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『時間を止める大鎚と、消えていく私』クロノ・クロスフィア 〜Invisible pains〜  作者: 猫娘


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第二十四話「不自然な空席と、冬の足音」

※この作品はダークな展開やシリアスな描写、ちょっと過激なスキンシップなどが含まれます)

 十二月も中旬を過ぎ、街の至る所に華やかなイルミネーションが彩りを添え始める季節となった。鳳凰学園の校庭に植えられた大きな樹木にも、生徒会が主体となって設置した色とりどりの電飾が飾られ、日暮れとともに暖かな光の粒を放っている。


 放課後の生徒会室。重厚な木製のドアの向こうには、数日後に迫った学園最大級の行事であるクリスマス・フェスティバルの最終準備に追われる独特の熱気が満ちていた。


 大きな窓から差し込む冬の夕陽が、室内を橙色と紫紺のグラデーションで染め上げている。生徒会長である三年生の風花アイシャは、大きな書類机に向かい、洗練された手つきでフェスティバル当日の進行スケジュールや、大ホールに設置される巨大ツリーの点灯式の工程表を一枚一枚精査していた。


 カサリ、と紙の擦れる乾いた音が静まり返った室内に響く。


 アイシャはふとペンを動かす手を止め、視線を自分のすぐ隣にあるデスクへと向けた。


 いつもなら、分厚い銀縁メガネをクイッと押し上げながら、黙々と膨大な伝票を整理し、アイシャが頼む前に「アイシャさん、次の提出書類の控えはこちらに準備してあります」と温かいお茶とともに完璧な資料を出してくれていたはずの場所。


 だが、そのデスクの上には現在、何も置かれていない。整然としすぎた無機質な木目が、夕陽の光を受けて虚しく光っているだけだった。


(……おかしいわ。鈴木くん、昨日も今日も……何の連絡もなしに無断欠席するなんて……)


 アイシャの豊満な胸元が、小さな吐息とともに微かに上下した。


 鈴木修は、一年生の春に生徒会室の扉をたたいて以来、誰よりも生真面目で責任感の強い人物だった。どんなに膨大な雑務や地味な資料整理であっても嫌な顔ひとつせず、常にアイシャの側で生徒会を支え続けてくれた大切な仲間である。


 何より、数日前のあの夜――大ホールの巨大ツリーの設営作業を終えた帰り道、彼は震える声で「フェスティバル本番の夜、旧校舎横のベンチで待っています。大切な話があるんです」と、一生懸命に約束を取り付けてきたのだ。


 あの時の彼の真剣な眼差しと、必死に情熱を伝えようとしていた姿が、アイシャの脳裏に焼き付いて離れない。


(あんなにもまっすぐで、責任感の強かった鈴木くんが……前触れもなく急に学校へ来なくなるなんて。何か事件や怪我に巻き込まれたのではないかしら……)


 アイシャは静かに胸元に手を当て、そっと目を伏せた。


 魔法少女ゲイル・バードとして一年以上も裏の世界で異形の怪物たちと戦い続けてきた彼女の直感が、胸の奥でチリチリとした嫌な予感となって疼いていた。だが、今の表の世界には何の変化もなく、端末にも異界の反応は捉えられていない。ただ、彼という人間だけが、ぽっかりと空間から抜け落ちてしまったかのような不自然な空虚感だけが漂っていた。


「……はあ、ダメね。変に悪い方へばかり考えてしまっては」


 アイシャは自らの思考を振り払うように首を振ると、再びペンを握り直した。その時だった。


 トントン、と遠慮がちで静かなノックの音が生徒会室の扉を叩いた。


「はい、どなたかしら? どうぞ入ってちょうだい」


 アイシャが声をかけると、重厚な扉が静かに開き、一人の少女が姿を現した。


「やあ、アイシャさん。遅くまで作業ご苦労様。ボクも少々手伝おうと思ってね」


 彩花は低く澄んだ耳に心地よい美声で爽やかに微笑むと、気品ある足取りでアイシャのデスクへと歩み寄ってきた。


 宝塚の男役を思わせるすらりとした高身長に、美しいブロンドの髪。制服を完璧に着こなした気品漂う佇まいは、夕暮れの光の中でも圧倒的な存在感を放っていた。手には生徒会の提出書類が挟まれたバインダーが握られている。


