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インターミッション

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 クーラ大尉の告白を覗き見た我々は,その覗き見が人としてどうなのかというところはともかく彼がエリィを最優先するであろうという確証を得た。

 せめてあの会見の時にという思いも無いではないが,それは仕方のない事だ。苦境を乗り切ったからこそ距離が縮まったという可能性もある。

 私はエリィに宛てた手紙を,ユーリエの協力を得てしたためた。

 問題があるとすれば,それが上位古代語で書かれている事だろう。当然それはエリィには読めないはずで,彼女は一時的にへそを曲げる事になるだろう。

 しかし理由を知ればきっと納得してくれるだろう。なぜなら,その文中にユーリエが暗号を仕込むためにはどうしてもその文字を使う必要があったからだ。

 魔道王国として長い歴史を持つアリシアは当然のごとく権謀術策の時代もそれなりに経験しており,ユーリエが仕込む暗号はその時に編み出されたものらしい。そしてごく一部に限られるが,その歴史を継承していく立場にいる者やかつてその立場にいた者はそれを必須教養として習得しているのだという。

 具体的には,それは女王からそれほど血縁的に離れていない近しい王族。そして,魔法学院の教官の職にあった者たちだ,とユーリエは言う。だから例えば現学院長のヨークシンなどもこれを見ればそこに隠されているものが判るらしい。

 意外だったのは”風”のノーブルが,かつて教官の職に在ったという事だ。だがなるほど,言われてみればクマルー卿のふりをしてマイシャの城門を撃ち抜いた十二神光雷砲あれについても,それに触れられるだけの裏付けとして周囲を納得させるだけの材料を持ち合わせていたという事になる。

「へぇ…道理で詳しいわけだね」

 そう言って感心するリリー。

 秘密を暴露したユーリエは,念のためと断ってこちらに口止めを求めてきた。それによればノーブルは,学院側にそのあたりの秘密を知られてしまう事を避けるため,敢えてノーブルと名を変えているのだという。 

「…分かった。約束しよう」

 二つ返事で承諾する。そんな重大な秘密を信頼のもとに打ち明けたユーリエに対する礼儀ももちろんだが,それがもしかすると,こちらが期待している彼の引き出しにも密接な関わりを持つかも知れない。それを明かす明かさないの判断は彼に委ねるべきだろう。

 ともあれ,ノーブルに宛てた暗号を織り込む事によってその手紙は,二重の意味を持つ事となり,それによってそのものの信憑性も大きく増す事となった。

 私はその手紙を,シェスターに任せる事にした。彼ならば”風”にはなじみがある。彼らから見て間違いなく黒軍の者が,間違いなく女王からのメッセージを届ける事になるのだ。

「…重要な任務だが,頼むぞ」

「ハッ。全力を以て遂行します」

 任務の概要を伝えるにつれて真剣な表情となっていったシェスターは,そう言って直立不動で敬礼をする。

「…くれぐれも無茶はするなよ?」

「善処します!」

「…」

 元の世界ではそれは不実な政治家の口約束だ。シェスターの言葉には確かにそれに類する響きが窺える。

 黒軍の性格と言うか宿命と言うか。こうなってしまうと彼らは頑固だ。

「シェスターさん」

 と,そこで隣のユーリエが声をかける。

「あなたにもしもがあっては将軍が悲しみます。くれぐれもお気をつけて」

「ハ…ハッ!」

 ハッとしてユーリエの方を向き直り,あらためて敬礼をするシェスター。

「…助かった。感謝する」

 シェスターが退室したのを見届けてから,苦笑交じりに礼を述べる。

「やはり,黒軍は素晴らしいですね」

 微笑むユーリエ。

「…ああ。私には過ぎた…仲間たちだ」

 果報は寝て待てと言うが,とてもそんな心の余裕は無い,というのが正直なところだった。

 じりじりと弱火で炙られるような感覚で日々を過ごす。

 こういう時に女は強い,とは誰に聞いた言葉だっただろう。リリーはユーリエと自室に籠って,新しい魔法の開発に勤しんでいる。

「もしもに備えておかないとね」

 そう言ってコロコロと笑うリリー。来たるべき対峙の時に向け,万一に備えて対龍戦士魔法の研究をしているのだと言う。

 対峙するのはクーラなのであって,彼は龍戦士ではないはずだ。むしろ彼こそ何かしらの対龍戦士用魔法を隠し持っているのではないかと言うと,リリーは今度は不敵に笑う。

「だからだよ。対龍戦士魔法を無効化するためには,その仕組みを熟知しておく必要があるからね」

 敵の戦術を研究する為にはこちらがやってみるのが早いという事か。言われてみれば確かに,それは武道にも通じるものがある。

 だがそれで良いのだろうか。この世界の魔法は恐ろしいほどに自由度が高い。向こうの方法論が不明なのにこちらがそれを研究したところで,まったく違う方向へ突っ走ってしまうだけなのではないだろうか。

「それでもいいんだよ」

 またコロコロと笑うリリー。龍戦士の力の本質が掴めてしまえばこの研究は成功と見て良い,と彼女は言う。

「龍戦士の力って何さ?が判れば…それをどう攻めるか,どう守るか,どう使うかって事が見えてくるからね。攻め方守り方のアプローチは人それぞれでも,ともかく守れさえすれば勝ちって事」

 守るのはともかく,攻める方には注意しろ,特に龍戦士の力を使う事には慎重であるべきだと苦言を呈すると,リリーはおそろしく斜め上の事を言い始めた。

「あくまで仮説なんだけどね。龍戦士の力が世界を飛び越えてくる事で身につくものなら…世界と世界の隙間?みたいなところはきっと龍の力が満ちていて,それに晒される事で突然変異するのかも知れない。だからそれをうまく利用できれば,別の世界に飛ばされても戻ってこれるかも知れない」

