5.第一王子の暗殺計画②
「降りなさい」
有無を言わさぬ女性の声に従い、エリクは震える足で馬車を降りた。
目隠しが外されると、そこには人気のない林道だった。エリクの前にはアナスタシアの姿があった。
「ティロル嬢……?」
目を丸くしたエリクに、「ごきげんよう」とアナスタシアは首をすくめた。
アナスタシアに多少の罪悪感がないわけではなかった。だが、エリクを拉致してここまで運ぶのを、ロベルトの従者に見られるわけにはいかなかった。もし少しでも計画が漏れれば、エラの未来が破滅に向かう。
エラのためだ。そう自分に言い聞かせ、アナスタシアはエリクへ視線を向けた。
「ロベルトから受取った包を出しなさい!」
アナスタシアが語気を荒げると、エリクは肩をビクッと震わせた。エリクには逃げることも、抵抗することも許されていなかった。震える手でポケットを探り、エリクは例の包みを取り出した。
「さて、よく見ていなさい」
アナスタシアはエリクから包みを取り上げると、従者が用意した銀杯に粉を注ぎ、そこへ水を混ぜた。しばらくすると、銀杯の内側が黒く変色した。
「な、これは……」
「ヒ素よ。特待生のあなたなら、知っているわよね?」
その一言はエリクを凍りつかせるのに十分だった。エリクはアナスタシアと目を合わせられず視線をそらした。
「あなた、これをパトリック様に飲ませるつもりだったの?」
「そ、そんな……ロベルト様には、薬だと言われました。病に効く薬だと……まさか、そんなはずが」
エリクの声は上ずり、最後は言葉にならなかった。口をパクパクと動かすばかりで、言葉が出てこなかった。
「あなたに起こることを、予言してあげましょう」
アナスタシアは笑顔を浮かべてエリクへと近づいた。
「ヒ素でパトリック様を毒殺したあなたは、王子殺しの殺人犯となります。そして、あなたはロベルトに殺されます。要は口を封じですね。その後、あなたの一族は全員、王族への反逆罪で処刑されましたとさ。めでたしめでたし」
エリクはがくりとその場に崩れ落ち、地面に両手をついた。
「そんな……そんなことって……」
「これが、あなたの望んだ未来かしら?」
エリクの表情は虚ろで、焦点が合っていなかった。父の借金を返すためだったはずが、待っているのは自身と一族の破滅だった。
「助けてあげましょうか?」
崩れ落ちたエリクに、アナスタシアは静かに微笑みかけた。
「お願いします……お願いします、助けてください!」
エリクは縋りつくように、アナスタシアの足元をつかんだ。もはやエリクにとって、アナスタシアしか頼れる者がいなかった。
「いいですよ。それなら、私の言う通りにしなさい」
アナスタシアは懐から、小さな包みと封蝋の施された封筒を取り出した。
「コーヒーにはこちらを入れなさい。そして、これをパトリック様にお渡しして。コーヒーを飲む前に渡すのですよ」
エリクは震える手でそれらを受け取った。アナスタシアは念のために、こう付け加えた。
「中身は毒ではありません。あなたを救うための、そしてパトリック様をお守りするためのものです。手紙はパトリック様に必ず渡すのですよ。決して他言せず、誰にも見られぬよう気をつけなさい」
「は、はい……!」
エリクは何度も頷きながら、包みと手紙を制服の胸元へしまい込んだ。エリクの瞳には微かに光が戻っていた。
アナスタシアは従者を呼ぶと、エリクを馬車で送るように命じた。
「あなたを、カフェの手前まで送らせます。くれぐれも、慎重に行動しなさい」
「はい……ありがとうございます」
馬車が動き出し、林の陰に消えていくのを見送りながら、アナスタシアは深く息を吐き出した。夕焼けがアナスタシアの横顔を照らした。
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