第32話「魔法少女の初詣【後編】初詣のドタバタと運命のチケット」
※ダークな展開やシリアスな描写などが含まれます
新年の光が燦々と降り注ぐ境内に、少女たちの賑やかな歓声と笑い声が弾けていた。
「へへっ、見て見てみんな!さっき引いたこの『大吉』のおみくじ、結ぶのがもったいないから大切にお財布に入れておくんだぁ〜っ!」
桃色の振袖を裾長に着こなした時子は、満面の笑顔で黄金色のおみくじの紙を掲げて見せた。その隣で、深紅と黄金の極上振袖に身を包んだアイシャも、同じく『大吉』と書かれた紙を上品に折りたたみ、小さな和装バッグへと丁寧に仕舞い込む。
「ええ、時子ちゃん。おみくじの幸運は、身につけていることでより強いご利益をもたらしてくれると言いますものね。わたしも大切に持っておきますわ」
「ふふ、二人の『大吉』は納得やなぁ!うちの『中吉』と火燐の『吉』もなかなかの運気やし、今年は幸先の良いスタートが切れそうやで!」
茶色がかった振袖姿の理子が豪快に胸を張り、火燐も「まあな!アタシの『吉』はここから自力で『大吉』以上に叩き上げるための伸び代ってやつだ!」と紅い振袖の袖を捲し上げてガッツポーズをすると不敵に八重歯を覗かせた。
そんな賑やかな四人の輪から一歩引いた場所で、紫紺の瞳を落とし、プルプルと震えて佇んでいる少女がいた。シャチのアクセントが入った眼鏡をかけた水琴である。その手の中には、先ほど引き当てて絶望に叩き落とされた一枚の紙――『大凶』の二文字が重々しく鎮座していた。
「……あり得ません……確率論的には数パーセント以下の『大凶』……。これが新年初参拝における私の確定した運命だというのですか……っ。『願望:叶わず。健康:突発的なアクシデントに注意』……不吉すぎます……ッ!」
水琴が今にも泣き出しそうな顔でぶつぶつと早口に呟いていると、火燐がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて水琴の背後に素早く忍び寄った。
「おいおい水琴、そんなに落ち込むなよ!運気が下がってんならさ、アタシが気合い注入のお灸をすえて、悪運を物理的に追い出してやるよ!」
「え……?気合い注入……ひゃああっ!?」
火燐は悪戯っぽく両手をにぎにぎと動かすと、無防備な水琴の豊かな胸元と細い腰回りへ向けて豪快に両手を伸ばし、ガシッと鷲掴みにしてモミモミと揉み解し始めた。
「ひゃあんっ!?か、火燐さんっ!?な、何を揉み揉みしているんですかあぁぁっ!?あ、悪運は胸に溜まるものではありませんっ……!それに……あれ?悪運を払うための神社のお祓いの作法って……な、なんだっけ……っ……!?」
火燐の揉み揉み攻撃に身をよじらせながら叫ぶ水琴だったが、その言葉の途中で一瞬だけ表情が強張った。オタク特有の膨大な知識量を誇る彼女の頭脳から、今まさに言おうとした知識や単語がスッと消え去る『記憶の欠落』。水琴は慌てて眼鏡の位置をクイッと直して必死に誤魔化す。
「へへっ、作法なんて関係ねえよ!ほら、こうやって詰まってる胸元を揉み解して解剖学的に刺激してやりゃあ、運気も一気に循環するってもんだろ!」
「解剖学をそんな変な刺激の理由に使わないでください〜っ!ああぁっん、変な声を……出させないでくださいませっ!」
水琴は顔を真っ赤にして身をよじり、若竹色の振袖の袖をバタつかせながら可憐な悲鳴をあげて悶絶する。そのあまりにも過敏でエロティックな反応に、境内の参拝客が思わず振り向くほどだった。
しかし、その直後のことだった。
「んっ……!?あ……ぁぁっ!?」
水琴を揉み揉みとイジっていた火燐の表情が急変した。右腕のリストバンドに隠された古傷が、ドクンと激しく跳ね上がったのだ。代償の不快な熱――水琴が感じて乱れた甘やかな気配に引っ張られるように、火燐自身の全身の神経を「甘やかで痺れる快楽の熱」が爆発的に駆け巡った。
「はっ……ぁ……っ!?な、なに……これ……っ!あっん……なんで……んんっ……!?」
火燐は勝気な瞳を熱い涙で濡らし、朱に染まった両頬を押さえてその場にヘナヘナと崩れ落ちた。セクハラを仕掛けた本人が、水琴の感応に同調して過剰に感じて自爆してしまったのだ。
胸を乱された水琴と、熱っぽい息を吐いて悶絶する火燐。そんな二人の惨状を見下ろし、理子が手元でツッコミの動作を交えながらキレッキレの大阪弁で声を張り上げた。
「なんでセクハラ仕掛けた本人が一緒に感じて自爆プレイしとんねん!それに水琴の胸は運気のツボちゃうわ!新年初笑いにしては刺激が強すぎるわ!」
理子が勢いよくツッコミを入れた、その直後のことだった。
「あ……っ」
ツッコミを終えて大きく広げた理子の右手の指先が、ピクリとも動かなくなった。肘から手首にかけて、まるで生のセメントを流し込まれたかのように固まる『右手の硬直』。
理子は周囲に悟られぬよう、何事もなかったかのようにそっと右手を振袖のたもとの中へと滑り込ませ、左手で生地の上から固まった指先を必死に揉みほぐした。
(あかん……また右手が固まりよった……。でも、みんなに心配かけるわけにはいかへんからな……!)
