未来への招待状・確認
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
帰還者の首魁ミリアによって,クーラはシャルルと断じられた。それは客観的にみて根拠に乏しい事ではあるが,さりとてそれを否定する根拠も皆無に等しい。
「!?」
ユーリエが慌てて起動した水晶球に現れた映像は,衝撃的なものだった。
エリィがクーラに抱き付いている。
「…これは…」
しかしそれの意味するものは,ここでは一つしかない。
「じゃぁやっぱり彼は”紅き流星”!?」
目をくぎ付けにされながら,リリーが叫ぶ。
しかし。
「私はエリティア軍大尉ガイナット=クーラ。それ以上でもそれ以下でもありませんし…”紅き流星”とはまったくの別人です」
すぐさまそれに対する否定の言葉が飛び込んでくる。
「…」
クーラから手を放し,信じられないといった表情で後ずさるエリィ。
「早とちり…だったようですね」
ユーリエが言う。
「…そのようだな」
もちろん結論までもそう断じてしまうのは早計である。しかし少なくとも,エリィがよく確かめもせずに思い込みを行動に移してしまったのは間違いないようだ。
「…素顔を隠していたのは,それこそ…”流星”のふりをするわけには行かなかったという事です」
水晶球の中ではクーラの釈明が続いている。
(…)
確かに理屈としては解る。生ける屍となっていたあの当時のエリィでは,”流星”のふりをしてしくじれば致命的だ。顔など見せたらそこにしか意識が向かなくなるだろうし,他人だなどと言ったところで信じはすまい。他のどんな手段も受け付けなくなってしまう。
(…しかし…)
これほど似ている者が居るのだろうか。
元の世界の,なぜか都市部でしか流布しない伝説によれば,世の中には同じ顔の人間が三人存在するという。だが現実問題として,これほど…。
「私は…それほど”流星”に似ているのですか?」
「!」
そこで狙いすましたような,クーラの問いかけ。
「へ?」
「え?」
目を丸くするリリーとユーリエ。
「もちろん光を失っているからという理由はありましたが,一方ではやはり,”流星”に間違われることを極力避けたかったというのもあります」
水晶球の中でクーラは言葉を繋ぐ。
「…果たしてそもそもそこまでする必要があったのかどうか,”流星”を良く知る皆さん相手になりすましが通用する次元だったのかお聞きしたい」
(…これで別人だと言われてもまるで説得力は無い)
ごく自然にそんなことを考える。
「そりゃ,これだけそっくりだったら…って,あれ?…あれれ?」
ところが,首をかしげて頓狂な声を上げるリリー。
「…どうした,リリー?」
「言われてみると…そんな似てない気がするんだけど」
「…何?」
耳を疑う。技術担当として長くやってきたリリーは当然観察眼も鍛えられている。そのリリーが自分の見立てを翻すという違和感。
「で,ですよね…どちらかというと,彼女の言葉に印象を操作されてしまったというか…」
ユーリエもそれに同調する。
「ていうかさ…”流星”って,どんな顔だっけ?」
「!?」
さらに突き抜けたリリーの言葉に驚く。
「大尉のこの顔には確かに似てないって気がするんだけどさ。今度はこの顔の印象が強すぎて,うまく思い出せないというか比較ができないというか…」
「あ…リリーさんもなのですね?私も…」
(…なん…だと…?)
