九条絢花の想い(2024年編集)
~ 東海道新幹線車内 ~
佐久間は、予定通り、川上真澄と豊田市に向かっている。
「千春さん、この蜜柑美味しいよ、食べてみて♪」
「あら、本当ね。ほら、あなた?」
(…参ったな。千春まで来るとは)
ちょっとした、小旅行である。二人用シートを反転させ、四人で、向かい合って乗車する形で、向かい席に座る山川と目が合うと、互いに苦笑いした。科捜研の氏原であれば、この空気を満喫し、場を和ませたかもしれないが、山川には、それが出来ない。車窓から景色を眺め、時間が過ぎるのを待っているのが、痛いほど分かる為、佐久間は、その事に触れないようにした。
「おかしいと思ったんだ。連絡取り合ったと、聞いた時から」
千春は、真顔で応対する。
「あら?私は、純粋に個人の用件で、伊藤翔子のお墓詣りに行くだけよ。たまたま、佐久間警部が同席しているだけ。ねっ、真澄ちゃん♪」
「ええ、その通り。伊藤翔子も、佐藤征吾も喜びますわ。それに、捜査の邪魔にはならないし、疚しくないですよ」
「流石、真澄ちゃん。もっと、言ってちょうだい。あなた、公務員的に、こういう時は、何と言うのかしら?」
(………)
「拡大解釈だろう?」
「そう、それよ。拡大解釈だわ。使ってみたいと思ったけれど、中々、便利な言葉だわ」
(………)
(………)
(警部、ダメですよ、逆らっては。後が怖いですよ)
(本当だね、不用意な発言は控えよう)
徒党を組んだ女性陣に、完全に押し切られてしまった。千春の同行について、これ以上の言及は避け、話題を変える。
「山さん、とりあえず、佐藤征吾に会って、色々と、聞いてみようと思うんだ。何故、九条絢花の作品が、大樹寺に保管されているのかをね。何か、事情があるに違いない」
「そうですな。でも果たして、すんなりと教えてくれるかが、分かりません」
(………)
「理由なら、知ってるわよ」
(------!)
(------!)
「えっ?」
「えっ?」
佐久間と山川の声が、重なった。
「だって九条絢花は、昔、母と佐藤征吾を賭けて争った好敵手よ。佐藤征吾は、迷った挙句、結婚相手に母を選んだ。…それだけよ」
一瞬、場が静まる。
(それだけって)
(それだけって)
「今、凄い事を、さらりと言ったわよ」
「そうですか?佐藤征吾は、母と結婚しましたが、結婚後も、三人で連んでいたらしいです」
「じゃあ、その縁で、捨て子だった川上真澄は、九条絢花に引き取られたの?」
川上は、両手の掌を突き出し、毅然とした態度で『否』を示した。
「いえ、そこは違います。九条絢花は、感性や文章表現には、それはもう、厳しい人です。能力がなければ、絶対に弟子にはしませんし、養子縁組もありません。そこは、私の実力です!幼子の時は、可愛がられましたが、小学生の頃には、これといった接点はありませんでした。小学五年生で書いた文集が、たまたま、通学していた学校に、講演に来ていた、九条絢花の目に、留まったんです。何でも、文章の表現方法が、自分にそっくりで驚いたと。それで、よくよく話を聞いたら、大樹寺の娘だと分かったみたいで、二度驚いたとか。それから、事態は急変しました。九条絢花が、佐藤征吾と母に、何度も頼み込んで、やっと、養子縁組が実現したんです」
(養子縁組の話は、二年前に聞いていたが、そこに至るまでは、知らなかったな)
「まあ、そうだろうね。九条大河のミステリー能力は、神から授かりし力と、努力の賜物だと、評価している。どの作品も、被害者目線、犯人目線が分かりやすく、引き込まれるし、情景が目に浮かんでくる。感情移入するし、言葉に温かみがあるかと思えば、バッサリと切り捨てる表現もあり、目が離せない。九条大河と九条絢花に共通するのは、どちらを読んでも、同一人物が書いているのかと錯覚するくらい、感受性と表現方法が似ている点だ。だからこそ、両方を愛する読者が多いのだと、思うよ」
「そこまで褒められると、何だか照れますね」
「へー、私は、真澄ちゃんのものしか、読んでいないわ。今度、九条絢花作品も購入しなきゃね」
「それなら、無料で差し上げますわ。実家に、大量にありますもの。両親が、一作品に対して、五冊買う癖があるんです。だから、書籍だけの部屋を増築した程ですわ」
「まあ、凄いわね。じゃあ、甘えようかな」
平和な時間が過ぎていく。
~ 二時間後、豊田市大樹寺 ~
「ただいま、父さん」
「お久しぶりです、和尚」
(------!)
