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狂い始めた歯車

 私の名はヴァニティ。成り行きで将軍という立場になり,よりにもよって,仇敵と言ってすらそれほど差し支えの無いほど因縁のあるレヤーネンの面倒を見なければならなくなってしまった。

 即日ハンは帝国の建国を宣言し,初代皇帝に即位した。これだけ見れば計画通りで,一応大筋でその悲願は達成されたと言って良い。ところがこの時点ですでに,理想と現実とは微妙にずれ始めていた。

 レヤーネンが下った際の証言と生首の件については,一部分に関して箝口令が敷かれた。あくまで平和的にという理想は崩れ去ったが,証言通り国王が部下に粛清されて国が滅んだというのも救いがなさすぎる。そこで公式発表としては,ルフトルールが王として自ら責任を取ったということにしたのだ。心優しき皇帝の強い意向によるものだった。

 しかしこれは予想通り,国外へ逃亡した者たちに口実を与える事となった。彼らは帝国が国王を処刑したのだと主張してその非道を喧伝し,血筋的にもっとも国王に近しい上級貴族を新王に立てて暫定政権を樹立すると,ルトリアの力を借りて国土を奪還せんと動き始めた。

 ここまでならば,もしかするとサナリア騎士とレヤーネンは国外へ逃亡してこれに合流したかも知れない。だが帝国にとって幸いな事に,暫定政権側は自分たちの主張が説得力を失う事を恐れた。そして彼をはじめ残った者たちすべてを,簒奪者に尻尾を振った裏切り者という扱いにしたのだ。これによって退路を断たれたレヤーネンたちは,国と王を見捨てず最後まで付き従った忠臣として遇してくれる帝国に拠るしかなくなった。 

「まぁ,どちらかと言えば暫定政権側の言い分が真実に近いのだろうがな」

 ルマールはそういってくっくっと含み笑いを漏らした。すっかり片付けられ,あの惨劇があった場所とはとても思えない王城の一室での,建国後はじめての会議。新参のレヤーネンはまだ加わる事を許されず,ハン以下いつものメンバーが集まっていた。

「国王が生きて帝国に引き渡されてこそ,奴らが国を思って取引に応じたという大義名分が成立するからな。それをぶち壊したレヤーネンは,奴らにとっては間違いなく裏切り者だ」

「自分たちが切り捨てた事は棚上げして,そういう扱いにするでしょうな。しかし我らにとっても痛い誤算でしたな。暫定政権などというものがある限り,ルトリアがこちらとの交渉のテーブルにつくことはありえない」

 バナドルスが溜息をつく。

「準備が整い次第討伐軍を差し向けて来るだろうな。根無し草としては間延びは自殺行為に等しいし,我らに不都合な事を喋らせる暇も与えたくないだろう」

 フッ,と鼻で笑うような息を漏らすルマール。笑い事ではないのだがな,と心の中で溜息をつく。

「ともかく我らの当面の目標は,初戦でこれを撃退し,国が安定する時間を稼ぐ事。そのための編成がこれだ」

 卓上に編成図を広げる。身を乗り出して眺める一同。

「…これは…」

 それきり二の句が継げなくなる。先日のルマールの言葉そのままで,理屈も通ってはいる。だがこれほどあからさまに実践されるとさすがに気持ちが萎えた。

「一応陛下の裁可も頂いてはいるが,もっといい編成があるかも知れない。何かあれば遠慮なく言って欲しい」

 そんなこちらの内心を,おそらくは面白がっているのだろう。ルマールの言葉は棒読みに聞こえる。しかしとはいえ,無論それが自分の被害者妄想と言われれば抗弁もできなそうだ。

「私は完全に後方へ回る,という事ですな?」

 むぅ,と唸ってからやや置いてバナドルスが口を開く。

「そうだ。さすがに陛下の周りを無人にしておくわけにもゆかぬ。数だけは増えたが烏合の衆,早急に錬度を上げるためにも,帝都に残る者は必要だ」

 なるほど,と短く応じてバナドルスは椅子に深く掛け直す。

「将軍は…特にないな?」

 ほかに選択肢があるのか?と言いそうになるのを抑えて無言でうなずく。

「クラルフ,お前は?顔だけならわかりやすいがなぜ黙っている?」

 ルマールが言う。そちらを見やれば眉間にしわを寄せ不快感を隠そうともしない,しかし一言も発しないクラルフ。確かにおかしい。いつもならとうに噛みついている。

「将軍の麾下に入るのが不満か?」

「そこではない!」

 また例の息を漏らしてルマールが言うと,そこでさすがに堪えきれなくなったのか短く鋭く言い放つ。

「レヤーネンだ!なぜ我らが奴の面倒を見なければならない!」

 立て続けに吐き捨てる。実に彼らしいと言えば彼らしいが,口を開いたことで抑えがきかなくなったようだ。

「言いたいことは分かる」

 それを手で制し,ルマールは会話の主導権を握る。

「確かに奴は裏切り者だ。高潔さも賢明さも。恥の概念すらも持ち合わせてはいまい」

「ならばなおのこと!なぜ獅子身中の虫となるような輩を…」

「だからこその利用価値,ということだ」

「…?」

 理解の範疇を逸脱したのか,主導権を強引に奪い返そうとしたクラルフはしかし,目を丸くして言葉を失う。

「どういう事です?」

 バナドルスも聞き返す。

「いくら箝口令を敷いたところで完全に遮断できるわけもないし,そもそも奴を昔から知っている者ならばおおむね状況を推測できるよ。今回のこれは,我らがそんな奴にもチャンスを与えるという姿勢を見せる格好の機会なのだ」