強まる違和感。こちらは問題なく”流星”の顔を思い出せるし,伝説級の酷似であると認識している。
(…まさか…)
そこに何らかの仕掛けが施されているのか。
先ほどの妙な感覚を思い出す。確かにあの時,クーラが素顔を晒した時に小さく何かが弾けた。それが,例えばこちらの視覚かあるいは記憶に干渉する魔法か何かの類だとしたら。
「ねぇエリィ…あなたはどう思う?似てる?似てない?」
「!」
確かフレイアと言ったか,ハイエルフがエリィに問う。
「えっ?そんなの…」
(…まずい)
仮に魔法だとしたら,龍戦士にすら効果を及ぼすそれに,エリィが抗える訳が無い。
その質問は彼女にとっては致命的だ。
「そ…んな…」
予想通り,彼女の顔が驚愕へと変わり,見る間に血の気が引いていく。
「…!」
エリィは口を衝いて出そうになる叫びを必死に押さえ,その場からまるで逃げ出すかのように走り去る。
「エリィ…!」
ユーリエが短く叫ぶ。
「うそ…彼女まで…?」
唖然とするリリー。
「エリィ殿…!」
クーラがエリィの後を追う。
「…女王,我々もエリィを追おう」
それで言いようのない不安が広がる。この男には一体何が隠れているというのだ。何かが起こりそうな予感がする。
「あ…は,はい!」
慌ててユーリエが水晶球を操作し,画面が切り替わる。
「!」
映ったのは地に伏す彼女。打ちひしがれて我を忘れ,木にぶつかり根に足を取られしてこうなったと容易に想像がつく。
「エリィ…」
口元を押さえるユーリエ。
「…無理もない…な…」
さすがにこれは,なかなか厳しいものがある。
エリィは追いついてきたクーラが近寄ろうとするのを拒絶して,伏したまま嗚咽を続ける。
「…すみません」
しばらくそれを見守っていたクーラが,絞り出すようにつぶやく。
(…何に対して…?)
しかしそれを判別するには情報が不足している。
私が彼の事を忘れてしまった,それが辛かっただけと叫ぶエリィに,そう仕向けたのは自分だ,だから自分が悪いのだと言って歩み寄るクーラ。
(…何の為に…?)
今まで散々思い返し繰り返し考察してきた種々の仮説が思い起こされる。
ずるい,そうつぶやいたエリィは,もしそうならそれはクーラが自分に優しくするから悪いのだと言う。さらにそれは手管なのか策略なのかと言って,クーラを問い詰めるエリィ。
「おおー…」
感嘆の声を上げるリリーは,興味津々と言った様子で目をきらきらと輝かせている。
(…これは…)
それでハッと気づく。これは随分穏やかとはいえ濡れ場に類する。
この場からすぐに離れたい。半ば反射的に湧き上がるそんな思いを,しかし今回だけは話が違うと苦心して押さえつける。
クーラの姿勢を知るまたとない機会なのだ。それは今後の展開に大きく影響を与える。
「今は…違います」
がしがしと頭をかいて,白状するクーラ。
「私は。貴女を支えたい。貴女の幸せを,守りたい…」
「おおぉ…」
「…」
水晶球にかじりつくリリー。いや,あからさまに表に出さないだけでそれはユーリエも変わらない。
しかしこちらはそれどころではない。
(…今は…?)
さまざまな可能性を思い描き,脳を限界稼働させる。
いや,むしろそちらに逃げ込まねば気まずさに耐えられないと言った方が良かったかもしれない。ただ流されるままに成り行きを見守っていれば,かなり高い確率で行われるであろうクーラの告白で前後不覚に陥ってしまう。
リリーにからかわれるかも知れないが,自分はこういう事は不得手なのだ。
「私は龍戦士でもありませんし…どうやら代々それとも全く関係は無いようです」
そしてその通り,次々とクーラは述懐していく。
「…要は私の器では,貴女を縛り制限していく事しかできないわけです。…”紅き流星”は,龍戦士なのでしょう?」
「!?」
驚愕するエリィ。
(…普通に考えれば,当然そうなる…)
おそらく彼女は必死にそれを隠そうとしているのだろうが,と考えて苦笑する。敢えて踏み込んでこなかったというだけで,ノーブルあたりも当然そこは織り込み済みだろう。
「彼なり漆黒将軍なり…貴女を丸ごと包み込むには彼ら並みの器が要るようだ」
「!?」
