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『時間を止める大鎚と、消えていく私』クロノ・クロスフィア 〜Invisible pains〜  作者: 猫娘


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第九話「ノイズの肖像と、蝕まれる境界」

※この作品はダークな展開やシリアスな描写、ちょっと過激なスキンシップなどが含まれます)

 秋の澄み渡る空の下、鳳凰学園の校内は目前に迫った行事の熱気と高揚感に包まれていた。渡り廊下にはカラフルな看板が並び、どこからか吹奏楽部の練習の音色が響いてくる。


 体育祭の準備と並行して、校内では文化祭に向けた出し物の準備も佳境を迎えていた。時子と理子が所属する二年B組の出し物は『レトロ和風カフェ』、そして隣の二年A組である火燐と水琴のクラスの出し物は『本格執事&メイドカフェ』に決定していた。


放課後、二年A組の教室。


「ふふ…完璧です。鏡に映るこのシルエット…一九九〇年代の古典的執事キャラのゴールデン比率を完全に再現できています…!ライティングの角度次第で、陰影によるミステリアス度が四五パーセント上昇する計算ですね……!」


 借りてきた黒の男装スーツに身を包んだ水琴は、姿鏡の前で銀縁メガネをくいっと押し上げながら、オタク特有の細かなこだわりと計算で悦に入っていた。


「相変わらず自分の世界に入り込んでブツブツ言ってんなぁ、水琴……」


 衣装合わせの手伝いに来ていたB組の理子は、男装スーツを着こなす水琴に感心しつつも呆れ顔を向ける。

そこへ、同じA組でメイド服の試着をさせられていた火燐が「どれどれ〜?」と目をギラつかせながらニヤニヤと忍び寄り、水琴の背後から勢いよくその胸元へ両手を伸ばした!


「へへっ、執事姿の水琴ちゃんも萌えるぜぇ!今日もその豊満な胸元をワシワシと揉みしだいて…って、んんっ!?」

「か、硬い…!?」


 ガシッと掴んだものの、普段の柔らかな感触は一切なく、手応えはまるで頑丈な板のようだった。


「っ!?何をするんですかこのセクハラ獣っ!……ふふん、甘いです火燐さん。今日の私は執事のシルエットを美しく見せるため、胸元に高密度の補正インナーと圧縮バンデージを極限まで巻き上げているのです!あなたの軟弱な握力など跳ね返してみせます!」


「ちくしょーっ!同じクラスだからって男装で胸をガードしやがったな!アタシの放課後の癒やしが……あの最高の手触りと弾力が揉めないなんて、世の中の損失だぞ水琴ぉぉぉっ!!」


