03 ルーシャ、初めてのお茶会 後編
私は改めて、まだ呆然としているギルバートに向き直る。
「……で、そこのあんた。身分が高いか知らないけど、魔法はおもちゃじゃないの。そんな危ないことしてたら、誰もあんたのこと『凄い』なんて思わないからね。あり得ないんだけど!」
キシッと指を差して言い放つと、ギルバートは顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。
言い返そうとしたギルバートだったが、動揺したせいで、手のひらでコントロールしていた火の玉の魔力が一気に暴走してしまう。
「うわっ!? あ、熱っ……!」
ギルバートの手を離れた火の玉は、パチパチと激しく火花を散らしながら、まっすぐに私のピンクのドレスめがけて飛んできた。
(嘘、こっちに来る――!? ガチで危ないんだけど!)
前世は普通の銀行員だった私だ。いくら中身が大人でも、生身の5歳児の体では、迫り来る炎の恐怖に足がすくんで動けない。
「ルーシャァァァ!!」
後ろでリオンお兄様が悲鳴を上げ、防御魔法を唱えようと杖を構える。だが、魔法の発動が間に合わない――!
熱風が私の顔に吹き付け、思わず目を瞑つむった、その刹那せつな。
――ドンッ!!
激しい衝撃音とともに、私の目の前に「誰かの背中」が滑り込んできた。
「おっと、危ない危ない。女の子に火傷をさせちゃうなんて、道徳的に男としてナシだよね〜?」
聞き覚えのない、だけどどこかおちゃらけた、軽い男の子の声。
ゆっくり目をあけると、私の目の前には、綺麗な男の子が立っていた。
年の頃は私より一つか二つ上だろうか。
彼は素手で、私を焼き尽くすはずだった火の玉を、まるでハエでも追い払うかのようにパチンと叩き消していたのだ。
冷や汗を流しながら呆然とする私を、彼は振り返って、いつものヘラヘラとした笑顔で見つめてくる。
「ねえ君、さっきの『何してんのよ!』って怒った顔、めちゃくちゃ格好よかったよ! 誰も言えない正論をあんなに堂々と言うなんてさ。……僕、君に一目惚れしちゃったかも!」
(……え? 助けてくれたのは有り難いけど、何このチャラい子。初対面で一目惚れとか、信じれないけど!)
「ルーシャァァァ!!」
私をかばって火の玉を消し去った彼の横から、凄まじい風を巻き起こしてリオンお兄様が突っ込んできた。
お兄様は私の肩をがっしりと掴むと、天才的な美形をこれでもかと歪ませて、涙目で私の全身をくまなくチェックし始める。
「ルーシャ! 大丈夫!? どこか火傷はしていない? 髪の毛一本でも焦げていたら、お兄様は今すぐあいつをこの世から消す魔法の儀式をするところだったよ……!!」
(いや、やめて。あと後ろにいるチャラ男が助けてくれたから無傷よ。……ほんと、心配してくれるのは嬉しいけど息が苦しいわよ!)
私が「うぐっ、お兄様、苦しい……」と声を漏らすと、リオンお兄様はハッと我に返り、私をそっと自分の背後に隠した。
そして、その据わった目を、まだその場でへたり込んでいる青い上着の少年――ギルバートへと向けた。お兄様の体から、8歳児とは思えないほどの威圧感がピキピキと立ち上る。
「おい、そこの公爵家のガキ。……僕の、世界で一番可愛いルーシャに怪我をさせようとした罪は重い。公爵家がなんだ、我が家が総力を挙げてお前を教育してやってるぞ」
普段はチョロいシスコンのお兄様だが、今は完全に『妹を傷つけられそうになって激怒した天才魔術師』の顔だ。笑顔が完全に消えていて、めちゃくちゃに怖い。
「ひっ、あ、あうっ……!」
私の一喝、そしてリオンお兄様のガチの殺気を一気に浴びた5歳のギルバートは、ついに限界を迎えた。
「う、うわぁぁぁん!! ごめんなさいぃぃ!! 僕は、ただ、みんなに凄いって言われたかっただけなんだぁぁ!!」
公爵家のお坊ちゃまが、大粒の涙をポロポロと流して床に突っ伏し、泣きじゃくりながら大号泣し始めた。
周囲の貴族の大人たちも「ギ、ギルバート様が泣いたー!?」と大パニックになっている。
床に涙と鼻水で水たまりを作りながら「うっ、ひぐっ……もう危ない魔法は使わない、威張らないから、許してぇぇ……」と本気で泣きベソをかいて反省している彼を見て、私のなかの怒りも、すっと引いていった。
(まあ、5歳だもんね。ちやほやされて調子に乗っちゃっただけか。……ちゃんと反省できるなら、次からは気をつけなさいよ)
私が心の中でそんなツッコミを入れていると、私の前に立っていたおちゃらけ男児のあの子が、床のギルバートを見下ろしながら「あはは! 泣き顔もなかなか不細工で最高だねギル!」と、追い打ちをかけるようにケラケラと笑っていた。
(……っていうか、このチャラ男は誰なのよ。実質、この場の一番の不審者なんだけど)
「ルーシャ、本当に良かった……」と、涙目で私を抱きしめるリオンお兄様をなんとか引き剥がし、私は改めて、目の前に立つ少年に向き直った。
(とりあえず、このおちゃらけ男がいなかったら私のピンクのドレスは今頃、灰だったわけだし、ちゃんとお礼は言わないとね)
私は一つ呼吸を置き、なるべく子供らしい(演技の)高い声で話しかけた。
「……あの、助けてくれて、ありがとうございました。お名前、なんていうの?」
私の言葉を聞いた瞬間、少年は「待ってました!」とばかりに、これ以上ないほどの満面の笑みを浮かべた。そして、王子様のように胸に手を当てて、大袈裟に一礼してみせる。
「どういたしまして、可愛いお嬢様! 僕はアルトリウス。気軽に『アルト』って呼んでよ! ね、さっきの君の『何してんのよ!』って怒った顔、本当に僕のハートにぶち刺さっちゃったんだよね。これって、僕たち付き合っちゃう運命なんじゃないかな!?」
(……は? アルトリウス? 名前の響きはめちゃくちゃ格好いいのに、中身のチャラさが限界突破してるんだけど。運命って何よ、あり得ないんだけど!)
