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身代わり

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 ルマールの秘策によって大幅に戦闘力を上げたレヤーネンではあったが,中身はやはりレヤーネンのままだった。クーラの計略にはまり,己の後方に蹴落とされた魔獣に意識を取られた彼は無防備な背中にクーラの槍を食らい,それを好機と見た連合兵の攻撃を食らってしまった。だがそこで,秘策の二段目とも思われる異変が起こったのだ。

 それは,異様な光景だった。限界まで詰め込まれていた中身が,抑えを失って外へ飛び出したと表現するのが相応しいだろうか。斬りこまれたはずの剣を押し出すようにして,レヤーネンの傷口から赤黒い肉が飛び出す。

 勿論普通に考えればそんな事はあり得ない。何かの本で読んだが,人の身体というものは一気圧の地上で外圧と内圧が平衡を保っている。宇宙へでも飛び出せばともかく,剣を押し出すほど中身が詰まっているわけが無いのだ。

「え?終わらないの…うっ…」

 いつもの好奇心ですぐに視線を戻したリリーが,その異様さに息を飲む。

 それは斬りつけたはずの連合兵も同じだった。至近距離で起こった怪異に動揺し,彼らは後退る。

 しかしそのうちの何人かはひるまなかった。押し出された剣を再び振りかぶり,飛び出したレヤーネンの肉へと斬り込む。

「…っ」

 やや遅れて控えめに視線を戻したユーリエが,再び視線を逸らす。

「…!」

 しかしこちらは,再び起こった怪異を目の当たりにする。レヤーネンの飛び出した内容物へと吸い込まれた剣は再び押し出され,そこからまた新たな内容物が飛び出したのだ。

「え…え?ええ…?」

 目を丸くするリリー。

 まるで溶岩ドームだな。何となく,自習の時間に見たドキュメンタリーを思い出す。勿論仕組みは違う。あちらはあくまで中からの突き上げによるもので,こちらのように外から壊されるのではないからだ。

(…いや…待て…)

 だがすぐに思考を本題へと戻す。内からか外からかはさして問題ではない。問題は,ルマールの仕込みがこれで終わる訳が無いという事だ。もし火山という見立てが間違っていないのならば,溶岩ドームという推測が正しければ,それが壊れることで起こるのは…。

(…まずい!)

 背筋が凍る。溶岩ドームならば火砕流が発生する。だがこれは龍戦士に悪夢を見せるためのルマールの仕込みなのだ。より深刻で逃れ得ない何かが飛び出す可能性がある。

 それはあるいは,ハイアムのシャルルが引き起こした災厄を模したものであるかも知れないのだ。

「く,く,く…」

 そしてその悪い予感を裏切らない不気味な笑いがレヤーネンの口から漏れる。

 しかしその声は彼のものではない。聞きなじみのある別人の,ルマールの声だ。

「もう遅い。お前たちは罠にかかったのだ」

 声は続く。

「この身体には既に,お前たち全員を死滅させるだけの毒が生み出されている」

「!?」

 驚愕するリリー。視線を戻し成り行きを見守っていたユーリエも同様だ。

「…いや…まだだ」

 しかし成り行きを見てすぐにそう結論づける。

「ギルバート殿っ!第三軍に要請します!魔法の遠距離攻撃で,可能な限り妖魔のレヤーネンへの加撃を食い止めて下さい!」

 それを裏付けるように叫ぶクーラ。

「え…っ?」

「…十分だと言うなら,妖魔がレヤーネンに加撃する必要は無い」

 意外そうにこちらを振り返ったユーリエにそう説明し,水晶球を指さす。

「あ…っ」

 視線を戻したユーリエが短く声を上げる。確かにそこでは,妖魔が次々とレヤーネンに斬りつけ,着々と彼を醜い風船のように変えていた。

 慌てて号令が飛び,連合の魔法兵たちがその妖魔たちを遠間から攻撃にかかる。

「くく…まさか連合がこ奴を護衛するとはな。最後に面白い見世物が見られたわ。さんざ馬鹿にしていたこ奴の道連れにされるのも,凝った演出であろう?」

「え…?」

 そこで割り込んでくるレヤーネンの肉声。

「軍師殿…道連れとは?連合を全滅させて凱旋する手筈では…?」

「!」

 要はルマールが,当人にそれと知らせず捨て駒にしたという事だ。レヤーネンが承服するはずなど無いから当然と言えば当然なのだが,やはりおさまりは悪い。

「な…話が違う!私を龍戦士並みにしてくれるという約束で…」

「連合を根こそぎ道連れにするのだ,間違いなく龍戦士並みだろう」

(…っ)

 連合だけで済むのか?例えばレヤーネンを中心として何かが爆発するとすれば,その被害は全方位に及ぶ。となれば友軍も根こそぎ道連れになるのではないのか?ハイアムのシャルルも両軍全てを道連れにしたはずだ。

 やはり帝国の理念は失われたのか?これが単なるルマールの独断と言うならまだしも,この作戦にハンが許可を出していたとなれば…。

「…女王,”風”を」

 頭を切り替える。結局こちらが何を考えたところで現場の趨勢に影響を与える訳でもない。ならば今は,それを変え得る者たちの行動を見守るべきだろう。

「あ,はい…」

 慌てて映像を切り替えるユーリエ。

〔…開け!焔の扉!〕

 そこで飛び込んでくる詠唱。

「…なに?」

 意表を衝かれる。詠唱しているこのエルフは,確か”流星”が瀕死の重傷を負った時に治癒魔法をかけていたはずだ。だが逆に言えばその程度の印象しかない。てっきりこの局面ではクーラか,ノーブルが動くと思っていたのだが,何かとっておきでもあるのだろうか。

〔我が盟友,大いなる炎を纏いし魔王よ,古き約定に基づき今こそ我に力を貸せ〕

(…炎…の,魔王?)