「彩花さん……!来てくれたのね、ありがとう。いつも助かるわ」


 アイシャは胸を撫で下ろし、慈しむような笑顔を向けた。しかし、その表情にふと影が差すのを、彩花の冷徹な観察眼は見逃さなかった。


「おや、アイシャさん。なんだか浮かない顔をしているね。何かトラブルでもあったかい?フェスティバルの準備で不安なことでもあれば、何でもボクに言ってほしい」


 彩花は心底から仲間を思いやるような、どこまでも温かく親身な眼差しをアイシャへと向けた。


 アイシャは一瞬躊躇したものの、胸に溜め込んでいた不安を打ち明けるように小さく口を開いた。


「ええ……実はね、鈴木くんのことなの。書記の鈴木修くん……。彼、昨日から急に学校を休んでいて、連絡も取れないのよ。昔から本当に生真面目な子だったから、何の事前連絡もなく無断で休むなんて今まで一度もなくて……。何か酷い事故や事件にでも巻き込まれていないかちょと気になってて……」


 アイシャの瞳には、真剣な懸念と大切な仲間を案じる悲痛な色が宿っていた。


 その言葉を聞いた彩花は、ハッと悟ったような表情を浮かべると、申し訳なさそうに優しく目を細めた。


「ああ……なるほど、アイシャさんはそのことで心を痛めていたんだね」


「え……?彩花さん、何か知っているの?」


 アイシャが驚いて身を乗り出す。彩花はそっとバインダーをデスクに置くと、まるで秘められた事情を打ち明けるかのように、声を少し落として静かに語り始めた。


「僕も気になっていたから昼休みの時間にクラスの担任の先生から少し詳しい事情を聞んだんだよ。鈴木君のご家庭で、急な事情が生じてしまったらしくてね。ご両親の都合で、遠方の街へ急遽引っ越さなければならなくなったそうなんだ」


「急な引っ越し……?鈴木くんが……?」


「ああ。あまりに突然の決定だったらしくてね。彼自身もひどく混乱していて、学校に挨拶に来る時間すら取れなかったようなんだよ。先生も、本当は本人の口からみんなに伝えるべきだったのだがと恐縮していたよ」


 彩花の言葉は、完璧な論理と優しさに満ちあふれていた。


 アイシャは目を丸くし、半信半疑の面持ちで呟いた。


「でも……だとしたら、どうして私や生徒会のみんなに、一言だけでも連絡をくれなかったのかしら……?一緒に生徒会を頑張ってきた仲間なのに……」


 その問いに対し、彩花は深く納得するように小さく頷き、慈愛に満ちた表情でアイシャの瞳を見つめ返した。


「ふふ、アイシャさん。ボクも転校してきてから生徒会の資料や評判で聞いているけれど、鈴木君は本当に生真面目で、思い詰めやすい性格のようだね。あんなにも君や生徒会を大切に思っていた彼だ。急なご家庭の事情で、フェスティバル直前の忙しいアイシャさんたちに無用な心配や迷惑をかけたくなかったのだろうね」


「私達に……迷惑をかけたくないから……?」


「そうさ。挨拶をしてしまえば、君はきっと彼の引っ越しを心配して、自分の作業を後回しにしてでも手伝おうとする。君のそういう優しい性格を誰より理解していたからこそ……彼は黙って去るという、不器用な優しさを選んだんじゃないのかな」


 彩花の放った温かな嘘は、鈴木修という人間の本質。不器用で、一途で、アイシャの負担になりたくないと葛藤していた彼の心理を完璧に突き穿っていた。


 その言葉を聞いた瞬間、アイシャの胸の中にあった不気味な嫌な予感や事件への疑念は、まるで温かい春風に溶かされる氷のように、すうっと消えていった。


(そう……だったのね。鈴木くん……あの子、そんなにも思い詰めて……)


 アイシャの脳裏に、数日前の夜の修の姿が蘇る。


 本番の夜、旧校舎横のベンチで待っていますと言ったあの時の彼の震える声。不器用な彼が、自分への想いと急な引っ越しという現実の板挟みになり、誰にも言えずに一人で葛藤していたのだと納得した瞬間、アイシャの胸は愛おしさと切なさでいっぱいになった。