そこで気を抜いてしまったところに,不意打ちとも言える一撃。
「漆黒将軍は私をからかって面白がっているだけです!」
ハッと我に返ったエリィが語気を強める。
「…」
「…」
気まずそうにこちらを振り返る二人。
「…普通に考えれば,当然そうなる…」
さっきとはまったく別の意味で苦笑し,こちらは良いから成り行きを見守ろう,と手で合図を送る。
「ですがそれはそれとして。最善は尽くします。貴女になるべく好き勝手していただけるように,ね」
「う…それじゃ私が痛い子みたいに聞こえる…」
クーラの言葉にぷぅと頬をふくらますエリィ。随分と落ち着いてはきたようだ。
「…どうやら,話は見えてきたようだな…」
少なくともクーラは”流星”ではないと明確に否定し,そのうえで”流星”に勝負を挑もうとしている。全てをかけてエリィを守ろうとしている。取り敢えずそれが判っただけでじゅうぶんだ。
しかしそこで,エリィがすかさず口を挟む。
「…いけません。貴方を失ったら私も生きてはいません」
「!?」
向こうの話を良く聞いていないのも悪いのだが,それはやはり予想外の一言。
「…きっとユーリエ様ならそう言うでしょう?ですから,くれぐれも命を大切にしてくださいね」
にっこりと笑うエリィ。
(…なるほど…)
要は役柄の話だったという事か。確かにユーリエならばそう言うだろう。
(…)
しかし,何となくそこで居心地の悪さを感じる。何か良くない事が起こりそうな,そんな予感。
だが当然,中の者たちはそんなこちらの事情など全く感知しない。
「落ちはその先にありましてね…本物の龍戦士が現れるまではそれが私の役目という事ですよ」
苦笑しながらクーラが言う。
「役柄ではない素のエリィ殿なら…それはさしづめ”流星”が戻って来るまでとなるでしょうか…」
「!」
ハッとするエリィ。
「え?代役で良いの?」
リリーが疑問を口にする。
しかし,にやりと不敵に笑ったクーラは言葉を繋ぐ。
「戻ってきた”流星”があまりにも不甲斐ないようなら…私はそれを許さない。修正の一発…いや,その座を明け渡して頂きましょう」
「おおー…」
(…)
やはり修羅場待ったなしだ。
「…というくらいの意気込みでやらせて頂きますので,今後ともよろしく…さて,では戻りましょうか」
優しい笑みを浮かべながらクーラはそう言って手を差し伸べ,エリィを連れて戻っていった。
「ふぅー…」
水晶球の映像が切れると,満足げに一つ息を吐くリリー。
「いやー…良かったね。思わず顔がにやけちゃうよ」
「…そうだな」
苦笑する。
「え!?」
しかしそこで驚愕するリリー。
「…どうした?」
「ボス…随分慣れたね…いや,良い事なんだけど,良い事なんだけどね?」
「…あぁ,いや…」
また苦笑する。
「…すまないが,多分『良かった』の意味は違うだろう。私のそれは,彼がエリィを最優先してくれそうだと解った事に対してのものだ」
「ああ…そっち…いや,良い事なんだけど,良い事なんだけどね?それも」
「…」
苦笑するユーリエ。
「…さて女王」
「はい」
「…随分と時間はかかったが,ようやく光明が見えそうだ。そのあたりも含めて,慎重に文面を検討しよう」
「はい。…それについては一つ案があります。きっとうまくこちらの思いを伝えられるのではないかと…」
明るい笑顔。
「…そうか。それは助かる」
懸念があるとすれば,完全に後手に回る事だろう。手紙が彼女に届く頃には,バラナシオスの決戦はすぐそこ。決着がついてしまっているかも知れない。
(…間に合うか…)
しかし他に手は無いのだ。たとえそれがユーリエを引き渡すための招待になってしまうかも知れないとしても,僅かの可能性を信じてそれに賭けるしかない。
(…できる事を,やるだけだ…)
状況は相変わらず厳しいが,それでもこちらから働きかける余地がある。まだ死に体となったわけではない。そんな思いがここしばらくの重苦しさを多少なりとも軽減し,いくらかの希望を持たせてくれていた。
しかしやはり状況は深刻だった。その状況は,すでにその選択が帝国と袂を分かつそれとなっていた事を,その時の私に気付かせるだけの余裕を与えてはくれなかったのだ。




