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人殺しの助手  作者: レア
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ばったり出くわすというトラブルはあったが一応は成功だ。

ルキナは手の中にある赤い宝石のネックレスに視線を落とし顔を歪めた。

母の形見、その言葉が頭から離れない。

完全な悪人になると決めたのにそんな言葉一つに心が動揺している。

母親が死んでるなんて関係無い、知らなかった、そんな言い訳をして湧き上がって来る罪悪感を抑え込む。

ルキナ自身母を大切に想っているからこそこの痛みは深刻。

失うのを拒んで堕ち続けるルキナと失った現実を受け入れ前に進んでいるアリア、正反対の影と光の様な間柄。

よりによって初めての犯行にそんな相手を選んでしまうなんて‥‥‥。

頭を振って余計な考えを追い出す。

感覚を麻痺させないといけない。

一線を踏み越えた、今更後には引けないんだ。

罪の証でもある奪った物をすぐにでも手放したくて買い取ってもらう為に店に向かう。

掲示された価格はなかなかのもの、たった数分でこれだけ稼げるのなら普通に働くのが馬鹿馬鹿しく感じて来るほどに。

これなら救えるかもと希望が見え始めてきたのに家に帰る足取りは重い。

一体どんな顔をして母と接すればいいのだろう?


「おかえり」


玄関をくぐって一番に聞こえて来る弱々しくも温かな優しい声。いつもなら安心感を与えてくれるのに今日はじりじりと身を焼かれる様な心地になるのは侵した罪のせい。


「ただいま」


とにかくいつも通りにと自分に言い聞かせる。


「何かあった?」


こういう事には鋭いから困る。

ルキナのちょっとした変化を見逃してくれない。


「何ともないよ」


母にだけは知られるわけにはいかない、きっと自分を責めてしまう。

この罪は自分のもの、自分一人で抱えるべきもの。


「ごめんね」


「‥‥‥何が?」


「私がこんなで迷惑かけちゃってるから。早くあなたを楽にさせてあげたら良いんだけど」


それはきっと病気の完治を願う言葉じゃない。

母は将来について語らない、病気が治ったらあれがしたいとかあれが食べたいとかそういう事を一切言わない。いつも空ばかり見上げている。まるで迎えが来るのを待っているみたいに。

