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『時間を止める大鎚と、消えていく私』クロノ・クロスフィア 〜Invisible pains〜  作者: 猫娘


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第18話「交錯する疑問と、カフェの裏側に潜む歯車」

※この作品はダークな展開やシリアスな描写、ちょっと過激なスキンシップなどが含まれます

 修学旅行の熱気と喧騒が過去のものとなり、秋風が黄色く色づいた銀杏の葉を舞わせる鳳凰学園には、再び落ち着いた日常が戻っていた。


 京都の古刹で触れた歴史の重みも、大阪の活気ある街並みで味わった喧騒も、すべては心地よい思い出として生徒たちの心にアルバムのように仕舞われていく。季節は秋の深まりから、着実に冬の足音へと向かっていた。


 放課後。

 薄橙色に染まり始めた校門のあたりで、三年生の風花アイシャが、二年生の美輪火燐、佐藤水琴、天野時子、土屋理子の四人と合流し、いつもの駅前通りへと歩みを進めていた。


 並んで歩く道すがら、火燐が買い食いの温かい肉目をほくほくと言いながら口に運び、ふと思いついたように大きく息を吐き出して声を上げた。


「ねえねえ、前から気になってたんだけどさー。アタシたちのあの契約パートナーの奴ら、まったく姿を見せないよな?契約したはいいけど、影も形もないってすごくないか?」


「……火燐さん。今なんと仰いましたか?」


 隣にいた水琴がピクッと敏感に眉を反応させ、クイッと銀縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。その瞳には、隠しきれないオタクの情熱と、長年温めていた考察欲の炎が激しく宿っている。


「え?いや、だからさ。契約した時にいた、あの小動物みたいなマスコットの奴らだよ。あいつら普段どこにいんのかなって思ってさ」


「素晴らしい着眼点です、火燐さん!まさにそれこそが、この現実に課せられた最大の構造的異質性と言えます!」


 水琴の急なテンションの跳ね上がりに、時子と理子は「また始まった……」という呆れと苦笑いが入り混じった顔で、思わず半歩後ろに身を引いた。


「そもそも!魔法少女という一大ジャンルにおいて、マスコットおよびパートナーの存在形態は大きく分けて三つの基本フォーマットに分類されます!」


 水琴は人差し指をピッと空中に突き立て、得意の早口でマシンガントークを開始した。


「第一に『居候・コメディリリーフ型』!主人公の自室やバッグの中に潜み、日常パートではコミカルな賑やかしを担当しつつ、時に世界観の解説を行うタイプです!第二に『変身アイテム一体・常時携行型』!マスコット自体が端末やアクセサリーに変化し、常に肌身離さず寄り添うタイプです!そして第三に『召喚・緊急導き手型』!普段は別次元の異界に待機し、危機的状況下でのみ通信や召喚で介入するタイプです!」


「お、おう……なんか、すっげえ詳しいな、水琴……」


 火燐が少し引き気味に頷くと、水琴はフッと冷ややかな、しかしどこか誇らしげな笑みを浮かべて眼鏡をきらりと光らせた。


「しかし!私たちのパートナーは、そのいずれのフォーマットにも一切当てはまりません!私たちが魔法少女としての絶大な力を貸していただいたというのに、日常での会話もなければ、異界からの通信すら存在しません。それどころか、存在の気配すら完全に遮断されているのです!物語の構造としても、アニメの構成としても、極めて不自然と言わざるを得ません!つまり……彼らは意図的に『日常世界への干渉を遮断されている』、あるいは『表の世界に出て来られない重大な理由』が存在すると見るべきです!」


「……水琴ちゃん、知識の癖が強すぎるよぉ」


 時子が苦笑いしながら頭をかくが、その表情のどこかには、水琴の考察とは別の意味で、胸のつかえるような不安が澱のように沈んでいた。


 その時、理子が思い詰めたような、いつもより少し低い声で口を開いた。


「……なあ。パートナーが出てこえへんのも確かに変やけどさ、ウチら自身の『体』のことも……そろそろちゃんとお互いに話した方がええんとちゃうか?」


 理子のその一言に、和やかな雰囲気がふっと引き締まり、五人の足取りがわずかに緩んだ。


「実を言うとな……ウチ、最近急に右手が固まって動かなくなる瞬間があるねん。修学旅行の時もそうや。みんなでワイワイ土産物屋を見て回っとる時、急にツッコミ入れようとして腕を伸ばしたら、時々肘から先がカチリと硬直してもうて……。痛いわけやないねんけど、まるでそこに意思のない鉄の棒が入ったみたいに、まったく力が入らんくなるんや」


