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密かな大失態

 私の名はヴァニティ。私が帝国軍の将軍でいられるのもあと僅かという事になってしまったようだ。

 ルマールに何となく優しさのようなものを感じてしまったといっても,切られた日数は決してこちらにとって都合の良いものではない。

 そもそもここから帝都まではかなりの強行軍でも一週間以上はみなければならない。通常ならばここからバラナシオスまでで一週間以上かかるのだ。ということはつまり,エリィたちがこちらへ向かったとしてそれと会い,そこから帝都へ向かおうとしただけで期限ぎりぎりとなってしまうのだ。

 しかも”風”は,罠であるリュミエールの救出を優先してしまった。タバフ=エミーナへの往復で少なくとも数日を要する以上は,彼らが間を置かずにこちらへ向かったとしても良くて入れ違いとなる可能性の方が高い。

 だからこちらが淡い期待を寄せていた展開は,そのほとんどが潰えたと言っても間違いはあるまい。それにもちろん,確約も無いところでそれを当て込んだ行動をとるわけにも行かないのだ。

 つまり現状で私に残された途は,帝国の将軍として伝説を阻止し凱旋するか,さもなくば手ぶらで還り全てを失うかのどちらかという事になる。むろんユーリエを手にかける事などまったく頭に無いから後者しか択べないという事になるわけだが,事ここに至ってもなお,帝国を裏切るなどという事が私の選択肢に入る余地などまったく無かった。

 私は帝国軍の将軍。私がヴァニティである限りは,全ては帝国あってのものだ。だから私がそれをやめようとするなら,私はそれに関わる全てを,特にそれによってもたらされた恩恵や利益の類は全て手放さなければならない。その信念もまた,微塵も揺らいではいなかったのだ。

 だがそれは自分が独りで背負うものだ。たとえばリリーや部下たちまでその道連れにするわけにはいかない。それもまた揺るがぬ信念であった。

 私は半ば身辺整理のような心境で善後策を考え始めた…とはいっても,直接できる事など限られている。早い話が,リリーに作らせた切り札を頼るか,否か,その二択しかないのだ。

 ほぼ二年の長きにわたって今回の作戦を支え続けてきた例の装置によって,悪逆非道の漆黒将軍という基本認識はアリシア国民に根付いている。それは当初のこちらの期待を上回って,さまざまな恩恵をもたらしてきた。部下たちが治安維持活動などを通してアリシアに溶け込めたのも,絶対的な圧政者が居てこそ可能だったと言って良い。そして,実直で誠実な職業軍人たちを味方につけた事で本来ならば到底不可能と思われたアリシアの国事行為,たとえばユーリエの生誕記念式典を徐々に盛大に行えるようになってきているという意識も,彼らの中に無理なく醸成できているのだ。だから部下たちに関して言えば,無理なくアリシアへ残って生きて行けるだけの信頼は出来上がっているのだ。

 私の幸せを願う部下たちは,私が一人帝国へ還ると言えば異を唱えるかも知れない。だがきっと解ってくれる。アリシアに残り,仕官するしないはともかくユーリエを護り続けて欲しいと頼めば,彼らはその願いを聞き入れてくれるはずだ。

 問題はやはり,ユーリエとリリー,この二人であった。

(…う…っ)

 そこで唐突に,今さらながらに,大きな失態を晒し続けていたことに気づく。

 私は確かにリリーに,ユーリエの記憶を消すための装置を作れと命じた。そしてその装置は完成し,今も手元にある。技術屋の性と言うべきか,趣旨にはまったく賛同していないはずのリリーによって幾度かの改良バージョンアップを施されたそれは,今は例のチョーカーに内蔵されている。つまりその必要があればいつでも使える状態にあるのだ。それゆえに私は,ある意味で常にユーリエの記憶を残すべきか否かを意識させられ,悩んでいた。

 だがリリーはどうなる?そこが完全に抜けていた,いや,抜けたままになっていたのだ。

 悪逆非道の漆黒将軍との風評にもっとも心を痛めているのはユーリエだ。だから彼女は,私がその汚名をそのまま利用して他の全てを活かそうとする事を良しとしない。いや,頭でそれを理解できても心がついてこない。

 だから二択とはいっても,実際問題としては選択の余地など無い。記憶を残したいのはもはやルマールふうに言うなら私の趣味,誰かにだけは全てを知っていて欲しいなどという甘えの産物に過ぎない。だからそんなものでユーリエを苦しめるなどという事はあり得ないのだ。

 しかしリリーは,記憶を消したユーリエをずっとそばで見続けることになるのか?

 無論帝国へ連れていくわけになど行かないし,本人が何と言ってもアリシアへ置いて行くのがベターな選択だ。これまでほとんどしがらみを作らなかったリリーだが,だからこそ逆に,唯一のしがらみであるユーリエはその分もきっと良くしてくれる。そう思っていた。

 だがそこに大きな落とし穴があったのだ。記憶を消され,悪逆非道の漆黒将軍という認識になったユーリエを傍らで見続けるなど,場合によっては私の圧から自分を護ってくれた朋友と認識されてしまう事など,裏を知るリリーにとって拷問に等しいのではないだろうか?ユーリエが親密な関りをすればするだけ,リリーの苦痛が増してしまうのではないだろうか?

