33
「あいつ動き出したよ。近いうちに依頼を出すんじゃない」
少女からの報告を受けて白い髪の女は満足気に「そう」と呟いた。
とある人物が必要とする存在の情報をそれとなく流していたがようやく動き出したようだ。
今のところは概ね順調、ここから先は最終段階。
「本当やる事が回りくどいよね。あんたなら簡単にでっちあげる事だって出来たでしょ?」
呆れたように少女が溜息を吐き出す。
「それじゃ駄目、出来れば家族として迎え入れたいの。家族としてやっていくには信頼が必要、だから少しでもこちらに不信感を抱く可能性のある行為は出来るだけ避けたい。私達は偶然を装って餌を撒くだけ、それに飛びつくかは相手次第。あくまでも自然にその結果に向かったと思ってもらわないと」
「言葉でねちねちと誘導は良いんだ」
「誘導じゃない、事実を伝えただけ」
「あっそ」
何を言っても顔色一つ変えない女に飽きてしまったのか少女はつまらなそうに背を向けた。
そのまま去ってしまうかと思いきや一旦足を止めて振り返る。
「あの子に人が殺せると思ってるの? 色々と後ろ暗い事はしてきたみたいだけど直接人を傷付けるような事はしてない、脅すくらいが精一杯に見えたけど」
そんな問いかけに女は即答した。
「殺せる。邪魔さえ入らなければね」
素質を見抜いているのか人を殺せる精神状態まで持っていけると自信があるのか知らないが女には確信があるようだった。
答えを受けた少女の口からは渇いた笑いが漏れる。
「ほんと悪い人間が優しい人間を演じるのは簡単だよね」
先刻、女が使った言葉を皮肉めいた言い方で繰り返す。それに対して女はただ微かに微笑むだけだった。
♢
今日は母のお見舞いをいつもより早く切り上げ夕方。世の学生が放課後を迎え家に帰るなり友達と遊ぶなり部活動に励むなりで青春を謳歌している時間にルキナはレティスの通う学院の前まで来ていた。
威圧的な高い門から出てくるのは身なりからしてお金持ちそうな子供ばかりでルキナは反射的に身を隠してしまっていた。
物陰からしばらく様子を伺っているとついにレティスが姿を表す。
側には友達らしき子が数人いて仲良さそうに笑っている。
ルキナの前で見せる姿とはまた違う。
そんな場所に割って入るなんて出来るはずもなくルキナはレティスが一人になる瞬間を待つことにした。
後を追いかけるうちに見えてきたのはいつもと違うレティスの姿。冷静で引っ張って行ってくれる頼もしい姿じゃなく周りと一緒にはしゃぎ合う年相応の姿がそこにあってみんなが対等に並んで歩いている。
あんな話を聞いたせいか元々持ち合わせた劣等感のせいか少しだけ自分は見下されているんじゃないかと考えてしまう。
「レティスはやっぱり病院行くの?」
店から出て来て別れる空気感が漂い始めた時、友達の一人が聞いた。
「ええ、少しでも顔を出したいので」
「放っといたら良いじゃん。レティスが休みの日を犠牲にしてまで遊んであげてるのに来るなって言われたんでしょ?」
レティスはそんな話もしているんだと知ってルキナの心がささくれ立つ。
本人が近くにいることに気付かず周りは盛り上がっていく。
「そうそう、そんな恩知らず関わったって良い事ないって。貧民街の子なんて何を考えてるか分かんないんだから」
「危ないからもう近づくのやめなよ」
「可哀想な子を放って置けない性格なのは知ってるけど程々にしときなよ」
可哀想なんかじゃない。
一杯辛い事があって大変だったけど今は違う。今は裕福じゃなくても満たされてる。
ルキナの今を貧乏という理由だけで可哀想だと見下されるのは嫌だ。
否定して欲しかった。
自分の事をよく知っているレティスがそうじゃないと周りに否定して欲しかった。だけどレティスの口から出た言葉は一言だけ。
「分かってる」
ただそれだけ。
その一言でルキナは理解してしまった。
ルキナとレティス、この二人の間にあったものは友情なんかじゃなくて同情だけだったんだと。
住む世界が違う、あの時の母の言葉が頭に蘇る。
こういう意味だったのだろうか?
あの一瞬で母はレティスのルキナを見る目に気付いたのかも知れない。対等な友達関係を願うルキナには応えてくれないと。
一つ嫌な想像をするとそれは猜疑心を飲み込んで更に膨らんで行く。
決して悪い人間ではない、構ってくれるだけでも優しい人なのだと思いたいが違う考えも頭に浮かんでしまった。
レティスは可哀想な人間に優しくする自分に酔っている。自分の評価をあげる為に利用している。
それが彼女の秘密なんじゃないかと。




