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レアリスの指示でルキナの母親の警備を任された助手は誰にもバレないように気合を入れて変装を試みた。レアリスのクローゼットから引っ張り出して来たトレンチコートにサングラスを着用し体型を隠し目立つ瞳も見えないようにした完璧な変装。
これなら自分を知っている人間に出会ってもバレる事はないと安心して任務に向かう‥‥しかし重大な問題が浮上した。
どこぞのセレブみたいな格好は存外に人の注目を集めた。すれ違う人は一様に訝しげ視線を助手に送る。
だが助手の鋼のメンタルは奇異の視線などものともしない、人がどう見ているかなど全く気にせず助手は任務を続けた。
病室に入るのはルキナと医者に看護師、そしてルキナの友人らしき女。この中で怪しい人間に目星はつけていたが確かな証拠もない状態で捕縛するわけにもいかず注意深く監視するに留まっている。
そんなある日、珍しい時間に現れた女がルキナを連れ出して行く。
一つの日常から外れた行動が起きると歯車が狂うみたいに広がってやがて止まる。嫌な予兆のように感じて助手が監視の目を更に厳しくしたところで予兆は現実となる。
「変装するならもうちょっとマシな格好しろよ」
出来れば二度と聴きたくなかった声が聞こえた。
助手は必要無くなったサングラスを外し声の主と向かい会う。
「お前こそ、隠れてこそこそしてなくて良いのか?」
「あぁ?」
威圧的な低い声。気に入らないことがあるとすぐにそうやって威嚇するのがこの女の特徴だった。
「送り込まれたのはお前だけか?」
「ああそうだよ。あんな病人あたしだけで十分だっての」
「じゃあお前を止めれば問題解決か」
「やってみろよ」
その反応でおおよそ理解出来た。
通常ならこの女は自分が軽んじられれば次に出るのは殺すと言う言葉かそれか何も言わずに手を出してくるかだ。沸点が低く誰彼構わず気に入らないものをすぐに壊そうとする。
そんな子供染みた行動を止められるのはただ一人、彼女達の上に立つ人物の命令のみ。
人として狂っているが生き物としての生存本能は働いているからか任務の間だけは感情的な行動は抑えて素直に従っている。
絶対的な命令、それを後回しにして自分と会話をしているなんて考えられない。
だからこれが受け持った任務、ルキナの母親を殺すのではなく自分の気を逸らせることが役割なんだと助手は判断した。
「こんな場所でやり合うなんて周りに迷惑だろ? それに馬鹿みたいに暴れて一般人に顔を覚えられでもしたらお互い困るし外行こうぜ。誰もいない場所で存分に殺し合おうよ」
何もかも暴力で解決する女だ、遠回しな誘導なんて上手く出来るはずもない。
「断る」
「逃げんの? まさかあたしにビビってんのか?」
程度の低い挑発など助手には効かない。手を出してこないのなら放っておけばいい。
「あんまり無視されるとさ構って欲しくてこれ押しちゃうかもよ」
そう言って女が助手の前で見せつけるのは赤いスイッチが取り付けられた装置。
女を知っている助手はそれが何であるかすぐに理解出来た。
「爆弾の起爆装置か、それが使えるのなら初めから使っていたはずだ。お前の役目は殺すことじゃないだろう」
「あいつにはあいつなりのシナリオがあるからな‥‥‥でもさ一番困るのは殺せないことだと思うわけ、だからさ死という結果が得られるならちょっとくらいのごたごたなんて気にしやしねぇよ、多分」
結果さえ一致すれば過程は好きにする、この女がそういう独断で動いた過去も知っている。
そしてそれが呆れられながら許されたことも。
「今すぐ木っ端微塵になってもらうかあたしに黙って従うか、どうする‥‥センパイ?」
目が三日月を描く、そこには邪悪な光を放つ強烈な悪意が凝縮されている。
本当に平然とした顔で嘘をつく。
「病室の中はここに来てすぐ確認した、爆弾などの危険物は存在していない。つまらない嘘で揺さぶろうとしても無駄だ」
「誰が病室って言ったよ?」
「何?」
「あの辺り、お前なら見えるだろ?」
女が窓の外を指差した。助手は人間離れした視力を持つ目を凝らし指の先にある光景を見た瞬間、その目は瞬く間に過去を取り戻す。
「おいおい止めとけよ。こっちはボタンを押すだけだ、喉を裂かれたって指を動かすくらい出来るからな」
無機質な赤い瞳は狂った人間にすら死を意識させる。さながら死神の眼。
きひひ、と嫌な笑い声を響かせながら軽口を叩きつつも女の足は一歩後ろに退いていた。
「わかったか? お前は私に逆らえない」
睨みつける以外何も出来ないと分かり調子に乗ったのか仲の良い友人みたいに肩を組んできて耳元で囁いた。
「大事な大事なお友達を肉片に変えたくはないだろ?」
蛇か百足か、耳の中を這いずり回る言葉も身体に絡みつく手も今すぐにでも振り払いたかったが助手は耐えるしか出来なかった。
遠くに見える建物の屋上、そこで爆弾を身体に巻き付けられて気を失っているアリアの姿を見てしまったから。




