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人殺しの助手  作者: レア
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アリアがルキナの家を訪ねて玄関のドアをノックしてみても反応が無い。

別に逃げられたわけじゃない、アリアが所長に隠している間にルキナは母親を連れて病院に行ってそのまま検査入院となるからしばらく付き添うとは聞いていた。


「帰って来てないか‥‥」


落胆の声を洩らしどの病院に行くのか聞かなかった自分の愚かさに嫌気が差していた。

ルキナの事を信じていたし家の住所は知っていたから問題無いとばかり思っていた。

所長の言葉を思い出して胸がざわつく。

戻ったら一度顔を出して欲しいと書き置きを残して家に帰ろうと後ろを振り返った気付く、そこに人がいたことに。

全く気づいていなかったせいで大袈裟に驚き尻もちまでつく。


「痛っ!」


「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら」


申し訳なさそうな表情と共に白く細い手が伸ばされる。


「い、いえ、私が間抜けなだけですから気にしないで下さい」


長い白髪がさらりと揺れる。

白が印象的なせいか雪を想起させるその女性の手はイメージ通りひんやりしている。


「あなたは?」


「この家の子の知人というところかしら。ちょっと近くを通ったから会いに来たのだけど不在の様ね」


答え終えてから女性は次はあなたの番とでもいう様に手をこちらに向ける。


「私は友達です」


アリアがそう答えると女性は訝しげな表情を浮かべる。


「それは健全な友達?」


「‥‥どういう意味ですか?」


「いえちょっとあなたの手首の傷が見えてしまったから‥‥‥ルキナも辛さを抱えて生きてるのは知ってるしもしかしたらと思って」


どうやらこの女性はアリアとルキナの関係が自殺というもので結び付いていると勘違いしているらしい。

傷んだ心は回復に向かっているが傷付けた身体は戒めの様に残っている。

長袖を着て隠そうとしているがもう克服した傷、見えてしまっても構わないと無防備にしている。


「私は弱くて自分を傷付けてしまったけどルキナは違います。彼女は彼女なりに弱さがあったかもしれませんけど辛い現実から逃げ出そうとはしなかった。逃げる事しか考えられなかった私とは違います」


立ち向かった結果間違ってしまったけれど命は投げ出さなかった。


「辛さから逃れたいと思うのは当たり前のこと、それを弱いだなんて卑下するべきじゃない。その傷は一人生きることから逃げなかった勝利の証でしょう。一人取り残された孤独が見せる景色はきっと灰色だったはず。監獄の中にいるみたいに毎日何も様変わりしない隔絶された灰色の地獄、それを傷を付けるだけで耐えられたのだからあなたは自分を誇っても良い」


言う通り、あれは灰に覆い尽くされたみたいだった。

燃え尽きても形だけは維持している灰の世界。

アリアの見る景色は死んでいたのにどうしてかそこに生きる人だけはちゃんと生きていて眩しくてその相違がただただ不快に感じた。

「辛かったでしょ」と頭を撫でられてアリアは涙が溢れそうになった。

同じ言葉をかけられてもこれまでは拒絶が強かったのにこの人の言葉はすんなりと入って来て心の弱い部分に溶け込む。


「一人で立ち向かうにはこの世界は幸福で満ち溢れ過ぎてるもの」


とても心地の良い声。

この人は理解してくれる人だと感じた。

だからだろうか、何で自分の事をそこまで知っているのかという疑問すら湧かなかった。


「普通という幸福を自覚しようともせず取り返しの効く不運に嘆く人間で溢れている。本当の喪失を知らずに希望という輝きを失ってしまったあなたみたいな人の前で自らの輝きを自分の手で隠してこんなに不幸だ、死にたいなんて溢す遊びを平然としている。満たされた世界というのは歪な遊びを生むものだから」


