火中の栗を拾う(2024年編集)
~ 東海道新幹線車内 ~
大樹寺で、和尚である佐藤征吾と、折り合いがついた佐久間は、山川と共に、捜査一課に戻っている。二人が大好きな、幕の内弁当を食べながら、今後について考える事にした。
「話が纏まって、とりあえずは、良かったですな。仏壇の仕掛けには、驚きましたが」
「和尚は、考える事が凄いね。あと、実行力にも脱帽したよ」
川上真澄と千春は、今晩、佐藤の自宅で一泊し、明日からは、テレビ塔や名古屋城などの、主要地を観光してから、ゆっくりと戻ってくる。
「警部は、数日は、お父さんですな。早く帰ってください」
「山さんに甘えるよ。絢花と智己が、困らない様にしないとね」
「ところで、警部にしては、珍しく、川上真澄の前で、捜査話をしませんでしたね?てっきり、大樹寺で、そのまま議論するのかと、思っていました」
(………)
「山さんと二人で、助かったよ。今から話す捜査情報は、大樹寺では、話せないからね」
山川は、内心焦っている。佐久間には、明確な、捜査展望があるに違いないが、自分では、予測すら出来ない。漠然と、『大樹寺が、紅蓮の炎に包まれるかもしれない』と、脳裏をよぎるだけである。
「大樹寺と足尾銅山。どちらも、目が離せなくなります。…我々は、どちらを死守しますか?」
(この聞き方、おかしいかな?でも、聞かなきゃ分からんし、悩むところだ)
(………)
浜名湖大橋を眺めながら、佐久間は、湖面に光が反射するのを、じっと見つめた。
(山さんが、危惧するのも無理は無い。どちらも、対応を誤れば、完全な敗北を喫するだろう。このまま、クリスマス・イヴまで、指を咥えるのは、得策ではない)
山川の、猿島攻防戦失態を差し引いても、事件の特性上、受身捜査になった事は、否めない。
詩に振り回され、後手になった。捜査指揮を執る者にとって、それは、恥じる事だ。
(芝﨑の潜伏先は、割り出せないだろう。竹中の姿も、捉えきれない)
(…待てよ、捉えきれないという事は、相手も、警視庁捜査一課の動きを、掴み切れていない証拠だ。…それなら、この状況を、逆手に利用してみるか)
「山さん、実は、試してみたい事があるんだ」
「何か、妙案でも?」
「ボソボソボソボソ」
(------!)
「本気ですか?かなりの組織が、難色を示す事になりますよ。それに、この一連の事件、まだ非公表です。報道機関には、片鱗しか、滲ませていません。流石に、課長も、首を縦に振らないでしょう」
山川の言い分は、十分理解している。
「反対意見は多いだろう。だが、大樹寺を、無血で守る為には、この位しないと、芝﨑を出し抜けない。それに、この事件には、火中の栗を拾う者が出るだろう」
「火中の栗…裏切り者ですか?」
「裏切り者というよりは、『そそのかされて、危険を冒す』の方が、強いと思う」
「ボソボソボソボソ」
(------!)
「そんな馬鹿な!あり得ません」
「私だって、信じたくはない。でも、そうでなければ、この事件は、始まらなかったんだ」
(………)
「確かに、警部の考えなら、そうなりますが。まだ、信じられません」
「疑うのが仕事だと、割り切っているが、辛いものだな」
「では、警部は、この作戦が成功すると、確信しているのですね?」
佐久間は、微笑する。
「お尋ねは、愚だよ、山さん。頭の中では、この事件、ほぼ詰みだ」
(…詰み?じゃあ、事件解決までの過程が、もう出来たって事か。一体、何手先まで、考えてるのだろう?自分じゃ、一手も打てないのに。レベルが違い過ぎる)
「そこまでのお考えなら、反対する理由はありません。自分は、警部を信じて、ついて行くだけです」
「うん、ありがとう、山さん。では、捜査一課に戻り次第、課長に相談してみよう」
東海道新幹線は、浜松駅を過ぎ、掛川市内に入ろうとしていた。
~ 東京都、警視庁捜査一課 ~
「…以上が、仮説となります。ぜひとも、やらせてください」
大樹寺から戻った佐久間は、知り得た情報と、芝﨑直人を出し抜く方策を、安藤に相談した。反響が大きい結果になる事は、目に見えており、山川は、課長の見解を待った。一方、佐久間の方は、揺るぎない自信を見せ、課長の賛同を期待している。
「…なるほどな。犯行日まで、何もしなければ、後手に回ってしまう。それならば、多少の危険を冒してでも、重圧を掛けて、相手の綻びを誘った方が、勝ち目があるのだな?……しかしまあ、二年前の時と変わらず、大それた事を、よく考えついたものだな」
(………)
山川は、この考えには賛同するが、事を成す為の労力を、勘案した時に、警察組織が負う重圧、責任の重さに、腰が引けてしまう。
「警部、車内でも意見しましたが、相当な反発が予想されます。これらを全て、一月余りで処理されるのですか?」
(一ヶ月?)
佐久間は、やんわりと否定する。
「山さん、心配は無用だ。今話した事は、五日程度でやろうと思うんだ。勿論、下準備は、今から開始しないと、間に合わないがね」
(------!)
安藤は、全く動じない。佐久間の性格と、行動力を知っているからだ。納得した様子で、頷いている。
「ちょっと、お待ちください。たったの、五日ですか?幾ら何でも、それは不可能です。少なくとも、私には、絶対無理です。全ての事を犠牲にしても、三週間は必要です」
安藤は、山川を窘める。
「…山川、お前は、何年、同僚を見ている。何故、その名が全国区なのか、知らぬ訳ではあるまい。…それは、何だ?言ってみろ」
「他の者では、迷宮化する難事件を、佐久間警部が解決しているからです」
「…三十点。並の捜査官なら、一年掛かる処理を、三日で済ませるからだ」
「それは、分かりやすい例えです、納得です」
「光栄ですが、盛り過ぎですよ、課長」
佐久間は、思わず頭を掻いた。
「まあそれは、冗談だが、試す価値は大いにある。…やってみたまえ」
「承知しました、早速段取りに入ります。まずは、報道機関の対策から開始し、捜査二課にも協力を仰ぎますが、偽の捜査情報を、模倣犯に流します」
「了解した。警視総監には、私から説明しておく」
佐久間は、深々と頭を下げた。
(ここからが、本番だ。芝﨑直人、待っていろ。お前を、そこから引きずり降ろして、その姿を曝け出してやる)
(巻き返しとなるかは、組織力次第だ、頼むぞ)
安藤は、佐久間の双肩に未来を託す。