「えっ……理子、それ本当……!?」


 火燐が大きく目を見開く。すると、今度は水琴が気まずそうに、気まずげに視線を足元へと落とした。


「……実は、私もです。最近、言葉や専門知識、ごく日常的な単語すら、一瞬すっぽりと頭から抜け落ちることがあります。修学旅行のしおりをどこにしまったかの件もそうですし、さっきまで思い出そうとしていた歴史用語や、朝食のメニューの名前すら思い出せなくなる瞬間があるのです。脳の回路の一部が、まるで綺麗に切り取られたかのように……」


「ええ……!?水琴ちゃんまで……?」


 時子が青ざめる。だが、その時子自身もまた、どこか落ち着かない様子で、自分の両手の手のひらをじっと見つめていた。


「私ね……修学旅行の時、京都の神社で迷子の男の子を交番に届けた時もそうなんだけど……たまに、周りの人に気づかれにくくなってる気がするの。私の声や、私がそこにいるという気配が、みんなの意識からスルスルと滑り落ちていくというか……誰も私を見ていないような、透明になっていくような感覚があるの」


「あたしも……実はさ」


 火燐は自分の左腕をかばうように、包帯の巻かれたあたりをそっと左手で撫でた。


「仔猫を助けた時の擦り傷もそうだけどさ、そのあとに負ったちょっとした怪我も、ぜんぜん塞がらなくて……。それどころか、最近は傷口がチリチリと焼けるように痛むこともあるんだ。……でもまあ!アタシの気合いと根性があれば、こんなのへっちゃらだけどな!」


 火燐はニシシと八重歯を見せて豪快に笑ってみせたが、その包帯を握りしめる指先には、密かに痛みを押し殺す強い力がこもっていた。


「私の場合はね……」


 最年長のアイシャが静かに己の胸元に手を当て、伏し目がちに呟いた。


「この契約を結んでから手に入れた、あまりにも過剰なこの体格と、周囲を圧倒する美貌……。そして、誰もいないところで、ふと鏡を見たときに肌に浮かぶ、摩耗のような疲労の痕跡。まるで、身体の内部から、命のエネルギーそのものが音もなく削り取られていっているような……そんな恐ろしい感覚に襲われることがあるの」


 静まり返る夕暮れの通学路。


 五人は立ち止まり、これまで一人で抱え込み、誰にも言えずにいた「小さな違和感(前兆)」を、初めて互いに打ち明け合った。


「これって……私たち、全員に何かが起きてるってことよね」


 アイシャの静かな呟きに、水琴が学者然とした真剣な表情で顔を上げ、自らの仮説を口にする。


「ええ……確信は持てませんが、ここで一つの大きな仮説が立てられます。私たちが魔法少女として、あの異形の敵に対して巨大な力を振るうたびに、その『反動』や『過剰な魔力使用による副作用(オーバーヒート)』が、私たちの肉体や精神に負荷として蓄積されているのではないでしょうか」


「過剰な負荷の副作用(オーバーヒート)……?じゃあ、魔法を使えば使うほど、体に疲れやダメージが溜まっていくってこと?」


 火燐の問いに、水琴は「あくまで論理的推論ですが」と前置きして力強く頷いた。


「はい。私たちが行使する魔法は、物理法則を無視した莫大なエネルギーを伴います。その強力な出力を持つ現象を引き起こす代償として、肉体がそのエネルギーの流れに耐えきれず、一時的な歪みや疲労を生じさせている可能性があります。」


「……特にアイシャ先輩の場合、私達よりも一年前から、たった一人で魔法少女として戦い続けていらっしゃいます。その分、魔力の使用回数と蓄積された負荷が他の方々よりもはるかに長期にわたっているため、身体の摩耗や重さがより顕著に現れていると考えられます。」