「国としての懐の深さを見せる,と?しかしそれは…」

「節操がないとみられる可能性がある,ということだろう?そこは確かに無視できないが,だからこそ大きなチャンスなのだよ」

「…」

 何となく展開が見えて,それ以上先を聞きたくないという思いに駆られる。しかしルマールはそんな内心には気づかず,いや,分かりきった上であえて構わずと言った方が良いかもしれないが,続ける。

「奴には支配者の杖が効かなかった」

「!?」

 しかし次に出てきた言葉は,驚嘆するに足るものだった。バナドルスが思わず椅子から立ち上がる。

「そ…それはつまり,彼が古代王国の魔法にすら抗える者だと…?」

「いや,どうやら逆らしい」

 ククク,と今度は隠そうともせずルマールは笑う。

「…逆?」

 発言の真意をはかりかね,クラルフが目を丸くしながら尋ねる。

「そうだな…例えば,土の上と氷の上,動きやすいのは言わずもがなだが,それはなぜだ?」

「氷は滑るからだろう?踏ん張りも効かない」

「そうだ。それで,どうも支配者の杖に言わせると,奴は氷らしいのだよ」

「な…」

 今度は目が点になるクラルフ。

「そう考えると,怒りを通り越して笑えて来ないか?下級の妖魔すら支配者の杖に何かしら引っかかるというのに,奴は全く引っかからんらしいのだ。引っかかった上で抵抗するのとはわけが違う。節操がないというか,妖魔以上に欲望に忠実というか,いずれにせよある意味で恐るべき逸材だよ」

 糠に釘ということか。しかしそれを口に出すのは止める。

「そんなもの…ますます扱いにくいというだけではないのか!?」

「だからこそだ。そんな奴が陛下に忠誠を誓い,手柄を立ててみろ。陛下の器が支配者の杖以上ということになろう?」

「む…それはうまく行った時の話で…!」

「行かなければ名誉の戦死だ。そんな奴が命を落とすほどの忠誠を誓ったとなれば…あとは,分かるな?」

「むぅ…」

 何か釈然としない様子のクラルフ。無理もない,自分とて逃げ道を断たれたから諦めているだけで,他に選択肢があればよほどの究極の選択でない限りはそちらを選ぶ。

「確かに難しいよ,クラルフ。お前では無理だ。いや,現状ではおそらくただ一人を除いて誰にもできん」

「なるほど,それで蛟龍を佩いた竜殺しが総司令官というわけですか…」

 冷静さを取り戻し,椅子に座りなおしながらバナドルスが言う。

「そういうことだ。もっとも手っ取り早く奴を黙らせられる伝説だからな」

「…クラルフ」

 それでもなお難しい表情で考え込む仕草を見せるクラルフに向かって,おもむろに口を開く。

「…そういう状況なので,申し訳ないがしばらく指揮を取らせてもらう。本来ならば轡を並べて戦う筈のところ,よりにもよって奴と同格の扱いでは納得もいかないだろうが…」

「何を言うんだヴァニティ。あんたが気にする必要は無いし,そんなことが気になっているんじゃない。俺はただ,どうやって秘密裏に奴を…」

 不穏な事を言い出すクラルフ。しかし確かにそれは魅力的だ。誘惑に耐えながら言う。

「…それ以上は言うな。それはあくまで最後の手段。より難しい方を成し遂げてこそ,帝国の未来もより輝かしいものとなるのだ」

「…あんた,やっぱり凄いな。俺にはとてもそんなことは思いつかなかったし,言えそうにもない」

 悪く言えば単純,しかしよく言えば素直。クラルフは屈託のない笑顔で言う。

「…今はいい。だがゆくゆくはやってもらわねばならぬぞ,クラルフ」

 ちくりちくりと胸を刺す良心の呵責に耐えながら言う。どんなにきれいごとを並べても,結局は厄介者を押し付けようとしているだけなのではないだろうか。

「…将来の帝国を担うのはお前なんだ」

「ヴァニティ?…あんたが将軍じゃダメなのか?」

 自分は一時的に手を貸しているだけの存在。だがぐっとその言葉を飲み込む。それを知っているのはハンとバナドルス,そして限られた者たちだけだ。そんなことを大っぴらにすれば,ただでさえ不安定な帝国の根幹を大きく揺るがしてしまう。

「…知っての通り,私の部隊は特殊部隊だ。バナドルスがこれから鍛え上げる正規兵とは性格が違う。となればいずれは最大限の効率運用のため別編成になるだろうし,そちらを指揮する者も必要になる」

 義に拠って立った正規兵を奴に任せる事だけは避けねばならん,そう言うとクラルフはハッとして,そして力強く頷く。

「分かった。陛下の為帝国の為,全力を尽くす」

「…頼むぞ」

 その時,視界の片隅に入室してきた兵士が飛び込む。兵士はルマールに近寄ると何事か耳打ちした。

「話が決まったところで諸君,早速だが出番のようだ」

「!」

 状況から見て兵士のもたらした情報がどんな内容かは分かり切っていた。だがやはり一同に緊張が走る。

「幸いと言うべきかはともかく,規模としては先遣隊らしいな。ルトリア軍と逃亡組の混成部隊だ」

(サナリア騎士どうしの戦いになる,ということか…)

 身から出た錆でやむを得ない事とはいえ,どこか悲しいものを感じる。

「将軍」

 その時終始沈黙していたハンが口を開く。

「建国したばかりのわが国がいきなり立たされる試練。決して楽な戦いではないが,何としても勝たねばならん。頼んだぞ」

「…御意」

 無論自分でそうしようと思った事が原因なのだろうが。そう言ってみて,なんとなく,どことなく,ハンとの距離が広がったような気がした。

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