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蜂起の段取り

 俺の名はジョウ。何らかの使命を与えられてこの世界へ落ちてきた龍戦士,らしい。

 自分の使命が見つかるまでで構わないから手を貸せというハンの要請を受け,行動をともにするようになってからすでに四年が過ぎていた。

 仲間探し,特に一騎当千のエース探しは遅々として進んでいない。はじめのうちこそ数人の仲間を作る事に成功したものの,以降は芳しい成果を上げられずにいた。

 しかしその最大の原因は,それぞれがそれぞれの生きる目的を見出してしまっていたことだった。家族とのささやかな,しかし幸せな生活を捨てさせてまで仲間に引き込むわけには行かない。大義を目指す一方で小さな幸せも大事にするハンの主義に共感し,その意に沿っているがゆえの課題であった。

 とはいえ,あまり悠長な事を言っていられないのも事実だった。サナリアでは昨年先王が崩御。王位は第二皇子のルフトルールが継いだものの,先王の時代から実権を掌握していた勢力に抗すべくも無く,国政は腐敗の一途をたどっていた。

 もはや待てない。しかし失敗は許されない。戦力も足りない。月に一度開かれる会議では,このところ毎回のようにその件が話し合われていた。

「バナドルス,編成の方はどうなっておる?」

「はっ。既存戦力に関しましてはほぼ問題なく進んでおります。だいぶ練度も上がってまいりました」

 最初期に仲間に引き込んだうちの一人,バナドルスは,元の世界では機動隊員という肩書を持っていた筋金入りの武闘派だ。年齢はハンより幾つか下で,短く刈り込まれた頭はごましおのような状態であるが,がっしりした体躯には鋼のような筋肉がついている。銃こそこの世界には無いが,柔道の黒帯で逮捕術にも長けており,戦闘能力はかなりのものを誇っている。年齢の差はあったが武道家どうしということもあって意気投合し,今では信頼のおける人物だ。

「ですが…やはり数は足りないと言わざるを得ないでしょう。一度でも敗北してしまえば立て直しは不可能です。いやそれ以前に,長引かせてルトリアからの援軍が到着してしまえばそれまでです」

「うむ…」

「ハン!だが正直国民は我慢の限界だ!これ以上は待てない!」

 口を開いたのはクラルフ。赤いくせっ毛と精悍な顔立ち,青い瞳が特徴的なこの青年も最初期の仲間であるが,こちらは第二世代とも言うべき存在だ。

 異邦人を母に持ち,迫害を受けて貧民街へと追われそこで育った彼は,出会った当初は暗黒街の用心棒のようなことをやっていた。ハンにねじ伏せられ諭されて,仲間となった後は彼を慕っている。

「俺たちが全力で当たれば…」

 この世界生まれの彼は,力の使い過ぎで他所の世界へ飛ばされるのかどうかも定かではない。もともと直情的な性格も手伝って,力を使う事にも一番抵抗が少ない。

「いや。それはあくまで最終手段だ。それに,圧倒的な力で国を取ったところで,それは結局支配者が入れ替わるだけよ。我々の目指すものはそれではない」

 するとそこで,今まで黙っていた覆面が口を開く。

「最近仕入れた面白い情報があるのだが…聞くか?」

 覆面の名はマードック。つい数か月程前に仲間となった。マードックを名乗ってはいるが女であり,落ちてきた場所が最悪だったために悲惨な目に遭っていたらしい。覆面をしているのも本人曰く女を捨てたかららしいが,ハンは使命にかけて彼女に笑顔を取り戻そうとしている。

「…」

 しかしその存在を感知したときから,マードックにはどこか暗い影を感じている。いずれハンにも害を為すのではないか,そんな不安がぬぐえず今一つ信用しきれない存在であった。

「どんな情報だ?マードック」

「どうやら古代王国時代の魔法の物品に,それを持つ者に絶大なカリスマを与えるものがあるらしいのだ」

「ほぅ…」

「それを手に入れる事ができれば,上手くすればサナリア騎士をそっくりこちらに引き込むことも可能ではないかと思うのだ。無用な争いも避け犠牲も減る。うまい手とは思わんか?」

「確かに,それが可能であればかなりこちらの負担を軽減できますな」

 バナドルスが言う。

「…しかし,それはどこに?」

「うむ。そこが最大の問題と言えば問題だ。何せその物品…支配者の杖は,最も深き迷宮にあるとのこと」

「何!?」

 そこでクラルフが叫ぶ。

「ちょ,ちょっと待った,最も深き迷宮って,深部には邪神が眠っているってあの!?」

「そういう事になるな。…そもそもそれだけの反則的な力を持つ物品が,そんじょそこらにほいほい転がっているわけもあるまい?」

 淡々と言うマードック。

「しかし…それこそ生半可な事ではないのでは…?」

 バナドルスがむぅ,と唸る。

「確かにぞろぞろ行っても足手まといが増えるだけだ。行くならば少数精鋭。ハンと私,そしてジョウの三人で挑む」

「な…!?しかしそれでは…」

「まぁ聞け」

 マードックは異を唱えかけたクラルフを制する。

「実は先日,新しい魔法の開発に成功してな。一時的にではあるが全ての生物から完全にその存在を消し去ることができるようになった」

 術者を中心に特殊な場を形成して音や気配,果ては直感の類からも完全に遮断してしまうというその魔法は,効果範囲が狭い事と一定時間までしか連続使用ができない,さらに再使用には一定の時間を置かねばならないという弱点があるらしい。