 詠唱は下位古代語で行われていた。上位古代語が日常語であった龍戦士われわれにはさして苦も無く内容を理解できるものであるが,耳に飛び込んで来た単語に驚く。

 かつて読んだ書籍によれば,確か破壊を司る炎の上位精霊,炎の魔人(イフリート)というのが存在するはずだ。それを呼び出そうというのか?

「ちょ…ま…」

「…リリー?どうした?」

 あんぐりと口を開けるリリーを見とがめる。

「おかしいよ…あぁ,まぁ絶対じゃないけど…」

「…?」

「私が知ってる限り,エルフってのは風とか水とかと相性が良い種族なんだよ。逆に…火は嫌ってるはず」

「…上位精霊を呼び出すなど,なおの事不自然か…」

「もしかして…」

 そこで考え込む仕草を見せるユーリエ。

「…何か知っているのか?女王?」

「クマルー卿に聞いた話なのですが…今から数十年ほど前に,拝炎ゾロア教徒たちが炎の魔人を呼び出してそれが暴走し,大きな被害が出たらしいと…確かその時,生贄とも触媒とも言われていますが,ハイエルフが捧げられたのだとか…」

「…それが生きていて,”風”に居るという事…か」

「さすがに事が事だったようで,その時は慣例を破って我がアリシアからも治安維持のための派遣が行われました。伯父上ならばもっと詳しい事が判ると思うのですが…」

 そこでちょっとした疑問が頭をもたげる。

「…クマルー卿は,もうそれだけの年齢としなのか?」

「あ,いえ…」

 ユーリエはちょっと目を丸くして,それから苦笑する。

「卿ではなく,母上の兄にあたるお方です。従兄のギルバート殿の父君ですね」

「なるほど…」

 こちらも苦笑する。そのあたり,現在世界に流通しているネペイジ語も音声の面では区別がつかないようだ。

〔我に仇なす者たちを滅びの炎にて焼き尽くせ…!〕

「…女王」

 詠唱は終わったようだ。頷いたユーリエが再び画面を切り替える。

「うわぁ!?」

「!」

 仰天するリリー。しかしこちらも決してその驚きは少なくない。そこにはゆらゆらとゆらめく炎を纏った半裸の巨人が居たのだ。

「…これは…」

 いかにも,いかにもな画だ。この期に及んでまだ場違いな事を考える自分に苦笑する。

 だがおよそ元の世界では考えられない現象なのは間違いない。以前目の当たりにした父祖の像,それがかの魔操兵戦争ゴーレムウォーの時に造られたものだという事は後に知ったが,それにも匹敵する大きさの,しかも実体のない存在なのだ。

(…しかし…)

 ”風”とは何と恐ろしい集団なのだろう。弾き飛ばした”流星”が”そこ”へ行きついた事に,いよいよ運命の必然的な何かを感じてしまう。”純白の舞姫”エリィ,”仮面の賢者”ノーブルときて,今度はこのエルフだ。残る者たちにも何か曰くがついているのではないかとすら思えてしまう。

「あ!」

「!」

 リリーの短い叫びで意識を現実に戻すと,その巨人はその身を燃えさかる業火に変じ,レヤーネンへと襲いかかった。

「が…」

 おそらくは断末魔になるであろうレヤーネンの叫びが,瞬時に炎に飲まれる。

「…」

 確かに理にかなった対策だ。溜め込まれているのが居るのが毒素にせよ何らかの病原菌にせよ,加熱消毒は有効な手段だ。問題はそれだけの大火力をどうやって捻出するかであったが,炎の上位精霊ともなれば不足はあるまい。

「あ…っ」

 不意に,炎はゆらりと歪んだ空間の中へと吸い込まれるようにして消えていく。

「…限界が来たか」

 これだけの事を支えるにはよほどの魔力が必要となるはずだ。おそらくはそれが尽きたのだろう。だがこれだけのものをこれだけの間支え続けるだけでも凄い事で,龍戦士級の力と言っても差し支えが…。

(…!)

 そこで不意に思い出す。ルマールの言っていた地獄とは一体何を指すのか?

 見たところレヤーネンは跡形もなく消え去っている。直接的な脅威は去ったと言って良いだろう。だがそれで終わる訳が無い。

「…女王!”風”を!」

「え?あ,はい…」

 ホッとして,リリーと手を取り合って喜んでいたユーリエが慌てて水晶球を切り替える。

「!」

「ノ…ノーブル!何とか,何とか…!」

 飛び込んで来るエリィの叫び。

 ”風”は殊勲のエルフを囲んでいた。だがその中央で,本来祝福されているはずの彼女の身体は徐々に腐り,末端から崩れ落ちていく。

「…これが…地獄か…」

 おそらくは呪詛の類だろう。ノーブルが必死に解除を試みているが,時間と手間をかけて練りに練られた龍戦士の業だ。少なくともこんな短時間に破られるような代物ではあるまい。

 あるいは”流星”ならば,龍戦士の力を使ってそれを撥ね退けるのかも知れない。だがおそらく彼女では無理だろう。勿論帝国の窮状は痛いほど良く解っている。それを何とか支えようとしているルマールの労苦も承知しているつもりだ。だがこれは疑いようもない悪逆非道だ。

 結局ノーブルは腐食を阻止する事ができず,生命の灯の消え完全に腐り切ったエルフは風に吹かれて崩れ去った。

「…」

 しかし暫くの間,誰もがどうすることもできずにただ茫然とするのみであった。

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