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伝説への挑戦

 俺の名はジョウ。この世界に落ちてきて,かれこれ五年になる。自分の目的を失った後,同じく落ちてきたハンの理想の手助けをすべく傍らで剣をふるってきた。

 サナリアと事を構えるにあたって数の不利をはね返すため,古代王国の魔法の物品,支配者の杖を手に入れるべく。ハン,マードックと三人で最も深き迷宮へ挑むことになった。

 古代王国時代に作られたと伝えられるこの迷宮は,もともとはかなりの規模があったらしい。しかし長い年月の果てにその大部分は失われ,また数百年程前の邪神との戦いの際にも結構な規模が破壊されたようである。

 魔法の物品を探知する魔法を使うマードックを道案内に,自分たちが通ったルートを記録しながら,まっすぐに大きな反応へ向けて進んでいく。

 奥へ進むに連れて遭遇する妖魔のレベルも上がってきていたが,まだ魔法に頼る程度ではない。ハンも身の丈ほどの頑丈な鉄棒で群がる敵を片端から叩き伏せる。

「さすがに…戦士型の龍戦士は恐ろしい戦闘力だな…」

 ハンに庇われながら間近で戦闘を見るマードックが感嘆とも怖れともつかない溜息をもらす。

「惚れなおしたか?マードック?」

「次を右だ」

 ハンが軽口を叩くが,マードックはそれをごく自然に無視して言葉を繋ぐ。

「…先に目指すのは支配者の杖か?それとも蛟龍なのか?」

「おそらくは蛟龍だな。ぼんやりとだが,大小二つの反応が見える」

「…そうか」

 できれば後の方が良かった。万一の場合,杖さえ手に入れていれば二人だけを逃がすこともできただろう。

「不安か?」

 聞いてくるマードック。

「…相手が伝説だからな。さすがに楽観はできない」

「つくづく隙の無い男だな,お前は。あまり完璧すぎるのもとっつきにくいぞ?」

 ハンが軽口を叩く。

「…隙を突かれて,取り返しのつかないことになるのはもうたくさんだからな」

 ロケットをそっと握る。

「あまり過去に囚われすぎるなよ?どうもお前たちは思いつめすぎる」

「そこを左。そろそろのはずだ」

 また無視するマードックの言葉に,分かった,と答える。

「…むっ…」

 指示に従って角を曲がると,不意に視界が開ける。広大な地下空洞と言うべきだろうか,ぽっかりと上下に空間が開けており,その中を巨大な橋が向こう側までつながっている。

「落ちたら終わりだな,さすがに…」

 ハンが黒々と口を開ける底なしの空洞を見下ろしてつぶやく。

「見ろ」

 マードックの言葉に対岸を見やると,広場のようになっているその一番奥,台座のような石板の上に二本の刀が浮いている。

「…あれか」

 いかにもな,思わせぶりな場所だ。力を示すための,闘技場のような場所。

「…二人はここに居ろ」

 じゅうぶんに警戒しながら,ゆっくりと歩を進める。背中にチリチリとした緊張感がみなぎる。

 異変が起こったのは橋を渡り終えようかという時だった。小さな羽ばたきの音が聞こえ,それが次第に大きくなってくる。見ると,大きさは軽くこちらの数倍はあろうかという生物。図鑑で見た恐竜の想像図に羽を生やしたような外見。暗闇に同化するかのような黒い巨体。

 それは周囲に風を巻き起こしながら,二刀への道を塞ぐように着地する。唸るような咆哮。ちろちろと炎が口から漏れ出る。

「ジョウ!そいつはただの竜だ!炎と直接攻撃にさえ気を付ければいい!」

 古龍は龍語と呼ばれる上位古代語に次ぐ古さの言語を操るほどの高い知性を持ち,厄介な魔法も操るらしい。しかし古龍はその大部分がはるかな昔に別の世界へ飛び去り,こちらへ残ったものたちは長い年月を経て知性が退化しているという。

(…簡単に言ってくれる…)

 しかしそれでも危険度は最高クラス。そんじょそこらの妖魔とは大きさも格も,何から何まで桁違いだ。だがともかく自分の間合いに入り込まない事には攻撃ができない。黒竜へ向かって走る。

 黒竜は低い体勢で刺すような鋭い眼光を放っていたが,敵が走ってくるのを見ると先制攻撃を加えるべく首を持ち上げて息を吸い込む。

「!」

 進路を変更し,斜めに橋の欄干へ向かって走る。竜が首を下ろして火炎を吐くよりも早く欄干へ向かって跳びあがり,三角跳びの要領で逆方向へ跳びあがって炎をかわすと,目と鼻の間あたりに着地する。突然重量をかけられた竜は口を閉じてしまい,炎は左右から漏れ出す格好となる。

「ゴアガアァ!」

 すかさずひょいと後ろへ跳ぶと,自分の口を焼いた竜は再び首を上げて苦悶の咆哮。その隙に懐へ潜り込む。

「…はっ!」

 竜の胸の辺りを斬る。ザリザリという硬質な感触。傷はついたが,内側へは通っていまい。

(…く!)

