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依然としてルキナは見つからないまま時は過ぎていく。
あの後、アリアはルキナの家を何度も訪れたが帰って来ている様子は無かった。
玄関の鍵は開けっぱなしで軽く中を覗いても変化は無い、あの日から時間が止まっている。
住人二人をいっぺんに失ってどこか寂しげな家は衰弱していくみたいに朽ちていくのだろう。
何の手掛かりも得られずその家をアリアは後にする。
仕事も辞めてしまったようだし完全に手詰まり、何処かで無事にしてくれているならいいけど状況が状況だけに期待は薄そうだ。
その苦しみはアリアも十分理解している、だからなんとなく分かる、彼女が今どんな状況なのか。
きっと支配している感情は怒りだ。
母を殺した者に対する怒り、こんな理不尽を押し付ける神とか言う存在にだって怒れてしまう。悲しみを別の感情で掻き消そうと散々に怒って孤独になったら自暴自棄に陥る。ルキナがアリアと同じ結末に行き着くかは分からないが一人だときっと悪い考えが延々と渦巻くだけだから誰かと一緒に居てくれればとアリアは願った。
肩を落として家まで戻ったアリアを出迎えてくれたのは思いもしなかった顔だった。
「‥‥‥ルキナ?」
ここ数日、消息を絶っていた人物が突然目の前に現れた。
「アリア」
そして何事も無かったかのように微笑む。
元気でいることを望んでいた筈なのにその笑顔に少しも安心出来なかった。
乗り越えたでも強がっている様にも見えないその笑みの源泉が何なのか、理解出来ず恐ろしさすらある。
とにかく話をする為にお茶を出すも手をつけずにルキナが切り出す。
「謝らないといけないことがあってここに来たんだ」
「何? 謝らないといけない事って」
ルキナは肩にかけていた鞄をテーブルの上に置いて開く。中にはお金が詰まっていた。
おそらくアリアが貸したお金だろう。
「ちょっと使っちゃったけどほとんど手はつけてない。返すよ」
「‥‥‥そう」
「本当は全部返さないといけなかったんだけど‥‥ごめん、返せそうにない」
「どうして?」
「私さ、やらないといけないことが出来たんだ。それで、あんたとはもう会えなくなるから」
「何? やらないといけない事って」
「やり残した仕事かな、とっても大事な仕事」
「だから、どんな仕事なのか教えてよ」
曖昧にして濁そうとしているのに一向に引き下がらないアリアにルキナは何かを悟ったようにため息を吐く。
「‥‥そっか、そうだよね。あの所長、何もかも見通してそうだし」
そこでルキナから笑顔が消えた。
「知ってるんでしょ? 私が何をしようとしてるか」
「警察がちゃんと調べてくれてるからすぐに犯人も捕まる、あなたが動く必要なんて無い」
「私は犯人が捕まることなんて望んでない」
それはきっと憎い犯人が自由のままでいる事を望んでいるのでもないのだろう。
気持ちは分かるけど駄目、なんて正論はアリアの口からは言えない。
多分それが正常な反応だ。
家族を殺されて、それを行った犯人が多少自由を制限されただけの環境で生きながらえるなんて許せない。
アリアを襲った犯人が生きていれば実行するしないは置いておいて同じ考えに行きついたに決まっている。
「でもそれ以上を望んで不幸になるのはルキナなんだよ」
「外側にいるあんたから見たらそうなのかもね。でもさ、私は憎い奴を死にたくなるくらい痛め付けるのを想像したら楽しみで仕方ない。後に待ち受ける面倒と差し引きしても幸福の方が勝ってる」
そんな物騒な言葉と共に席を立つ。どんな説得も聞き届けてはくれないだろうとアリアは思った。
そこにいるのはもうアリアの知っているルキナじゃない。元々のルキナは悪ぶってはいたけど芯の部分にあった優しさが人を傷付ける事に恐怖を生じさせていた。アリアに刃物を突きつけた瞬間の怯えも人の痛みにちゃんと共感することが出来ていた証拠。
だが今のルキナにそれは無い。
自身の強すぎる痛みのせいで他者の痛みを嗤えるようになってしまっている。
言葉では無理だと悟ったアリアは扉の前に立つ。
「どいて」
「どかない」
「‥‥あんたは私の母さんを殺した人間を助けるの?」
「そうじゃない。私が助けたいのはあなた」
「ほんとお嬢様だよね」とルキナは呆れて見せる。
「やめてくれるそういうの、自分勝手な善意の押し付けって迷惑なだけだから。自分の正しさが正解だなんて思い上がりもいいとこだよ」
「自分勝手は百も承知よ、でも多少強引にしなきゃ聞く耳持たないでしょ。私がそうだったからよく分かる、何かに捉われて出した答えなんて後で冷静になって考えれば恥ずかしくなるようなものばかりなんだから」
「そう‥‥‥でも私はもう引き返せないから」
「そんな事ない! 立ち止まって一緒に考えよう、そうすればもっと良い答えが見つかるから」
「今更立ち止まれないって。だって私はもう人を殺してるんだから」
「え‥‥」
「母さんを殺した殺し屋を二人、銃で頭を撃ち抜いてやったんだ。そいつらが最後すごい泣き喚いてさ、それがとっても可笑しかったんだよね。いい様だと思った、凄くすっきりした‥‥‥ほら、こんな私、もう終わってるでしょ?」
そう言って自分の手を見るルキナは儚げ。アリアにとって白く綺麗にしか見えないその手もルキナには赤黒く穢れて見えているのかも知れない。
何も答えられず驚きに固まるアリアの腕を掴んだルキナは「ごめんね」と囁く。
次の瞬間、アリアは強く腕を引かれ体勢が崩れたところに足を引っ掛けられ無様に床に転ぶ。
「あと一人、いや二人かな、殺さないといけない奴がいるから」
遠ざかって行くルキナの背中にアリアは最後の足掻きをする。
「約束したよね、お金全部返すって。こんな中途半端に終わらせるなんて許さないから。
約束も守らずに勝手にいなくなるなんて絶対に許さないんだから!」
足を止める事なくルキナは去って行った。