それはアリアの中にあった悪意を取り出しているかの様だった。

確かに笑いながら聞こえる死にたいという言葉に複雑な思いを抱くことは今だってある。

アリアだって人並みに優しく人並みに汚れた普通の人間、言葉にはしなくても胸の中で思うことはある。


「私は思うの、世の中って少しくらい穢れているくらいが一番生きやすいんじゃないかって」


アリアの内に秘めた邪悪を女が取り出した。

希望に満ちた世界が息苦しいと思ったことが無いと言ったら嘘になる。

不運に塗れた人間に他人の幸福は眩し過ぎる、目を背けたってそこら中にあり過ぎて逃げ場が無い。


「灯りだってそうでしょ? 剥き出しより覆われているくらいが丁度良い」


過剰な光は不快にしかならない。


「でもそんな方法なんて‥‥」


本音を言えば方法は何となく分かっていた。

幸福という輝きを奪って対等にすればもう眩しくない。けれどアリアは良い子を演じる為に知らないフリをする、それを女は簡単に見抜いてしまった。


「本当は分かってるんじゃない? 分かってしまったからって自分をおかしいと思わなくて良い。人間には誰だって悪意が埋め込まれてるんだから」


人の一番醜い部分にすら寄り添って認めてくれる。


「軽い気持ちで吐き出した死にたいという言葉の重さ、分からせてあげたいと思わない?」


熱に浮かされたみたいで思考もまとまらない。

悪意を撫でられ肯定されて何が正しくて何が悪いのか分からなくなる。


「私は‥‥‥」


その言葉を簡単に使う人達が嫌いだ‥‥‥‥‥けど‥‥‥。


「そうは思いません」


誰かの幸福を奪うのは間違ってる。

死にたいという言葉は本当にそう願っている人の為の言葉じゃない。日常の些細な不運を紛らわす為に使ったって罪じゃない。

無意識に出てしまうことだってある。アリアだって何も考えず使っていたかもしれないのにいざ自分が本当に死にたくなったからって怒りをぶつけるのは間違いだった。

言葉の重みなんて人それぞれ、そんなのいちいち相手にしてたらきりがない。それでその人の辛さが緩和されるなら好きにしたらいい。


「私は天国の両親が誇れる子になる為に今は周りの事より自分の事を優先して考えたいので」


頭にかかっていた霧が晴れていく。

何も無かったあの時とは違う、今はちゃんとした目的がある。抱えた辛さを他人にぶつけてたってみっともないだけ、自分がしっかりしないと両親の想いも殺してしまうと所長が教えてくれたから。

助手に当たり散らした過去を思い出すと今でも申し訳なくて恥ずかしくて堪らない。

アリアは世の中を恨むだけの自分は捨てた。


「そう、あなたはもう迷ってないのね、迷路からの出口を見つけて真っ直ぐ進んでいる。ちゃんとした道標を用意されているようね‥‥‥変なことを聞いてしてしまってごめんなさい」


「いえ‥‥‥」


「でもね、出口に待ち受けているのが幸福とは限らない。希望の光を抜けた先にまた同じ、いえもっと深い絶望があったのなら人の心なんて簡単に砕け散る。不幸のまま不幸を味わうのと希望を与えられてからの不幸はまるで違う。淡い希望ほど致命的なものはない」


辛い時は何が起きてもそんなものだと無関心で受け止めるけど逆の場合はちっぽけな不運もよく目立つ。


「頑張って立て直してこれからという瞬間に崩れ去る、振り幅が大きい程絶望感は堪え難い。希望なんてものはかんたんに絶望へと姿を変える、助けるつもりで施した善意が回り回って破滅へと導くだなんて悲しい出来事はよくあるものだからあなたもあまり他人に関わり過ぎない方が自分の為よ」


「それじゃあ」と去って行く後ろ姿をアリアは静かに見送った。

注意喚起にしては妙に怖かった。子供に聞かせる怪物の話みたいに恐怖を煽る手法なのかもしれないがどこか現実的で想像出来てしまう。

言葉には冷気が纏わりついているみたいで背筋にはずっと冷たさがあったのに心を優しく包み込む様な温もりもあった。

熱湯と冷水、優しさと怖さ、相反する二つがちょうど半分ずつ存在している様な不思議な存在。


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