまで休養を取った後,城へ戻るハンたちと別れて再び進軍を開始。連合が態勢を立て直しきれなかったこともあって,バラナシオスを無血で手に入れることに成功した。

 しかしここから戦局は泥沼の様相を呈し始める。

 もともとルトリアは四王家で最大の版図と他国の追随を許さぬ圧倒的な国力とを持つ。体制が替わったばかりで国土の掌握すら完全ではない帝国が生き残るためには,短期決戦で王城まで落としてしまうのが望ましい。逆に長期化すればするほど国力の差は大きくのしかかってくることになるのだ。簡単に言えばルマールが与えた痛手から立ち直る暇を与えないのが理想であった。だが現実は,王城へ迫るための関門,ケッシーノすら落とせずにいたのだ。

 原因は主にレヤーネンにあった。帝国の攻撃部隊は当初,数的な割合で行けばレヤーネン隊が四割,妖魔軍が四割,クラルフ隊が二割弱であった。ところが,こちらの指揮で比較的安定した戦果を挙げる妖魔軍とは対照的に,レヤーネン隊は毎度散々な結果に終わっていた。正面から当たれば先に崩れる。優勢に運んでいるときは調子に乗って突出し崩壊する。勝ち戦を度々ふいにし,防衛をより困難なものとする。結局はクラルフ隊や我が隊が敵の指揮系統を分断して痛み分けに持ち込む,という戦いが何度か繰り返された。

 当然のごとくレヤーネンは,毎度毎度のこちらのお膳立てにも関わらず昇格するだけの功を立てることができなかった。定期的に補充される妖魔と違って,隊員も減る一方だ。そうこうするうちに正面から敵と当たることができないほど数が減ってしまった。

 この頃になると,レヤーネンは当初の愛想の良さもどこへやら,こちらへの不信と不満をのぞかせるようになった。正面から当たるのは捨て駒の扱いで,おいしいところはいつもこちらが持っていく,と主張し始めた。

 それならと,その主張に従って役割を変えてもみた。妖魔を正面に据え,側面からの突撃の役回りにしたのだ。だがこれは当初からの予想通り,突撃が成功するどころか敵中で孤立してしまい,あわや全滅という危機を相応の代償を払って救出した。

 結果,帝国の攻撃部隊は妖魔が五割,クラルフ隊が三割,レヤーネン隊が二割弱という割合に変化し,人員の補給がさらなる軋轢を生んだ。

 本国でバナドルスが鍛えた民兵上がりは,数こそ多くはないものの安定した実力を持っていた。だが問題はその配属先だ。龍戦士の力を持っているわけではないので我が隊に配属しないのは当然であるが,せっかくの力をレヤーネン隊で潰させるわけにはいかなかったのだ。いきおいクラルフ隊へ配属せざるを得なかったのだが,当然のごとくこれにもレヤーネンは不満を持った。

「将軍はわたしに功を立てさせると口では仰るが,そのつもりはないのでしょう?量もなければ質もない今の部隊では,どうしようもないというもの」

 こう言い始めたのだ。言わんとするところは分からなくもない。部下は部下でレヤーネンの陰口を叩いているし,ろくに命令に従おうとしないのも事実である。

 ただ部下の言い分も分かる。そもそも従おうなどという者ほどとっくに盾にされてしまってここには居ない,ということを棚上げしても,レヤーネンの無茶な命令に従っていては命がいくつあっても足りないのだ。

 つまるところレヤーネン隊は,主従ともに残念である,ということになる。そんなところに志も力もある者を入れたところで,腐るか盾にされるかのどちらかだ。

 レヤーネンにお膳立てする労力があれば,バナドルスの鍛えた民兵上がりをひとかどの将にするほうがはるかに楽ではないだろうか,とも思うが,それではレヤーネンがますますお荷物になってしまう。

 いっそ始末を,ともたびたび考えるが,結局それをするだけの踏ん切りもつかない。無能な者を切り捨てるのではレヤーネンと本質的に変わらなくなってしまうのではないか,そんな思いがいつも頭をかすめる。しかしそんな自分の逡巡が,友軍の犠牲を増やしていくのも間違いない。自分は将軍には向いていないのだとその都度痛感させられた。

 日に日に不機嫌になっていくレヤーネンをそれでもしばらくは何とかなだめすかして,いろいろな役割を当ててみた。陽動,偵察,奇襲。だが結局は数を減らすばかりで,相変わらず功らしい功を立てることはできなかった。

 いっぽうのクラルフは,その尻拭いをしているから当然といえば当然だが,度々敵将を討ち取り,友軍の危機を救って功をたてていった。また苦境での部隊指揮が確実に経験となって,急速に指揮官としての才も開花させていった。

 これだけならば怪我の功名と言えなくもないが,そこはやはり上手くいかない。クラルフは確かに全軍の指揮を任せられるほどの成長を遂げていたが,レヤーネンに言わせればそれはこちらの贔屓の結果でしかないのだ。そんなクラルフの指揮下に入れたら何が起こるか分からない。

 ルマールからの依頼,アリシア兵の捕獲も頓挫していた。アリシアはあまり乗り気でないのか,それほど戦場にも姿を見せず,見せても魔法兵の特性上後方に控えていることも困難さの一因ではあった。しかし最も重要な要因は戦況にあった。本来ならば最もそれに適任なのは我が部隊だ。しかしながら毎度苦境となる友軍を放り出して捕獲に向かうわけにも行かず,かといってクラルフに,ましてやレヤーネンに指揮を任せる事もできなかったのだ。それでも何人かは捕獲に成功したが,指揮官とまではいかず,得られる情報もたかが知れていると毎度ルマールに溜息をつかれていた。

