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絶体絶命

 私の名はヴァニティ。まだ辛うじて帝国軍の将軍だ。

 私の精神状態がそうさせるのだろうか,先日のルマールの通告以来,どことなくぎくしゃくとした雰囲気が漂っている。

 ユーリエが命を投げ出して,と言ってすら差し支えない封印の秘密を明かしてしまって以来,取り払われていた最後の一線が,再びどこかに引かれてしまったような感覚だ。

 このところの帝国本国とのやりとりについて,父祖はまったくの沈黙を守っているようだった。曰く,当人たちの判断に委ねるとのこと。それだけをこちらに通告して,あとは全くこちらの問いかけにも応じようとしない。信用という名の脅迫,そう評するのが相応しい重圧だ。

 明確な方針を見出せぬまま,といっても短絡的衝動的な突撃をしない限りはこちらには待つ以外の選択肢は無いのだが,時間は一日また一日と過ぎて行った。

 ルマールの仕掛けた地獄を,”風”は多大な犠牲を払いつつも退けた。

 やはりあの盗賊ノエルは出奔していた王兄エルノアールで,彼は単独で妹の安否確認と救出とを目論んでいた。そして驚くべきことに,彼はそのための裏技を持っていた。緊急脱出用の秘密の隠し通路を使って,彼は結局ついてきた格好の”風”を,用意されていた罠のほとんどから護ったのだ。

 地獄はその先に待っていた。ルマールが死霊魔術を用いてリュミエールの魂を器に入れ,支配していたのだ。しかし対龍戦士用であったそれは,結局は兄がその身代わりとなることで空振りに終わった。

 最深部からの脱出の際にもう一人,大男アラウドという犠牲を払ったものの,”風”は地獄から生還した。

 このまま何事も無ければ,まだ間に合う。そう思っていた矢先に,運命はまたも底意地の悪さを発揮した。

 バラナシオスにたどり着いて必要な報告を済ませた”風”は,連合としては望ましくない展開であるが頑として意思を曲げないアリシア遠征軍の総司令官,ギルバートを加える事となり,こちらへと向かうはずだった。ところが,自分が無理にねじ込んだ作戦の尻拭いをしたのが気に入らぬ盗賊とあってへそを曲げた名目上の総大将ヒュームが,ワ=ダオラへ引っ込んでしまった。それで”風”は,道中そちらへ苦言を呈しつつ安否の確認をする,つまり寄り道をすることになってしまったのだ。

 少しずつ,少しずつ削られていく余裕。希望の灯が徐々に小さく儚く頼りなくなっていくのをただ座して見守るしかない無力感。表向きいつもと変わらない生活の中に,確かに不安の影は音もなく静かに忍び寄ってきていた。

 数日後。とどめとも言える出来事が待っていた。

 そろそろ休もうかと思っていた矢先に部屋の扉が激しく叩かれ,開けるとそこには血相を変えたリリー。

「ボ…ボスっ!すぐ来て!!」

 言うや,彼女はくるりと後ろを向いて駆け出す。

「…どうした!?」

 後を追って駆け出しながら,女王に何か異変が起こったのかと考えてしかしそれを否定する。もしそうならリリー以前に父祖が何も報せて来ないのはおかしいのだ。

 しかし何があったのだろう。取る物も取りあえずといった様子のリリーは…。

「!」

 ほとんど裸だ。今さらながらにそれに気づいてすぐに目をつぶり,気配だけで後を追う。

 幾分動揺はしているが,別段彼女自身に何かが起こったというわけではないと分析して心を落ち着ける。確か寝る時はそうしているはずだ。どこかでそう聞いた記憶がある。

「…”風”に何かが起こったのか!?」

 頭が結論を弾き出す。おそらくはユーリエの寝室へ泊まり込んで,寝る間も惜しむように二人で水晶球を観ていたのだろう。ところがそこで何か不測の事態が起こって,慌ててこちらを呼びに来たものと思われる。

 リリーの後に続いてユーリエの寝室へ飛び込む。

「ボス!見てっ!」

「…い,いや…」

 推論に間違いがなければ,おそらくユーリエも例の寝間着だろう。そんな悠長な事を言っている場合では無いのかも知れないが,どのみちあちらで何が起こっていようとこちらには手の出しようが無いのだと理性で抑え込む。

「…せめて何か着ろ。女王にも何か…」

「え…っあ…」

 ハッと我に返ったユーリエの声。

「んもー!今さら何他人行儀な事言ってるのよ!?それどころじゃないでしょっ!!」

「…おい」 

 さすがにそれはまずいだろう,と言いかけたところでパチンっと指を鳴らす音。

「はいオッケー!ほら早く早く!」

「…」

 その言葉を疑うわけではないが,やはりどこか気は引ける。しかし恐る恐る薄目を開けると,確かに先ほどまでほぼ裸だったリリーはしっかり服を着ている。それどころか,水晶球の操作から離れていないユーリエまでもが衣服を身にまとっていた。

 いつ観ても軽装のクーラが有事にはなぜか完全武装している不思議。そのどこからともなく現れる鎧は魔法によるものだったわけだが,リリーはそれを比較的あっさりと自分の物にしていたのだ。

 それならばはじめからそうして欲しかった,と場違いな事を考える。

 いざとなれば父祖とも密接に連携を取れる我々がユーリエにつきっきりである関係上,現状で他者による彼女の護衛はほぼまったくその必要もない。いきおい黒軍の宿直は城館の入り口に申し訳程度に二人配備してあるだけで,この広い館の中に居るのは今は我々だけだ。

