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青の最期

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 アリシア女王ユーリエのふりをしたエリィが,しかし演説で発した不自然な言い回し。おそらくは台本通りであろうそれの意図を推しはかろうとした私は,しかし予想していた通りの最悪の事態にそれを妨げられた。

「小賢しいわッ!聞こえの良い嘘を並べ,我らを油断させる手管であろう!恥を知れィ!!」

「あああぁ…やっちゃったよあの馬鹿…」

 頭を抱えるリリー。

「…っ」

 だが頭を抱えたいのはこちらも同様だ。最後の決まり文句を除けば,よりにもよって,あの時ハンが浴びせられた罵声ときれいに重なるのだ。レヤーネンが自前で気の利いた言葉を吐けるはずもなければ,意味を解った上でそれを吐いているわけもあるまい。ただ記憶の片隅に残っていた上から目線の物言い,それを今回はこちらが言ってやろうという程度の考えだろう。

「和平をと言うならば誠意を見せよ!速やかに軍を引き,我らが領有しておったルトリアを明け渡せ!」

 居丈高に言葉を続けるレヤーネン。

(…だが…)

 ささやかに奇跡に期待する。帝国を率いているのが彼だという情報さえ事前に入手していれば,この程度は当然予想の範疇だ。となればノーブル程の男がそれを見越して台本を作っている可能性も僅かながらある。

「そ…れは…」

「できるわけが無かろうがっ!」

「!」

 しかし。言葉を発しかけたエリィを遮るように,何者かが声を張る。

「言うに事欠いて,明け渡せだと!?汚らわしい侵略者どもが!恥を知るのは貴様らの方だ!」

 どかどかと怒りも露わに歩きながらその男は叫ぶ。

「…どうやらこの男が,ルトリアの…」

「寝言は寝てから言えっ!汚らしい商人あきんどふぜいが!火事場泥棒で国を奪い取ろうという卑怯者が何を偉そうに!恥を知れィ!!」

 激高したレヤーネンの叫びが飛び込んでくる。

「ヒューム殿…のようですね…」

 溜息をつくユーリエ。

「何だとっ!?妖魔の指揮しかできぬ下賤の者が調子に乗るなっ!」

 レヤーネンに侮辱されたヒュームは,こちらも激高してやり返す。

「あぁ…グダグダだよぅ…」

 がっくりと肩を落とすリリー。

「…」

 連合内ではルトリアが盟主の位置づけだ。その最高権力者であるヒュームは,言わば連合においても最高権力者である。そのヒュームがこれほどかき乱してしまったのだ。この状況を覆すには並々ならぬ努力が要るし,それに見合う旨味もあるまい。

「ええい!これ以上無駄な問答ができるかっ!」

 レヤーネンがさっと合図をすると,落胆しているサナリア出身の帝国兵を除いた妖魔たちがエリィに向けて矢を放つ。

「ちょ…!さすがに数が!」

 うろたえるリリー。

「ユーリエ様,ご安心を!」

 クーラが言いながらエリィの前へと進み出,剣を抜く。

(…まさか…)

「ふんっ!」

「!」

 案の定。クーラが剣を一振りしただけで,矢は見えない何かに弾かれたように跳ね返る。

「な…なん…だ…と…」

 顔面蒼白となるレヤーネン。少なくとも彼をはじめ,帝国の建国時から付き従っている兵士たちにはなじみのある光景だ。当然そちらにも動揺が広がっている。

「…手の込んだ,嫌がらせだな…」

 乾いた笑いが,歪んだ口元から出る。

 これはつまり脅しだ。いや,裏を知る者から言わせてもらえば虚勢ハッタリの類だ。要は漆黒将軍の真似事程度など伝説の龍戦士には容易い事だぞという示威アピールだ。

「我々の誠意に対する,これが返答か!帝国よ!」

 クーラはそう声を張って強引に流れを,おそらくは台本へと引き戻す。

「ならばやむを得まい!連合の勇敢な将兵たちよ,奮え!今こそ悪逆非道の帝国を駆逐するのだ!」

 おおおお,と鬨の声が起こる。一方の帝国には一層の動揺。

「…く…」

 呻く。ハンの理想に賛同し,苦しい戦いを乗り越えてきた帝国兵たちの心情はいかばかりか。

 せめて自分が…。

「将軍…」

「!」

 控えめなその声にハッとしてユーリエに視線を移すと,心配そうな彼女のそれとぶつかる。

(…う…っ)

 それで自分の置かれた立場を再認識する。成果を上げねば,戻ったところでバナドルスと同じ運命が待っているのだ。

 しかし成果など上げられるはずもない。封印を解くわけには行かず,騎士の剣にも手が出せず,伝説の龍戦士は所在不明。

 すなわちすぐに成果を上げるには,ユーリエを殺さねばならないのだ。だがそんな事ができるわけがない。

「大佐っ!」

「放てっ!」

 クーラの叫びを待っていたのだろう,間髪入れずにクリミアが攻撃命令を出す。

「…くっ」

 水晶球に視線を戻す。しかし,ルマールの示した最終期限が決まってしまうほどに重要なその戦いを,単にユーリエの視線から逃れるためのまたとない口実と感じてどこかホッとしてしまう自分が居る。