到着を待ちわびていた佐藤征吾は、姿を現すと、嬉しそうに、迎え入れた。
「おお、待っておったぞ。さあ、疲れたじゃろう。早く入りなさい」
孫が不在でも、やはり、自分の娘は格別のようだ。佐藤は上機嫌で、手短に挨拶を済ますと、川上の荷物を持ち、奥へと案内する。本堂脇の自宅で、佐久間たちは、佐藤の妻、佳子も交え、世間話をするうち、一時間が経過していた。
「…あのね、父さん」
川上の声の音調が変わると、それを察してか、佐藤も雰囲気が変わる。
「…九条絢花の遺作だろう?皆で来ると聞いた時から、勘付いておったよ。母さん、九条絢花の作品を、持ってきてくれ」
「あれ?父さん、遺作なんてあったっけ?私の部屋?」
「良いから、良いから。母さん、頼むな」
「はいはい、ちょっと待っていて」
佳子が、仏壇の中を片し、位牌を持ち上げる。
(ん?位牌を持ち上げた?)
(あれ?何か、ボタンがあるわよ?)
(警部、これは一体?)
佳子は、その反応を見るのが楽しみだったようで、ほくそ笑むと、赤い丸ボタンを押した。
(ん?何か、音がしないか?)
(仏壇からよね?)
(ちょっと、揺れてるんですけど)
仏壇が軋む音を立てながら、動き出す。仏壇本体が、右へ移動したかと思えば、仏壇本体と、ほぼ同じ大きさの、奥へ繋がる入口が出現したのだ。
(------!)
(------!)
(------!)
佳子は、再び、ほくそ笑むと、中腰になって、奥へと消えていく。その様は、余りにも、非現実的で、全員が呆気に取られたのは、言うまでも無い。
「何とまあ、こんな仕掛けが。度肝を抜かれましたよ」
「ちょっと、父さん。私、生まれて初めて、知ったんですけど」
「素敵!忍者屋敷みたいだわ」
佐藤は、全員の驚く顔を、満足そうに見届けると、痛快の笑みを見せた。
「そうじゃろ、そうじゃろ、凄いじゃろう?三百万円も、掛けたんじゃ」
「さっ、三百万円?ちょっと、父さん。印税だって、馬鹿にならないのよ。翔子の学費だってあるんだから。浪費も、程々にしてちょうだい」
「ふふん、大丈夫じゃよ。母さんだって、諦めとる」
程なくして、佳子が、腰をトントンと叩きながら、戻ってきた。会話を聞いていたのか、溜息をつく。
「馬鹿みたいでしょ?遺作を取りに行くのも、大変なの。通路は狭くて、腰に悪いし。命令するんなら、自分で取りに行って欲しいわよ。九条絢花も、この人なんかに、最期の作品を渡すから、結局、私が、九条絢花の代わりに、苦労するのよ。…はい、あなた」
「まあ、そう言うな。母さんだって、九条絢花の遺作、後生大事にしてるじゃないか?」
「そりゃあ、親友だもの。家宝にしているしね。大事にしなきゃ、バチが当たるわよ。ねっ、真澄?」
「九条絢花の遺作が、こんな所にあるなんてね。弟子の私ですら、知らなかったわ」
「当たり前だ。これは、当事者の三人だけしか、知らん事だからな」
(………?)
(………?)
川上と佐久間は、今の発言に、違和感を覚えた。
「でも、父さん。芝﨑直人という元検察官は、この作品が、大樹寺にある事を予想して、九条大河宛ての手紙を、父さんに送ったのよ?何故、当事者しか知らない事を、知ってるのかしら?」
「はて、何でじゃろう?」
(確かに妙だ。芝﨑直人は、獄中で、作品を読んでいただけ。しかも、警察病院で手紙を書いている時には、知っているからこそ、書けたんだ。…つまり、芝﨑直人自身は、知らなかったが、第三者が、この事実を教えたという事になる)
「んー、他言無用にしているなら、心配は無かったけれど、実際には、情報が漏れているわ。他に覚えはない?誰かに、軽く、おしゃべりしちゃったとか、この装置を、誰かに見られたとか?」
(………)
(………)
「この仕掛けを知ってるのは、作った大工だけじゃし、そこから、漏れたんかのう?」
「そうね、それくらいしか、思い出せないわ」
(なるほど、それなら、合点がいくな)
「どんな大工だったか、覚えていますか?」
「背の高い、キツネ目の男だったよ」
(------!)
