第11話 墓前に添える花でも選んでなさい
「やあ、まいったまいった。まさか、今代の聖女が厄災を封印するだけの力を持っているだなんて。はあ、本当に、俺はついてない」
「……そうね。あなたの命運は、尽き果てている」
「あはは! 疲労困憊、満身創痍! 今の君に何ができる! 命運が尽き果てたのは君の方――」
地面につけた右手を通して、奴の足元に尖った円錐の光を生み出した。不意を突いた一撃で、首を取ったと思った。
「危ない危ない」
だけど、躱されていた。
見えなかった、身のこなしが。
焦るな。内心を悟られるな。
そこのしれない相手だと錯覚させろ。
「……次は当てる」
「こういう時、なんて言うんだっけ。ああ、そうだ。窮鼠猫を噛む、だっけ?」
「蛇に睨まれた蛙よ」
「くっはは。口だけは達者だ。あと一撃さえ入れられれば、君の命を散らせられると思うんだけどなあ。
あまり無理をすると、手痛いしっぺ返しを受けそうだ」
「……逃がすと思った?」
「ああ。君は俺を捕らえられない」
「……御託を!」
地面につけたままの右手を伝って、奴の周囲にセイクリッドジェイルを生み出す。
今度こそ逃げられないように。
「……なっ」
「言ったろ? 君では俺を捕らえられないってさ」
私は私の目を疑った。
顕現した光の牢獄が男の体を閉じ込めようとしたまさにその瞬間、男の体が陽炎のように揺らぎ、夜の闇に溶け込んだのだ。
「まさか、幻術!?」
「あはは! 今回は、君の勝ちにしておいてあげるよ、聖女アイーシャ!」
「逃げるな!! 戦え!!」
「くっはは! そう焦るなよ。パンドラの厄災はルーテリウムだけじゃない。決着を急く必要はない」
……ふと、思い出したことがあった。
それは前世の記憶。
私の命日の、苦い思い出。
――死ね! お前が日照りを招いたせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ!!
――返してよ! 私たちの実りの秋を返してよ!
「まさか、あれもあなたが……」
「うん? 何のことかな?」
あの年、王都を襲ったひどい旱魃。
――疫病、旱魃、豪雨、震災。古来、人は神の怒りと形容し、時に悪魔の仕業と称し、恐れた。
だったらやっぱり、諸悪の根源は、こいつだ。
「……あなただけは、許さない。地の底だろうとどこだろうと、必ず見つけ出してやる」
「これはこれは、熱烈なプロポーズをありがとう。だけど、お断りだね」
男の声が、どんどん遠くなっていく。
存在感が希薄になっていく。
「もう二度と会う日がないことを願っているよ」
「墓前に添える花でも選んでおきなさい、次に会うまでに」
互いに捨て台詞を残し、私たちの戦いは閉幕を迎えた。
戦果はルーテリウムの柩。
両手は爛れたけれど、時間を掛ければ治るはず。
「……勝ったよ、お母さん」
いつの日かきっと、仇も討ってみせる。
だから今は、安心して眠ってね。
「好きだよ。ずっと、ずっと」




