召還
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
帝国の支配下とは名ばかりのアリシアがうららかな昼下がりを享受していたまさにその時,遂に来るべきものがやってきた。
「将軍,こうして私が連絡を入れた事の意味は解るな?」
水晶球の中に映るが早いか,覆面は口火を切る。
「…期限が,来たのか?レヤーネンは…」
「逝ったよ」
短く答えるルマール。
「…どんな最期だったのだ?」
勿論その顛末は知っている。だが話の展開で迂闊な事を口走ってしまう前に,予め情報を集めておく必要がある。
「将軍には関係のない話だろう?それとも何か?馬鹿に情でも湧いたのか?」
「…情か…ある意味では,そうだな…」
「!?」
ふんぞり返って鼻で笑ったルマールが驚きでのけぞり,かけていた椅子ごと後ろに倒れそうになる。
「な,な,何だと!?いよいよ気でも違ったのか!?将軍!?」
「…それほど驚く事でもあるまい?散々な目に遭ってきたのも事実だが…いや,だからこそかも知れないが,間違いなくレヤーネンも帝国軍だったのだ」
「む…」
「…クラルフが逝き,バナドルスが造反した今…間違いなく彼が唯一の軍団長だったのだ」
勿論口実のつもりだったのだが,口に出してみて意外にも,わずかなりとも,心のどこかでそう思っていた自分が居た事に気づく。
まさか。あの生首を見て,帝国にとっては百害あって一利なしの男と断じたはずなのに。へそを曲げられないように腐心し,何度も何度も作戦をぶち壊され,その尻拭いをしてきたはずなのに。
「この期に及んでもそれなのか…将軍。相変わらずの大物ぶりと言うべきか,どこか壊れているのではと疑うべきか…」
すっかり毒気を抜かれたようなルマールの言葉に,まったくだ,と心の中で同調する。
「ま,まぁ良い…そこまで言うなら教えてやろう」
感謝する,と言うとルマールはそこでまた幾分うろたえ,意識を切り替えようとしたのかぶんぶんと頭を振ってから言葉を繋ぐ。
「馬鹿は…アリシアの提案を蹴った」
「…提案?連合が?」
正直,ルマールがそれを明かすとは思っていなかった。その驚きが,発した言葉の嘘くさい響きを隠蔽する。
「連合ではない,アリシアが…だ。奴らの立てた偽女王が,よりにもよって争いを放棄しようなどと言い始めてな」
「…それを,蹴った…のか」
「当たり前だ」
溜息をつくルマール。
「おおかた偽女王に嘘を吐かせて,こちらを騙そうという算段だ。いざとなったらその偽女王もろとも我らを切り捨てる肚だよ」
「…なるほど,確かにそれはあり得るな…」
それでもあの場に居るのが自分かバナドルスだったら。今のユーリエならば。いつもの事とはいえさすがに腹に据えかねる。
「…」
絶句するルマール。
後で考えれば,この時彼女はこちらを反逆のおそれの高い存在と見ていたのだろう。だがそれにしてはこの時の私の態度があまりにも帝国愛に溢れているように思えて,混乱していたのだろう。ままならぬ運命への憤りを,連合のやりようへの怒りと誤解したのだろう。
「…で,レヤーネンは…」
「伝説の龍戦士に倒された」
「…しかし…」
こちらを避けるようなら本物ではない。そう言った前回を踏まえ,納得が行かないといった体で言う。
「事実だよ。強化の弱点を衝かれたと言うべきか,馬鹿の限界を衝かれたと言うべきか…」
「…いくら性能を上げたところで,素人は素人,という事か?」
「ああ」
肩をすくめてルマールは言う。
「とはいえ,まさかそこを狙いすまされるとは思ってもみなかったが…」
「…で…龍戦士はどうなったのだ?確か地獄を見せると言っていたな」
「残念だが逃げられた」
溜息をつくルマール。
「…なに?それではまさか…」
敢えてそこで言葉を濁す。もちろんあのハイエルフが身代わりになった事は知っているが,それは本来知り得ぬ情報だ。
「何度も言うがな将軍…それは今の貴公にはどうでも良い事だろう?」
そこで不機嫌そうなルマールの声。
「馬鹿が敗れるまで…そう言ったはずだな?成果はあったのか?封印は?」
「…封印には手を出すべきではあるまい」
「ふん…」
鼻で笑ったルマールは,しかし斜め上の事を言い出した。
「だろうな。そうやってのらりくらりとかわしながら,裏では寝返る工作をしていたのだからな」
「…なっ!?」
驚く。何故そうなるのだ?