 刀の心配をする。しかしそれで注意が散漫になる。

 次の瞬間,すぐ側にあった竜の前足が猛烈な勢いでこちらの胴を薙ぎに来る。後ろへ跳ぶが完全にはかわし切れず,鎧の胸の部分が鋭く尖った爪の先端に切り裂かれる。

 よろめいたところへ逆方向から首を回しての頭突き。避けられない,そう判断して刀を合わせに行く。トロールの腕くらいならば逆に切断して防ぎきれただろう。しかしさすがに竜のうろこでは相手が悪かった。

「!!」

 それでも硬い鱗の半分は斬れただろうか,しかしそこまでが限界だった。鈍い音を残し,太刀が折れ飛ぶ。

「ぐ…っ!」

 元の世界と自分を繋ぐ唯一の接点が,遂に無くなってしまった。その一瞬の衝撃が隙を生み,太刀のおかげで致命傷にはならなかったもののトゲトゲした頭の一撃をもろにくらって吹き飛ぶ。

 欄干に叩きつけられ,一瞬意識が飛ぶ。しかしそこにまた,今度は致命的な間隙。

「!?」

 するり,と首から何かが抜けていく感触で意識を取り戻し,反射的にそちらを見ると,きらりと一瞬の輝きを残して宙を舞うロケット。

 必死に手を伸ばすが反応が遅すぎた。指先にわずかな感触を残して,闇の中へと落ちていく。

「…!!」

 それが自分の頬からするりと落ちた最愛の人の手の感触を思い出させ,圧倒的な悲しみを瞬時に思い起こさせる。あの時と同じ,声にならない叫び。

 竜は態勢を立て直すと,相手の動きが完全に止まっていることを確認し,炎を浴びせようと,また大きく息を吸い込む。

「…きさまぁっ!」

 しかしその瞬間,心の中で何かが切れた。

「おおっ!?」

「うっ!?」

 様子を見守っていた二人は信じられないものを見た。浴びせられるはずだった竜の炎が,ジョウを中心とする目に見えない球体に阻まれたかのように彼を避ける。竜がため込んだ息を全て吐き出すまでのしばらくの間それは続き,炎が途切れた後にはゆらりと立ち上がった無傷のジョウ。

「きさまだけは…きさまだけは許さん…!」

 八つ当たりに近いことは自分でも分かっている。己の未熟さがまたも招いてしまった取り返しのつかない失態。しかし今だけは,もう一方の当事者への怒りだけを心の支えにして五体を突き動かす。

 脇差を抜き,ゆらりと近寄る。全身から際限なく立ち上る威圧感が竜さえもたじろがせる。龍戦士の力が解放されているのだろうが,今はもう目の前の敵を倒す事しか頭にない。

 竜は王者の自負を思い出し,怒りの目を向けると,再び炎を吐こうと首を上に向け息を大きく吸い込む。素早く跳躍して首が振り下ろされるであろう地点まで飛び込みながら,叫ぶ。

<高まれ,雷の鼓動!集まれ,魂の律動!全てを焦がし尽くす刃となり敵を撃ち滅ぼせ!>

 リーリヤに手ほどきを受けて使えるようになった魔法。出番こそほとんどなかったが彼女が得意としていた,直接攻撃だけでなく付与としても使える雷の魔法。それを怒りのままに全力で脇差に乗せる。

「でええいっ!」

 竜が息をため込み,それを吐き出そうと首を振り下ろした瞬間。極限まで雷をまとって青白い輝きを放つ脇差を,その下あごの,おそらくは舌の根元あたりへと突き上げる。脇差は竜の脳まで突き通り,その瞬間ため込んでいた雷を放つ。

 ビクン,と竜の体が震え,顔の突起部分からそれと分かる放電。しかしそれでも絶命しなかったのはさすがに魔獣の王と言うべきだろう。

「…!」

 竜が首をひねった瞬間,脇差が乾いた音を残して根元から折れる。呆然と,手に残る握りを眺める。

 竜は刀身を生やしたままよろよろと数歩よろめき,そこで絶命して橋の欄干から身を乗り出すように崩れる。そして,体重のままにずるり,と滑るとこちらも闇の中へと落ちていく。

 その場にがっくりと膝をつく。身体には全力をつぎ込んだ反動とも言える疲労感と脱力感,そして心にはあの時以来の圧倒的な喪失感。

「ジョウ,大丈夫か!?」

 二人が走り寄ってくる。

「…だい…じょうぶだ…」

 脇差の握りを鞘にはめ,ゆっくりと立ち上がる。近くに転がっていた太刀の刀身を拾い上げて鞘の中に落とし込み,同じく転がっていた握りを鞘にはめる。

「…あれは,大事な物だったのか?」

 闇の底をちらりと見ながらマードックが尋ねる。

「…ああ」

「そうか…」

 珍しく,継ぐべき言葉を迷っているような素振り。気を遣ってくれているのか。自然に苦笑が漏れる。

「…自らの甘さが招いた失態だ。今は先を急ごう」

 ゆっくりと蛟龍へ歩み寄ると,両手を伸ばして大小をそれぞれの手に掴む。特に変わった様子が無いのを確認して,そこから取り出す。

「…」

 腰の二刀を抜き取り,代わりにそれらを差す。そこでふと思い立ち,台座の上へその二刀を置く。

「いいのか?ジョウ…」

「…ああ」

 墓標。もし使命が見つからなかったら,大したものではなかったら,ここに戻ってきて捜そう。その時までここで二人の形見を見守り続けて欲しい,そんな思いも確かにそこにはあった。

「…行こう。今はまず,今できることをやるしかない」

 ロケットを握るように,本来そこにあった場所で拳を作る。しかし思い出に浸るのは少なくとも二人を無事に返してからだ。そう自分にも言い聞かせた。

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