もう諦めてしまっている。

ルキナがこれだけ戦っているのに母にはもう戦う意志がない。

自分がいなくなればルキナが幸せに生きられると本気で勘違いしている。

大きな間違いだ。

母がいなくなればお金もそれほど必要じゃなくなる、時間だって自分のために使えて今より自由に暮らせる。

でも何かを失うというのはそんな足し算引き算みたいに単純じゃない。

お金が残って時間が余ってもそこに母がいなければ何の価値もない。


「そうだよ。だから早く病気治して楽させてよ」


違うと知りながらもそう答えると母は「そうだね」と微笑んだ。

ルキナは売れずに持って帰ってきてしまったネックレスを抽斗に隠す。

嘘が充満している。

優しい嘘は人を傷付けない為のものだけどこうも積み重なれば心を圧迫してちゃんと痛いんだと知った。



次の標的を探して朝から外に出ていたルキナは家に戻って驚愕する事となる。


「何で‥‥‥」


「勝手に来ちゃってごめんなさい、でもどうしてもあなたと話したかったから」


小さな家、玄関とリビングが一体化しているから入ってすぐその訪問者の姿が見えた。

立場が逆転してあの日が再現されている。

だけど全く同じじゃない、ここにはルキナの母がいてそしてアリアの隣には助手と呼ばれる女がいる。

母がいるから置いて逃げ出す事もできない、かと言って向かっていっても助手に制圧されるだろう。

ルキナは完全に追い詰められている。

でもここで終わるわけにはいかない、だってルキナが捕まれば母は死ぬのだから。

自業自得、それは分かっているが受け入れるなんて到底出来ない。

額に滲む汗を拭う事もせず気取られぬよう慎重にポケットに常備している折り畳みナイフに手を伸ばす。

助手と呼ばれる子には通用しないかもしれないがアリアは違う、どうにか不意をついて彼女を人質に取る事が出来れば助手は動けないはず。


「せっかくお友達が来てくれたのにどうしたのルキナ?」


玄関口で固まったままのルキナを見てベッドの上で上体を起こした母が不思議そうにしている。

母にはこの状況が分かっていない。

人を疑わないからそれが友達だと信じて疑わない。ルキナが無辜だと信じているから誰かの恨みを買っているだなんて考えない。

この瞬間も必死に問題解決の為の犯罪行為を思考しているなんて思いもしていない。


「ちょっと一緒について来てほしいんだけど、良い?」


どうやらアリアはこの場で話すつもりはないらしい。

母の前で罪を暴かれるのも復讐として痛めつけられるのも嫌だ、余計な心配をかけてしまうから。

だからルキナは黙って従い家から少し歩いた先の人のいない場所まで大人しく着いて行った。

いつでもすぐに取り出せるように意識はしっかりとナイフに向けている。もしこの二人が命を奪いに来たり母を傷付けると脅して来るのならこれを使って阻止しなければならない。


「アリアは話をしに来ただけだ、警戒しなくてもお前がそれを取り出さない限りは危害は加えない」


助手がルキナのナイフを隠している場所を見て言った。

何もかもお見通しの様だ。


「話って何?」


「あの日、私の家にいたのはあなたでしょ?」


「‥‥‥さぁ? 何の事だか分かんない」


一応惚けてみるが多分意味は無い、声に迷いは感じられないから向こうには確信がある。

だったら何が原因でバレたのかルキナは今後の為に知っておきたかった。


「声、聞いたことがあるなと思ったの」


やはり原因はそこにあった。

焦って声を出してしまうなんて馬鹿なことをしたせい。会ったのが一度ならまだどうにかなったかもしれないが不運にも二度の出会いでルキナの声を印象付けてしまった。

でも二度会っただけの人間の声をあれだけ短い言葉だけで一致させてしまうなんて。


「でもそれだけじゃ確信は無かった。私があなただって確信したのはあなたが助手の事を知っていたから」


「どういう意味?」


「あの時、助手が来るって言ったらあなた焦ったでしょ。あの状況で私がそんな事言っても普通なら嘘だとしか思われない、でもあなたは違った。それは多分助手の事を知っていたからでしょ? とんでもないところから突然現れる助手を見ていてとっても強いと知っているからもし万が一でも出会ってしまったら敵わないって分かってた、だから焦った、違う?」


そういうことかとルキナは納得した。

言われた通りあの時ルキナは助手という言葉に危機感を覚えた。

複数の男をあっさりねじ伏せる奴に来られては自分などひとたまりもない。あの夜に絶妙なタイミングで現れた事もあってあいつならもしかしてと焦ってしまったがそのせいで絞り込まれてしまった。