 絶句する。確かに仮説が正しければ,個別の龍戦士が持つ力とは比べ物にならないほど大きな力を使える。しかも,それだけでは別世界へ飛ばされる危険も飛躍的に高まるところ,むしろそれを逆手にとって無害化してしまおうとは。

 どこをどうすればなれるのかは勿論判らないが,神算鬼謀の名軍師とはもしかしたらこのような柔軟な思考の持ち主であることが下地なのかも知れない。絶滅危惧種にして堅物の自分には到底真似のできない事だ。

 しかし突然変異とは。もう少しまともな言い方は無いのだろうか,それではまるで病気か何かではないか…と言いかけて不意に過去の記憶が蘇る。

 確か昔,ハンも遺伝子が突然変異するとか何とか言っていた。案外似た者同士なのかも知れない。

(…)

 結局は自分の頭が固く心が弱いと言うだけで,男だ女だは関係なさそうだ。そう結論づけて苦笑する。

 ならば自分もできる事をしよう。そう考えて,学院地下の書庫へと足を運ぶことにした。あまり表ざたにするわけには行かないが,書庫へ入るための暗号パスワードも教えられていたし,蔵書を,それこそ制限フィルタなしで全てを検索するための魔法も教わっている。

 閲覧したのは,主に古流の武術に関わる書物だ。と言ってもそこはアリシアの書庫,遺っているのはその様式なり武具なりに魔力を付与しているものが多い。

 クーラが見せた可能性は,その実かなりの脅威と言えた。ミリアの言葉こそ僅かばかりのひっかかりを生んでいるものの,クーラに龍戦士の力が無いという事だけは間違いが無いように思う。となれば,そのクーラですらあれだけの事をしてのけるのだから,龍戦士が同じ事をやれば脅威は計り知れないものとなる。

 自分が積極的に魔法を使うかと言えばおそらくそうはなるまい。自分はどこまでいっても剣士だ。いや,どこまでいっても剣士でありたいと思う。だから主な目的は,むしろそれへの対抗策に関する知見を得る事だ。

 相手の魔法攻撃や属性攻撃を無効化する為の手段。あるいは魔法防御を無効化するための手段。結局やっている事は魔法の勉強ではないかと思わなくも無いが,ともかく最優先でそれらの蔵書を読み漁った。

 そうこうするうちに,七日ほどが過ぎて行った。

 全力を尽くすと宣言したシェスターは,時間が明暗を分ける事も熟知している。となればおそらくはかなりの強行軍で,そろそろワ=ダオラへたどり着くはずだ。

 できれば連合がバラナシオスへ向けて出撃する前に手紙を渡して欲しい。あれだけの大失態を演じてなお前線に復帰したレヤーネンが,元のままのわけがないのだ。ルマールがどんな秘策を用意しているか判らないのだから,近寄らないのが最も安全な道なのだ。

 たとえ僅かな可能性でも…と考えてそれを訂正する。確かに決戦を前に主力が前線を離れるのは下策だ。だが裏を知るこちらとは違い,連合むこうは以前のままのレヤーネンだと思っている。よりこちらの方が危急の用件と見てこちらを優先するかもしれない。

 だがやはり,そうそう上手くはいかなかった。

 そろそろだと覗いた水晶球に映っていたものは,バラナシオスへと進軍するエリィの姿だったのだ。どうも連合は,レヤーネンの前線復帰を一時的なものと見なしたらしい。より有能な指揮官がやってくる前に押し込めるだけ押し込んでしまいたい,そんな思いが如実に表れた素早い動きだ。

 帝国を旧サナリア領内へ封じ込めてしまう事は帰還者に対する圧力ともなり得る。だからこそ帰還者にしてみれば看過しがたいとも言えるわけだが,かといって妖魔を擁する帝国と共闘するわけにも行くまい。理念よりも実利へと舵を切った今の帝国ならば猶更だ。

(く…)

 どうしてこうも,期待とは逆の方向へ状況が進展していくのか。やはり帝国は滅ぶ運命にあるのか。

 ハンに直接逢ってその真意を確かめたい,との思いは日増しに強くなっていく。全てが手遅れになる前に…と,そんな危機感すら抱き始めた自分が居る。

 しかし現状で,自分に打てる手は無い。いや,打てる手は全て打っているのだ。そのほとんどが出発点からして起死回生であるのも事実だが,その手をことごとくすり抜けるかのように,あざ笑うかのように状況が悪化していくのを見せられるのはやはりつらい。

 抗う事はできないのか。すでにお約束となった自問自答を繰り返しては苦労してそれを押さえつけ,挫けそうになる気持ちを奮い立たせる。ユーリエやリリー,そして部下たちを路頭に迷わすわけにはいかないのだ。

(いや…)

 もう状況はすでにその段階ではないのかも知れない。部下たちはもうアリシアと確かな繋がりを持っている。きっとユーリエも,彼らに良くしてくれるだろう。となれば後は,もう自分だけの問題なのかも知れない。

 バナドルスが征けと言った自分の宙は,果たしてどんなものになるのだろうか。

 ともかくバラナシオスの結果次第だ。そう結論付けた私は,ユーリエ達とそれを見守る事にした。

 しかしこの時の私は,まだ帝国を見限る訳にも行かなければそのつもりも無かったのだ。そしてそれが,より深刻な事態を招くきっかけとなってしまったのだ。

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