葦沢と城戸、宿泊。Ⅲ
今回諸事情あり短めです。
「そろそろ私もお風呂入んないとなー」
「もう八時か……そうだね。先どっち入る?」
「んー、綴ちゃん先入る?」
「え、いやー、どうしよう…………いっそのこと一緒に入る?」
「えっ……」
「あっ、気にしないで、全然冗だ――」
「入る」
「……ほんとに?」
「うん」
「……じゃあ一緒に入ろうか」
万尋ちゃんが風呂からあがり、自室に戻ってしまったあと、私たちはこうして一緒にお風呂に入ることになった。
で、今出たところだ。
「いやー、あったかかったね」
「あったかかった」
バスタオルで頭を拭く私の隣には、キャミソール一枚の千歳。
もはやお互い裸体を晒すことへの抵抗感は無かった。
千歳ならば私のどんな部分でも受け入れて貰えるという信頼が私にはあったからだ。
千歳にも、おそらくそれと同じような感情があるのだろう。
「綴ちゃん頭拭いて」
「はーい」
千歳が頭を預けてきたから、拭いてあげた。綺麗で真っ直ぐな髪をわしゃわしゃ撫でるように拭く。
「えへ……ちょっとくすぐったい」
「もー、じっとしててよ〜」
こうして戯れている時間が好きだ。千歳の笑顔が好きだ。この笑顔が今この時は私だけの物であるという事実が、何よりも悦ばしい。
そして時々、その幸福感が恐ろしく感じられる事がある。
私は身体を揺らす千歳の左腕に、はんこ注射の跡を見た。
千歳の髪を拭いていた私の手が一瞬止まる。
「ん?綴ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや、千歳にも、はんこ注射の跡ってあるんだなー、と思って」
「……?あるけど、それがどうかした?」
強烈な違和感を私は覚えてしまった。
そりゃ千歳だって人間だ、はんこ注射の跡があったところで、何も変なことはない。
いや、千歳が人間だというのが変なのかもしれない。
さっきのアルバムを見た時もそうだったが、私は千歳が一人の人間で、成長して今の姿があるということが信じられないのかもしれない。
私にとって今の千歳は完璧な存在で、それ以外の千歳が存在する事に違和感を感じる。
でも、千歳は昔の姿から変わって、今の姿になって、また変わって、未来の姿になっていくのだ。これは否定できない真実だ。
このまま千歳が成長して変わって、私を好きじゃなくなってしまうのではないかという事を考えると、とても怖くなってきた。
さっきしたばかりの同棲の約束も、却って私の不安を誘った。
今はずっと一緒にいたいと思ってくれているかもしれないが、いずれ私の事を好きじゃなくなるかもしれない。
一度笑い飛ばせたはずの不安が、再び私の元へ押し寄せてきた。
私は頭を拭くのをやめ、後ろから強く千歳を抱きしめた。
余計虚しくなるだけだった。
「どうしたの、急に。寂しくなっちゃった?」
「うん」
千歳は私の気持ちを全て見透かしたかのように、いつもの優しい声で言った。
この声がずっと私にだけ向けられていたなら、どれだけいいだろう。
「落ち着くまでこのままでいいよ」
「うん、ありがとう」
そう告げると、千歳は頭に乗ったままのバスタオルをどけ、両手で私の手を優しく握ってくれた。
私は稀に、些細なきっかけから「こういう風」になってしまうことがある。色々思い出してしまうのだ。
千歳との幸せを実感すればするほど、その反動のように不安が押し寄せる。
その度に千歳は優しく手を握って安心させてくれようとする。
私は「千歳、千歳」と目の前の恋人の名前を何度も口の中で反響させるように呟いた。
名前を呼ぶ度、千歳は小さく頷いてくれた。
「……もう大丈夫。安心した」
しばらく無心で千歳の事を抱きしめていると、気持ちが幾分か和らいできた。
まだ不安はある。
しかし、これ以上千歳に迷惑をかけることもできない。
私は抱擁を解いた。
「待って」
すると突然、千歳が振り返り、私の腰に手を回し、ぎゅう、と強く抱きしめてきた。
「私からも。綴ちゃんばっかり抱きしめる側でずるかったから」
そう言って笑顔を浮かべると、千歳は私の身体に顔を埋めた。
不安を抱く心の隙間なんて残らないほど、多幸感が胸を満たした。
「はぁ……かわい……」
私はいつものようなため息を漏らし、心の平穏を取り戻した。
最近更新遅れがちだったので次回から急ぎます。




