葦沢と城戸、宿泊。Ⅱ
ひき肉と調味料をボウルに突っ込んで、混ぜる。
生姜、ネギ、そして事前にゼラチンで固めて冷やしておいたスープを投入し、さらに混ぜる。
餃子の皮でそれらを包む。
本当は生地から自作したかったが、他にも作るものがあるから時間が足りない。
今回は市販の餃子の皮で妥協した。
そうしたら、クッキングシートを敷いたせいろ蒸し器に並べ、強火で蒸す。
せいろ蒸し器は今回わざわざ買った。綴ちゃんに喜んで欲しくて、ちょっと頑張った。
八分ほど蒸したら、小籠包の完成。
「万尋、綴ちゃん、できたよ〜」
「すっご……気合い入りすぎじゃない?」
テーブルに蒸籠を置くと、二人は子供のように目を輝かせた。
三人で食べるには少し広く感じるそのテーブルの上には、麻婆豆腐、チャーハン、回鍋肉と、異様な量の食べ物が並んでいた。
「お姉ちゃん、作りすぎだよこれ」
「いやぁ、綴ちゃんに食べて欲しいなと思って頑張っちゃった……」
「千歳が私のために作ってくれたなら全部食べるよ」
綴ちゃんがにっこり笑って親指を立てた。私も親指を立て返した。
今日は、はじめて綴ちゃんが私の家に泊まりに来る日。
私は超気合いを入れて、本気で綴ちゃんのために夕飯として中華料理を作った。
さて、私が今日の夕食にここまで力を入れたのには、理由がある。
私は料理が趣味で、部活も料理研究会に所属しているため、中々料理には自信があり、そのため、大好きな彼女である綴ちゃんにも私の料理を食べてもらう事が今まで多々あった。
毎回美味しい美味しいと言って食べてくれた綴ちゃんがある時、中華料理が好きだから、私の作った中華を食べてみたいというリクエストをくれた。
私は今まで、和食をはじめとしてイタリアンやフレンチなど、色々な料理に挑戦してきた。にも関わらずどうしてか、中華にはほとんど手を出してこなかった。
そのため不慣れではあるが、好きな人に好きなものを食べさせてあげたいという一心でめちゃくちゃ勉強し、どうにか人様に食べさせられるくらいの質のものを作れるようにした。
そして、それをはじめて綴ちゃんに披露するのが今日。
当然、気合いも入る。
「いただきます」
綴ちゃんが手を合わせ、レンゲを手に取ると、私の作った麻婆豆腐へと手を伸ばした。
私がごくりと唾を飲んでその光景を見守る。
レンゲが綴ちゃんの口元へと運ばれる。
ふぅ、ふぅ、と何度も息を吐いて冷ましたのち、ゆっくりと綴ちゃんはそれを口に含んだ。
「どう?」
感想を待ちきれず尋ねる。
綴ちゃんは焦らずゆっくりと口の中に残ったものを全て飲み込むと、
「めっっっっちゃ美味しい」
と、少し前のめりになって言った。
私は安堵のため息を零すと同時に、勝手に口角が上がるのを感じた。
「やっぱり千歳の作るものが一番美味しい」
「言いすぎだよ〜」
綴ちゃんは私の事を過剰に褒める。それが本当に嬉しい。
あ、愛されてるな、という感じがして、心地いいのだ。
「わっ、うまっ……!」
万尋も嬉しそうにぱくぱくとチャーハンを食べている。
こうやって喜んで貰えると、作った甲斐があるものだ。
「えっ、小籠包すごい。これお家で作れるんだ」
「意外と簡単だよ」
「え、マジ?」
綴ちゃんは話しながら、レンゲに乗せた小籠包をつついて割った。
とろりと溢れるスープをゆっくり飲む。
そして、美味しそうに頬張る。
その一連の儀式のような仕草は、ある種の美しさを帯びていた。
綴ちゃんは小籠包を食べるのが上手いという事実を、私は今知った。
そして、なぜかちょっとキュンとしてしまった。
小籠包を食べるのが上手いのって、かなりかっこいい。
「……千歳。こっち見てる暇あるんだったら千歳もなんか食べなよ」
「えっ、あっ!うん……」
綴ちゃんと食べているところばかり見ていたせいで、自分の食事にはほとんど手をつけていなかった。
綴ちゃんに咎められ、私は自分で作ったチャーハンに手を伸ばす。
万尋は、じとっとした視線をこちらに向け、私の事を訝しんでいた。
「ご馳走さま」
「お粗末さま〜」
あれだけあった食事は、結局すぐに食べ尽くされてしまった。
綴ちゃんの食欲は私の想像以上だった。普段これほどまでの大食らいではないのだが、私の手作りの夕飯ということで箸が進んだ様子。
