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怒りの大魔道

 私の名はヴァニティ。今はとりあえず帝国軍の将軍だ。

 丘陵の上下で対峙した帝国と連合。帝国を闇の眷属,簒奪者と言った連合に対し,ハンの口上は続く。

「諸君らも知ってはいるだろう。最も深き迷宮。儂は,両側におる二人とともにあれを攻略した」

 その言葉に連合軍がどよめく。

「前回のあれで重々承知しておろう?こちらにおるヴァニティの手並みは」

「…」

 また妙な方向へ話が行きそうな予感。だがその不安は杞憂に終わった。

「彼らの力を借り,儂は迷宮を攻略。その戦果として妖魔を従える術を得た。しかし誤解はしないでもらいたい。できるならば使わずにすませたい力だ。本来妖魔は人に仇を為す。決して人とは相容れぬ闇の住人よ。また…儂らの手先となることは奴らの本意でもないはずだし,無理に従えることは儂も本意ではない」

 ハンはあくまで静かに語る。

「だが,見ての通り我らは寡兵だ。背に腹は代えられぬという部分もある。奇しくもそちらが述べた通り,決して譲れないものがあるためにやむを得ず使っただけの事だ。そちらが平和的解決の道を閉ざさずに居てくれるのならば,儂は二度とこの力は使わぬと宣言しよう。そのために,無理を承知でこの場には妖魔は連れてきておらぬ」

 向かってはいるがな,とそっぽを向いてつぶやくルマールに苦笑する。

「見ての通りだ。我が方は数的には脆弱だ。国の態勢が整ったとて,国力的にはルトリアには遠く及ばない。それをあえて晒してでも,儂は平和的な共存の道を目指していることを知ってほしかった。これ以上の犠牲は出したくない。どうか熟慮をお願いする」

 そう言ってまた深々と頭を下げるハン。そして今度は直立不動のまま返事を待つ。しかし今度は,すぐに返事が返ってきた。

「小賢しいわッ!聞こえの良い嘘を並べ,我らを油断させる手管であろう!」

「…ッ」

 顔をゆがめるハン。

「貴様らが闇の眷属でないと言い張るのならば,即時無条件降伏せよ!さもなくば殲滅する!それだけだ!」

 ぎりっ,と歯ぎしりの音。しかしそれはハンではなくルマールが立てたものだ。

「降伏の意思あるならば即座に膝を折れ!」

「降伏は…できぬ」

 苦悶の表情のまま,絞り出すように言うハン。それが決定打となった。

「馬脚を顕したな邪悪なる者どもよ!もはや茶番に付き合う必要もない!」

 さっと右手が上がり,それを合図に無数の矢が放たれる。

「…ここまでのようだな。後ろへ」

 二人が後ろへ下がると,その位置へすっと動いて蛟龍に手をかける。

「!?」

 何千という矢の雨。連合の誰もがハリネズミのようになる様を想像したに違いない。しかし現実は違っていた。見えない何かにはじかれる様にして跳ね返る矢。当然ながら三人とも全くの無傷。おおいにどよめく連合軍。

「それが平和を望んだ我らに対する,お前たちのやり口なのだな?ならばお前たちの流儀に倣おう」

 どうやらハンと代わったらしい。ルマールが言う。

「私の名はルマール。たったの三人にたらふく見舞ってくれた矢の雨の礼に,これからちょっとした手品をお見せしよう。なに,ただの余興だ。楽しんでくれ」

 だがその言葉の軽さとは裏腹に,底冷えのするような殺気がその体からほとばしる。

〈蒙昧なる者どもの精神こころを喰らい,沸き起これ,嘆きの雲〉

「!」

 異変はすぐさま現れた。連合軍を襲う突然の異変と動揺。兵士が,馬が,膝を折る。倒れる。昏倒する。そしてその上空には不気味な黒雲が発生し,大きくなってゆく。

「どうかな?諸君の精神力を吸ってできた雲は。大きさが今一つなのは諸君の性根がお粗末だからで,決して私のせいではないぞ?」

 無論これからが本番だ,とルマールは付け加える。

〈沸き起こりし嘆きの雲,凍てつく氷の槍もて,蒙昧なる者どもを討ち滅ぼせ〉

「…な…」

 それは惨劇と呼ぶに相応しい光景だった。上空の黒雲から,豪雨とも呼べるほどの猛烈な勢いで氷の槍が降り注ぐ。しかし精神力を吸い取られた連合軍兵士は良くて疲労困憊,悪くて失神している。まともにかわせるわけが無い。次々と槍に刺し貫かれていく。