「揉むのが前提の思考を改めなさい!。C_2H_5OH(エタノール)で脳みそ消毒して出直してきなさい!」


 本気で残念がりながら頭を抱える火燐と、バインダーで火燐の額をグリグリと押し返す水琴。同じクラスならではの息の合った暴走劇に、理子は呆れたように溜め息をつく。


「ほんま、同じクラスになっても火燐は相変わらずセクハラオヤジ全開やな……」


「あはは……火燐ちゃん、水琴さん、相変わらず仲良しだね」


 二年B組の和風カフェの看板用の布を抱えてやってきた時子が、クスクスと笑いながら顔を覗かせた。


「時子、そっちの看板の準備は順調か?」


「うん!B組の和風カフェも抹茶クレープの試食会が終わったところだよ。理子ちゃんの袴姿もすっごくかっこいいんだから!」


 そこへ、生徒会室からの差し入れを持って訪れたアイシャが、目を細めてみんなの姿を見つめた。


「あらあら、どちらのクラスもとっても素晴らしいわね。本番が待ち遠しいわ」


 差し入れの手作りクレープを一口頬張り、顔をほころばせる時子。


「そういえば、アイシャ先輩!」


 ふと思い立ったように、火燐が口のまわりにクレープの生クリームを少しつけたまま、アイシャへ身を乗り出した。


「2年生の出し物はこんな感じだけど、アイシャ先輩のクラス…三年A組は何やるんですか?生徒会長のクラスなんだから、やっぱりすごいこと企画してたりするんですか!?」


「そういえばウチらも聞いてへんかったな。アイシャ先輩のクラスの出し物って何なんです?」


 理子も興味津々に尋ね、水琴もメガネを光らせながら「三年生の最高学年としてのリソース配分と演出規模には大変興味があります」と耳を澄ませる。

みんなからの熱視線を一身に浴びたアイシャは、クスッと悪戯っぽく微笑むと、人差し指を口元に当ててみせた。


「ふふ、秘密にしておこうかと思ったけれど……みんなには特別に教えてあげるわね。私のクラス、三年A組の出し物は…本格的な『英国風ティーサロン&体験型ミステリーパビリオン』なの」


「えっ…ティーサロンと…ミステリー!?」


 時子が目を丸くして声をあげる。アイシャは豊満な胸元に手を当てながら、優雅に説明を続けた。


「ええ。教室全体を十九世紀末のロンドンの洋館に見立ててね。本格的なダージリンやアッサム、手作りのスコーンを楽しんでもらいながら、テーブルごとに用意された『洋館の密室殺人事件』の謎解きカードに挑戦してもらうの。見事、制限時間内に犯人とトリックを見破れたお客様には、うちのクラス特製の『名探偵認定証』と、豪華なお菓子の詰め合わせをプレゼントする手はずになっているのよ」


「うっわあああぁぁぁ……っ!!なにそれ、めちゃくちゃ楽しそうじゃん!!」


 火燐が一番に跳ね上がり、両拳を握りしめて目を輝かせた。


「本格的な謎解きとか胸アツすぎるだろ! アタシ、そういう犯人を追い詰める探偵役とか一回やってみたかったんだよ!『犯人はこの中にいる!』ってビシッと指さすやつ!」


「火燐さんが探偵をやると、直感だけで冤罪を量産しそうですが……」水琴がすささっとメガネを持ち上げながらコメントしつつも、その瞳には隠しきれない興奮が宿っていた。


「ですが…十九世紀末のロンドンという世界観設定、非常にポイントが高いです…!シャーロック・ホームズ全盛期のヴィクトリア朝デザインを再現するとなると、調度品や壁紙の幾何学パターン、さらには茶葉の抽出温度の精度管理まで完璧でなければ雰囲気が崩れます。」

「アイシャ先輩、まさかそこまで…!?」


「ふふ、もちろんだよ水琴ちゃん。アンティーク調のランプや木製家具はクラスのみんなで持ち寄ったし、茶葉も私がいつも通っている隠れ家の紅茶専門店から特別に分けてもらうことになっているの。衣装もね、男子はクラシカルな執事服、女子はロングスカートのシックなヴィクトリアン・メイド服で統一しているのよ」


「ヴィクトリアン・メイド…!正統派派生型の極致……!くっ、流なく三年生、文化祭における文脈の理解度が深すぎます…!!」


 水琴が一人で興奮のあまり早口で語り出し、ノートに猛烈な勢いでメモを取り始める。


「うちのクラスの和風カフェも負けてへんと思ってたけど、アイシャ先輩のところは本格度が違いすぎるわ……!謎解きのトリックとか、誰が考えたんですか?」


 理子も興奮気味に身を乗り出すと、アイシャは誇らしげに胸を張った。


「クラスの文芸部の子と、推理小説好きの男子たちが一ヶ月かけて練り上げたオリジナルの謎なの。実はね……私も『洋館の女主人』役として、特定の時間帯に衣装を着て接客する予定なのよ♥」


「「「「えええええぇぇぇぇっ!???」」」」


 四人の叫び声が教室に響き渡った。


「あ、アイシャ先輩の……ヴィクトリアン・メイド姿……!?あの優雅でセクシーなアイシャ先輩が……!?」


 火燐が想像だけで鼻血が出そうになったのか、自分の鼻をサッと押さえる。


「そ、それは…学園中の生徒や保護者が押し寄せて、長蛇の列どころか校庭まで行列ができるレベルの目玉企画やないですか…!!」


 理子も興奮のあまりコテコテの関西弁で圧倒されている。


「すごいです、アイシャ先輩…! 私、絶対遊びに行きたいです! アイシャ先輩の淹れてくれた美味しい紅茶を飲みながら、理子ちゃんやみんなと一緒に謎解きに挑戦したいな!」