「じゃ私お風呂入ってくるね」
「はーい」
食事を終えると万尋はお風呂に行ってしまった。
私は洗っていた最中だった食器を放置して、ソファの方へ駆け出す。
「綴ちゃん、来て来て」
「はーい」
万尋がいなくなり、漸く二人きりになれた。万尋が戻ってくるまでのこの時間、楽しまないわけにはいかない。
綴ちゃんが私の隣に座る。その肩に体重を預けると、綴ちゃんの大きな手が私の頭を抱き寄せた。
無言の時間。
綴ちゃんの息遣いと、万尋がシャワーを浴びる音と、時計の鳴る音がやたら遠くから聞こえるように感じる。
心地いい。
ふと、視線を右隣にやると、綴ちゃんの澄んだ瞳と目が合った。
綴ちゃんは恥ずかしそうに微笑むと、私の頬を優しく撫で、そのまま私に口付けをした。
両腕を綴ちゃんの首に回し、強く抱きしめる。
唇同士が離れても、私たちの顔は至近距離にあった。暖かい吐息が鼻先に当たる。
そのまま二度目のキス。今度はもっと強く。
じゅう、と唇同士が求めるように吸い合う音と、綴ちゃんの息が漏れる音だけが響く。
目を瞑り、人に体重を預けているのに、それでも溢れる安心感。
「っはぁ…………千歳……」
艶っぽい声で私の名前が呼ばれる。頬を撫でられる。見つめあう。
「はー……幸せ」
見つめあっているのも決まりが悪かったので、私はぎゅう、と綴ちゃんの頭を抱き寄せ、肩に顎を乗せた。すぐに強く抱き返される。
「そうだね、幸せ」
「毎日こうできたらいいのに」
「……うん」
うん、と曖昧な返事のあと、何か言おうとして躊躇ったのち、数秒置いて、綴ちゃんはまた口を開いた。
「……あの、さ」
「なに?」
「高校卒業したら……一緒に住もうよ」
ほとんど囁き声のような小さい声で綴ちゃんは恥ずかしそうに言った。
早くなる心臓の拍動が私の胸にも伝わってくる。
じーん、と、何かが込み上げてくるような。嬉しい、しかし、切ない。
「うん」
私は、嗚咽にも似た、喉から勝手に絞り出されるような返事をした。
「やったー」
照れ隠しのような、淡白な喜びの言葉。しかし、その掠れた声は微かに震えている。
淡々とした会話の一方、私たちは抱擁をより強くしていた。
このままずっと一緒にいるんだ、と。そんな感じがした。嬉しい。でもなんとなく切ない。だがその切なさが心地いい。胸を締め付けられるような感覚が心地いい。綴ちゃんと胸の奥底の部分が深く結びつき、引っ張り合い、そして締め付けられている。そんな感じがする。
じーん、と綴ちゃんへの愛が胸の奥底から溢れる。私は綴ちゃんをより一層強く抱き締めた。
溢れ出る愛情の行き場を見失い、ただ腕に力を入れることしかできなかったのだ。
どれだけ強く抱き締めても、これ以上綴ちゃんに近付くことはできないのがもどかしい。
もっと近付いて、融け合って、ひとつになりたい。でもなれない。そういうもどかしさ。
「千歳?」
「なーに?」
「ちょっと苦しい」
「あっ、ごめん」
私が腕の力を緩める。
すると間髪入れずに
「あ、弱めなくてもいい。苦しいくらいでいいから」
と言われた。
私は再び強く綴ちゃんの胴体を潰すように強く抱きしめた。
私の背中にも強い圧迫感が加わる。綴ちゃんも強く私の事を抱いている。
そうして強く、強く密着するうち、心臓が直接触れ合っているかのようにお互いの拍動を強く感じるようになってした。
そして、拍動のリズムがある瞬間一致した。
「私たちひとつになった」
「なったね」
溢れんばかりの愛情が、もどかしい苦しみからいつしか安心感へと変わっていた。
私たちはほとんど同じ感覚を共有しているような錯覚に陥っていた。抽象的に、ひとつになったと告げるだけで、この心地いい感覚を言い表し、理解してもらえると私は思ってしまった。
綴ちゃんは予想通り、私を理解し、応えてくれた。
時間感覚を失ったまま、そうした微睡みのような時間を続けているうちに、お風呂の方から物音がした。
「万尋、戻ってきちゃう」
「じゃあ……一旦離れようか」
「そうだね」
私たちは抱擁を解き、身体を離した。不思議と離れる事に抵抗感はなかった。
宿泊回このまま行くと5話とか6話くらい続きそうです。お付き合いください。