 だがたとえそうであっても,あの格好で走り回るのはいかがなものかと言わざるを得ない。

「さて,いくぞユーリエ」

 だがその時,水晶球の中から異変を告げる声。あらぬ方向へ走りかけた思考が強制的に現実へと戻される。

「…なっ!?」

 水晶球の中には,しかし到底現実へ引き戻されたとは思えない光景があった。帰還者の首魁ミリアがエリィに仕掛けているのだ。

「…何が起こっている!?」

「帰還者が暗殺部隊を組織して,ワ=ダオラを襲撃してきてたんだよ。で,二人がそれを撃退というか無力化して…」

 リリーが目は水晶球にくぎ付けしたまま状況を説明する。

「それを解放しようとしてたんだけど,実は龍戦士達が姿を消してそこに居合わせていたんだ」

「…なんだと…」

 そこまで聞いても頭がついて行かない。いろいろと不自然すぎる展開だ。だがそれを分析する余裕を眼前の光景が与えてくれない。

 三叉槍を出したエリィはミリアの攻撃を防ぐ。とはいえ能力差は歴然なのだから,ミリアが様子見をしているだけなのも間違いは無い。

「…大尉クーラは…」

 ユーリエが水晶球の視点を引き,全体を映す。どうやら他の龍戦士二人に足止めされているようだ。

「…無理押しか」

 クーラはおよそあり得ない動きを見せている。恐らくは魔法で速度を上げているのだろうが,それは相当の負荷がかかるのだろう。一連の動きを防ぎきられるたびに間を取っている。

 一方の龍戦士二人はそこをついて攻撃するでもなく軽口を叩き合っているのだ。

「…なぜ…」

「”紅き流星”の実力を測ると…そう言っていました」

 ユーリエがそう言って言葉を繋ぐ。

「本来ならば,彼女が姿を現した時の不意の一撃でエリィは終わっていました。ですがあの鎧がそれを防いだのです」

「…なに…」

 トルサ攻防戦,エリィが”純白の舞姫”の二つ名を得たあの戦いが蘇る。だが感傷に浸っている場合ではない。それがなければ終わっていたのだ。エリィを失えば”流星”も生きてはいまい,と理屈的には何の根拠もない確信が頭をよぎる。

 クーラの限界も見定めようとしていたらしい龍戦士たちは,それが結局常人の域に留まると結論付けて落胆した。ミリアはエリィの周囲に短剣をばらまくと,恐らくは魔法なのだろう,それらを同時に襲い掛からせながら自らも斬り込んだ。

「!」

 連続して発せられる甲高い音。

「エリィ殿!」

 足止めを振り切れないクーラが叫ぶ。

 しかしエリィは全くの無傷だ。周囲から彼女を襲った投剣は悉く見えない何かに弾かれて砕け散り,ミリアの渾身の一撃を受けた槍はこちらもその刃を粉砕したのだ。

「”流星”の愛をなめるなと言ったじゃろうが!」

 帰還者に制圧されて情けない格好のドワーフ,確かハーディと言ったか,それが本人たちそっちのけでいきり立つ。

「…だが…」

 時間の問題だ。いくら伝説の龍戦士が拵えたものとはいえ,龍戦士そのもの,特に相手が同じ伝説ともなれば結果は明らかだ。

 案の定,本気を出すと言って再び距離を取ったミリアは,今度は両手にそれぞれ自身の腕の長さほどの短槍を出現させる。

「…!」

 その独特の不揃いな意匠デザインに思い当たる。

 そしてノーブルが,こちらの推測を裏付ける。

「姫…ミリア殿が持っているのは双朧花そうろうか…伝説の武具の一つです」

「…!!」

 息を飲むユーリエ。当然その名は彼女も知っている。もともとは騎士の剣と対をなすアリシアの至宝。妹姫エレーナとともにハイアムへと渡り,竜騎兵団団長にして当代を代表する龍戦士シャルルの得物となって絶大なる戦果を挙げた武具だ。

 いつの日か恨みを晴らすまで大事に守り通してきたと言うミリアに,エレーナやシャルルの思いがそうであるはずがないと食い下がるエリィ。

「なんか…もうすっかりエリィだね」

「…そうだな」

 そんな悠長な事を言っている場合では無いのだが,逆に言えばエリィはどこまでいっても,どんな立場に居てもエリィなのだろう。

「ええい!いつまでそんな禅問答を続けるつもりだ!」

 複雑な,しかし不謹慎な笑みが口の端に浮かびかけたところで,ミリアがそう叫んで仕掛ける。

「うっ…!」

 受けるエリィ。

 まずい。龍戦士そのものが操る伝説の武具に抗する事など土台からして無理な相談であると,ぶつかり合う槍から発せられる音が物語っている。それはさながらエリィの槍が悲鳴を上げているかのようだ。

「ああ!」

 叫ぶリリー。予想通りエリィの槍が砕け散る。十数合持ちこたえただけでも,シャルルの想いが深かったのだと賞賛すべきところだろう。

「所詮力無き理念は夢想に過ぎぬ。そういう事だ」

「く…私は,それでも…!」

 数歩後退りながら,それでもミリアに言い返すエリィ。

「ならば夢を抱いたまま逝くがいい…砕け散れ!伝説とともに!」

 ミリアがとどめの一撃を放つ。最後の抵抗を見せた鎧がしかし抗しきれずに砕け散り,双朧花の片方,桜花がそのままエリィの心臓目がけて突き出される。

「あああっ!」

 遂に耐えきれずにユーリエが両手で顔を覆い,制御を失った水晶球の映像が途絶えた。 

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