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迎撃準備

 私の名はヴァニティ。今はとりあえず帝国軍の将軍だ。

 さまざまな行き違いと不運も重なり,帝国の建国は決して平和的とは言えないものとなってしまった。しかし動き出してしまった流れは決して止まる事は無いし,止めさせるわけにも行かない。そこには皇帝の譲れない志があり,帝国の将軍で居る限りはその実現の為に全力を尽くすのみだ。

 国外へ脱出し暫定政権を発足させた旧サナリアの残党は,隣国ルトリアの力を借り,速やかに討伐軍を組織。当然と言えば当然だが,こちらに余裕を与えまいと侵攻してきた。

 向こうにとっては先遣隊でも,規模としては現状でのこちらの戦力ほぼ全てに等しい。しかもこちらの主力はあまり当てにならない元サナリア部隊だ。だが負けることはもとより,大きな被害を受ける事も許されない。欲を言えば民兵が使い物になる時間を稼ぐため,向こうが慎重にならざるを得ないような勝ち方をしなければならない。

(…なかなかに無理難題だな…)

 心の中で溜息をつくが,当然それを表に出すわけには行かない。余裕の勝利を印象づけることで敵の,悪く言えば敵味方双方の目から現実を隠さなければならないのだ。

 生命線は,その実力に未知数のところが多いルトリアの奢りと腐敗の程度。今回の策は喩えるなら,初歩のごまかしだ。名将や名参謀どころか,その欠片だけでもある者が居ればすぐにばれてしまう。

 ルマールの話によれば連合は,最短距離でセダイを目指すべくマクシフを目指しているらしい。となれば,民の為にも勝ち方の為にもマクシフに入る前にこれを叩かねばならない。バナドルスとその麾下部隊のみを残し,レヤーネンとクラルフとともに即座に出撃。強行軍で数日の後にはマクシフへ入ると,そこではじめて兵を休ませ,すぐに軍議に入った。

「…報告によれば連合は,まともに行けば明後日にはこのマクシフへたどり着く。だが郊外で夜を明かしてくれればいいが,強行軍で夜襲をかけて来る可能性も捨てきれない。そこでわが軍は迎撃に出,郊外の野戦でこれを叩く」

「将軍…兵の損耗を避けるために,市街戦に持ち込んだ方が良いのではありませぬか?」

 レヤーネンが異を唱える。腐敗した元サナリア軍には強行軍が余程こたえたらしい。その所作には精彩がなく声にも疲労と不満の色がにじむ。

 そのレヤーネンに見せない様にだけは気を遣ってはいるものの,あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべるクラルフ。ちらりとそちらにねぎらいの視線を送り,向き直って口を開く。

「…確かに損耗だけを考えれば,それが妥当な判断だ。だが今回の戦闘は,貴公や元サナリア軍諸君のためのものでもある」

「どういう事ですか?」

 今度は疑念と不信。それを隠そうという余裕がないのか,あるいは意識そのものがないのか。

「…先日の繰り返しとはなろうが…」

 加えて記憶力にも乏しいらしい。努めて声から感情を殺す。

「…事実上,我ら帝国はサナリアの腐敗をただすべく立った軍だ。ところが貴公らは,本来ならばそれに打倒されるはずのサナリア軍」

「将軍,私は…」

「…分かっている。帝国の公式見解としては,貴公らは義によってサナリアの最期を看取り,暫定政権やつらのように国を捨てることもなく残った者たちだ。だが,それを民に納得させるためにはもうひと押ししておく必要がある,という事だよ」