 鬨の声を上げて突撃していくアリシアの騎士たち。出遅れてしまい,それを迎え撃つ格好となってしまった帝国側はやはり浮足立っている。

「…」

 バナドルスが育て上げた白軍が,そしてクラルフを失ってこちらへ編入された元赤軍が,よりにもよってレヤーネンの指揮下で無駄に命を散らせていくのを見るのは正直いってかなり堪える。

(…守れ,守りに徹するんだ。命を無駄にするな…)

 もちろんそれを言える立場ではない。だからせめて心の中で祈る。

 この調子なら戦いの趨勢はほどなく決しよう。左翼も右翼も上空も,何の変哲もないいつも通りの戦いだ。すっかりそれに慣れもし対策を練ってもいる連合にとっては,それはもはや演習と言っても良いほどの気安さだろう。

 決してしまえば後は潰走するだけだ。エリィのあの演説を採用した連合ならば,無慈悲な殲滅戦は行うまい。

 だが。そこで異変が起こった。

「!?」

 不相応に不敵な笑みを浮かべたレヤーネンが,単身で連合の前線へと飛び込んだのだ。

「ちょ…えええ!?」

 目を丸くするエリィ。それもそのはず,臆病な性格から極端に重装甲の鎧を纏ったレヤーネンが,あり得ない軽快な動きで連合兵の攻撃を次々とかわしているのだ。

 しかも次々と,格好をつけたいちいち大げさな動作で彼らを薙ぎ払っていく。

「う…嘘でしょ?あの馬鹿レヤーネンが,独壇場…」

「ふはっ,ふはははは!見える!私にも敵が止まって見えるぞ!」

 喜色満面で叫ぶレヤーネン。

 呆気に取られる帝国兵は置き去りとなり,妖魔たちだけを従えてレヤーネンは突き進む。

「…ルマール…」

 ここまでできるのか。確かに動き自体は素人のそれだが,その速さはエリィ並みと言っても過言ではない。

 無論,龍戦士を相手にしてどこまでやれるのかは定かではない。龍戦士特有の,あの時が歩みを遅らせるような感覚が発動してもあれだけの動きを保っていられるか未知数ではあるが,少なくとも常人相手ならばそうそう遅れはとるまい。

「…しかし…」

 これが帝国の姿だとしたらあまりにむごい。妖魔を従えたレヤーネンなど,ハンの理想の対極だ。帝国兵に無駄な犠牲が出ないのは喜ばしい事なのだが,かといってこれは…。

 連合もどうやらそのあたりは弁えているらしい。半ば戦意を喪失している帝国兵には構わず,ただひたすら左右からレヤーネンを挟み込むようにしてこれを討とうとする。

「…女王,映像をエリィに切り替えてくれ」

「あ,はい…」

 これでは相当の被害を覚悟しなければなるまい。兵力に余裕がない以上エースが出てレヤーネンを止めるのが上策だ。となればエリィかクーラのどちらかがそれにあたるはずだ。

(…動くなよ…)

 しかしそこには地獄を見せるというルマールの策が待ち構えている。

「あれ…っ?」

「!」

 しかし水晶球がそちらを映し出すと,そこにはすでにクーラの姿が無い。

「…女王,上だ!」

「は,はい!」

 映し出された一同が上を見上げているところから瞬時に判断する。おそらくはレヤーネンに気を取られた隙をついて,上空から魔獣あたりが攻撃をかけたのだろう。

「居た!」

「…やはり…」

 そこには,魔獣の羽を切断しさらにそれを蹴り飛ばすクーラの姿。

「あれ…?槍…?」

「ですね…」

 不審がる二人。確か先ほどは剣を振って矢を弾いたはずだ。それが今は十文字槍を操っている。

「…何かあったのかも知れないし…何かを狙っているのかも知れないな」

 そんな事を言う間にも,クーラは二体めを仕留めて最後の魔獣へと向かう。

「…慣れたな」

 立ち回りにまったく危なげが無くなったクーラに苦笑する。これは戦闘経験のなせる業なのだろうが,そもそもこれだけの魔獣と何度も対峙する事自体があり得ない。

「…むっ」

 最後の魔獣を沈黙させたクーラが,その一体だけは他と違って下へ蹴り落とす。すかさず彼は,持っていた槍をこちらも投げ下ろした。

「…女王!」

「はい!」

 すぐに水晶球を操作するユーリエ。

「!」

 そこには,槍に背中から体を貫かれたレヤーネンの姿があった。さらに彼の前方には魔獣の死骸と,それに潰された妖魔たちが映る。

「…なるほど」 

 魔獣をレヤーネンの後方へと蹴り落としてそちらを振り返らせ,背後から槍で刺し貫いたわけか。いくらルマールに強化されたと言っても中身は戦闘の素人,その弱点を的確に衝いたというわけだ。

「ば…か…な…がふっ!ふぐっ!ごはっ!」

 その隙を連合が見逃すはずもない。次々と彼らの剣がレヤーネンの脚へ,腹へ,腕へと吸い込まれる。

「決まったね…」

 思わず目を背けてリリーが言う。ユーリエもやはりそれは正視できずに顔を伏せる。

「…いや…」

 だがそうしなかった私は,すぐにレヤーネンの身に起こった異変を見逃さなかった。

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