「あはは……火燐ちゃんも水琴ちゃんも、ほどほどにね……?」
時子が苦笑しながら二人を助け起こす。
楽しく笑い合い、お互いを弄り合う時間。その微笑ましい光景のすぐ裏側で、時子の肉体にも確実に『代償』の微小な影が忍び寄っていた。
(あ……あれ……?)
時子は自分の右手に視線を落とした。日光にかざした自分の指先の輪郭が、ほんの数秒間だけ背景の景観と同化するように薄く透けて見えた。時子は息を詰め、そっとハンカチを強く握りしめて誤魔化す。
そして立ち上がろうとしたアイシャもまた、振袖の裾の下で一瞬だけ左膝を押さえ、かすかに眉をひそめたが、すぐに気品ある笑顔を浮かべて何事もなかったかのように振る舞った。
大切な仲間を不安にさせたくないという優しい嘘と、命がけで守り抜いたこの温かな日常への愛着が、少女たちを笑顔で繋ぎ止めていた。
「みんな、見て!あっちで新春の大福引き大会をやってるよ!」
時子が声を弾ませ、境内の端に設けられた特設テントを指差した。
「福引きですか!確率論的には当たる確率は微小ですが……運試しですね!」
正気を保ち直した水琴が鼻息荒く歩み寄る。
「よし!『大吉』の勢いで、うちと時子とアイシャ先輩で回してみようや!」
ガラガラ、と木製の福引き筒が回転し、赤や黄色の玉がポトンと転がり出る。
「やったぁ!ポケットティッシュと50円割引券や!」
理子が苦笑いする。続いて『大吉』の時子とアイシャが期待を込めて力強くハンドルを回した。
ガラガラガラ……ポトン。
「あ……白玉ですね。参加賞のうまい棒です」
「あらあら……わたしも白玉ですわ。なかなか特賞は出ないものですね」
『大吉』の二人をもってしても出たのは白い玉。火燐が回しても赤玉の缶バッジ止まりで、特賞のベルが鳴る気配は一向にない。
「くっそ〜!誰も特賞出ねえじゃんか!残る券は……水琴が持ってる『大凶』のオマケで貰った最後の1枚だけだぞ!」
火燐が悔しそうに唸り、全員の視線が水琴へと集中した。
「え……?私ですか……?『大凶』を引き当てたこの私が回せば、穴が開いて玉すら出ないという悲惨な物理的バグが起きる未来しか見えませんが……っ!」
「水琴、気合いだ!アタシたちの友情パワーを込めて回せぇぇっ!」
火燐が水琴の背中をバシィンと豪快に叩く!
「ひぎゃあっ!?も、もうヤケクソですーっ!」
水琴が涙目で両手を伸ばし、ヤケクソになって勢いよくガラガラを回そうとした――まさにその瞬間だった。
振袖の長すぎる裾を踏んづけてしまった時子が、「きゃっ!?」と盛大に足をもつれさせ、ドジっ娘スキルを遺憾なく発揮して水琴の腰元へ派手にダイブしたのだ!
「ひゃああっ!?」
ドシンッ!と時子が突っ込んだ衝撃で、水琴の手元が狂うと同時に、時子の振袖の袖がハンドルに引っかかり、ガラガラが「ギュルンッ!!」と見たこともない超高速で逆回転を始めた!
「「「「「ええええええっ!?!?」」」」」
ガコンッ!と重厚な金属音が響き、高速回転する筒の隙間から弾き飛んだのは――金でも銀でもなく、七色の眩い光を放つ特大のレインボー玉だった!
ガラガラガラガラ――カランカランカランカランッ!!
「「「お、おめでとうございまーすっ!!特賞出たぁぁぁぁっ!!」」」
テントの係員たちが一斉に鐘を鳴らし、クラッカーを鳴らし上げて大騒ぎを始めた!
「「「「「ええええええええっ!?特賞ぉぉぉっ!?」」」」」
驚愕の叫びをあげる一同の前で、係員のおじさんが恭しく手渡してきたのは、豪華な金箔押しの特大チケットケースだった。
「おめでとう少女たち!本日の超特賞!『ネズミーランド五名様団体フリーパス+オフィシャルホテル最上級スイート豪華宿泊特典セット』当選だーっ!」
「「「「「ご、五名様全員分+ホテルスイート付きぃぃぃぃっ!?」」」」」
境内を揺るがすような少女たちの歓喜の絶叫!