 目の前で直接的に,戦火から市街を護る。その姿を見せることで民を納得させるのだ,と付け加える。

「しかし…勝てるのでしょうか?」

 今度は途端に不安を見せるレヤーネン。舌打ちでもしそうな勢いのクラルフを今度は視線でたしなめる。

「…勝たねばならん,という現実はともかく。それは貴公らと連中の戦力差にもよろうな。…レヤーネン,貴公らは正直なところ,暫定政権側の元友軍と比べてどうなのだ?」

 報告によれば,連合軍の編成は元サナリア軍残党が大部分であるという。となれば,大義名分の観点から言っても損耗を避けたいという本心から言っても,ルトリアは適当にお茶を濁す程度で済ませようとしてくる。

 そこでこちらが向こうの良く知るレヤーネンを前面に押し出せば,与しやすしと油断をしてくれるだろう。だが問題は,それに簡単にやられるほど彼我の戦力差があるのかどうかということだ。

「その点はお任せください。早々に国を見限った裏切り者と我らでは,志も力量も段違いです」

「…そうか」

 これが此奴の言葉でなければまだいくらか安心できるのだが,と心の中でまた溜息をつき,続ける。

「…それを聞いて安心した。それでは今回の作戦は私の準備していたものでいこう。貴公の部隊のみでこれにあたり,撃滅する」

「な!?」

 驚きと,不安と不信と不満の凝縮された短い叫びを上げるレヤーネン。

「…報告によれば敵軍の主力は暫定政権軍だ。よもや後れを取る事はあるまい?」

「し…しかしっ…」

 どこからそんな自信が湧いてくるのか,不安の色は消える。しかしその隙間を埋める不満と不信。

「…いいか,何度も言うが今回は貴公の力量と志を大々的に喧伝するという目的がある。我々の手など借りずに自分たちだけで撃退する方が,より劇的な勝利となろう?それは貴公らが早くに信用を得るためにも重要な事」

「む…」

「…加えて。それは我々が高みの見物を決め込むという事ではない」

「と,仰いますと?」

「…二段構えの策で当たるという事だ。これを見てくれ」

 そこではじめて,用意させていた地図を広げる。覗き込むレヤーネンとクラルフ。

「…我らはここで敵を迎え撃つ。レヤーネン,貴公はここに配置して,正面から敵に当たれ」

 とんっ,と両側を森に挟まれた街道上の一点を指し示す。

「…重要なのは正面からというところだ。あくまで堂々と,一片の引け目も負い目もなくこれにあたり,正面から撃退するのが最良の,理想の勝利だ」

「しかし万一,万一…」

 具体案を示されて途端に不安が蘇ったのか思わず口を開き,しかしプライドが邪魔をするのか,さすがに言いよどむレヤーネン。

「なるほど…そういうことか」

 その時じっと地図を見つめていたクラルフが口を開く。

「クラルフ…殿?」

「我らはこの森に伏せておくという事ですね?将軍」

 社交辞令と本音の狭間で揺れ,ぎこちない殿づけをするレヤーネンなど完全に無視してクラルフが言う。だが一方で彼の手前だからであろう,意識してこちらを立てようという言葉遣いだ。

「…その通りだ」

 無視はともかく,それはよい傾向だと思う。おそらくクラルフは先日の話を真摯に受け止めたのだろう。早速先を見据えて,自分を高めようとしている。

「…もし万一押し込まれるようなら,その時は無理せず損耗を避けるために退け。我らはここに伏せ,敵の指揮官がこの位置まで来た時に挟撃をかける」

 街道の左右に広がる森を差し,つつ,とそれを線で結ぶ。

「…敵軍の混乱を確認したところで主力は反転攻勢し,半包囲をかけてこれを殲滅するのだ。次善の勝ち方ではあるが,矢面に立って囮を演じ,自らを危険に晒して勝利を呼び込んだ貴公の働きは大きな称賛を得るだろう」

「おお…なるほど」

 そこまで説明を受けて,ようやくレヤーネンの表情を喜色が占めはじめる。やっと不安が解消されたのだろう,途端に緊張が解け,態度にも安心しきったような弛緩が現れる。

「…貴公にはもう一つ,重要な役割がある」

「フ…何なりと」

「…チッ」

 余裕の表情でニヤリと笑いながら言うレヤーネンに,ついに我慢の限界を超えたクラルフが舌打ちする。しかし幸いな事にそれは聞かれなかったようだ。なだめるように視線を送り,言葉を継ぐ。

