王都パリシィ②
王都パリシィ 魔法研究省長官リーシアの部屋にて。
セリエはルルに痺毒針を突き刺され、意識が朦朧としていた。
ルルはセリエを押さえつけ、机へとひれ伏せさせる。
押さえつけられたセリエを、見下ろすようにララがやってくる。
「ん~、その格好の方が似合ってるかもね。」
(く、くそっ)
「や、やめて……」
セリエは弱々しく呟くが、二人が取り合ってくれるわけがない。
「打ち込んだのは魔法毒の針です。早くサインを書き、私に解毒してもらわないと……。」
ルルの宣告通り、セリエの体からは力が抜け、視界がぼやける。
毒のせいか、それとも疲れのせいか、脳がまともに動かず、まともな思考すらままならない。
「あんた立場分かってるの?前にも言ったとおり、あんたの過去なんてすでにこっちは収集済み。くくっ、にしてもあの『お堅いエリートのセリエ様』の正体が、あの夜の街を荒らし回っていた伝説の不良、『西日の乙女』だったなんてねぇ?」
ララはセリエの髪を掴んで無理やり顔を上げさせ、その耳元で嫌らしくクスクスと笑う。
「あははっ!最高にダサくて笑っちゃう!もしこの事実を騎士団中にばら撒いたらどうなると思う?あんたの顔に一生消えない泥を塗ることになっちゃうよね。それどころか、あんたが慕っているエーデルワイスの顔にも、一生消えない泥を塗ることになっちゃう!あんたを『首席合格の秘蔵っ子』として可愛がってくれているエーデルワイスにも同様の被害が!あははっ!面白すぎ!笑いが止まらないわ!」
「っ……!や、やめ……」
「やめるわけないじゃない!あんたは一生、私達に逆らえない『奴隷犬』として生きてもらうの。このサインはその主従の契約のサインってわけ!考えただけに最高に気持ちいいな!あの生意気だったセリエが『犬』になるなんて!ほら、早くサインしなよ。そうする以外、もうどうしようもないんだから。いやー、犬になったセリエをどうしてやろうかな。私たちに対する返事は当然、ワンだけね。あ、そうだ。首輪でもつけてあげようか?ほら!主従契約のサインに!」
セリエは朦朧とした意識の中で考える。
何でこんなことになったのだろう。
マイナスな思考になると今だけではなく、過去の嫌なことも思い出してしまうから嫌いだ。
嫌い。
「ほら!早くそのお抱えの万年筆でサインを書きなさいよ!」
忌々しいララの声でさえ、今は遠くに聞こえる。
嫌い。
私はずっと自分のことが嫌いだった。
私を厳しく育ててくれた両親。
両親の敷いたレールをただ走り続けた自分のことが嫌い。
自分で決めようともせず、ただ一番楽な道で生きようとしていただけだ。
それに育ててくれたから別に両親を嫌う理由もない、だから私は自分のことが嫌いなんだ。
今思うと、まじめで優等生な自分というレッテルがなければ、あの時の自分は自己嫌悪で押しつぶされていただろう。
しばらくたって出来た唯一の親友ラター。
ラターが不良集団に捕まったと思い込み、アジトに足が向いた時だって。
今思えば、もう少し考えて行動するべきだった。
でも、私の焦りがそんなことを考える暇を与えないでいてしまった。
馬鹿らしい。
自分で考えて動いたって毎回ろくな結果にならなかった。
両親に新しい習い事したいってお願いした時だって、怒られて結局、新しい習い事ができなかったんだっけ。
親友だったラターとも気まずくなり、気がつけば関係そのものが消えてしまった。
私は自分で考えて行動する必要なんてない。
だってろくな結末になったことがないじゃない。
せっかく入った騎士団だって、この有様。
だから……。
そういえば……。
「でも……諦める訳には行かないのよ……」
「私はね、イリスに楽しく生きて欲しい。そう思うから行動できるんだよ」
ある少女の言葉を思い出す。
レイラ=ユリウス
イリスの魔女捕獲作戦時、私とレイラがババロン村の門で対峙した時のこと。
私が何で、ボロボロになってまでイリスを助けたいのか聞いた時に、レイラから帰ってきた言葉。
レイラは私とは真逆の生き方をしていた少女だった。
自分で考えて、自分がやりたいように生きて、良くも悪くもわがままな少女。
それは私が捨て去った生き方そのものだった。
その捨て去った生き方をレイラは貫き通してきたんだ。
だから、動揺してしまった。
レイラの真っすぐな言葉と瞳に、私は何も返すことができず、ただ突っ立つことしかできずにいた。
その勝負は私の負け。
当然だ。ただ上官命令に従っただけの私と、自分から助けたいと思い立ち向かってきたレイラとでは決定的な差がある。
でも……あの時のレイラはかっこよかったな。
あの瞬間、私は自分が負けても良いって思ってしまった。
ずっとレールの上を走るような生き方をしてきた私をどこか否定して欲しかったのかもしれない。
そのレイラは今、黒鳥と対峙している。
私はきっとレイラのようになんてなれない。
けど、レイラを支えてみたい。そう思ってしまった。
だから……早く向かわないと……。
早く……。
早く……。
「やった!やっとサインしたわね!」
「……。あ、あれ」
ぼやけた視界が少し鮮明になっていく。
目の前にある書類。
その書類にサインがある。
―― Céllié Eustache
私の名前。
それは私が騎士団から魔法研究省へ移動することに同意したサインだった。
「あ……あ……」
胸の内から湧き出た絶望が全身を支配していく。
やってしまった。
取り返しのつかないことをしてしまった。
ララは私のサインが書かれた契約書を手に持つ。
「やったわよ!ルル!」
「やりましたね」
ララとルルの喜ぶ声が聞こえる。
もうどうしようもない。
取り返しがつかない。
助けてよ。
助けてよ、レイラ……。
「早く……向かわなきゃ……」
私はそう思い、麻痺毒でフラフラな体を引きずりながら歩きだす。
「あ?」
するとララが、怪訝な声を漏らす。
私が何をしようとしているのか気づいたのか、ルルが初めて焦った声を上げる。
「ちょ!ちょっと待ってください!まだ解毒してな……」
慌てるルルの声が聞こえてくる。
けどもう遅い。
私はフラフラの体を窓へ預けていた。
そして、ガチャと窓の開く音と同時に私は窓から落下していった。
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