「「「やったぁぁぁ!時子のドジっ娘ミラクルと水琴の大凶逆転パワーだぁ〜っ!」」」
時子と水琴が抱き合い、理子と火燐がハイタッチを交わして飛び跳ねる!
「あ、あり得ません……『大凶』の負の確率エネルギーと時子さんの物理的不可抗力クラッシュが衝突し、奇跡の位相干渉を起こしました……!」
水琴が眼鏡をずらしながら感動に打ち震え、アイシャも「ふふ、五人全員で行けるなんて、最高の奇跡ですね」と心底嬉しそうに目を細めた。五人の頭上には、澄み渡る新春の青空が広がり、眩しい笑顔を照らしていた。
初詣を終えた夕方、五人は揃ってカフェ『Espérance』を訪れ、手に入れたチケットをお姉さん(小波優子)に見せて歓喜の報告をした。
「まあ……!ネズミーランドの五人全員分のチケットと豪華宿泊券が当たったの!?すごいわねみんな!日頃の行いが良いから神様がプレゼントしてくれたのね」
優子はカウンター越しに自分のことのように目を輝かせ、温かなホットココアを全員に振る舞ってくれた。
「お姉さん、私、みんなとネズミーランドでいっぱい思い出を作るね!」
「ええ、時子ちゃん。写真をたくさん撮って、今度私にも見せて頂戴ね」
優子の慈しむような笑顔と、薪ストーブの暖かな温もり。
(守るんだ……。このお店も、お姉さんの笑顔も……みんなで絶対守るんだ)
時子はココアのカップを握り締め、胸の奥で静かに、強く誓っていた。
同じ頃、街の喧騒から離れた高級住宅街の一角。
パステルピンクとフリルで彩られた甘い匂いの漂う自室で、彩花は一人、至福の時間を過ごしていた。
いちご柄の可愛らしいパジャマ姿の彩花は、フリル付きのベッドの上にゴロゴロと転がり、大きなウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、隠し撮りしている場面をスマートフォンの画面で鑑賞していた。
「あははっ!時子ちゃんたち、神社でネズミーランドのチケットを当てちゃったんだ〜!すごい強運だなぁ、可愛いなぁ〜っ!」
宝塚男役を思わせる凛とした美声でありながら、仕草は年相応の可憐な少女そのもの。しかし、その画面の端を捉えた瞬間、彩花の赤い瞳の奥に冷徹な光が走った。
映像の中で、アイシャが神社から立ち上がろうとした時、人知れずそっと片手で左膝を押さえ、顔をしかめてから何事もなかったかのように優雅な笑みを張り直した瞬間を、彩花は見逃さなかった。
「……おや。アイシャちゃん、相変わらず身体のガタがキテるようだねぇ。必死に隠しているつもりだろうけれど、ボクのモニタリング端末からは何一つ隠し通せないんだからね〜」
手元に浮かび上がるホログラム画面には、冷酷な生体データがリアルタイムで羅列されていた。
トランクの縁から、胸に「X」の文字が刻まれたウサギのぬいぐるみ――ウサ子がぬっと顔を出した。
「……監査官様。定時報告の時間だピョン」
「ご苦労、報告をきこうか」
彩花はベッドの上で頬杖をつき、可憐に微笑んだまま冷徹な声を発した。
「了解だピョン。対象『カフェ店主、小波優子』の適合率データ、順調に蓄積中だピョン。彼女たちの精神的結合が強まるほど、コア変換時のエネルギー波形が飛躍的に増大することが実証されているピョン」
「ふふ……素晴らしいねぇ」
彩花はホログラムに映る優子の温かな笑顔の写真を、細く長い指先で愛おしそうに撫で下ろした。
「時子ちゃんたち、みんなでネズミーランドに行って、最高の思い出を作るんだって……。絆を深めて、日常の光をいっぱい浴びてくるといいよ」
彩花はベッドの上で足をパタパタと上下させ、口元にふわりと甘く、狂おしい笑みを浮かべた。
「みんなが光に包まれれば包まれるほど……後からくる絶望が、最高に美しく輝くんだからね……。ねえ、アイシャちゃん……楽しみにしていてね。君たちの愛する日常を……わたしが、僕が、綺麗に壊してあげるからね〜」
自宅内の可憐な口調と、冷酷な「僕」の思考が混ざり合うサイコパスな呟き。
パジャマ姿の彩花の瞳の奥で、恐ろしい悪意の光が妖しく明滅していた
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
火燐……見事に自爆です(*ノェノ)キャー
相変わらず時子のドジっ娘スキルは無敵ですね。ネズミーランド……どこかで聞いたような気が……。
魔法少女たちの運命が今後どうなっていくのか、ぜひ見届けていただけると幸いです!
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