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『時間を止める大鎚と、消えていく私』クロノ・クロスフィア 〜Invisible pains〜  作者: 猫娘


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第二十三話「琥珀色のティータイム、漆黒の絶叫」

※この作品はダークな展開やシリアスな描写、ちょっと過激なスキンシップなどが含まれます)

 期末テストという学園生活における大きな山場を無事に乗り越えた鳳凰学園のキャンパスには、どこか胸を撫で下ろすような和やかで解放的な空気が満ちあふれていた。


 冬の訪れを告げる冷たい北風が街路樹の葉を激しく揺らし、落ち葉を舞い上げる放課後。夕空から橙色と紫紺の美しいグラデーションが差し込む駅前のアンティークな英国風カフェ『レトロ・アリス』。重厚なオーク材の調度品や磨き上げられた磁器が整然と並ぶ店内の奥にある大きな猫脚の円卓を、二年B組の天野時子、土屋理子、二年A組の美輪火燐、佐藤水琴、三年A組で生徒会長を務める風花アイシャ、そして同じく三年A組の転校生である嵐彩花の六人が囲んでいた。


「ふははは!見よ、この完璧なる答案用紙を!アタシの怒濤の気合いと根性、そして水琴と彩花先輩の教えの賜物だぜ!」


 火燐が豪快に胸を張り、赤点を余裕で回避した物理と数学の答案用紙を、パサリとテーブルの上に誇らしげに広げてみせた。


「ちょっと火燐、答案用紙をテーブルの上に広げんといてよ。せっかくのおいしいスコーンと紅茶が台無しになってまうわ。それに、ドヤ顔してるけど半分以上は水琴と彩花先輩のおかげやろ。自分一人やったら今頃補習室で頭抱えてのたうち回っとったくせに。ウチやって、数学の解法を彩花先輩に教えてもらわんかったら絶対に赤点まっしぐらやったわ」


 理子が呆れたように肘を突いてツッコミを入れつつも、その口元にはどこか安堵したような微笑ましい笑みが浮かんでいる。


「ふふっ、二人とも無事に追試をクリアできて本当に良かったわね。彩花さん、図書室でみんなの勉強を見てくれたんですって?生徒会の仕事で忙しいのに、後輩たちの面倒まで見てくれて本当に助かったわ」


 アイシャが豊満な胸元に手を当て、透き通った琥珀色のダージリンを注いだティーカップを優雅にソーサーへ戻しながら微笑んだ。


「火燐ちゃんたちに教えてあげてる時の彩花先輩、教え方もすごく丁寧で分かりやすそうでした!転校してきたばかりなのに、生徒会の仕事もお勉強もできちゃうなんて、本当にかっこいいですよね!まるで物語に出てくる王子様みたいです!」


 時子が頬をゆるませ、大好きなイチゴ大福クレープを幸せそうに口へ運ぶ。モチモチとした求肥の感触と生クリームの甘み、そして甘酸っぱいイチゴの果汁が口いっぱいに広がり、思わずうっとりと目を細めた。


「むふーっ、やっぱり甘いものは別腹だよねぇ〜!このモチモチの求肥と甘酸っぱいイチゴがたまらないよぅ! テスト勉強で疲れた頭が一気に癒やされていく感じがするよ!」


「ちょっと時子、あんたまた甘いもんそんなに頬張ってからに。こないだ特大パフェ食うたばっかりやろ。あんまり食べ過ぎたら、また制服のスカートのウエストがきつくなって泣くことになるで。ウチは知らんで」


「ふぇぇ!?大丈夫だもん!ちゃんと毎日お部屋で腹筋十回してるもん!だから太ったりしないもん!」


「十回って少なっ!それ絶対お腹のぷにぷに解消されへんやつやんか!腹筋十回なんて気休めにもならへんで!」


「おっ、どれどれ?ほうほう、確かにお腹のあたりがちょっと柔らかくてぷにぷにしてるかもな〜!どれ、アタシがチェックしてやるよ!」


「ひゃんっ!?もぉ、火燐ちゃん、急にお腹触らないでよぉ!くすぐったいよぉ!」


 火燐が面白がって時子の柔らかいお腹をぷにぷにと突っつくと、時子は顔を真っ赤にして身をよじり、テーブルの周囲は弾けたような明るい笑い声に包まれた。火燐自身、水琴に身体を解された時の感覚や皮膚に違和感を覚えていたが、みんなの前ではそんな素振りなど微塵も見せず、弾けるような元気な笑顔を振りまいていた。そんな微笑ましいドタバタ劇を見つめながら、水琴が静かに銀縁メガネのフチを指先でくいっと押し上げた。