 時子がパッと満面の笑みを咲かせると、仲間たちも一斉に深く頷いた。


「当たり前だろ!絶対最初のお客さんとして殴り込みかけて、一番乗りで名探偵認定証ゲットしてやるからな!」


「私も……論理的思考力と化学知識をフル活用して、最速タイムでの事件解決を目指します……!」


「ウチも負けへんで! 理系の観察眼でトリックの仕掛け全部暴いてやるわ!」


 四人が「絶対行くからね!」「シフト調整しなきゃ!」と口々に盛り上がり、教室の中は一気に文化祭当日へのワクワクした熱気で充満していった。


 みんなの弾けるような笑顔と楽しそうな声を愛おしそうに見つめながら、アイシャは温かい眼差しで優しく頷く。


「ふふ、ありがとう。みんなが来てくれたら、とっておきの特等席を準備しておくわね。……だから、学園祭の本番まで、みんなで準備を頑張りましょうね」


「はいっ!!」


 時子は手作りのクレープをもう一口頬張り、顔をほころばせた。


「私……この学校に転校してきて、みんなと出会えて……毎日が本当に楽しいです。ずっとこんな日々が続けばいいのにな……」


 弾けるような笑顔を見せる時子。拡大していく日常の影にまだ誰も気づいていない、温かくかけがえのない青春のひとときだった。


 ……だが、そんな幸福な空気の隅に、どろりとした小さな影が差し込む。


「ねえ、聞いた……?隣のクラスの〇〇ちゃん、SNSの裏アカウントが特定されて炎上してるらしいよ……」


「うわ、エグい……『死ねばいいのに』とか、ひどい書き込みが止まらないんだって……」


 廊下でクラスの女子たちがヒソヒソと囁き合う嫌な噂話。理子が苦々しい表情で眉をひそめ、火燐がフンと鼻を鳴らす。ネットの陰湿な中傷――現実の悪意が、少女たちの日常のすぐ隣まで迫っていた。


「よしっ!みんなで記念写真撮ろうよ!」


 火燐の提案で、五人は作りかけの看板の前で寄り添い、スマホのカメラに弾けるような笑顔を向けた。


パシャッ!


「わあ、綺麗に撮れ……あれ?」


 画面を確認した時子が、首をかしげる。

写真の中央で笑う仲間たち。その中で時子の姿だけが、まるでノイズでも走ったかのように、うっすらと半透明にブレて写っていた。

(私……?なんだか、透けてる……?)


 その画面を覗き込んだ理子の表情が一瞬凍りつく。夕暮れで見た「透ける背中」の光景と、自分の右手が時折見せる冷たい硬直が交錯し、胸を刺す。


「時子……それ……」


「あ、ううん!手ぶれかな?私、ドジだから撮る瞬間に動いちゃったかも!」


 時子は努めて明るく笑い飛ばしたが、胸の奥には冷たい針が突き刺さっていた。


カチリ。

 胸の奥に冷たい不安が走ったその瞬間、冷酷な秒針の音が響き渡り、世界から色彩が失われた。


「また来た……!みんな、行くよ!」


「うん!」


 辿り着いたのは、体育館の裏手。

そこは、人間の執着と悪意が紡ぎ出した、異様な惨状と化していた。


 周囲の校舎や樹木は、ドロドロとした黒い粘液と人間の髪の毛が混ざり合ったグロテスクな網で埋め尽くされていた。強酸性の糸は触れただけでコンクリートをシュウシュウと焼き溶かしていく。