いや。確かにレヤーネンはそう奏上していた。バナドルスとは朋友と言ってすら差し支えない親交があった。ルマールがこちらの二心を疑わない方が不自然なのは間違いない。しかしそれは単なる推測にしか過ぎない。これほど自信を持って言われるのは心外と言っても良いほどだ。
「何も知らぬと思っているのか将軍?偽女王に,手紙を送っただろう?」
しかしさらに斜め上を重ねるルマール。
「!?」
何故それを知っている?と考えて,しかし反射的に頭は一つの仮説を導き出す。
いや,導き出すどころか今までそれを失念していた事を恥ずるレベルだ。ユーリエがエリィの様子を見守って来たあれは,何もアリシアの専売特許という訳ではない。ルマールほどの実力者ならばじゅうぶんに,それを自作することもできるはずだ。
「…なぜそれを,私の連合への寝返りと?」
ここは後ろ暗いと見られるわけにはいかない。後ろめたいのも事実だが,帝国を裏切って自分だけが保身をしようなどというつもりは今もって毛頭ないのだ。
「他に意味などな…いや…あるのか…?」
ルマールは頭ごなしに否定しようとして,しかし先ほどの混乱がその足を引っ張る。
「…ああ。失敗してしまったとはいえ,ひとつにはレヤーネンへの援護の意味合いもあったからな」
「援護…だと!?」
落ち着く暇も与えられずに浴びせられたこちらの言葉に唖然とするルマール。
「…気持ちは解る。だが確かにその効果はあったのだ。龍戦士でなければ倒せぬほどの強化をしたレヤーネンならば,おおよそ”純白の舞姫”か”伝説の龍戦士”でもなければ倒せまい。この二人を遠ざけられれば,我らはかなり戦いを有利に運べたはずだ」
「む…では何か?将軍が送った手紙は…」
「…こちらの女王を餌にして敵のエースをアリシアへ誘き寄せる…軍略としてみればそういう目論見でもあった」
「む…」
「レヤーネンが勝てれば状況は変わる。それを祈ったのも確かだし,その為にできる手を打ったと,そういう事だ」
言ってみて初めて,なるほどそういう効果もあるなと気づいた自分に苦笑する。
「だがそれは…」
「…解っているさ。レヤーネンが”伝説の龍戦士”に敗れた。それはつまり,手紙が届くのが遅れたか,向こうが乗ってこなかったという事だろう?残念だがその事実は覆らない」
「…」
「…で,どちらだったのだ?」
尋ねる。
「将軍…それは関係ないと言っている!」
再びルマールの声に怒りの響きが混じる。
「レヤーネンが敗れて期限を迎えた貴公は,速やかに予言の成就を阻止するか本国へ帰るか…」
「…そこを見定める上でも,知る必要があるのだ。加えて言うなら,地獄を見せたどうかもな」
そこですかさず割り込む。
「何…?」
勢いを挫かれた格好となり,胡乱げに言うルマール。
「…私はかつて,ここへ来ずにそちらへ行くのなら”伝説の龍戦士”は偽物だ,とそう言った」
「そう言ったな」
「…だが。もしそれが地獄を撥ね除けたと言うなら,その見立てを改めなければなるまい」
少なくとも本物級の実力を持つ難敵として扱わなければなるまい,何らかの事情で本物と認知されていないだけの可能性もある,と言葉を繋ぐ。
現実問題,帰還者の首魁ミリアがもう一つの”伝説”であるかも知れないのだ。何でもありが専売特許の龍戦士にしても少々やり過ぎな感は否めないが,あの大尉に何が起こっても不思議は無い。
「む…」
「…だとすれば,彼らが乗ってくるかどうかも大きい。私が止めねばなどと偉そうな事は言えないが,せめて自分の蒔いた種は自分で刈り取らねばなるまい…」
しかしそこで,うっかりと地雷を踏んでしまう。
「ならば女王を殺せ!それで解決するだろう!」
「…っ」
言葉に詰まる。
「前にも言ったはずだ!女王の生命は貴公の趣味の範疇にしか過ぎんと!解っているのか!?今貴公がやっている事は,帝国とアリシアを天秤にかけているのだぞ!?」
「…そうではない…」
言葉を絞り出す。
「ならば何だ!」
「…笑ってくれて良いが,私は…もう二度と見たくないのだ…あのサナリア王妹リュミエールのような悲劇は」
「!?」
驚愕するルマール。
「…前時代的と笑ってくれて良い。だが私は…女を護ってこその男と…」
「く…っ,やはりあの時止めておくべきだったか。理性と感情を切り離して考えられる男と思っていたが,やはり陛下の道楽に共感するような夢想家であったか…」
どこがそうではないだ,そのものではないか,と忌々し気に吐き捨てて,大きく溜息をつき,ルマールは頭を切り替えると口を開く。
「まぁ良い。ならば教えてやる。手紙は遅れたのだ。レヤーネンが敗れた数日後に届いたのだ。だから間に合わなかったのだよ」
「…そうか」
