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「嘘よ、ヴァンス先生がそんな真似する理由が無い!」
咄嗟にルキナは否定した。
先生はいつも母の事を気に掛けてくれていた。
少しの様子の変化でも遠慮せずにすぐ知らせて欲しいと親身になって寄り添ってくれた。
命を救う医者という職業に就いている先生が患者の命を奪うはずが無い。
本当は依頼者なんていないんだ、自分達の罪を少しでも軽くしようと架空の依頼人を作り上げようとしてるだけ。
そんな小細工に怒りはさらに加速する。睨み付けながらルキナが歩み寄ると酷く怯えた様に男は小さく悲鳴をあげた。
恐怖。人を殺して金を稼ぐ様な男がただの子供であるルキナに恐怖している。
嘘じゃないと涙ながらに訴えている。
まるで被害者みたいに弱者を装うその姿に吐き気を覚えた。
言葉の真偽はどうあれ確定していることがある。
この男達が母を殺した、それは事実。憎しみをぶつけるべき相手が目の前にいる。
どうしたいんだろう?
ルキナは自問する‥‥振りをした。
答えなんて一つしかない、だけどその答えは簡単に導き出してはいけないとされている。
あっさり決断出来てしまうのは人として壊れてしまっているみたいで普通の振りをして考えてみたけどそれ以外の答えなんてどれも許容し難い。
罵声を浴びせて痛め付けたって警察に引き渡したってこいつらは生きながらえてしまう。
答えなんて一つしか存在しない。
物音が聞こえて見ると机の上にはナイフと拳銃が置かれていた。
「苦しめたいならもっと適した道具も用意出来るけど?」
拷問も選択肢の一つとして用意してくれるらしい。
とことんまで痛め付けてやりたい気持ちはあるがルキナは男達の絶望の表情で満足出来てしまった。
そんな事よりはっきりさせたい事がある。
ルキナはナイフを掴んで男の太腿に突き刺す。
「誰に依頼された?」
悲鳴を上げながらも返ってきた答えはやっぱりヴァンス先生の名前。
「嘘言わないで」
もう一人の男にも同じようにしてみるがやっぱり同じ答えが返ってくる。
「本当の事を言え!」
次は眉間に拳銃を押し当てる、すると「嘘は言ってない」と声を振るわせ泣いていた。
ルキナはこのまま引き金を引いてしまおうと決意していたのにいざその瞬間を迎えると指が動かない。
これほど憎んでいる相手だというのにいざ命を奪うとなると躊躇ってしまう。
可哀想とかじゃない、ただ単純にルキナの覚悟の問題。
「法律じゃあなたのお母さんの命は一つの命としかカウントされない。奪われた何十年も続くはずの幸福も無視されて無関係な人間が勝手に決めるの、一人しか殺してないから殺すのは可哀想ってね。そしてこいつらはあなたのお母さんの事なんてすぐに忘れて自分の幸福を追い求める。あなたはそれを黙って見ていられる?」
「そんなの‥‥‥」
許せるはずが無い‥‥でもきっとそうなる。
一人しか、それが大きな判断基準になるから。
ルキナにとっては世界の全てに等しくても他人から見ればちっぽけな一人、そんな取るに足らない命よりも更生を優先される。
「命を奪うのって意外と軽いものよ。憎しみを起源とするなら尚更、後に残るのは達成感だけ。人が忌避するのは命を奪う事じゃなくて過程で発生する殺しの感触や事後の罪、でも銃を使えば感触も残らないし遺体は私がちゃんと処理してあげるから発覚しない。だからあなたは何も気にせずやりたいようにすればいいの」
「それでも怖いなら」と銃を握るルキナの手に女性の手が重なる。
「私が半分背負ってあげる」
女性の指に力が入る、けれど銃口から弾は発射されない。あくまでも罪を背負うだけ、その決断はルキナに委ねている。
ぎりぎりまで後押しされてあとほんの少し指を動かすだけ。
抗えるはずが無かった。
大事なものを奪われてそれでも命は大事だと、殺人はいけないと叫べるほど強くなんてない。
たとえ殺人犯になったとしたって誰も望んでいないとしたってそいつらが生きて明日を迎えるのをルキナが許せなかった。
引き金を引く、バンと乾いた音が響いて男の頭から血が溢れ出してくる。同時にもう一人の男から悲鳴が上がってルキナはそれが五月蝿いと思った、だからすかさず銃弾を頭にぶち込んで黙らせた、今度は自分一人の手で。
「大丈夫?」
軽かった。
命も命を奪うのもあっさりと終わってしまった。
軽い引き金、それが命の重み。もっとこう胸が押し潰されると思っていたけど世間一般の常識は間違っていたようだ。
憎い相手が消えれば普通に嬉しい。
「大丈夫だけど‥‥‥本当なのかな?」
ここまできてもヴァンス先生を信用したい自分がいる。あの人は救ってくれる人、とても優しくていつも気に掛けてくれた。
あれが全て嘘だったと思いたくないルキナに対してその人は容赦が無かった。
「本当よ。そいつがこの二人の殺しの依頼を出してきたんだから」
口封じの為。名前も勤務先も知られていては何があるか分からないから今度は偽名を使って依頼してきたのだろうと。
「でも私達も下調べはそれなりにするから無駄だったんだけどね。私の言葉が信用出来ないならここで終わりにしても良いけど、どうする?」
いつも救ってくれたこの人が嘘を言っているとも思えない。
信用が足元から音を立てて崩れて行く。
「‥‥‥私、殺せる」
少なくともあと一人は。
「良かった、じゃあ最後に一つ教えてあげる。あなたのお母さんが隠していた真実を、そして命を奪われた理由を」