アリアは声と助手の事を知っている人物という情報でルキナに辿り着いた。

助けた事が仇になるなんて‥‥‥。

言い逃れは出来そうもない、けど警察に突き出されるのだけは避けないといけない。


「盗った物は返すから警察に言うのだけはやめて!」


自分勝手に人を傷付けておいていざとなれば土下座で謝って助けを請うなんてとんでもなくみっともない。


「気が収まらないなら気が済むまで幾らでも私を殴ってくれていい、だからお願い、警察だけは‥‥‥」


みっともなくてもそうするしか出来ない。

地面を頭に擦り付けて懇願するなんてもう何度も経験がある。

大抵最後は向こうが呆れ返って罵声を浴びせてくるか殴る蹴るで飽きたら終わる。

全部過ぎ去るのを待つだけ。


「いいお母さんね」


平伏すルキナに思いがけない言葉が掛けられる。


「‥‥え?」


「待たせてもらってる間色々話させて貰ったけどあなたの事を想っているのがちょっと話しただけでも伝わって来た」


幼い頃から今に至るまでずっと我慢させているのに不満の一つも漏らさない。疲れているはずなのにそんな様子を見せずにいつも助けてくれる。

アリアがルキナの母から聞いたのは全てルキナに感謝する言葉。


「正直それを聞いて親の前でだけは良い顔して裏では人の物を盗んだり好き勝手してるのかと思って腹も立ったけど多分違うんでしょ?」


「何も違わない、私は自分勝手にあんたから大事な物を盗んだ」


「確かにあなたは盗んだ、でもあなたには裏も表も無い。ずっとお母さんの為を思って行動してる」


どこまで知ってるんだろうとルキナはアリアを見た。

これまでずっと一人で抱え続けて来た苦悩、誰にも助けてもらえない孤独、その全部を労わるような慈しむような目をしている。

同情される事すらなくただ社会の隅っこでもがいて生きていたルキナには経験の無い他人の優しさ。


「お母さん私達の前では笑顔を見せてくれてたけど不意に辛そうな表情もしてた、もしかして病気か何か患ってお金が必要だったりする?」


ルキナは頷く。


「どれくらい?」


それを聞いてどうするのかと不思議に思った。まさか協力でもしてくれるつもりだろうか?

酷い事をしておいて助けを期待するなんて厚顔無恥甚だしいがルキナにそんな無駄な意地は無い。

正直に必要な額を答えるとアリアは驚きと共に眉間に皺を寄せて考え込む。

数秒唸り声を上げてやがて決心した顔で「分かった」とルキナを見つめる。


「全部私が出してあげる!」


「‥‥‥‥‥‥‥‥はぁ?」


アリアは思い切った決断にどこか興奮したみたいに息を荒げルキナはあり得ない事態に一瞬時間が止まったみたいに思考が停止し助手は話に飽きた子どもみたいに地面の蟻を観察している。


「変な冗談はやめて、あんたみたいな子どもに払える額じゃないでしょ」


「払える。お父さんとお母さんが残してくれたお金があるから」


ルキナはアリアに母親がいないのは知っていたがまさか父親もいないとは考えていなかった。そうなると遺産は彼女が手にしているだろうから払えるという言葉も真実味を帯びてくる。


「そんな大事なお金‥‥‥良いの?」


「あげるんじゃなくて貸すだけ。ちゃんと返して貰うから」


奇跡、そんなもの存在するとは思っていなかった。

間違っても非道を行う自分には訪れない無縁な夢。

期待するのをやめて残酷な現実に抗い続けた。

出口がずっと見えなかったのに突然光が差し込んできた。


「本当に‥‥‥良いの?」


やはり信じられずもう一度。


「良い。だから早く病気を治してあげてちゃんとした形で親孝行してあげて。犯罪なんて手段じゃなくてお母さんに誇れるちゃんとした方法で」


「うん‥‥ありが‥‥とう」


母以外の誰かに初めて心からの感謝を口にした。

慣れない上に涙で言葉の輪郭は滅茶苦茶だったかも知れない、でも思いはちゃんと伝わったのだろう。

アリアは微笑み、それから躊躇いなく手を差し出す。


「分かったからもう立って、服が汚れちゃう」


心も身体も穢れている自分が触れてしまっても良いのかと躊躇する。

普通と底辺の間にある壁は高く厚い、とりわけルキナのそれは強固だ。

妬み嫉みに怒りを加えて塗り固められた外壁はアリアによって崩されても内側にある劣等感だけは未だ健在。

同じ人間でも綺麗と汚いで勝手に分類してしまいただ手を取る行為にも壁が立ちはだかるのにアリアにはそんなもの存在していない。

底辺であり悪人でもあるその手を被害者であるアリアの方からルキナの行き場を求めて彷徨う手を掬い上げた。


「お返し。最初に私の手を取って助けたのはあなたなんだから、恩人さん」


たった一度の人助け、それも悪意から生じたちっぽけな善意だと言うのに回り回って奇跡へと至った。

周りの全部を憎んで拒絶していたから気付けなかったのかもしれない、助けてくれる人はちゃんといるという現実に。


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