「…おそらく暫定政権側の誰かと貴公とで,口上による一騎打ちがあろう。これにも負けるわけにはいかんから,心してかかって欲しい」

「な,なんですと!?」

 途端に平静を失い挙動不審になるレヤーネン。ざまを見ろという思いと,かといって負けてもらっても困るという思いの狭間で複雑な表情になるクラルフ。

「…当たり前だろう。向こうは貴公を裏切り者とすることで己の正当性を保障しているのだ。十中八九間違いなく挑んで来る。少しでも士気に影響を及ぼし,少しでも戦局を有利に運ぶために,な」

「お…お任せください…必ずや勝利して…」

 言葉とは裏腹に,レヤーネンからはすっかり余裕が失われている。

「…そこで,これだ」

 予め用意していた作戦書を取り出し,レヤーネンに手渡す。

「こ,これは…?」

「…返答に窮した時はこれを開け。どう答えればいいかを書いておいた」

「おお…」

 驚きの表情で作戦書を眺めるレヤーネン。わずかに覗いた不満を解消するために,見ずに済ませられればそれでもいい,あくまで念のためだ,と付け加える。しかし口には出せないものの,妙な事を口走るくらいなら初めからそれを見て答えろと言いたいのも事実だ。

「…ここまでで,何か質問はあるか?なければ全体の軍議はこれまでだ。後は出撃まで英気を養ってほしい」

「ハ!了解しました」

 一礼し退室するレヤーネン。扉が閉められるのを待って,大きくふう,と息をつく。

「…ほんとに尊敬するよ,ヴァニティ」

 途端に砕けた物言いになるクラルフ。

「…誰かがやらねばならぬ事,だからな…」

 肩をすくめてみせる。

「しかし…あれで大丈夫なのか?どうも信用できないのだが…」

「…理想の勝ち方ができればいいのは間違いないさ。あれでも圧勝できるなら,暫定政権など恐るるに足らぬということだ」

 十中八九は出番が来るがな,と付け加えると,だろうな,と言ってクラルフは肩をすくめる。いくら腐敗しきっているとはいえ,曲がりなりにも国を動かしていた者どもだ。底辺と言っても差し支えないほどの下っ端であるレヤーネンより劣るとは到底思えない。たとえ五十歩百歩でも,上なのは間違いないだろう。

「…さて,我らの方針だが。極力被害を抑えるために,狙うは大将の首一つだ」

「ああ。分かっている。帝国の威光を示すためにも,陛下の寛大さを示すためにも,犠牲は極力減らす。そういう事だろう?」

 にやりと笑うクラルフに頷いて見せる。それが力の差を大きく見せる事にもなり,敢えて平和的に事を運ぼうとする外交努力とも相まって,相手のより一層の警戒と慎重を誘うのだ。

「…そしてできれば,大将を討つのは任せたい」

「ヴァニティ?」

「…奴には花を持たせる。だがクラルフ。その陰で奴を黙らせるだけの実績を積み,奴の暴走を止められるだけの存在になるのがお前の目標だ」

「そうだな。そうだったな。何のかんのと言っても,今の俺では奴を笑えない。俺もあんたにお膳立てしてもらってるからな。一日でも早くあんたと,名実ともに轡を並べて戦えるように頑張るよ」

そう言って屈託のない笑みを浮かべるクラルフに,心の中で謝る。何のかんのと言ったところで,結局は厄介ごとをたらい回しにしたいだけではないか,そんな思いが胸を刺す。だが他に良い解決策も浮かばない以上,最善と信じてやっていくしかない。

「…決して平坦な道ではないが,全力を尽くそう」

 自分にも言い聞かせるように言った。


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