「ええ、彩花先輩の論理的な教授法および状況把握能力は極めて優秀です。ですが……私の計算速度とデータベース構築能力も決して負けてはいませんよ。次の定期テストでは、より効率的な学習プログラムを展開してみせます。火燐さんと理子さんには、毎日二時間の徹底的な暗記カード演習を義務付けます」

「えぇーっ!?毎日二時間!?それは勘弁してくれよ水琴〜っ!」


 火燐が頭を抱えて悲鳴を上げ、カフェの中には再び温かな笑い声が広がった。


 そんな和気あいあいとした少女たちの明るい会話が弾む中、ブレザーのポケットの中で小刻みに微振動が走った。


 同じテーブルで静かに紅茶を味わっていた彩花は、笑顔を崩さぬまま、テーブルの下で端末の画面をごく自然な動作で一瞬だけ点灯させた。


 画面に表示されたのは、彼女の監査パートナーであるウサギのぬいぐるみ――『ウサ子』からの暗号化された定期暗躍報告だった。


『被験体(鈴木修)、旧校舎裏手の路地へ移動完了。周囲に人影なし。深刻な心理的孤立状態を確認』


 液晶に浮かんだテキストを瞬時に視認した彩花は、周囲の少女たちに微塵も悟らせることなく、瞳の奥に冷たく澄んだ光を走らせて画面を消した。そして、手元の腕時計をスッと一瞥すると、ブロンドの髪を軽く揺らして優雅に立ち上がった。


「おや、もうこんな時間だね、みなさん。楽しそうなところを邪魔して悪いけれど、ボクは少々生徒会の残り仕事と用事があるから、これで失礼するよ。アイシャさん、また明日生徒会室で会おう」


 宝塚の男役を思わせる洗練された仕草で手差しを向ける彩花に、アイシャは優しく頷いた。


「ええ、彩花さん。今日も手伝ってくれてありがとうね。気をつけて帰るのよ」


「ありがとう。では、みんな良い放課後を」


 彩花は気品漂う静かな足取りでカフェを後にした。


 賑やかなカフェの空気とは対照的に、街の喧騒から遠く離れた鳳凰学園の旧校舎裏手。夕闇が急速に深く覆い被さる路地裏の影に、一人の男子生徒がぽつんと立ち尽くしていた。


 三年生で生徒会書記を務める『眼鏡先輩』こと、鈴木修である。


 冬の冷たい風が渡り廊下を吹き抜け、枯れ葉をかさかさと音立てて舞い上げていく。分厚い銀縁メガネの奥で、彼の瞳は激しく泳ぎ、手にした通学鞄の取っ手を指先が白くなるほど強く握りしめていた。


 胸のポケットには、クリスマス・フェスティバルの巨大ツリーの準備を終えたあの夜、意を決してアイシャに「本番の夜、旧校舎横のベンチで待っています」と告白の約束を取り付けた一通の手紙が、いまも震える手つきの温もりを持ったまま仕舞われている。


(あの夜……僕は勢いにまかせて、アイシャさんに『大切な話がある』と約束を取り付けてしまった……。だけど……僕なんかが、あんなにも眩しく気高きアイシャさんに想いを伝えて、一体どうなるというんだ……?)


 修の脳裏に消え失せぬ記憶として鮮明に浮かび上がるのは、二年近く前――一年生の春に生徒会室の扉をたたき、アイシャと出会った日のことだった。


 当時のアイシャは、可憐で控えめな美しさをたたえた同級生の少女だった。自分と同じ目線で微笑み掛け、雑務を引き受ける修に「いつもありがとう、鈴木くん」と温かく包み込んでくれたあの女神のような笑顔。自分と同じ地平に立ち、優しく接してくれる彼女に、修の青春の全ては捧げられていたのだ。


 だが、二年生となり、彼女が生徒会長に就任した頃から、その関係性は残酷な変化を遂げていった。


 まるで神様の気まぐれか奇跡かのように、わずか数ヶ月の間にアイシャの気品は際立ち、誰もが息を呑むような規格外の美しいプロポーションと、誰も寄せ付けない絶対的な神聖さを纏うようになっていったのだ。かつて等身大で隣に並べていたはずの可憐な少女は、一瞬にして全校生徒がひれ伏す「完璧で高嶺の花」へと変貌してしまった。


 美しく洗練されていくアイシャを見つめるたび、修の胸の高鳴り――男としての愛おしさと恋情は狂おしいほどに膨れ上がった。しかし、それとまったく同じ勢いで、逃げ出したいほどの絶望的な劣等感が彼の心を押し潰していったのだ。


(あんなにも美しく、完璧な女性になってしまったアイシャさん……。それに比べて、僕はどうだ……?一年生の頃から何も変わらない、不器用で地味な眼鏡の書記に過ぎない……。最近の彼女がふと見せる儚げな横顔や、僕には決して踏み込ませてくれない深い秘密の領域……。彼女の隣に立つ資格なんて、僕には最初から無かったんだ……!)


