02 ルーシャ、初めてのお茶会 前編
――そして、月日は流れ、私は5歳になった。
「今日は、お嬢様初めてのお茶会ですよー」
そう嬉しそうに話しているのは、お世話係のメアリーだ。
「でも、なんでお茶会なんかするのー」
私は子供っぽく話を進めた。
(けど、ほんとにお茶会って何のためにあるのか知らないのよね、一応聞いとこう)
「それは、もちろんお友達を作るためですよ!お嬢様も同い年くらいの話し相手がいたら嬉しいですよね!」
メアリーは私の蜂蜜色の髪を梳きながら言った。
(いや、5歳としゃべるのめんどそう、すぐ泣きそうだし…)
前世で二重アゴのクソ上司や、理不尽なクレーマーを笑顔でいなしてきた元銀行員の私である。精神年齢三十路手前の女が、本物の幼児たちと「ままごと」なんてできるだろうか。いや、絶対苦痛でしかない。
そんな私の憂鬱を見透かしたかのように、バンッと勢いよく部屋の扉が開いた。
「うぉー!!可愛い可愛い我が妹よ!
お茶会で無理して友達なんて作らなくていいからな!特に男は…」
涙目でスライディング気味に部屋に突っ込んできたのは、今年で八歳になった我が兄、リオンある。相変わらず顔だけは天才的に整っているが、中身は立派な重度のシスコンに仕上がっていた。
「リオン坊ちゃま、お嬢様の髪に結ぶリボンがズレますので、暴れるなら部屋の隅でお願いします」
「メアリー!?君は僕がどれほど重大な危機感を抱いているか分かって――って、うわっ、ルーシャ―、そのドレス姿めっちゃくちゃ可愛いね!?天使!?天使が我が家に舞い降りた!?」
涙目で部屋に突っ込んできたかと思えば、私のドレス姿を見て、今度は鼻血を出しそうな勢いで悶え始めた。
鏡越しに、私はじとーっとした冷ややかな視線を兄に送る。
(あんたが一番うるさくてめんどくさいわよ。…ほんと何してんだか)
「リオンお兄様、お茶会に送れちゃうから、そこ退いてほしいな」
子供特有の高くてかわいい声を演技で意識しながらそう言うと、兄は「ううっ、お兄様って呼ばれた……!」と胸を押さえてその場に崩れ落ちた。ちょろすぎる。
……が、その3秒後には、何事もなかったかのように立ち上がり、「よし、お兄様も一緒に行くからね!」と、結局ものすごい殺気を放ちながら、お茶会についてくることになった。断固拒絶したかったけれど、私のドレスの裾を掴んで離さないので諦めるしかなかった。
「じゃあ、お兄様もちょっと準備してくるね!」
目を輝かせながらそう言った。
でも、鏡でこうして見てみるとやっぱ私って結構可愛いのよね。
クリクリの愛らしい桃色の瞳に、つやつやの黄金色の髪の毛、ピンクのドレスもよく似合ってる。って私結構ナルシストになっちゃってるじゃん。やばいやばい気を付けないと。
前世の記憶があるせいで中身は完全にアラサー女子なのに、このロり巨匠な外見に脳まで引っ張られそうになっている。恐るべし幼児の身体。
会場となった伯爵家の庭園は、さすが魔法世界というべきか、色とりどりの不思議な花が咲き乱れ、宙には淡く光る魔法のシャボン玉のようなものがふわふわと浮かんでいた。
集まっているのは、着飾った同い年くらいの貴族の子供たちと、その親や使用人たち。
(うわー、本当にリアル天使の幼稚園じゃん。やっぱり私、このまともに会話できる気がしないわ…)
そう立ち止まっていると、
「ルーシャ!そう緊張しなくても大丈夫だよ!なんてったってこのお兄様がついてるからね!」
リオンお兄様が満面の笑みで言った。
(てか、こやつわざと自分のことお兄様っていってないか?すっごい強調して聞こえるし)
私にお兄様と呼ばれたあの一瞬の快感が忘れられないのだろう。味を占めたな、子のシスコン。
遠巻きに私を見て「可愛いお嬢様ね」「お隣のリオン様も一緒だわ」とヒソヒソささやいている周囲の大人たちに、兄は「僕の妹に指一本でも触れたら灰にするからな」という無言の威力を笑顔で放っている。
(味方であるはずの身内が一番の不審者ってどういうことよ…)
早くも頭が痛くなってきた私は、適当に空気になってお菓子でも食べていようと決意した。
――その時だった。
会場の中心から、キャー!という子どもたちの短い悲鳴が響き渡った。
「ハハハ!どうだ、僕の魔法は凄いだろ!ほら、もっと僕を称えるんだ!!」
という、いかにも高慢でわがままそうな男児の声が響き渡った。
(この世界の子供は、ほんとにどこでそんな言葉を覚えてくるのよ)
声をする方をみると、青い上着を着た少年が、危なっかしい火の玉を手のひらで転がしながら、おびえる給仕の子どもを脅かしている。
「なんだあいつ、ルーシャを怖がらせやがって!」とリオンが魔法の杖を構えようとしていた。
と、その時に私はその男児に向かって言った。
「ちょっとあんた何してんのよ!」
すると周りの貴族たちの視線が私に集まった。
しんと静まり返る会場。周囲の大人たちが、顔を真っ青にしてガタガタと震え始めているのが見える。
「お、おい、あのお嬢様、誰に向かって口を利いているんだ……!?」
「あのお方は公爵家のご令息、ギルバート様だぞ! 不敬罪で首が飛びかねん!」
(え、公爵家? ナニそれ。一番偉いレベルの貴族じゃん……!伯爵家の私が言ったらまずかったかな…)
前世でクレーマー対応を極めた私でも、さすがに背中に冷や汗が流れる。
だが、危険な火の玉を振り回すバカガキを注意するのは、常識人として当然の行動だ。身分がなんだ、危ないものは危ない!
一方、青い上着の少年――ギルバートは、生まれて初めて「何してんのよ!」なんて雑に怒られた衝撃で、手のひらの火の玉をポロンと落とし、マヌケに口を開けて呆然としていた。
「な、なんだお前は……! 僕に向かってそんな口を――」
「おいそこ退け、クソガキ。僕のルーシャを怯えさせた挙句、睨み返すとは万死に値するぞ」
ギルバートが言い返すより早く、私のすぐ後ろから地鳴りのような低い声が響いた。
我が兄リオンである。
見ると、兄の杖の先には、ギルバートの火の玉の十倍くらい巨大で不穏な『爆発魔法の光』がバチバチと宿っていた。笑顔だが、目が完全に据わっている。
(待ってリオンお兄様、後ろのあなたの方が百倍危ないし、ガチのテロ行為だから!! ほんと何してんのよ!!)
「リ、リオンお兄様、ストップ! 杖を下げて、お願いだから!」
私が慌てて服の裾を引っ張ると、兄は「ううっ、ルーシャが僕にお願いしてくれた……!」と一瞬でフニャフニャの笑顔に戻って魔法を消した。チョロくて助かった。
私は改めて、まだ呆然としているギルバートに向き直る。
「……で、そこのあんた。身分が高いか知らないけど、魔法はおもちゃじゃないの。そんな危ないことしてたら、誰もあんたのこと『凄い』なんて思わないからね。あり得ないんだけど!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
もしよろしければブックマークや評価、リアクションなどいただけると大変励みになります。
次回、お茶会どうなるんでしょうかね。
話が変わるんですけど、ちなみに私の好きなお茶はルイボスティーです。味が独特でおいしいです。