「一年前からの蓄積……なるほどな。変身して戦うこと自体の反動か。アイシャ先輩が一番長く、私たちの知らないところで戦ってくれてた分、負担も大きかったんやな……。パートナーの奴らも、余計なことを喋って心配かけんように、あえて姿を隠してんのかもしれんわ」


 理子が悔しそうに自分の右手を握りしめる。


 自分たちに起きている異様な症状の原因が「魔法の使いすぎによる一時的なオーバーヒート(負荷・副作用)」であり、最年長のアイシャは1年間の蓄積ゆえに症状が深いのだという仮説に、全員が一定の納得を示した。


 だが、それが意図的に仕組まれた悪質極まりない「契約の代償」であり、取り返しのつかない崩壊への第一歩であるという恐ろしい事実にまでは、まだ誰も思い至っていなかった。


「……考えても、今はこれ以上の答えは出ないわね。でも、お互いに無理をしすぎないように、これからはもっと気をつけ合いましょう」


 アイシャの優しい言葉に、全員が引き締まった、しかしどこかホッとしたような表情で頷き合った。重い空気を振り払うように、五人は再び目的地である、あのアンティークなカフェの扉へと歩き出した。


「いらっしゃい、みんな」


 カラン、と心地よい鈴の音を鳴らして店内に入ると、カウンターの奥からカフェのお姉さんが、いつもの柔らかな、すべてを包み込むような微笑みで迎えてくれた。


 店内に広がる淹れたてコーヒーの芳醇な香りと、アンバー色の温かな照明に包まれ、五人はいつも決まったテーブル席に腰を下ろすと、修学旅行の土産話や学校のたわいない出来事で、先ほどの重い空気など嘘のように大いに盛り上がった。


 けれど――。


「……っ」


 楽しい談笑の最中、お客さんに出すグラスを運ぼうとしたお姉さんが、急に大きく身体をよろめかせ、カウンターの縁に両手をついて、その場に崩れるように身体を折り曲げた。


 その顔面は紙のように真っ白で、額には玉のような冷や汗がびっしりとにじんでいる。


「お姉さんっ!?」


 一番近くにいたアイシャがハッと椅子から飛び上がり、真っ先に駆け寄ってその細い身体を支えた。他の四人も笑顔を瞬時に消し、慌ててカウンターへと寄り添う。


「大丈夫ですか……っ?顔色がすごく悪いですよ……!」


「ごめんね……ちょっと、急に立ちくらみがしただけだから……。心配かけちゃったね、みんな」


 お姉さんはかろうじて気丈に微笑んでみせたが、その声はか細く震え、立っているのすらやっとの様子だった。痛む節々をかばうように自分の両手を抑えるその仕草に、アイシャの胸が痛烈に締め付けられる。


「ダメです、これ以上は……!今日はお店を閉めて、早くお医者さんに行ってください!」


「そうやで、お姉さん。顔色真っ青やし、もう限界やんか!」


 理子の真剣な声に、水琴たちも強くうなずく。


「みんな、ありがとう……。本当にただの疲れだから、今日はもうおしまいにして、みんなはゆっくり帰りなさいね」


 お姉さんの優しい気遣いに促され、これ以上迷惑をかけるわけにいかないと判断した五人は、後ろ髪を引かれつつもその日はいったんお店を後にすることになった。


 閉店の看板が出され、静まり返ったカフェのバックヤード。


 お姉さんは制服の上着を脱ぎ、私服のカーディガンを羽織りながら、山のように積まれた未処理の伝票とパソコンの画面に向き合っていた。


「……はあ、まだこれだけの仕事が残ってる……」


 激しい頭痛と全身の倦怠感を必死に堪えながら、キーボードを叩く指先が細かく痙攣する。無理を重ねる身体にムチを打ち、作業を続けようとしたその時――。


「だめよ…お姉さん、もうこれ以上は働かないで……!」


 私服に着替えたアイシャが、心配でこっそり戻ってきたのだろう。バックヤードの入り口に立ち尽くし、その美しい瞳には大粒の涙が浮かんでいた。今にも泣き出しそうな顔で、アイシャはお姉さんのそばに駆け寄り、震える両手でその冷たい手をそっと包み込む。