「そして例の”風”は,予想以上に斜め上の集団だった。上位精霊らしい炎の魔人を呼び出せるほどの術者が居て,レヤーネンは盛大に火葬された。本来”伝説”を道連れにするはずだった我が策は,其奴に身を挺して阻止された格好となったのだ」
「…そうか。だがそれは決して無駄ではあるまい」
「まぁ…それはそうだな。少なくとも”伝説”級の火力を持つ敵の駒を一枚減らしたという事だからな」
「…」
「またそれか,将軍!つくづく貴公は…」
またも大きく溜息をつくルマール。
「…どういう事だ?」
さすがにその意図を測りかねて,訊ねる。
「!?」
「…ルマール?」
「くっ…その術者が女だったという事だよ」
「…そうか」
苦笑しかけてそれを噛み殺す。必殺の策を台無しにした憎き相手であるというのに,女であるからそれにすら心を砕いての沈黙と,そう思って気が滅入ったのだろう。
「…すまない,ルマール」
「ちっ…」
舌打ちして,しかしルマールはすぐに頭を切り替える。
「もういいな?この話はこれまでだ」
「…いや…まだ解せぬ事がある。その手紙…間には合わなかったが,確かに届いたのだな?」
「ああ」
もう一度舌打ちするルマール。そこで小さな違和感を感じる。まるで,それへの言及を意図的に避けようとしたかのようだ。
「…こちらへ来るのか?」
「いや…」
渋々と口を開いているかのような印象。被害を最小限にしようとしているかのようだ。
(…そうか)
そこで思い当たる。ルマールが隠したがっているのはまさにその,サナリア王妹リュミエールの事だろう。向こうはこちらが彼女を餌にしている事を知らないと思っているはずだ。だから余計な事は言わずに済ませたい,そう思っているのだろう。
「…という事は,アリシア女王よりも優先すべき何かがあると判断したのか…?」
何も知らないふうを装って問いかける。
普通に考えても,中身を見てなおこちらへ来ずに対帝国戦を進める可能性は皆無だ。アリシア女王は連合の根幹である四王家の総決起に関わるからだ。だからそれを後回しにできる案件は,同じ四王家の何かで,より喫緊のものに限られる。
「ちっ」
こちらが考え込む仕草を見せると,観念したのかルマールはまた舌打ちして言葉を繋ぐ。
「連中が,かねて用意していた悪夢にかかったのだよ。憶えているだろう?四王家の総決起を掲げている以上は避けては通れぬ…」
「…よほどのもの,という事か。一体それは…」
「軍機だ」
ぴしゃりと言い放つルマール。
「…なるほど,そういう事か…」
「く…っ」
忌々し気に吐き捨てるルマール。自分の言葉から中身を推測され,しかもその見立てにほぼ間違いは無いと思ったのだろう。
「…すまぬな…」
嘘偽りのない素直な気持ちが口を衝く。今に始まった事ではないが,ハンの使命だけで考えればルマールも間違いなく対象なのだ。いくら彼女が自身で女を捨てたと言っていたとしても,さすがに使命のツケをことごとく彼女に払わせてきたのは心苦しい。
「!?」
だがそれは,そこまで洞察できる彼女に対してはやはり失言の域を出ないのかも知れない。びくりと身を震わせた彼女の気配が,みるみる怒りの色を増していく。
「もういいだろう!将軍,勅命を伝える!」
「!」
「本日より二十日のうちに伝説の成就を阻止して本国へ帰還せよ!」
「…ルマール」
明らかな最後通告。だがそこに何となくルマールの優しさのようなものを感じてしまう自分が居る。
これまでの経緯と日数的なものからみて,伝説の成就を阻止する方法は女王ユーリエの殺害以外に無い。だが敢えてそれを明言はしなかった,ギリギリまで他の方法も待つと言われたような気がしたのだ。
「返答せよ,将軍!せねば明白な叛逆行為とみなすぞ!」
「…了解した」
だがエリィたちを待つのは厳しそうだ。もはやこれまでか,そんな思いを押し殺してそう答える。
「良いな?絶対だぞ?」
そう念押しするルマール。だがその気配は先ほどよりも随分と軽くなっている。
「…ああ。解っている」
「ではな。報告を楽しみにしている。…それと」
そこでがらりと調子を変えてルマールは言葉を繋ぐ。
「いくら深刻な状況とはいえ,少々不用心だな。せめて扉くらいはきちんと閉めておけ」
「!?」
驚いて後ろを振り返ると,確かに扉が開いている。
(…馬鹿な…)
ではな,と通信を切るルマールはもはやほとんど意識の外に追い払われていた。
それほど平静を欠いていたというのか?確かに閉めたはずなのだが,その程度もまともにできなかったというのか?
さして大きな開きでもないからこの場所が特定される心配はあるまい,そう安堵した私だったが,やはり平静を欠いていたのは間違いなかったようだ。閉めたはずの扉が開いている事のもつ意味,それを考える事はその時の私にはできなかったのだ。