 修は握りしめた自分の拳を凝視した。指先が真っ白になるほど強く握りしめられた爪が掌に食い込み、小さな痛みが走る。


 どれだけ生徒会で書類を整理し、彼女のために尽くしても、彼女が本当に心を許し、真の笑顔を見せているのは下級生たちとの秘密の絆の中だけだ。約束をしてしまったことへの歓喜と、それ以上に大きく押し寄せる圧倒的な引け目。


(もし断られたら……いや、断られるだけならいい。僕のような男に告白されたということ自体が、今のアイシャさんの完璧な履歴と気品に泥を塗り、彼女を困らせてしまうんじゃないか……? 僕は最初から、彼女の美しい世界に入り込んでいい人間ではなかったんだ……!)


 自嘲気味に笑い、冷え切った両手で顔を覆う修。自分の存在そのものが無価値であるかのような深い暗闇に沈み込んでいた、その時だった。


「……ふふ、素敵な苦悩だね、鈴木君」


 静寂を切り裂き、暗闇の奥からぬっと姿を現したのは、先ほどカフェを出たはずの嵐彩花だった。


「彩花……さん?なぜこんなところに……それに、生徒会室の仕事は……」


 修が呆然と声を漏らす。彩花はブロンドの髪を月光に揺らし、まるで哀れな劇の演者を見つめるかのように美しく、冷酷な笑みをたたえていた。


「約束をしたというのに、己の無力さと劣等感に苛まれ、自らその手を離そうとしている……。君が抱えるその深い孤独と、アイシャさんへの一途で歪んだ情念……実に素晴らしい『歪み』だ。聖夜の舞台を彩る、絶好の糧になっておくれ」


「え……?なにを……何を言っているんだ、彩花さん……!?」


 あまりの浮世離れしたセリフと、彩花の瞳に宿るゾッとするほど冷たい殺気に、修は本能的な恐怖を覚えて後ずさりした。しかし、背後は古びた旧校舎の冷たいレンガ壁が行く手を阻んでいた。


「さあ、誇るといい。君のその哀れな絶望が、世界の輪郭を繋ぎ止める礎となるのだからね」


 彩花が冷徹な瞳でパチンと指を弾いた。

 次の瞬間、足元の影がドロリと黒い泥のように蠢き出し、無数の不気味なウサギのぬいぐるみたちが赤い目を怪しく光らせながら影の中から這い上がってきた。それらは修の足首や腕に群がり、冷酷な力で彼の身体を拘束していく。


「な、なんだこれは!?影が……放せ!放してくれぇぇっ!」


 修が狂ったように腕を振り払い、暴れようとするが、ウサギたちの小さな手足はコンクリートのように重く、修の肉体を冷たい暗闇の渦へと引きずり込んでいく。


「安心するといい、鈴木君。君の想いは、ボクが最高の形で昇華させてあげるよ」


 彩花が手をかざすと、空間そのものがぐにゃりと歪み、漆黒と深紫の混ざり合った異界の瘴気が修を丸ごと包み込んだ。


「あ……あぁぁぁぁっ!?アイシャさぁぁぁんっ!!」


 修の悲痛な叫び声が、夜の静寂の中に虚しく吸い込まれていく。胸のポケットに入っていた手紙が滑り落ち、冷たいコンクリートの上へ寂しく舞い落ちた。


 漆黒の瘴気が晴れた時、そこには鈴木修の姿も、ウサギたちの影も形も消え去っていた。


 ただ、落ちていた通学鞄と、くしゃくしゃになった手紙だけが冷たい夜風に吹かれている。


 彩花はその誰もいなくなった路地裏を見下ろし、地面に落ちた手紙を踏みつけることもなく、ただ美しく残酷な微笑を浮かべた。


「ふふ……聖なる夜の、最高の舞台が整ったよ」


 暗闇の中、冷酷な秒針の音だけが、少女たちの眩しい日常のすぐ裏側で静かに刻まれ始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

モブから昇級した眼鏡先輩こと鈴木くん。

その考えはス〇ーカーになっていくんじゃ……

まぁ、いいや |ω・`)ジーッ

魔法少女たちの運命が今後どうなっていくのか、ぜひ見届けていただけると幸いです!


【読者のみなさまへのお願い】

もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、ページ下部の【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】をいただけますと、執筆の大きな励みになります!

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次回、第二十四話もどうぞよろしくお願いいたします。

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