「まず範囲の問題で,せいぜい連れていけるのは左右に一人ずつ,それ以上は無理だ」

 かなりの強敵が現れた時にはこれを使って安全に突破する,そうでない敵は蹴散らすわけだが,極力戦闘力の高い二人を連れて行く必要があるとマードックは言う。

「しかし…ハンにもしもが起こってはいろいろとまずいのでは?代わりに私が…」

「実はそこでもう一つの問題がある」

 今度はバナドルスを制するマードック。

「古代王国の魔法の物品はへそ曲がりが多くてな…。支配者の杖も,結構厄介な縛りがあるようなのだ」

「縛り?」

「簡単に言うと,持ち主登録だな」

 文献によれば支配者の杖は所有にあたって一定の手続きを踏む必要があり,加えて手続きを踏んだ本人でなければそれを外へ持ち出すことができず使用することもできないという。

「我らには差し当たって関係ないが,持ち主の肉体が滅ぶと元の場所へ戻るという能力も付与されているらしい。ある意味迷惑な能力だが,ある意味妥当な能力でもあるな」

「…なるほど…それではハン本人が行くしかあるまいな」

 ハン以外の者が持ち主となれば,軍団が分裂する可能性は高い。特にマードックに持たせてしまっては何が起こるか分からない。

「…だろう?」

 そんな内心を見透かしているのかいないのか。マードックの言葉に念押しのような響きを感じる。儂は誰でも構わんが,というハンの言葉をこの時ばかりはその場の全員が流す。

「となれば,ハンの安全を確保する為のベストの人選,残り一人は間違いなくジョウだ」

 それにはその場の全員が同意する。のしかかる期待と責任。

「それにな,実はジョウにも有益かも知れぬ物があるのだ」

「…それは…?」

「この世界にはいくつか伝説の武具と呼ばれるものがあるのだが,そのうちの一つも迷宮内にあることが分かった」

「…しかし…」

 腰の二刀を見る。自分にはこれしか使えない。この世界の技術レベルでは同等のものを造ることができないため,随分傷んできたにも関わらずいまだに酷使を続けている。

「心配は要らん」

 そんな内心の葛藤をマードックは斬り捨てる。

「迷宮内にあるらしいのは咬龍。その刃は相手の魂を咬み砕くと評される,漆黒の刀身を持つ二刀だ」

「!」

「おそらくは,邪神を封印した龍戦士の一人が前の所有者だったのだろう。…どうだ?お前の為に用意されたような武具だとは思わんか?」

「…」

 わき上がる疑念。いくら何でも話がうますぎる。そんなものを自分に勧める真意は何だ?それともただの疑心暗鬼に過ぎないのだろうか。

「しかし…それも何かしらのへそ曲がりなのではないのですか?」

 そこでバナドルスがもっとも尋ねたかった疑問を口にする。

「その通り,こいつもかなりのへそ曲がりらしい」

 すると,特に隠すふうもなくマードックは答える。

「…具体的にはどんな?」

 考えすぎか?と思いながら尋ねる。ところがそこでちょっと間をとるマードック。

「…はっきりとは分からんが…。蛟龍に対して力を示してやる必要があるようなのだ」

「…示せなければどうなる?」

「そこがはっきりしない。というよりも…」

 そこでさらに言いよどむ。

「過去の文献で蛟龍を佩いた者たちは,つまるところみな力を示せた者たちだ。そして,示せなかった者がどうなったかの記録は無い…」

「…」

 単純に考えて,示しに行ったが戻ってこなかったと見るべきだろう。

「…そのような危険な賭けは,避けるべきではないのですか?」

「だが,その二刀が折れてしまってからでは遅い」

 ずばりと核心をつくマードック。

「現実問題,我ら以外の龍戦士が敵として現れる危険も高い。そうなったときにその刀が無ければ,戦力は大幅に下がってしまうだろう?」

「むぅ…それは確かに…」

 唸るバナドルス。

「そして仮に…だが,蛟龍の試練が直接の戦闘だった場合…その二刀無しで力を示せるか?ジョウ?」

「…難しいな」

 少なくとも,あった方が無いよりもかなり楽なのは間違いない。

「となれば,まだその二刀が持ちこたえられるうちに次を考えておくのが,一番の安全策だと思うが?」

 しかし挑むのはお前だから無理強いはしないがな,とマードックは締めくくる。

「…」

 ちらり,と視線を向けると,ハンは黙って頷く。

「分かった。試させてもらおう…」

「よし,決まりだな。ではもう一つ」

「…まだ何か?」

 マードックのペースで話が進んでいくことに,やや居心地の悪さを感じる。

「挙兵のタイミングの事さ。クラルフが言うように,もう猶予は無い。迷宮からの帰還に合わせて挙兵できるよう準備をしておいたほうが良いだろう」

「おお,いよいよか!」

 クラルフが叫ぶ。

「ハン,ここが決断の時だ。仮に支配者の杖が頼れない場合でも,我らだけでやるしかない,それで良いな?」

 一同の視線がハンに集まる。

「やむを得まいな。これ以上は確かに待てぬ」

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