「お願い、そんなに無理しないで……!私、お姉さんがそんなにボロボロになりながら頑張ってる姿を見るの、耐えられないの……っ。お願いだから、休んで……!」


 あふれ出た感情を抑えきれず、アイシャの声が咽び泣きに混じる。普段は学園の生徒会長として完璧な美しさと気高さを誇る彼女が、この場所でだけは見せる、まるで見捨てられた子供のような無力な涙だった。


 お姉さんは困ったような、しかしそれ以上に愛おしむような、深い優しさに満ちた眼差しをアイシャに向けた。そして、ゆっくりと立ち上がると、アイシャの華奢な体をそっと優しく抱きしめ、その背中をゆっくりと労わるように撫でた。


「大丈夫よ、アイシャちゃん。そんなに心配させてごめんね。私はただ、少し季節の変わり目で疲れが出ただけだから。ね?これからはちゃんと休むから、そんなに泣かないで」


 安心させるように穏やかな嘘を紡ぎ、お姉さんは優しく微笑んでみせた。


 その温もりに包まれ、アイシャは安心したように小さくうなずき、名残惜しそうに家路へと促されていった。


 アイシャの足音が遠ざかり、完全に静まり返った夜のカフェ。


 温かな明かりの消えたカウンターの背後、アンティーク調の棚に並ぶ無数のぬいぐるみたちが、カタリ、と不気味に音を立てて微動した。


「……ククク」


「……順調、順調」


「……すべては計画通りに」


 ぬいぐるみたちの縫い合わされた口が裂けるように不気味に動き、湿ったノイズのような声が暗がりの中で重なり合う。


 次の瞬間、店内の空気がひときわ冷たく歪み、闇の奥底へと繋がる通信の回路が開かれた。


 ぬいぐるみたちは即座にその場にひれ伏し、畏まるように頭を垂れる。


「……報告いたします。契約者たちの歪み、ならびに観測データの蓄積……すべて予定通りの数値で推移しております」


 ぬいぐるみの一体が、闇の向こう側に潜む『何者か』へ向けて恭しく告げた。


 闇の奥から返ってきたのは、低く澄んだ、耳に心地よく響く――だが、一切の感情の通わない中性的な美声だった。


『――ご苦労様。随分と順調に間引きが進んでいるみたいだね』


「はっ。欠損と代償の浸食は不可逆。何一つ疑うことなく、彼女たちは我々の提示した舞台の上で踊り続けております」


『結構。なら……そろそろ、僕直々に“監査”する頃合いかな』


「……監査、でございますか?」


『ええ。現地での収穫の精度、そして環境の適応状態……机上のデータだけでは分からない細部を、この目で直接確かめておく必要があるだろう?ちょっとした現場視察のようなものさ』


 オブラートに包まれたその言葉の裏には、逃れられぬ運命を弄ぶような底知れない冷酷さが潜んでいた。


『近々、そちらの表世界に直接足を運ぶことにするよ。受け入れの準備を整えておきなさい』


「御意に……。おいでを心よりお待ちしております」


 通信が途絶え、カフェに再び完全な静寂が戻る。


 ぬいぐるみたちはガラス玉の瞳をギラリと光らせ、棚の上で不気味に沈黙した。


 運命の歯車は、少女たちのあずかり知らぬ場所で、静かに、けれど確実に狂い始めていく。


 夜の静寂の中、ゆっくりと忍び寄る不穏な影。


 少女たちが疑いもしない「温かな日常」の裏側で、新たな歪みの幕が密やかに上がろうとしていた――。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

隠し続けていた秘密を打ち明けて話し合った五人。

お互いの状態を知ったことで一つの仮説が生まれましたね。

お姉さん、働き過ぎは身体に毒ですよ!。

私は皇帝液で突き進みますщ(゜д゜щ)カモーン

魔法少女たちの運命が今後どうなっていくのか、ぜひ見届けていただけると幸いです!


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次回、第19話もどうぞよろしくお願いいたします。

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