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(106)誰が江梨子を殺したの(3)

「失礼します」


江梨子がコンコンとノックして応接室に入る。

私もささっと応接室に滑りこんで江梨子の隣に腰掛けた。

江梨子の表情はいささか柔らかいようで、少しホッとした。


「江梨子ちゃん、会いたかったわ」


そこに居たのは――やっぱり東出さんだった。


「あれ?」


でも、何かが違う。

服装はメイド服ではなくカーディガンにひざ丈のタイトスカート。違うの。違うのはそこじゃない。


ニコニコと笑ってるし、容姿は何一つ違わないのに、どうして――。


「あかりおば様……私もです」

「聖くんも江介くんも、本当に酷い事するのね、おばさん、びっくりしちゃったわ」


江梨子はうつむく。

私は目の前の東出さん――いえ、「あかりおばさま」という人にぞわぞわと違和感を覚えていた。


「でも大丈夫よ、江梨子ちゃんにはまだ挽回のチャンスがあるわ」


違和感は増すばかりだ。

どう見ても東出さんなのに、纏ってる雰囲気がどうしてこんなに違うの?


「江梨子、この人のことは信用しちゃだめ……!」


私は直感的に言ったけど、江梨子は訝しんで私を一瞥する。


「あかりおばさま……私、もうどうしていいかわからなくって……。みんなが私を必要としてくれないの……。私の存在価値なんてどこにもないんだわ」


彼女は無視を決め込んであかりおばさまにすがるような瞳で助けを求めた。


「大丈夫、おばさまを信じて。大丈夫よ、江梨子ちゃん。だって」


あかりさんの表情から笑顔が消える。その底知れない恐ろしさに私の背筋が凍った。


「――あなたにはまだ、使い道があるもの」


違う――!

笑顔をやめたあかりさんの瞳は冷たく、その視線はとても江梨子のことを大事に思っているとは思えない。

いえ、まるで物! そう、道具を見る目だわ。

私のとっても大事な人の姿でこんなひどいことを言うなんて、嫌悪感がやまない。


「あんた……いい加減にしなさいよ……!」


私は江梨子の前に立ちはだかり、あかりさんから彼女を守るようにして睨みつける。

だけど、江梨子は私の服の裾を掴み、力なく首を左右に振った。


「いい、江梨子ちゃん。江介くんとつぐみちゃんが婚約しようとするのは絶対に阻止しなさい」

「……」


江梨子は唾をゴクリと飲み込み、コクリと頷く。


「最後のチャンスよ、江梨子ちゃん。それができなかったら、貴方はもういらない子。あなたは一生誰にも愛されないわ」


この人は、東出さんの顔で何を言っているの?

私は顔がさあっと青ざめるのを感じた。半透明の体なのに、そういうのはひどくリアルで。ぎりりと奥歯をかみしめる音が耳の奥で鳴った。


「わかりました、あかりおば様……」



「どうしてよ、どうして――! ねえ、江梨子、なんで納得しちゃうの? アンタはそんなタマじゃないじゃない。いつもの癇癪は? そこは物を投げて怒り狂うところでしょう!」

「いいの……あの人にだけは嫌われたくない……」


部屋に戻った江梨子は膝を抱えてその間に顔をうずめていた。


「あはは……どうしてこうなっちゃんったんだろ……ただ、愛されたかっただけなのに」


江梨子の目は焦点が合っていない。

頼みだったあかりさんも、最初から利用していただけで「愛されていなかった」なんて考えに至ったらきっと壊れてしまう。


あの人の名前が「東出あかり」ではなく「桐蔭あかり」なのも、きっと別人だからに決まってる。

何で苗字が桐蔭なのかはよくわからないけど、そんなことよりも生理的な嫌悪感が凄くて考えている場合じゃない。


それに、江梨子が命じられたのはつぐみと江介くんの仲を引き裂くこと。

この世界はつぐみと江介くんが結ばれる世界ってことなんだろうけど……そんなことよりも、江梨子が実の弟にそんな酷いことをさせようとするなんて、酷すぎるわ!

ま、まぁ……江梨子は江介のことなんて何にも思ってないんだろうけど。


「あなたは――本当は私じゃないんでしょう?」


ポツリ、と江梨子は私に向かって笑いながら言った。

何にも中身のない空っぽの笑顔だ。

そんな顔をしないで欲しい。ずきずきと心が痛む。

私はうつむいたまま、首を垂れた。


「私は――来世のあなたの親友よ」

「どうして来世の親友が私の顔をしてるんだかわからないだけど……ま、なんでもいいけど」

「なんでもいいなら信じてほしいんだけど――来世のあなたはすっごく幸せそうよ」

「そうね。あなたみたいな能天気な親友がいたら、少しは楽しいかも」


江梨子のそれは、辛辣な言葉だった。でも、ちっとも嫌だとは思わないわ。だって、江梨子ったらようやく笑ってくれたんだもの。

あかりさんに対する病的なそれじゃなくって、ぎこちないながらも普通の笑顔。

普通の15歳女の子の笑顔が今の私にはとても嬉しかった。

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