「そう……だったのね。教えてくれてありがとう、彩花さん。事件や事故じゃなかったと分かって、本当に安心したわ……。でも、寂しいわね。最後にお別れの言葉くらい、かけてあげたかったけれど……」


 アイシャは安堵の息を吐くと同時に、寂しげな微笑みを浮かべた。


「ふふ、彼らしい不器用な去り際だよ。でも、新しい街でもきっと彼は、君からもらった温かな思い出を胸に頑張るはずさ。だからアイシャさん、ボクたちは彼の分まで、このフェスティバルを最高の成功に導こうじゃないか」


「ええ……!本当にそうね。ありがとう、彩花さん」


 アイシャは心からの感謝を込めて微笑んだ。


 彩花は「さあ、ボクも鈴木君の分の書類整理を手伝うよ」と爽やかに袖を捲り、修の空席の隣にある椅子を引き寄せて座った。


 アイシャが書類へ視線を戻したその一瞬、彩花のブロンドの髪の隙間から覗く瞳の奥に、ガラス玉のように冷徹で、完全なる計算通りの満足感が一瞬だけ走った。


(ふふ……人間というのは本当に扱いやすいね。自分たちの都合の良いストーリーさえ提示してあげれば、どんなおめでたい嘘でも疑わずに受け入れてくれるのだから)


 彩花の手によって、鈴木修という人間の消失は、完璧な温かな嘘の中に隠蔽されたのだった。

 放課後。学園での作業を終えたアイシャは、同じく片付けを終えた彩花に優しく声をかけた。


「ねえ、彩花さん。せっかく転校してきたばかりだし、私たちの大切な隠れ家カフェにお招きしたいんだけれど、一緒に行かないかしら?」


「おや、いいのかい?ぜひ行ってみたいな」

 アイシャに連れられ、彩花は駅前通りにあるアンティークな隠れ家カフェへと足を踏み入れた。


 カラン、と心地よい鈴の音が店内に響き渡る。


「あ!アイシャ先輩!彩花先輩も一緒なんですね!こっちですーっ!」


 店の奥にある大きな猫脚の円卓から、二年B組の天野時子が元気に手を振っていた。テーブルを囲んでいるのは、時子の幼馴染である土屋理子、二年A組の美輪火燐、佐藤水琴の四人である。


「あら、アイシャちゃん。いらっしゃい……あら、そちらの素敵な方は?」


 カウンターの奥から顔を出したカフェのお姉さんが、温かな微笑みを浮かべて声をかけた。初めて顔を合わせるお姉さんを前に、アイシャは嬉しそうに微笑みながら彩花を紹介した。


「お姉さん、こんにちは。こちらは今年から私たちのクラスに転校してきた、嵐彩花さんよ。生徒会の仕事もすごく手伝ってくれていて、ぜひお姉さんにも紹介したくて連れてきちゃったの」


「はじめまして、嵐彩花だよ。アイシャさんたちにはいつもお世話になっているんだ。素敵な雰囲気のお店だね、お邪魔します」


 彩花が気品ある物腰で柔らかく挨拶を返すと、お姉さんは嬉しそうに目を細めた。


「そうだったのね、嵐さん。うちは隠れ家みたいな小さな店だけど、ゆっくりしていってちょうだいね。今、温かい紅茶を淹れるわ」


 お姉さんに温かく迎え入れられ、彩花は席へと促されて腰を下ろした。初対面でありながらも、どこか落ち着いた余裕と礼儀正しさを感じさせる彩花の佇まいに、お姉さんも好印象を抱いたような穏やかな笑みを向ける。