『ギシャァァァァァッ!!』


 網の中心に鎮座するのは【蜘蛛・キメラ(獣化名:スパイダーウェブ)】。

巨大な蜘蛛の胴体から伸びる八本の脚は、人間の細い腕が無数に生々しく繋ぎ合わされた狂気の形状。背中の黒い甲殻には、泣き叫ぶ少女の顔が浮かび上がり、狂気的な悲鳴をまき散らしていた。


『どうして私を叩くの……!?私が何をしたの……!?嫌……叩かないでぇぇぇっ!!』


「なんなのよアイツ……っ!悲鳴が直接頭に響いてくる……!」


 スパイダーウェブが巨躯を震わせると、腹部から無数の【子蜘蛛】が一斉に吐き出され、黒い波となって時子たちへ押し寄せてきた!


「ひっ……!虫は……科学的に分解可能だとしても気持ち悪いです……ッ!!」


 水琴がアシッド・キャノンを構え、中和液を散布して子蜘蛛の群れを溶かしていく!


「みんな、あの糸に触れちゃダメよ!人が近くにいないか確認して……誘い出しながら戦うわ!」


 アイシャの冷静な指示のもと、魔法少女たちは息の合った連携を見せる。


「ハァァァッ!!」


 理子の精密な射撃と磁力バリアが子蜘蛛の網を破り、火燐が炎の拳で突き進んで抜け道を作る!


 だが、スパイダーウェブは狂乱し、全方位へ切りつけるような粘着糸の網を拡散させた!


「キャッ……!?囲まれた……!」


「逃がさないわ……風よ、全ての糸を切り払いなさい!!」


 アイシャが空中へ舞い上がり、大弓エアロ・ボウから激しい旋風を放出!迫り来る強酸の糸を一網打尽に切り刻み、怪物の頭上を完全にガラ空きにしてみせた!


「時子ちゃん、今よッ!!」


「はいッッ!!」


 自身の身長を超える超重厚な鉄塊の大槌クロノ・ハンマーを強く握り直し、時子が空中に跳躍する。


 ハンマーの刀身に刻まれた時計の歯車がカチカチと高速で逆回転を始め、眩い黄金の光と時間の奔流を解き放つ!


「私たちの邪魔を……させないで!!必殺ッ!クロックジャッジメントッ!!!!」


 時間の加護を受け、超重量となった大槌クロノ・ハンマーを、時子は空中で大きく振りかぶって一気に振り下ろした!


 ドガァァァァァァンッッ!!!!


 地鳴りのような衝撃音とともに、クロノ・ハンマーの一撃がスパイダーウェブを真っ向から撃ち抜き、逃げ場もなく頭上から跡形もなく圧砕した。

黒い汁と光の塵となって消滅していく怪物。

しんと静まり返った体育館裏。

怪物が潰れた跡の地面に、ぽつんと遺されていたのは――


 画面がバキバキに粉々に割れ、それでもなお「死ね」「消えろ」という無限の誹謗中傷通知のバイブレーションが止まらない、一台の「スマートフォン」だった。


「これ…ネットの中傷に追い詰められた子の…」


 火燐が言葉を詰まらせ、悲しそうに視線の先を落とす。


「……かわいそうに。悪意って、時にどんな怪物よりも恐ろしいわね」


 アイシャが静かに目を閉じ、スマホを風で包み込んでそっと隠した。

戦いが終わり、変身を解除した五人。


「ふぅ……なんとか準備に戻れそうですね」


「うん!みんな、ありがとう!」


 笑顔を取り戻した時子だったが、ふと自分の右手を見つめた。

先ほどカメラを持っていた指先が――ほんの一瞬だけ、夕暮れの光を透過してブレたように見えた。


(気のせい……よね……?)


 自分から「何か」が消えていっているような漠然とした恐怖を打ち消すように、時子はみんなの背中を追って走り出した。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

文化祭の出し物準備…青春ですね。

アイシャ先輩の出し物がすごく気になって夜も眠れません((o(´∀`)o))ワクワク

魔法少女たちの運命が今後どうなっていくのか、ぜひ見届けていただけると幸いです!


【読者のみなさまへのお願い】

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次回、第十話もどうぞよろしくお願いいたします。

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