(背の高い、キツネ目の男?…鹿井健一も、全く同じ事を言っていたな。同一人物だとすると、竹中という男だ。獄中で、芝﨑直人が、竹中に調査を依頼して、大樹寺を探ったんだ。そして、この仕掛けを知り、九条絢花の遺作の事を、報告したのならば、全ての辻褄が合う)
「和尚、少しだけ、似顔絵作りに、協力して貰えませんか?キツネ目の男を、警察組織は、姿すら知りません。もしかすると、捜査が大きく動くかもしれません」
「ああ、良いよ。母さんも、一緒に頼む」
「はいはい、分かりました」
~ 二十分後 ~
「どうですか?」
佐藤に聞き取りしながら、山川は、キツネ目の男を再現していく。昔から、絵心があり、幾度も現場で、その力を発揮している。
「いやいや、あんた、絵が上手じゃのう?」
「本当に、そっくりだわ」
「ありがとうございます」
「山さん、お疲れさん。似顔絵を、捜査一課に送って、照会させよう」
(どこかで見た気がする。…確かに、どこかで)
深刻な表情で、似顔絵を眺める佐久間をよそに、千春が空気を変える様に、接する。
「ねっ、あなた。折角だから、最期の作品を、私も読みたいわ。汚さないから」
「失礼がない様に、眺める分には、良いんじゃないかな?和尚、宜しいですか?」
「勿論じゃ。もう、家族みたいなものだし、九条絢花も、喜ぶわい」
「父さんは、九条絢花作品は、全部読んだの?」
「無論じゃ。発売前に、全作品を母さんも読んでるよ。これは内緒だが、三人しか知らん事実が、この作品内に、書かれている。九条絢花は、この作品を、儂らに託す事で、最期のミステリーを、仕掛けて、嬉しそうに、この世を去った。だから、この作品は、世には出せないんじゃよ」
「ふーん。じゃあ、第三者が、この作品を読んでも、面白くないんじゃないかしら?」
川上は、作家の立場として、首を傾げた。
佐藤も、何故、第三者が、この作品に興味を示すのか、不思議で仕方が無い。
「その、芝﨑直人という男は、本当に、遺作を奪いに来るのかね?わざわざ、愛知県まで?」
「九条大河宛の手紙からは、可能性が高いと思います。和尚の心一つですが、クリスマス・イヴは、せめて護衛を、寺の周囲に配置するか、姿を隠して貰う方が、安全です。ここまで、大量殺人を重ねてきた模倣犯には、躊躇の文字などは、無いでしょう。九条絢花の遺作は、当事者だけが、その取扱を決められると、再認識しましたので、警察組織は、どうする事も出来ません」
「父さん、私が、遺作を預かっても良いんだけれど、二人とも、嫌でしょう?」
(………)
(…あなた)
佐藤は、佳子と目で会話をすると、優しく、川上の肩に手を置いた。
「そうじゃな。この作品は、形見みたいなものじゃ。九条絢花も、それを望んでる。いつものところに、封印しておくよ」
「…そうね。じゃあ、せめて、父さん達だけでも、この寺から、身を隠すのは?」
佐藤は、首を横に振った。
「住職が寺を空けたら、伊藤翔子が不憫じゃよ。それは、絶対に出来ん」
「では、警視庁と愛知県警察本部で、寺を護衛します。それだけは、ご了承を」
(………)
(………)
「こんな老いぼれの、生命はいらんが、犯人を捕まえられるなら、よろしく頼みます」
「では、早速、護衛の準備に入ります。護衛は、十二月二十三日早朝から、二十五日深夜まで行います。それまでは、普通にお過ごし頂けます」
「…分かった、よろしく。千春さん、またしても、ご主人に、迷惑を掛けさせてすまんね」
「いいえ、それが仕事ですもの。ご心配には、及びませんわ。ねっ、あなた?」
「ええ、妻の言う通りです。では、警察組織は、東京に戻ります。来月、また顔を出します」
「ああ、助かるよ」
「千春、ゆっくりしてくれ。子供達の事は、自分が対応しておく」
「うん、ありがとう。甘えるね」
「九条大河、妻を頼みます」
「ええ、分かったわ。二、三日は、一緒に観光して、それから一緒に戻ると思うわ」
「了解。じゃあ、山さん。お暇しよう」
佐久間は、丁寧に挨拶をして、大樹寺を後にした。
~ 一方その頃、東京都内の某喫茶店 ~
「旦那、いよいよ、来月ですね?大樹寺を、予定通り、襲えば良いんですね?」
「ああ。ここまで来れば、何人死んでも構わない。歯向かうなら、殺して奪うまでだ。隠し場所は、大丈夫だろうな?」
「問題ありません。大工見習いしてまで、知り得た情報です。現地では、目を瞑っても分かります」
「なら、良い。無事入手してきたら、お前には、一億円払ってやる」
(------!)
「一億円!…あの小説に、それだけの価値が、あるんですか?」
「いや、市場に出回れば、そこまで高くないと思うが、私には、一億円以上の価値がある。何せ、誰も読んでいないからな。だから、『報酬として払う』と、言ったんだ」
竹中は、口元が、自然と緩む。
「いやあ、苦労した甲斐がありました。大金が入るなら、本望です。文句は、一切ございません」
「鹿井健一の方は、私が対応しよう。鹿井健一は、この計画を知らない。もう、猿島みたいな、攻防戦は無いだろう」
「あれは、もう勘弁です。逮捕されるか、正に、紙一重でしたから」
「次の犯行が終われば、来年は安泰だ。よろしく頼むぞ」
「お任せあれ!」
(………)
(……そう。来年で、全てが終わる。…何もかもな」