 いや,この場合,失神している方が良かったというべきなのだろうか。避けることも防ぐ事もかなわず,呆然と自らに迫る槍を眺めるだけの者は,死が訪れるまでのわずかの時間に何を思うのだろう。

 黒雲が消え氷槍の雨が止んだ時,連合軍はその四割が物言わぬ屍と化し,生き残った者もそのほとんどは手負いとなっていた。

 ちりっ,と蛟龍が鞘の中で震える。

(…?)

「何をしている!」

 だがそれを考える間もなかった。ルマールの叱咤が飛び,それが自分に向けてではないと分かってはいるものの意識を現実に戻す。

「レヤーネン,クラルフ!残敵を誅滅せよ!」

「は…はっ!」

「おう!」

 我に返った二人がそれぞれ部隊を率いて斜面を駆け下りていく。

「バナドルス!陛下を!」

「承知!」

 すぐさまバナドルスが部下とともにやってきて,精根尽き果ててしまったかのようなハンを抱えて後方へと下がる。当然ながら,その場に残ったのは二人だけとなった。 

 完全に浮足立った連合は示威の為に密集していたことも仇となった。倒れた友軍の為に展開もままならず一方的に突撃を食らう。

「…ルマール…」

「ちゃんと手加減はしたのだがな」

 鼻で笑いながらルマールは言う。

「聞こえていただろう?あの呪文は,対象が蒙昧であればあるほど根こそぎ精神力を吸い取り,吸い取った精神力に見合った槍を作る。そしてそれを持ち主に返すのだ。つまりは…」

 完全なる自業自得。恨むなら己の蒙昧を恨め,という皮肉だ。見た限り,暫定政権側がより深刻な状況に陥っていたのもそれが原因という事か。

「…お前なりの,世の中への抗議という事か…」

「…ふん…」

 忘れろと言ったはずだ。一瞬の沈黙の後,そう言いたげな不満げな鼻息。

「…」

 思わず言ってしまったことを後悔する。

「そんなことより,後の事は頼むぞ?」

 だがやはり,気持ちの切り替えは早い。眼下に繰り広げられる一方的な殲滅戦を無感動に眺めながら言うルマール。

「…?」

「妖魔軍の合流を待って,バラナシオスを攻略しろという事だよ。将軍」

 バラナシオスはここから目と鼻の先。マクシフへ出るにもヤーガに回るにもそこを避けては通れない。つまりそこを完全に押さえている限りは敵の侵攻を恐れる必要が無くなるという事だ。だがなぜ自分に?

「さすがに陛下は無茶をし過ぎたようだ。一旦後方へ下がってお休みいただかなくてはなるまい」

 それに答えるかのように言葉を繋ぐ。となれば,護衛のバナドルスと軍師のルマールも後退することになる。

「…そこまでなのか」

「ああ。さすがに今回は心労も大きかったろう」

 年寄りの冷や水も良いところだ,とルマールは悪態と溜息とをつく。

「…おい」

「ん…?」

 ところが意外そうな声。視線の先,戦場を見ると戦局に変化が起こっていた。すでに迎撃を諦めたのか連合は退却を始めているが,それを執拗に追撃するのはレヤーネン隊だけ。クラルフ隊は隊列を整えて待機状態となり,クラルフ自身はこちらへ戻ってくる。

