01 これが、異世界転生…?
私は今、異世界に転生して赤ちゃんになった。
ことの経緯を説明しよう。
まず、私は前世では日本人として生まれ、田崎加恵として暮らしていた。
ごくごく普通の銀行員として働いていた。給料もいいし、有休もとれるし、仕事に関してあんまり文句なし!の日常を送っていた。(まぁ、上司とかクレーマーとか、人間関係とかいろいろあったけど)
しかも、そのころに20代半ばでようやく、合コンで知り合った人と趣味で意気投合し、人生初彼氏ができた。
そしてある日、私は付き合って『1年記念日』ということで彼氏にサプライズを準備していた。
(喜んでくれるかなー。ケーキもプレゼントも準備したし!!)
そんなことを思いながら、晴れやかな気持ちでプレゼントをもって彼氏の勤め先まで、連絡なしで迎えに行った。すると、彼は同じ会社から出てきた女の人と親密そうに話し、二人とも笑顔で楽しそうに話していた。
私はそれを見た瞬間に、少し引け目を感じてしまった。そして声をかけることができず、そのまま彼が女の人とタクシーに乗るのを見送った。
でも、私は自分に言い聞かせた。
(いやいや、別に浮気してるわけじゃないもん。私、考えすぎだよ。会社の人と帰る日ぐらいあるし、なんか一緒にする仕事とかがあったんでしょ。)
そう思い、私はせっかく準備した買ったばかりのサプライズ用のケーキがもったいないと思って、彼の家に入って彼を待つことにした。そして、玄関を開けてみると、彼氏の靴があり、帰ってきたんだ!と安堵した、のもつかの間、隣には知らない女性の靴があった。
――そこは、彼の寝室だった。
いつも彼が私にかけてくる甘い声が、中から聞こえてくる。
私は恐る恐る、ゆっくりとドアを開けた。
そこには、彼とさっき見た女の人の二人がいた。仲睦まじく、ベッドの中に。
私はショックすぎて、せっかく買った1年記念日用のケーキとプレゼントが入ったカバンを落としてしまった。
べちゃりと、無残につぶれるイチゴ。
その音に気付いたのか、彼氏は締まりのない顔で何の音?という表情で私の方にちらりと目をやった。
――次の瞬間、化け物でも見たのかと思うほど、びっくりした表情を見せた。
隣の女の人は、私を見て少し口角を吊り上げたのが見えた。
「……なんでお前がここにいるんだよ!」
彼は最初にそう言った。
状況が信じられなかった。いや、信じたくなかった。
私の中に色んな感情が沸き上がってきて、その感情たちを押し殺すために、私はうまく声が出せなかった。やっと声は、自分でも嫌になるほど情けないものだった。
「……その人、…誰なの」
目から涙があふれる。
私の情けない声を聞いて、緊張が解けたのか、口元を緩めてこう言い放った。
「は?誰って、見れば分かるだろ。お前さ、真面目すぎて重いんだよ。男の浮気なんて甲斐性のうちだし、いちいちガタガタ騒ぐなよ」
彼はさも自分が被害者であるかのように、私を呆れた目で見つめ、ヘラヘラとした薄汚い笑みを浮かべてそう言い放った。
そして、彼は信じられないことに、私と目が合っているというのに、前髪をくしゃくしゃと手で整え始めた。自分の姿が寝室の鏡にどう映っているかを確認するように、顎を少し上げながら、不快そうに舌打ちをする。
信じていた1年間、彼のその一言で一瞬にして泥水に変わる。
彼と女の人がなにか会話をしているのが聞こえたが、私には全然頭に入ってこなかった。
怒りと、情けなさと、悔しさと、悲しみ、そしてなによりも『道徳心のかけらもないクソ男』を1年間も愛してしまった自分への嫌悪感。
前世の私の心は、その瞬間、二度と再生できないほど粉々に砕け散ってしまった。
その後、私は彼の家を無我夢中で飛び出して、雨の降る薄暗いじめじめとした梅雨の真っただ中、あまりの衝撃の出来事で頭が全然回らなかった。そして、そのままフラフラと夜道へ飛び足してしまった。
迫りくるトラックのヘッドライトに気づくこともできず――あっけなく、20代半ばの人生に幕を閉じたのだ。
…はず、だったのに。
目を開けてみると、上に可愛いモフモフの羊と雲がぶら下がっているのが見えた。
(もしかして、天国?…羊って天国にもいるんだ)
そんなことを思いながら周囲を確認すると、視界の端にはクリームパンのように小さくてもちもちの見た目の小さな物体が見えた。
そしてそれが自分の手だと確信するのにそう時間はかからなかった。
(え?ちょっ…ちょっと待って、何これ……ありえないんだけど!)