 それに。いくら作戦と解ってはいても,やはりリリーにとっても私がただ一人悪者を演じてきたのは精神衛生上あまり良い事ではなかっただろう。そこへきて,その思いを共有してきたユーリエが記憶を無くして敵側へ回る…。

(…く…)

 その程度の事すら失念していたとは。自分の不甲斐なさに呆れ果てる。

 苦しい言い訳ではあるが,そこにはリリーの姿勢も絡んではいた。彼女は決して諦めようとはしなかったし,その姿勢に励まされ続けてきたのも事実なのだ。ユーリエの記憶を消す装置を作れとこそ命令はしたものの,それ以上踏み込むことは私が彼女の思いを無にし,彼女にも諦めろと言ってしまう事を意味する。より自虐的に言うなら甘えの構図でそこへ踏み込むのを無意識に避けていたという事にもなろうし,より言い訳めいた言い方をするなら彼女の為にもそれはちらとも考えてはいけないものだった,という事なのだ。

 だがそもそも,こちらがそれを言い出したところで彼女がそれを承服するはずもないだろう。より具体的に言うなら,いくら命令したところで彼女が自分から私の記憶を消す装置など作る筈が無いのだ。

 ではどうする?彼女の居場所は?

(!)

 そこでこれまた唐突に過去の記憶が,半ば幻聴と言っても良い程の鮮明さで鼓膜にその響きが蘇る。

「お前の中に,奴らの覚悟を受け止めそれに報いて見せるという気概があるかどうかの問題よ」

「…くっ…」

 思わず漏らしたうめきがきれいに当時と重なって,それが呼び水となって次々と記憶が蘇ってくる。

「儂がダメだと言ったら,お前はどうする」

 まるですぐそこにハンが居るかのような,そんな錯覚にすらとらわれてしまう。

「もし儂が,それは帝国の為にならんと言ったとしたら,お前はどうするのだ?」

(…!)

 そこでハッとする。まるでハン自身がこの日を予見していたかのような符合。

(…まさか…)

 そうだ。確かあの時,蛟龍は小さな違和感を伝えてきていた。それがハンに繋がるという確証が得られずに流してしまったが,今にして思えばあの反応は,邪神の力に対してのそれとよく似ていた。

 もしその推測が正しく,もしハンが何らかの形でそれに取り込まれつつあったのだとしたら。そこからルトリア,エリティアの二つの封印が解かれたと仮定した場合,増大する邪神の力の影響でハンに何らかの不測の事態が発生したとみることもできる。

「おそらくお前は失望するだろう。ハンは変わってしまった,帝国の理念は失われた,とな。で,その後だ」

(…!)

 記憶の中のハンはかつての面影のままに,容赦なく言葉を繋いでくる。

「儂なり帝国が,お前の思いから完全にかけ離れたとする。その時どうするのだ?」

「…う…ぐ…」

 そうだ。あの時確かにハンは言った。私が己の使命を見つけるまでは自分が責任を持つと。そして…。

「だが時間は限られておるぞ,いつ答えを求められるかは運命次第,それを忘れるなよ」

 そうだ。そこまで念押しされたのだ。では今がその時だというのか?

(…私は…)

 ダメだ。憶測で道を踏み外すわけには行かない。ほんとうにハンが変わってしまったのかを見極めるまでは…。

 だがハンは容赦なく言葉を繰り出す。

「そんなことはあり得ないよな?ハン?と確認をとりたくてここへ…」

(…ぐっ)

 そうだ。あの時はその言葉が先で,そこから,そうだったらどうすると言われたのだった。結局私の思考では振り出しへ戻るだけという事だ。

「次に会う時は,貴公の宙が見つかった時だぞ」

(!)

 ぴしゃり,と言い放つハン。それはつまり,私が自分の使命を見つけるという事だ。

 だがそれは事実上断念した格好になっている。覚醒したとはいえユーリエの魔法の素質にどれだけの向上があったのかは,まったく期待できないと言って差し支えの無い未知数だ。だから使命をてもらうなどという事はできない。

(!…どこまでも,甘えているという事か…)

 運命は心底意地が悪いと思いかけて,しかしハッとして自嘲気味に考えを改める。運命の意地の悪さは微塵も揺るがないが,もともと人生などそんなものではないかと気づいたのだ。

 人生は机上の学問などとは根本的に違う。何が答えなのかも解らなければ,答えを見てから行動するなどという真似ができるはずもない。それが人生で,たまたま魔法などと,予言などという反則的な裏技が目の前にぶら下がったから安易に飛びつこうとしたと,元の世界の感覚で考えればそういう事になるのだ。

(…結局自分はまだまだ未熟,そういう事か…)

 こちらの世界へ落とされる直前にもそんな事を考えていたな,とまた自嘲する。

 確かあの時は,我が流派は時代に必要とされていない,だが捨てたくもないと,そんな事を考えていた。何かを得るという事は他の何かを捨てる事だと,何かの書物で見た言葉が蘇る。自分は捨てられないから得られないのかも知れない,などと溜息交じりに思う。

(…どうしたらいいのだ,私は…)

 簡単に言えば優柔不断で精神薄弱という事になるのだが,結局私は,そこでもまだ決められずにいた。

 だがそれは一見何も決まっていないようでいて,実は先延ばしという選択をした事になる。相手の出方を待つ,受けに回るという決断をした事になるのだ。しかも無策でだ。ほどなく私は,それを痛感することになった。

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