「クラルフ隊を指揮させていただければ,少なくともあれ以上の戦果を挙げて御覧に入れるのですがねぇ?」

 ある時ついに,この言葉がクラルフの逆鱗に触れた。怒髪衝天で殴りかかろうとするクラルフを何とか抑えてこの時は事なきを得たが,それでよかったのかという思いは当然のごとく残った。クラルフはこれ以降レヤーネンへの嫌悪を隠さなくなったし,なぜそうなったか理解できないレヤーネンの方も,これを根拠としてクラルフを道理の分からぬ若輩者と見下すようになったのだ。

「ならばいっそ,私に妖魔を指揮させていただきたい」

 それがレヤーネンにとっては最後にして最大の譲歩だったのかも知れない。どことなくこれまでは,妖魔を指揮するこちらに対して軽蔑のような感情が見え隠れすることもあったレヤーネンだが,さすがに自身の指揮するサナリア隊より妖魔隊が安定した戦果を重ねているのは認めざるを得なかった。サナリア隊の潰走をこちらの作戦の不手際による不遇と結論付けていたのはともかくとしても,その尻拭いを妖魔隊がしていたことは動かせない現実だったのだろう。

 そしてそれはこちらにとってもほぼ最大の譲歩だった。ただでさえ少ない戦力,その中核を担って戦線を支え続ける妖魔隊をレヤーネンに任せる事は,攻撃軍崩壊の危機をはらむ。さらにいうなら連合もそれほど馬鹿ではない。レヤーネンを突破口にすればよいということはすでに常識ともいえるレベルで浸透しており,それが戦況をより厳しいものにしていたのだ。

 とはいえ今のままでは使い物にならないのも事実だ。結局,苦肉の策で妖魔軍を二手に分けることにし,識別のためレヤーネン隊の妖魔には青い目印をつけることとした。

 これによって,レヤーネンは一時的に機嫌が回復した。成果を出せることが分かっている従順な部隊,これを指揮すれば自分が功を立てるなど容易いと思ったのだ。

 だが当然のごとく,彼の思い通りに運ぶほど現実は甘くなかった。毎度毎度一定数を好きに選ばせて編成する妖魔青軍は,サナリア隊にとっては格好の盾である。予想通りに完全な捨て駒扱いとなってしまった。しかも従順に命令に従う分だけ被害が拡大してしまうのだ。

 その時その時は首を傾げるレヤーネンは,しかし結論としてはいつもこちらの立てる作戦が悪かったというところに落ち着く。だがその命令に逆らうことも許されず,人どうしの争いの盾にされて次々倒れていく妖魔を見るのは,こちらにはかなりの精神的苦痛を伴った。

 これは報いなのだろうか。決してあの時の選択が間違っていたとは思わないが,人を殺めることに抵抗を感じて妖魔退治の依頼を受け,機械的に妖魔を斬り殺していた自分への報い。理性で考えれば割り切れる事なのかも知れないが,それを気に病んでしまうだけの精神的な疲労も確かにそこにはあった。

 そしてそれは,より決定的な運命の引き金を引いてしまった。妖魔の被害の拡大は,つまるところそれを支配するハンの負担の増大を招く。それを憂慮したルマールが,四つある邪神の封印のうちサナリアのそれを解いてしまったのだ。

「やむを得んだろう。こちらには余力が無い」

 アリシア兵から得た情報によって開発に成功したという技術のひとつ,遠見の水晶の向こうで,ルマールは溜息をついた。

 闇の眷属たちが光の領域で活動するにはより多くのエネルギーが必要となり,それはつまるところそれを支配する者にも多くの負担を強いる。したがって,負担を減らすためには闇の領域を増やしてやればいい,という理屈なのだそうだ。

 なぁにまだ封印は三つ残っている,極論全て解かない限りは邪神は動き出さんよ,とルマールは不穏な事を言う。

 戦況もあり,近ごろの会議は城に居る三人だけで行われていた。おそらくはルマールがバナドルスを説得,いや,理屈で殴り倒したと言った方がいいのかも知れないが,とにかくそれで決定したのだろう。

 しかし会議に参加していたとて,それを止められたかと言えば無理だったかも知れない。弱音こそ吐かないがハンの疲労は直視できないレベル。その分の負担も一人で背負い,まだまだ脆弱な帝国の政務を取り仕切るルマールの疲労も,確かに察するに余りあった。しかもその原因を作っているのがレヤーネンと,それをどうすることもできない自分となれば,それはもはや何事をも言う資格も持っていないと認めざるを得なかった。

「ところで捕獲のほうはどうなっている?少々時を使い過ぎたかも知れない」

 帝国の将来を左右するほどの不穏な情報が得られたがあまりに漠然とし過ぎていて現状ではどうにもならない,一刻も早くそれなりの者を捕獲して詳細な情報を聞き出したい,とルマールは言う。

「…分かった」

 悠長に構えている場合では無いと言うのなら,多少危険な手も使わねばなるまい。

 バラナシオス陥落から四か月。事態は大きく動き出そうとしていた。

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