「どうしたクラルフ?ここで手心を加えても後に禍根を残すだけだぞ?」

「これ以上の掃討などレヤーネンで十分だ。…というのも間違いはないが,気になったことがあった。報告のほうが大事と判断して戻ってきたんだ」

「…気になったこと?」

「ああ。見慣れない鎧の奴らが居た。あんな鎧はサナリアでもルトリアでも見たことが無い。それに,武装が杖だけなんだ」

「なに!?」

 思わず大きな叫びを上げるルマール。

「馬鹿な…そんなはずは…」

「…どうした,ルマール?」

「クラルフ,その見慣れぬ鎧の奴らは,屍になっているか?」

「ん?…戻って探してみなければ分からんが,多くはないんじゃないだろうか」

「済まぬが先に行って,現場の安全を確保しながら探してみていてくれ。私もすぐ行く」

「分かった」

 クラルフはすぐさま斜面を駆け下りていく。

「将軍,いざという時の護衛は頼む」

「…承知した。が,いったい何をそんなに…」

「私の推測が正しければ,我らの未来に大きな暗雲が立ち込めるやも知れん」

 言いながらすたすたと歩き出すルマール。

「…危険な奴,なのか?」

 隣を歩きながら慎重に言葉を選ぶ。暗雲という言葉に,先ほどの妙な感覚を思い出したのだ。

「クラルフの言う出で立ちの騎士は,私の知る限りアリシアの魔法兵しか居ない」

「!」

 アリシア。悠久王国とか千代王城の異名で呼ばれる魔法王国。そして,リーリヤが魔法を学んだ国。直接の接点は無いが様々な思いが去来する。

「だが…アリシアにしては動きが早すぎる」

「…早すぎる?」

 意識を現実に戻して尋ねる。

「うむ。考えてもみろ,我らが建国を宣言してからどれだけの日数が経った?アリシアの軍勢が今ここに居ることなどあり得ないだろう?」

「…魔法で何とかしたのではないのか?」

 あるのかどうかは分からないが,例えば瞬間移動の魔法を持っていれば不可能ではないのではないだろうか。

「一人二人ならともかく,軍勢をほいっと丸ごと他所へ送り込むには多大な労力を必要とするのだよ」

 溜息をつきながらルマールは言う。

「大掛かりな装置か儀式,膨大な魔力も必要だ。現実問題で考えれば間に合わんよ…龍戦士の力でも使わん限りはな」

「!…それは…」

「分からん」

 首を振るルマール。

「分からんが,どの道確かめておくに越したことはないだろう?」

「…そうだな」

 そうこうするうちに斜面を下りきり,現場へたどりつく。

クラルフは目的の敵兵を発見できたようで,こちらを見るとすぐに手招きしてきた。

「こいつなんだが…」

 近寄ってその屍を見る。確かに鎧はこれまで見たこともないデザインだ。

「どうやら間違いはないようだ,見ろ」

 ルマールが指さしたのは鎧のわき腹あたり。そこに紋章が彫り込まれている。サナリアのものともルトリアのものとも違う。

「随分控えめなところに入れてるんだな」

 クラルフが素朴な感想を口にする。

「そこがアリシアのらしさ,だよ。サナリアやルトリアのように,これ見よがしに誇示するような真似はしない」

 だが…と大きく溜息をつくルマール。

「これで厄介な事になりそうなのもほぼ確定だな。どんなからくりがあるのかは見極めねばならん」

「…」

「将軍,余計な手間を増やしてすまんが,できる限り早くアリシアの騎士を捕虜にして,本国へ送ってくれ」

「…情報を聞き出すのか」

「そうだ。可能な限り身分の高い者を捕まえて,なるべく多くの情報を引き出さねばならん。陛下が健在ならば支配者の杖で何とでもなるが…どうしようもなければ私がやる」

「…分かった」

 確かに状況は予断を許さないようだ。すぐに手を打たねばなるまい。

 妖魔の合流を待ってバラナシオスを落とす。その時に可能ならば捕まえてしまおう。

(…だが…)

 話し合いで何とかならないだろうか。この期に及んでなおそう考えてしまう自分に苦笑した。

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