銀行員としての冷静な脳が、必死に状況を処理しようとフル回転する。
そして私は、結論に至った。
にわかに、信じられないが、どうやら、私は最近流行りの”異世界転生”をしてしまったらしい。
前世の記憶を持ったまま、全く別のファンタジーじみた異世界に。しかも、かなり立派な赤ちゃんベッド。それなりの身分の家に生まれたようだ。
あまりの急展開にパニックになりかける私の耳に、突如、バタン!と激しく扉が開く音が響いた。
「お、お父様!!妹、妹が生まれたってホントですか!?」
ドタドタと短い足音を響かせてベッドに駆け寄ってきたのは、仕立てのいい服を着た、小さな男の子だった。年は3歳くらいだろうか。
輝くような金に近い茶髪で、幼児にしては驚くほど整った顔立ちをしている。
彼が、私の兄―リオンだった。
「ほんとだよ」
幸せそうな笑顔で、私の方を見つめている男と視線が合った。
(この人をお父様?と呼んでいるってことは、私のお父さんってことにもなるよね。端正な顔立ちしてるし、結構若いな)
お父様と呼ばれているこの男の顔に見惚れていると、リオンがベッドの柵にしがみつき、愛おしそうに輝く黄金色の目で私をじっと見つめてくる。
そして、私の小さな手をそっと両手で包み込むと、まだ幼い声を震わせて、大真面目な顔で宣言した。
「なんて…なんて可愛いルーシャなんだ…。決めた。僕が一生、命に代えてもこの子を守る。悪い虫は、僕がこの世から一匹残らず爆破して駆除してみせるからね!」
(…待って、お兄ちゃん、今まだ三歳だよね?どこでそんな言葉覚えてくるのよ。記憶力とシスコンの才能が赤ちゃんの段階から誕生してない!?)
生後まもない私、ルーシャの明日に、早くも過保護な大嵐の予感が吹き荒れていた。
一方、そのころ私の隣の家の伯爵家でも、新しい命が誕生していた。
将来、私の幼馴染として、良くも悪くも私の人生に深く関わってくる男―オリアンだ。
彼には、カリアというお姉様がいて、なんとカリアの年齢は、私の兄であるリオンと同い年。つまり、隣家も『3歳差の兄弟』という、我が家と全く同じ家族構成だったのだ。
ちなみに、隣家に男の子の赤ちゃん(オリアン)が生まれたと聞いた瞬間、我が家の3歳の天才シスコン兄貴は、
「……男だと!?ルーシャ、そいつに騙されちゃダメだ、男は全員オオカミだからね!」
と、生後まもない私を抱きしめてベッドの上で一人大騒ぎしていた。
(いや、あんたも男だし、隣の赤ちゃんはまだ生まれたてで牙も生えてないわよ…ほんと何してんのよ)
―こんな、おバカだけど愛に溢れた日常を繰り返しながら、私はすくすく育っていった。
前世のあの最悪な裏切りと傷が、完全に癒えたわけじゃない。
だけど、この騒がしくて愛おしい家族と一緒なら、今度こそ1から幸せな人生を歩みなおせるかもしれない。
そうして私は、この新しい世界で、キシッと前を向いて生きる覚悟を決めたのだ。
第一話を読んでくださりありがとうございました。
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次回は、5歳になった主人公ルーシャが登場します。
結構、この世界の子どもは語彙力がすごいですね(笑)