お礼を言った瞬間になだれ込んできた、息をするような求婚アプローチ。
前世でクズ男に浮気されたトラウマを持つ私からすれば、こういう口の軽い男は一番警戒すべき『非道徳的カテゴリー』に分類される。
私がドン引きして一歩後ろに下がると、横から「アルトだと……!?」と、先ほどまでギルバートを睨んでいたリオンお兄様の目が、今度はアルトへと向けられた。
「おい、そこのアルトとかいうチャラ男! 僕のルーシャに馴れ馴れしく話しかけるな! 助けてくれたのは認めるが、付き合うとか言ったな!? 今すぐ僕の爆発魔法でそのおちゃらけた顔のヒゲ(※まだ生えてない)を焼き尽くしてやろうかァァ!」
お兄様が再び杖をバチバチと鳴らし始め、アルトは「あはは! お兄さん、そんなに怒るとかっこいい顔が台無しだよ〜?」とヘラヘラ笑って受け流す。
修羅場がギルバートからこのチャラ男アルトへと完全に移行し、私が「もう、ほんと何してんだか……」と頭を抱えた、その時だった。
「ルーシャ、大丈夫!? 変な男に絡まれてない!?」
人混みをかき分けて、同い年の男の子――隣の家のオリアンが、漆黒の髪が風に吹かれ、濃い緑色の目でこちらを見つめ、走ってきた。
生まれたての時から私の隣にいる彼は、アルトを「新種の害虫」でも見るかのような目で
凄まじく警戒している。
「ちょっとリオン。公爵家のお坊ちゃま相手に、なんて物騒な魔法を構えてるのよ」
人混みの向こうから、鈴を転がしたような、だけど芯のある凛とした声が響いた。
現れたのは、オリアンのお姉様であり、我が兄リオンと同い年の少女――カリアだった。
花の名前を冠するにふさわしい、幼いながらも息を呑むほど美しい容姿。特に、ルビーの瞳が澄んでいてとてもきれい。お隣の伯爵家が誇る、まさに完璧な黒髪美少女だ。
「カ、カリア……!」
さっきまで公爵家のギルバートを消し炭にしようとしていたリオンお兄様が、彼女を見た瞬間にハッと息を呑んだ。
そして、一瞬にして杖を後ろに隠すと、顔をりんごのように真っ赤にして、もじもじと指先をいじり始めたのだ。
「あ、いや、これは、その……! 違うんだ、カリア! 僕はただ、ルーシャに変な虫がつかないように、兄としての正当な防衛措置を講じていただけで……っ」
(いや、言い訳が必死すぎるし、完全に挙動不審の片思い男子のそれじゃん……。さっきの威圧感はどこに捨ててきたのよ)
いつものお兄様のチョロすぎる態度に、私は鏡越しならぬ生身の冷ややかな視線を送る。
カリアは「はぁ……」とため息を吐きながらリオンお兄様に近づくと、その綺麗な手で、お兄様の頭をパコンと軽く叩いた。
「言い訳しないの。ルーシャちゃんが怖がってるでしょ。リオンはいつも妹のことになると周りが見えなくなるんだから。……ほら、怪我はない? ルーシャちゃん」
カリアは私に向き直ると、女神様のような優しい微笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれた。
「は、はい、大丈夫です……!」
(うわぁ、カリアお姉様めちゃくちゃ格好いいしお姉ちゃん気質最高……! 私の『何してんのよ!』より、よっぽど説得力あるわね)
私がカリアの美しさと頼もしさに、中身大人なのに密かにときめいている横で、頭を叩かれたリオンお兄様は「あうっ……カリアに怒られた……でも、僕の名前を呼んで触ってくれた……!」と、今度は別の意味で胸を押さえてその場にしゃがみ込んでいた。
(……我が兄ながら、本当に手遅れね。ほんと何してんだか)
リオンお兄様が完全にお骨抜きにされ、オリアンが私をアルトから隠すように前に立ち、アルトがそれを見て「あはは! お姉さんも格好いいね!」とケラケラ笑っている。
こうして、私の人生初のお茶会は、『泣きベソの公爵令息』『超ポジティブなチャラ男』『手遅れなヘタレシスコン兄貴』『独占欲全開の幼馴染』、そして『完璧な救世主のお姉様』という、最高にカオスなメンバーが出揃う結末となったのだった。
(もうお茶会は出たくない…)
そうつくづく思うのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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