 芳醇な珈琲と紅茶の香りが広がる店内のアンバー色の温かな照明の下で、アイシャの張り詰めていた心がすっと解きほぐされていく。


「お姉さんの淹れてくれる紅茶は、本当に絶品なんだからね」


「みんな待たせてしまってごめんなさいね」


 アイシャが優雅な仕草で微笑むと、時子が目を輝かせて大好きなイチゴショートケーキの皿を引き寄せた。


「ううん!私たちも今来たところです!今日もテストのお直しが終わって、甘いものがどうしても食べたくなっちゃって!」


「ちょっと時子、あんたまたケーキ頼んだんか?こないだクレープ食うたばっかりやろ。そんなに甘いもんばかり食べてたら、ほんまに制服入らんくなるで」


 理子が呆れたように肘を突きながらツッコミを入れる。


「ふぇぇ!?大丈夫だもん!ちゃんとお部屋での腹筋を十五回に増やしたもん!」


「五回しか増えてへんやんか!それ絶対効果ないやつやろ!」


「ははは!いいじゃねえか理子!美味しいもん食って元気出すのが一番だぜ!」


 火燐が豪快に笑い声を上げ、水琴が静かに銀縁メガネのフチをくいっと押し上げた。

「ええ、糖分は脳のブドウ糖補給において極めて有効な物質です。ですが時子さん、摂取カロリーと消費エネルギーの物理的計算は怠らないようにしてくださいね」


 そんな賑やかで微笑ましいドタバタ劇が繰り広げられる中、アイシャは穏やかな表情でみんなへ切り出した。


「ふふ、みんな。実はね、生徒会の鈴木くんのことなんだけれど……」


「え?眼鏡の先輩ですか?」といいながら理子が首を傾げる。アイシャは彩花から聞いた温かな嘘を、そのまま優しい声でみんなに伝えた。


「ええ。ご家庭の急なご都合で、遠くの街へ急遽お引っ越しされることになったみたいなの。あまりに突然のことだったから、みんなに直接ご挨拶する時間が取れなかったそうなのよ」


「えぇーっ!?お引っ越しですかーっ!?」


 時子が驚いて大声を上げる。火燐も「マジかよ!挨拶もなしに行っちまうなんて、冷てえじゃねえか!」と悔しそうに声を張り上げた。


 しかし、水琴が「急な家庭の事情であれば、ご本人の意思ではどうにもならないケースが多々あります。それを考えると仕方ないかと」と論理的に納得し、理子も「せやな……不器用な先輩やったし、みんなに心配かけまいと思って黙っとったんかもしれんな」と頷いた。


「ええ……急なお別れになってしまって寂しいけれど、新しい場所でも彼らしく元気に過ごしてくれることを祈りましょう」


 アイシャの言葉に、時子たちも「はい!新しい学校でも頑張ってほしいですね!」と笑顔で頷き合った。


 少女たちは彩花が用意した温かな嘘を完全に信じ込み、自分たちの眩しい日常を守り切ったという安堵感の中に包み込まれていた。


「さあ、みんな!鈴木君の分まで、数日後のクリスマス・フェスティバルを大成功させようね!」


「「おーっ!!」」


 時子たちの元気な歓声が、アンティークなカフェの店内に響き渡る。


 その輪の中で、彩花は優雅にカップを傾けながら、カウンターの向こうで微笑むお姉さんへと穏やかな視線を向けた。初めて言葉を交わした店主であるお姉さんとの間に、ごく自然な親交の第一歩がこうして静かに築かれていく。未来に訪れる残酷な悲劇の影など微塵も感じさせない、穏やかな初対面のひとコマだった。


 だが、そんな温かな交流が繰り広げられる店内のあちこち――古いアンティークの食器棚の上や、ソファの陰、カウンターの隅に置かれている無数のぬいぐるみの中にウサギのぬいぐるみがひっそりと飾られていた。


 お姉さんはそのぬいぐるみについて特別な説明をすることはなく、ただ店のインテリアの一つとして自然にそこに置いていた。店主であるお姉さん自身がその理由を語ることは一切ない。


 だからこそ、薄暗い照明の下でガラス玉の瞳を不気味に光らせるウサギの存在は、温かな日常の風景に溶け込みながらも、どこか言い知れぬ底知れぬミステリアスな異質さを放っていた。


 少女たちが笑い合い、光に満ちた聖夜の準備を進めるそのすぐ足元で冷酷な秒針の音が、静かに、だが確実に刻まれ始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

時子ちゃん、たった5回増やしただけでは効果ないよ!増えるのは脂肪だけだよ!

と思ったものの、人のこと言えない私なのでした…_| ̄|○ il||li

魔法少女たちの運命が今後どうなっていくのか、ぜひ見届けていただけると幸いです!


【読者のみなさまへのお願い】

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次回、第二十五話もどうぞよろしくお願いいたします。

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